第6話 アプリオリ(後編)

 少女と刃が宙を舞う。絶え間ない斬撃の音色に、異形の怪物達の呻き声が混じって戦いのロンドを奏でる。棘のような髪は鋭く敵を貫き、予測不能かつ三次元を活用した動きは触れる事すら許さない。


 ―――横浜駅 西口―――


 表の世界では常に人の絶えない大通りでも、裏の世界においてはまるでゴーストタウンのように閑散としている。唯一いるのは、横浜駅から出てきて行軍する20匹程度のジーズ達。


「あいつらを始末してそのまま横浜駅に突っ込む」

 ミカゲの提案にビュティヘアが声を潜めつつ尋ねる。

「いきなり敵の本拠地に? それはちょっと危なすぎるんじゃ……」

「目的はあくまでも撹乱と情報収集だ。拠点から目を逸らさせる事が出来れば、それだけ次に来るチームに強固な拠点を用意出来る。トラップはほとんど仕掛け終わったし、あとはファクトさんが壁を作る時間を作れればいい」

 無線からファクトの声が聞こえる。

「正直言えば助かる。でも無茶はするな」

 それを聞いているのか聞いていないのか、ミカゲはにこっと笑ってビュティヘアに尋ねた。

「私とお前のコンビなら簡単な事だろ?」

 とはいえミカゲの作戦に、リスクがある事に間違いは無い。裏切り者がいる可能性もある。だが髪をさっぱりと短くして、より凛々しくなったミカゲの表情を見ると、ビュティヘアも同じく覚悟を決めなければならないと思った。


「自己犠牲は嫌か?」

 ミカゲの質問に、ビュティヘアはゆっくりと首を振る。

「自己犠牲だなんてとんでもない。これは私が好きでやっていることなんだから」


 大通りに飛び出ると、2人はジーズ達の前に立ちふさがった。ジーズ達は足を止め、臨戦態勢に入る。二足歩行の人型で、サイズも人と同等だが、通常のジーズとは少し雰囲気が違う。ミカゲは何となく違和感を覚える。

「こいつらが新型か。ビュティヘア、最初から全力で行こう」


 2人の発動。

 H-12-F『ニ-ドルヘア』

 頭部から髪の毛を放射する。


 ビュティヘアは拠点作成の為に選ばれたが、ミカゲがその護衛として選ばれたのにもまた理由があった。


 2人の発動。

 C-23-M『ベクトル』

 対象の物と同じ方向、同じ速さで移動する。


 同じ能力を有する事によって生まれる相乗効果。『ベクトル』はとにかく周りに飛来物が多い程その機動性を増す。更にミカゲには『斬波刀』、ビュティヘアには『インフィナイフ』があり、遊撃として必要な機動性と攻撃力を高水準で備えている。

 2人の連携により、次々切り刻まれていく新型ジーズ達。数は多いが、武器なども持っていないのでされるがままに散っていく。もっとも、例え武器を持っていたとしても空中を自在に舞う2人を捉える事など出来るはずがなかった。


「……手ごたえが無さ過ぎるな」

 ミカゲの口にした言葉は不信であると同時に不満でもあった。

「でも数が数ですから、油断は禁物です」


 横浜駅前には先ほど倒した新型ジーズが倍の数に増えて群れていた。やってきた2人に気づくとまた臨戦態勢に入ったが、その時ミカゲが違和感の正体に気づく。

「統制が取れていない」


 本来、ジーズにはあらかじめ役割が与えられている。覚醒者であるジーの命令は絶対であり、まるでプログラムされているかのように正確な行動を取る。敵を見つけると間髪いれずに襲いかかり、味方がいれば必然的に息のあった共闘をする。それこそがジーズの厄介な所でもあったが、今回ミカゲが相対したジーズにはそれが無かった。そして良く観察してみると、型は明らかに同じであるのに、個体によって大きさや形に微妙な違いがある。


「……こいつらひょっとして、『意思』があるのか?」

 ミカゲは誰にでもなく問う。ビュティヘアは否定も肯定も出来なかったが、これだけは言えた。

「いずれにせよ、敵である事に違いはありません」

「……そうだな」


 ジーズ達が襲いかかる。再び宙を舞い、2人が暴れまわる。数は多いが連携もしない上に個々の力も強い。だが、キリがない。次から次へと駅の構内から出てきて、5分もすると2人の息が切れ始めた。


「行くぞ!」

 それでもミカゲは自分を奮い立たせながら進んでいく。ビュティヘアもそれについていくが、そう長くは持たないのは分かっていた。


 ミカゲはジーズ達と戦いながら、自らの内から溢れる声を振り切ろうとしたがそれは出来なかった。1度抱いてしまった疑問は、時間と共に膨らんでくる。もしも新型ジーズに意思があるとすれば……。


 この任務に着く前、ミカゲはベルムのメンターである鳥山凛に会いに行った。PVDOからの支給金で豪邸に住む彼女は、ミカゲの報告を受けてたった一言こう言い放った。


「それで?」


 鳥山凛のその目は、かつてミカゲを犯した真嶋とよく似ていた。性別も年齢も違うが、ミカゲからすると全く同じに見えた。鳥山凛はメンターとして安定した勝率を誇り、何人もの少女を学園に入れてPVDOに多大なる貢献をしている。能力の組み合わせに対する考察が深く、メタを読む力もある。だが、その目的はあくまでも金。ランクが上がれば上がるほど増える支給金と、それを維持する為だけに戦っている。


 だから、ミカゲからベルムが死んだという報告を受けても表情一つ変えなかった。「それで?」という台詞の裏には「それは私にとって得なのか損なのか」という意味が隠れている。


 ミカゲの周囲は、皆多かれ少なかれメンターを敬愛していた。学園にて、一生をかけて守ると誓ったあの人も、未だに会うと喧嘩ばかりするあいつも、最近よく任務を共にするビュティヘアも、メンターからの影響を受けて育ち、メンターを守る為に裏の世界で必死に戦っている。


 だが、果たして本当にメンター達は守る価値のある人間なのか?

 そして何より、私達は生きる価値のある存在なのか?


 疑問は尽きる事なくミカゲの心を覆い、そこに濃く深い影を落としていった。


 新型ジーズに意思があるのだとしたら、私達との違いはなんだ?


「……ミ、ミカゲさん、そろそろ……!」

「あ……ああ、分かった。離脱しよう」


 大量のジーズを切り刻んだ後、ミカゲ達が横浜駅から脱出した。東口の方に向かって逃げる。追っ手は無いようだった。


 だが、ミカゲが抱いた疑問はなおも彼女の事を追いかけるのだった。



 任務「拠点確保」完了。

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