第29話 オフ会(後編)

 ユイナの発動。

 C-38-G『軟体障壁』

 目の前に透明な軟体生物を召喚する。


 ユイナの発動。

 A-02-O『ドロー』

 手元まで対象の物体を引き寄せる。


 『軟体障壁』は本来バリアとして1匹の生物を召喚する能力だが、ユイナはそれをオプションによって3つの球体に分けて召喚している。その分大きさも3分の1程度になっているが、『ドロー』によってそれを攻撃として使用するのが基本スタイルだ。ボール型で弾力もあるので投げたり弾いたりするのに適しているが、もちろんそれだけではダメージを与えられない。しかし投げた物を『ドロー』によって引き寄せる事で相手からは予想不可能な動きを可能にし、バランスを崩したり視界を塞いだりと敵を翻弄し味方をサポートする。また、『生体障壁』としての性質も持ち合わせている為、突然消す事も可能であり耐久度も優れている。


 リーの発動。

 C-26-B『阿吽』

 呼吸を止めている間、身体能力が強化される。


 リーの発動。

 H-11-F『四次元口』

 口の中に入る物ならば、何でも無限に蓄積出来る。


 相性の良い2つの組み合わせはPVDOにおける能力の基本であり真髄であるとも言える。リーが発動した2つもそれに漏れず抜群のコンボであり、『四次元口』で取り込んだ酸素を肺に出す事によって常に『阿吽』を発動した状態で戦う事が出来る。当然、リーが学園で学んでいたのは格闘術。3年間の修業を経て、接近しての戦いならば武器を持った相手だろうが誰が相手でも先にこちらの拳を叩き込める程の素早さを得るに至った。その純粋なまでの揺るぎない強さは、場が荒れていようとも問題なく発揮され、目の前の次々に敵を叩き伏せていく。


 警官達と徐々に入れ替わる形で4人の少女達が戦闘を続けた。負傷した者を逃しつつ、突破を試みるジーズ達の数を減らす。純粋な戦力で言えば、銃を持った数十人の警官も負けてはいないのだが、やはり乱戦においての柔軟性とジーズに対する経験値という点においては少女達が圧倒的で、戦況が良くなるにつれて混乱も収まってきた。もちろん、一部始終はカメラに収められており、明日のニュースでどの局もこの映像を使う事はまず間違いなかった。


「タマル、タマル、ちょっと今大丈夫か?」

 集団から抜け出して、田が小声で話しかける。タマルは構えを崩さず、振り向かないまま答える。「危ないので下がっていて下さい」

「あのさ」田は更に声を潜めて「これって俺らが囮に使われたって事でいいのか?」

 タマルは少し間をあけて、答えられる最大の情報を最小の言葉で伝える。

「……エフの指示です」


 ようやく田にも何となく状況が見えてきた。普段はどこにいるかも分からないPVDOの協力者であるメンターが一箇所に集まれば、当然敵はそこを叩きたがる。問題は、どのような方法で、どのタイミングで、どれくらいの規模の戦力を投下して来るか、だ。お台場とPVDO本部を同時に襲撃してきたという事は、物理的な距離は問題ではない。ただ、相手が全くの無制限に無限の戦力を投下してこれるのならば、とっくにこちらの世界は崩壊している、問題は襲撃にはどの程度の制約があるのかについてだ。おそらくエフは探りを入れるためにこのオフ会を利用した。人の命をベットする事に心を傷ませる人間ではないのは田も重々理解していた。


 とはいえ、助けに来てくれた事もまた事実ではある。


「が、頑張ってくれ」

「……はい」


 タマルを含む5人は全員、明日から裏の世界での任務につく事が決定している。この戦いはいわば前哨戦であり、情報収集でもあった。


 少女達の登場により、ものの見事に戦況はひっくり返り、既にジーズ達は「殲滅」される形になっていた。しかし後方で構えたまま、少しも警戒を解かないタマルを見て、田の緊張感はむしろ増した。


 前衛を務める4人の少女達は間違いなく、強い。ゴルガが毒剣で斬り、ユイナが行動を阻害して死に至るまでの時間を稼ぐ。トレンが撃ち漏らした敵をリーがきっちりと抑える。あるいは、リーが蹴り飛ばした相手の勢いを利用してゴルガが両断し、ユイナの召喚したボールにトレンが火炎弾を当ててバウンドさせる。

 それぞれがフレキシブルに連携し、ジーズの死体が積み上がっていく。


 少女達の能力戦は映像で見慣れているはずのメンター達でも、目の前で繰り広げられる戦いに圧倒されていたのだから、ほとんど初見であるマスコミや警察が釘付けになっていたのはごく自然な事だと言える。


 やがて戦闘開始から3分が経った。

 会場になだれ込んで来たジーズ、その数約80体の内、9割が戦闘不能になっていた。まだ立っている個体も負傷により当初の勢いは無い。メンター側に被害はなく、警官と最初に巻き込まれたマスコミにも、幸い今の所死者は出ていない。


 どうやら助かったようだ、何人かがそう思った瞬間、タマルが叫んだ。


「伏せて!!」


 言われて咄嗟に伏せられたのは数名。その内には田も含まれている。


 ジーズの内1匹が、口を開いた。


 ジーズの発動。

 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 巨大な閃光が、メンター達に向けて放たれた。


 タマルの発動。

 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 空中でエネルギー弾がぶつかり合い、衝撃波で近くにいた者たちが吹き飛ばされた。だが、タマルは『フリーズ』を併用する事によってその勢いをコントロールし、相殺させた。それとほぼ同時に、前線の戦いも決着がついたようだ。


「やはり隠していましたね」

 振り返り、事もなげにそう言って微笑むタマル。

 あまりにも常識から外れた光景の後、突如として現れた少女の自然な表情に、そこにいた大人達全員が唖然としていた。妙にしんとした空気を察したのか、あるいはただ単にこうして注目される事に慣れていないのか、タマルは途端にしどろもどろになる。

「あ、いやあの、雑魚の中に能力持ちを紛れ込ませて虚を突いてくる作戦は以前にもやられましたので、今回はその警戒の為に私が適任だろうと……」


 気づけば1人、また1人と拍手をしていた。やがてその音は会場を包み込む。

 誰かを守る為に、命懸けで戦う少女達に送られる正直な賛辞だった。

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