第5話 アプリオリ(中編)
拠点について考慮しなければならない要素は3つある。
まずは十分な「空間」。作戦上、何人の少女が集まるかは時と場合によって変わる上、物資を置いておく為のスペースはいくらあっても足りる事はない。兵站は裏の世界の戦闘においても重要な要素だ。とはいえ、とにかく広い場所を用意すれば良いのかと言えばそれは違う。
「防御」、2つ目に重要な要素がこれだ。拠点とする以上、いつかはその場所はジーズ達にバレる。そして全ての兵力を向けられれば、撤退せざるを得ない。だがここで重要なのは、相手が攻める為に必要なコストをいかにして増やすかという事で、相手も無限に兵力を送り込める訳ではない。
そして2つの要素を加味した上で、重要になってくるのが最後の「距離」だ。相手の拠点に近ければ近いほど攻めやすく攻められやすくなる。つまり、「空間」を広く確保するには「防御」を考えると遠くに位置しなくてはならないが、「空間」を諦めて小さくて頑丈な拠点を築けば敵のより近くに迫る事が出来る。このジレンマに対してエフが用意した答えは、「高所に拠点を構える事」だった。
横浜駅西口近くには、繁華街だけあっていくつかのビルが立ち並んでいる。中でも、「ヨコハマビブレ」というビルは拠点として最適な条件をそろえていた。
10階建てのビルで、駅からは約200m、建物の前は広場になっており、駅側とは川を挟む形になる。ビルの背後には比較的小さな建物が敷き詰められており、道は複雑かつ狭い。
仮にジーズが大きな部隊を組んで正面から来た場合、少女側は上からそれを受ける事が出来る。それは位置的な有利を生かせる射撃系の能力で一方的に攻撃が可能になる事を意味し、少数で多数を迎え撃つには最良の形となる。
だが相手が建物自体を攻撃し、能力を使っての破壊を狙ってくる場合はどうするのか。答えの1つがファクトだった。
ファクトの発動。
C-21-G『カルキュラット』
際限なくネズミを召喚する。
召喚した大量のネズミを壁に寄せて5段程度の壁を作る。そしてぎっしりと詰まったネズミの群れに対し、次はこの能力。
ファクトの発動。
A-21-T『木化』
触れた物を木に変化させる。
更にファクトは自身のオプションである「鋼材」によって、『木化』の対象を木ではなく鋼に変化させる事が出来る。これをネズミの群れに使う事によって、分厚い鋼で出来たネズミの壁が出来上がる。鋼で出来ているだけあって耐久度はコンクリートの比ではなく、最大の1分間程度溜めた『チャージショット』や『タイムボム』でも2、30発程度なら耐える事が出来る。これを建物の裏側に張り詰めていき、対攻城能力への防御力を確保する。
元が生き物である事を考えると気色悪さを感じてしまう少女達だったが、この「鼠鋼の壁」が救ってきた命はこれまででも数えきれない。ファクトは純粋な戦闘力でこそ同期の少女に劣る物の、PVDOにおける重要なピースだった。
立地と工作能力を生かし、前面の守りは固めた。次に問題となるのは背面だ。
「こちらビュティヘア。異常なし。そっちはどうです?」
「異常なし」
ビルの背面は入り組んだ地形となっている。仮にいくら壁を固く固めても、少女達が気づかなければジーズ達が少数精鋭で潜入してくる可能性はある。そこで役に立つのがトラップだ。
ビュティヘアの発動。
H-12-F『ニ-ドルヘア』
頭部から髪の毛を放射する。
黒くて長い髪が硬質化し、ちょうどワイヤーのように扱えるようになる。ビュティヘアの得意分野もファクト同様に工作。ヘアワイヤーと『インフィナイフ』によって召喚したナイフ、そして手先の器用さを組み合わせて、何種類かのトラップを作る事が出来る。
足を引っかければ音が鳴る原始的な物や、扉を開けた瞬間に天井からナイフが降ってくる物、ヘアワイヤーを使って輪を作り、関節部分を引っ掛ける物などなど実に多種多様な物を、拠点を囲む建物の内外に仕掛けていく。
ファクトとビュティヘアは工兵としてその本領を発揮する。今回の拠点確保任務においては、打ってつけの人選という訳だった。
ミカゲとサイリはその2人のアシスタント兼護衛役。ファクトにはサイリが、ビュティヘアにはミカゲがそれぞれついていた。
「ビュティヘア、ちょっと聞いて良いか?」
髪を後ろに結わいて纏め、手先を忙しく動かしている。
「どうぞどうぞ」
一点の曇りも無い笑顔。それは傷心のミカゲに気を使っているというよりは、ビュティヘアの「素」の状態でもあった。
「……ビュティヘアは、メンターの事が好きか?」
「へ?」
予想外の質問に作業する手が止まった。
「えっと……そう、ですね。私は決して嫌いではないというか何というか、でも一方的に好意を持たれるのも迷惑かもしれないなんて考えて、あ、いやでもメンターご自身の考え方次第という部分もありますし…」
「……もういい。気持ちは分かった」
ミカゲのメンターである真嶋は、学園に入る前、ミカゲに性的な虐待を行っていた。よって学園を卒業した後も、メンターの元には戻らずにPVDO本部の寮で寝泊りしている。もちろんミカゲ以外にもそういう少女は多くいるが、ビュティヘアのように芯からメンターを信頼する少女の事が、ミカゲには少し理解出来ずにいた。
今回の任務の出発前、ミカゲはエルに1つ頼み事をした。それは、ベルムが亡くなった事を、ベルムのメンターに伝える役を自分にやらせて欲しいという物だった。裏の世界で死者が出れば、メンターにもその報告は一応される。本来はエフがチャット上で行うが、その役割をミカゲが代わりに行うという事だ。
ベルムのメンター、鳥山凛。女性でありながらランク上位のメンターである彼女の所に、出発前にミカゲは行って来た。だが今、ミカゲは「行かなければ良かった」と後悔していた。
「あ。聞こえるか? 敵だ」
無線でファクトからそんな報告が入る。感傷に浸っていたミカゲがその背筋を正し、即座に戦闘モードに切り替わる。ビュティヘアも作業を止めて立ち上がる。
「まだ拠点はバレてない。上手く撒け。二手に別れるぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます