第41話 交換日記

446日目


 タマルの先輩であり師匠でもあるカリスだ。こうして代わりに日記を書くのは約1年ぶりくらいになる。


 ここ数日のタマルが書いた日記を読んだ。どうやら体調が悪くなっているにも関わらず、それを隠して授業や訓練に参加していたらしい。タマルは生真面目な子だから仕方の無い事かもしれないが、今、私は怒っている。


 タマルは昨夜意識を失い、保健室で昏睡状態に陥っている。現時点でも高熱は続いている。私が怒っているのは、不調を言わなかったタマルにではなく、弟子の異変に気づいてあげられなかった自分に対してだ。


 こうして代わりに日記を書いているのは、どんな時でも毎日毎日、メンターに頼まれたからという理由で日記を書き続けたタマルの為だ。途切れさせるくらいなら、以前のように私が代筆した方がタマルが起きた時に喜んでくれると思った。


 『ヒール』や学園長の能力で何とかならないか試したが、まだ良い結果は出ていない。だが、タマルの体調が良くなる事を信じている。


447日目


 今日もタマルは起きない。でも、熱は下がった。呼吸も安定している。命に関わる状態は脱したが、病気の原因は分からない。そもそもこの学園には、原因となるウィルス等は持ち込まれていないから、あるとすればやはり体質の変化に伴うアレルギー反応や疲労から来る体調不良だが、それにしてもこれだけ長く意識を失うというのは考えられない。


 今日の放課後、学園長に直談判に行った。タマル同様、私にとっても苦手な相手だが、殺されるのを覚悟で挑んだ。

「残念ながら、レジーの時と同じとしか言えないわね」

 と学園長は言っていた。


 タマルが、覚醒者に?


 考えが上手く纏まらない。


448日目


 タマルは今日も起きない。はたから見るとただ普通に眠っているだけに見える。いつ目をこすりながら起きても不思議ではない。表情もどこか穏やかだ。


 過去の日記でタマルが書いている通り、覚醒者は私達の中から生まれる。そして私がタマルに教えた情報が正しいのならば、もしもタマルが覚醒者として目覚めた場合、その時そこにタマルの人格はもう無い。あるいはレジー先輩のように覚醒に失敗して意識を取り戻したとしても、同様に何かを失っている可能性が高いと思われる。


 こればっかりは例え先輩の私にもどうなるかは分からない。覚醒して別人になるか、失敗して何かを失うのか、あるいはただの一時的な病気なのか。最後の可能性である事を心から祈るばかりだが、今日でタマルが意識を失って3日が経った。


455日目


 今日もタマルは眠ったままだ。どうしてタマルがこんな目に合わなくちゃならないのか。気立てが良くて、人望も厚く、後輩想いのタマルが何故覚醒者なんかに選ばれたのか。私には納得がいかない。


 自分でもおかしな事を書いているのは分かっている。きっと、タマルは特別だったのだ。だからこそ選ばれた。それはPVDOに所属する者としては喜ばなければならない事なのかもしれない。だが、私は喜ばない。


 タマルを返して欲しい。まだ訓練は終わっていない。実戦試験も、授業だってまだある。何よりもう1度、2人で話がしたい。


460日目


 ご機嫌いかが? ユウヒですわ。

 今日この日記をカリス先輩から渡されました。まずそもそも、タマルさんが日記を書いているなんて初耳でしたので、過去の分を読ませてとカリス先輩にお願いしたんですが、却下されてしまいましたわ。だから私が読んだのはカリス先輩が代筆を始めて以降の物です。まあ、タマルさんが戻ってきたら何としてでも日記を読むつもりです。


 さて、この日記は最終的にメンターである田様の所に届けられるそうですわね。覚えてらっしゃるかしら。浅見鋭二をメンターに持つユウヒですよ。最初にサロンで会った時は正直、ぱっとしない方だな、なんて思ってしまいましたけれど、毎日日記を書くくらいタマルさんが慕っているというのならきっと良い人なのでしょう。


 おそらくタマルさんも日記に書いてある通り、私は学園では優等生なんですのよ。皆から慕われていますし、学級のリーダーたる委員長も、やってくれと懇願されて仕方なくやっています。成績も非常に優秀ですし、師匠もその実力を認めてくれています。タマルさんもきっと、私の事を同級生であると同時に憧れの存在として書いてくれていたんじゃないかしら。そうですわよね?


 そんな私が言うのだから、間違いありません。


 タマルさんは必ず帰ってきます。覚醒者なんてならずに、何1つ失わずに。断言します。だから安心してください。


461日目


 ミカゲと申します。タマルさんの同級生です。

「タマルがいない間は、タマルの事を好きだった人がタマルの代わりをすべきだ」というカリス先輩の言葉に感銘を受け、こうして筆を取っています。


 昨日ユウヒも書いてある通り、タマルさんは必ず戻ってきます。これだけは間違いありません。私から言える事はそれだけです。


 でもあえて1つ付け加えるなら、タマルさんが覚醒者として選ばれた事自体はごく自然な事だという事です。あれだけの人格者は他にいません。


 だから私が、タマルさんがタマルさんのまま戻ってきてもらうように祈るのはただの我侭なのかもしれません。ですが、


 ですが、と書いてから3時間机の前でじっとしていました。正直に言うと、全く何を書いていいのか分かりません。ただ、本当にタマルさんは、良い人なのです。私にとって大切な人なのです。


 どうか、タマルさんを戻して下さい。こんな事をこの日記に書いても意味がないかもしれませんが、タマルさんが帰ってくるのなら本当に何だってします。


 何も出来ない自分がみじめで仕方ありません。


462日目


 タマル先輩の師匠になる予定のイツカです。覚醒者になるっていうのがいまいち良く分からないですけど、あのタマル先輩じゃなくなるのは正直つまらないですよね。レジー先輩みたいになるのもそれはそれでつまらない。うん。


 前日までの先輩方が書いた日記を見ると何だかかなり思いつめてるみたいですが(特にミカゲ先輩)まあ、何とかしてくれると思いますよ。


 だってあのタマル先輩ですよ?

 何とかするに決まっているじゃないですか。

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