4月22日「愛に落ちる」

 対峙するのはそれぞれ赤と青の戦闘用スーツに身を包んだ少女。赤の方は「アタエ」、青の方は「キコ」という名をそれぞれメンターから与えられている。


 キコの発動。

 C-20-L『岩石地帯』

 戦闘エリアを岩石の多く置かれた荒野に変更する。


 障害物によって隠れる場所の多い戦闘エリア。石も沢山落ちており、投擲もほとんど無制限に行える。だが、キコの狙いはそれらではなかった。

 一方で戦闘エリアが変更されると同時に、アタエは走り出している。


 キコの発動。

 H-25-F『デュラハン』

 頭部を破壊不能状態にし、胴体から分離する。


 キコの頭と胴体が分離する。この能力は、発動した際に頭と胴体のどちらを本体に設定するかを選ぶ事が出来る。自身の肉体が2つに分かれる性質上の仕組みだが、キコが今回本体に設定したのは頭部の方だった。


 アタエの発動。

 C-17-M『スリーステップ』

 3回まで、2m以下の距離をワープする。


 キコが着々と準備を進める一方で、アタエは試合が始まってすぐに距離を詰めるように指示をされていた。それはダメージ覚悟の突撃だったが、幸いな事にキコから反撃は飛んでこない。しかしキコの次の一手で状況は一変する。


 キコの発動。

 A-04-O『マグネット』

 対象の物体を別の対象にぶつける。


 この能力により指定した対象は、「自身の胴体」と「空に浮かぶ太陽」。キコがあらかじめ発動していた2つの能力は、この為の前準備だったという訳だ。


 頭部を地上に残したまま、キコの胴体のみが浮き上がる。

 もしこの瞬間を逃がせば、キコは2度と地上には戻ってこない。CーL系能力は空間に際限が無い分、時間制限が存在しており、『岩石地帯』の場合は5分後に訪れる巨大地震と地割れがそれだ。地上に残った者を全て飲み込み、奈落の底へと突き落とす回避不能の終焉。しかしキコの頭部は『デュラハン』によって無敵化しており、どんな状況になろうと頭部へのダメージによって死ぬ事はない。その頃には、生身である肉体は空高くへと逃げており、1人だけ助かるという策略だ。

 

 逃せば負け。それを瞬時に理解したアタエは全速力で走り、メンターの命令を忠実に守る為に『スリーステップ』3つ目の発動を空中に向けた。更に手を伸ばし、ギリギリだったがキコの足首を掴んだ。まだ勝負は終わっていない。


 首のないキコの身体と、それにしがみついたアタエが太陽に向かって上昇していく。それを地上から見上げるキコの生首。奇妙な光景だが試合は進行する。


 自分1人の脱出に失敗し、キコは作戦の変更を余儀なくされたが、勝ち目が消えた訳ではない。このまま真っ直ぐ上昇を続けていれば、必然その高度は落ちれば助からない地点まで達する。当然酸素も薄くなる為、アタエとてずっとしがみついていられはしない。疲労が溜まり、十分な高度に達した時に空中で暴れれば、落下死を狙う事が出来る。それまでは体力を温存すべきだと考えた。


 だが、アタエにはまだ2つの能力がある。


 アタエの発動。

 H-03-S『鉄人』

 最大1分間、全身が鉄の塊になる。


 キコの両腕を巻き込む形で発動した事により、アタエは自身の体力を消耗せずにしがみつく事が出来る。しかし鉄人にも1分という制限時間がある。


 アタエの発動

 Aー14ーT『強制輸血』

 触れた生物の血を増やす。


 触れている間、対象の血を増やし続ける事が出来る。これは『鉄人』が発動した状態でももちろん有効であり、振り払う事が出来なければ人間は1700mlの過剰輸血で血管の中の血が詰まり、死に至る。もちろん個人差はあるが、もしもそれが2000mlを越えれば助かる手段はない。


 『強制輸血』は、1秒間に100ml程度の血を増やす。よって、この状態でキコに与えられた猶予は、最長でも20秒。


 キコはすぐその状況に気づいたが、打つ手はほとんどと言っていい程に無かった。『マグネット』は能力の中断が不可能なので、解除して地上に戻る事も出来ない。腕を完全に抑え込まれている為、暴れる事も出来ない。頭部は地上に置いてきた為、自分の身体の一部を噛み千切って排血する事も出来ない。言ってみれば「詰み」の状態だった。


 1秒、2秒、3秒……。キコにとっては有限な時間が無為に過ぎ去っていく。『鉄人』の解除まではあまりにも遠すぎる。


 何の手も打てず、やがて20秒が経過した。

 が、キコは死んではいなかった。その身体はむくみ、全身の血管が肌に浮かび上がっているが、死んではいない。

 何故なら、『強制輸血』による死は、脳内の細い血管が破裂する事による脳出血だからだ。『デュラハン』は頭部を無敵化する。それはつまり、脳内で発生しうる傷に対しても無敵である事を意味していた。もちろん心臓が破壊され、そもそも血が運ばれなくなれば死ぬが、心臓は脳よりも血流に対する上限が高いのでまだどうにか動いていた。


 こうなると、不利なのはアタエだ。余命20秒だった患者が、そこを過ぎても耐えている。『鉄人』によって自身も動きを取れず、解除しても状況は好転しない。だが、そこから僅か5秒後に変化は訪れた。


 キコの全身から血が噴き出す。脳へのダメージを無効化し、心臓がなんとか耐えたとしても、全身の血管の方に限界が訪れた。溢れ出した血は既に血管を突き破っていたが、それが肌さえも破り出したのだ。


 血まみれの胴体に、がっちりと絡みつく鉄塊が猛スピードで太陽に向かっている。


 こうなってしまえば、アタエは逆に『強制輸血』を解除するだけだった。増やした血が排出され切っても、そこでキコの傷が治る訳ではない。穴のあいたバケツは、空になるまで中にある赤い水を排出する。


 乾いた大地に真っ赤な血が降り注いでいる。


 やがて『鉄人』の発動から1分が経過した。

 解除と同時に、キコの身体を滴る血のぬめりで滑り落ちるアタエ。パラシュート無しのスカイダイビングが始まる。『鉄人』の再発動までは10分もあり、無事に着地する事は難しい。


 地上が避けられない壁となって迫ってくる。アタエは思わず目をつぶった。

 もう少しで全身を強く打ち付けて死ぬだろう。自身への『強制輸血』も意味が無い程、全身粉々になるはずだ。


 しかしその時は訪れなかった。

 遥か上空から落ちるアタエの落下死よりキコの出血死の方が先だった。


 決着。

 アタエの勝利。




 参加メンター様

 アタエ側 滝杉こげお様

 キコ側 岩道節羅様


 感想

 まさに血の滴る試合でした。今回はどちらも「コンボが決まれば勝ち」という感じの戦略でしたね。頭の中で想像してみるとなかなか異様な光景で、アタエ側はともかくとしてキコ側は半端じゃなく痛そうです。スプラッターが過ぎる。

 ありがとうございました。またのご参加をお待ちしてます。

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