第15話 後悔
「……タマルさん、聞いてます?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
訓練前の昼休みは、基本的にはいつもユウヒと教室で喋っています。いえ、喋っていると言っても、ほとんどユウヒが根も葉もない学園内の噂やら上級生のあの人がどうのこうのと一方的にまくし立てるばかりで、私は聞き役に徹するのですが、今日はそれすらも出来ていませんでした。
「じゃあもう1回話しますわね」
私は片肘をついて頬を乗せ、楽しそうなユウヒの声を右から左に流していきます。
考えるのは、カリス先輩との昨日のやり取り。酷く後悔している事は既に書きましたが、かと言ってどうしたら良かったのか。そしてこれからどうすればいいのか。答えは何1つ分かりません。
努力を続け、結果を出すのが1番良い解決方法でしょう。実際、ユウヒの所の師弟関係は順調そうです。ユウヒは先輩から教えてもらった技を日に日に吸収していき、模擬戦の成績も順調に上がっています。ユウヒ以外の子も師匠の有無に関わらず日進月歩で成長しており、私の勝率は段々と悪くなっています。
どうしたら良いんでしょうか。もしもメンターがここにいたら、私にどんな指示を出してくれるのでしょうか。
「タマルさん」
あ、また全然話を聞いてなかった。謝ろうとしましたが、声の主はユウヒではありませんでした。振り返るとそこにミカゲがいました。ミカゲは私の手をぎゅっと握って、これでもかと顔を近づけて真剣に言いました。
「タマルさん、私で力になれる事があれば遠慮なく仰ってください」
「えっと、突然どうしたの?」困惑する私。
「タマルさんが心配なんです。何か落ち込んでいるようですので」
ユウヒの「え、そうですか? いつもと変わらなくありません?」というのんきな言葉も、ミカゲは全力で否定します。
「全く違います。自分が喋る事しか考えていないユウヒには分からないでしょうけど」
「あら。かっちーんですわ」
ちょっと言葉を交わしただけで即険悪なムードになる2人。浴場での一件以来、どうもミカゲはユウヒを敵対視していますし、私を過剰に保護しようとします。
「何でも仰って下さい、タマルさん。私はユウヒのようにおしゃべりではありませんから、秘密は必ず守ります」
「ちょっとちょっと、私がまるで噂好きのおばさんみたいな言い方はやめていただけるかしら? 私は学園の情報を収集し、つぶさに観察する事によって共に成長しようと……」
「ただの趣味でしょう。現にタマルさんは全然聞いていません」
「これまたかっちーんですわね」
今にも殴り合いを始めそうな2人を私はなだめ、ミカゲを隣の席に座らせました。
師弟間での事を友人に話すかどうかは躊躇われる所でしたが、1人で抱え込める物でも無く、何かアドバイスが欲しかったのです。いえ、それはただの言い訳で、私は共感してもらいたかったのです。
「……じゃあ、ちょっと聞いてくれる?」
「ぜひ」
2人が声を合わせて言いましたが、お互いに睨み合っていました。それから私は昨日のカリス先輩とのやり取りをかいつまんで告白しました。付け加えて、私が後悔している事と、成長出来ない自分への怒りも。
そして次の個人訓練の時に謝ろうとしている事も。
「それはカリス先輩が悪いですわ」
ユウヒの意見ははっきりしていました。
「タマルさんが頑張っているのは分かりきっている事ですのに、突き放すような態度は逆効果です。実力はおありのようですけど、師匠としてはまだまだですわ」
自分の師匠ではないとはいえ先輩に対して凄い事を言うなあと思いますが、それがユウヒの性格です。
「タマルさんが謝る必要なんてありません。何だったら私がなぐ……いえ、一言物申しに行っても良いですのよ」
頼もしいというより恐ろしすぎるユウヒの提案を私はやんわりと拒否しました。
一方で話を聞き終わったミカゲは黙ったまま俯いてしまいました。
「どうしたの? ミカゲ」
私が尋ねると、ぽつり漏らすように、
「……私のせいだ」
とミカゲは言いました。
「えっと、何が?」
私がそう訊くと同時に、ミカゲは立ち上がり、逃げるように教室から出て行ってしまいました。
「おかしな人ですわね」
ユウヒがそれを言うのは違うのでは、という言葉はどうにか飲み込みました。
今日の日記はここまでにします。
と書いた後で先ほどミカゲが私の部屋を訪れました。あとは寝るだけというタイミングです。夜にうろうろしている所を先生に見つかれば怒られます。でもミカゲはそのリスクを背負って私に会いに来ました。
同室のサトラはもう眠りについた後だったので、声を潜めて2人で話しました。
ミカゲは、この学園に来る前、メンターにどんな扱いを受けていたかを告白し、何故今日の昼間に立ち去ったかについても説明してくれました。気づくと私はミカゲの事を抱きしめていました。先程ミカゲは自室に戻りました。そろそろ眠ろうと思いますが、もうすぐ朝です。
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