第60話 ボス

 『ジャンプ』のようなスピードであっという間に去っていった約40日間。

 ある動画から始まり、訳も分からないままのめり込んでいった。思えば少女に名前をつけたあの時から、俺の運命は決まっていたのかもしれない。


「こことここ、あとここにサインを。出来るだけ普段の筆跡でお願いしますね」


 俺の部屋にエルさんがいる。PVDO本部の外で会うのはこれが初めてだったし、もっと言えば俺の部屋にタマル以外の女の子を入れたのもこれが初めてだ。だがそれでも俺のテンションは上がる事なく、ただ淡々とエルさんに指示された作業をこなす。


「パソコンお借りしますね。ファイル自体はエフが既に仕込んでありますから、こちらから操作した形跡を残しておく為です」


 取り返しのつかない事態が、俺の目の前で今進行している。どうにもならないとは分かっていても聞きたくなる事もある。

「あの、すみません。俺は最悪の場合どうなるんですか?」

「もちろん死刑では?」

 エルさんは悪びれもせず言って、「あ、最悪というなら拷問の末の死刑ですね」と加えた。


 ぐ……。吐きそうだ。なぜこんな事に……。

 俺はサキちゃんの処分を取り消してもらう為、よく聞きもせずに交換条件を飲んだ。似合わぬ正義感を発揮したせいで、とんでもないリスクを引き受ける羽目になってしまった。


「ちなみになんですが、これで俺が何か有利になったりは……」

「しませんね。交換条件を飲んだ事以外は他メンターと全く同じ扱いをさせてもらいますので」

「で、でも、俺がメンターとしての資格を失って記憶を消されたら、そもそも交換条件さえ成立しないんじゃ……」

「その為にこうして証拠を捏造しているんじゃないですか」


 エルさんのアルカイックスマイルは、エフの高圧的な態度よりも時に恐怖心を煽る。俺に逃げ道は無いようだ。


 雇われ店長、という言葉がある。実際の権力はなく、より上の人間から委託された形だけの店長。何かトラブルがあれば矢面に立って非難も処罰も受け、契約上の責任があるだけに逃げ出す事も出来ない。旨味なんてほとんどなく、引き受けるのはよっぽどの馬鹿かお人好しだ。しかもその職種がイリーガルであればある程にリスクは増し、取り返しのつかない事態に陥る可能性は高くなる。


 エフから俺に提示された交換条件は、PVDOの「雇われ店長」になる事。


「さあ、早く作業を済ませてしまいましょう。ね? ボス」


 俺はPVDOのボスとなった。

 俺よりランクの高い人はいっぱいいる。賢い人はもっといっぱいいる。だが弱みを握らている奴はいない。立場の低い奴も、御されやすい奴も、同様にいない。だからエフは俺を選んだ。


 今後俺の雇われ首領としての出番が来るのは、あのジーズとかいう化け物がこちらの世界に侵攻してきた時。またはエフの管理が行き届かず、PVDOの存在が公にされた時。あるいは何らかの事情でPVDO側から一般人に協力を求めなければならなくなった時。結構ある。結構パターンがある。


 それらの事態に陥った時、俺はスーツを着て記者会見を開き、PVDOが裏でしでかしてきた事全ては自分の命令によってなされたと告白しなければならない。エフもエルさんもその場合は逃げるとはっきりと俺に言った。俺は彼女達のデコイとして、この命を捧げなければならない。


 で、先ほども確認した通りメリットは一切無い。能力を多くもらえるとか、対戦前に相手の情報が分かるとか、極秘を前もって知る事が出来るとかの蜜が本当に無いらしい。なんでだ。将来的に俺が何らかの法律で捕まり、実家や地元にマスコミがインビューしに来るだけだ。昔から何かとんでもない事をしでかしそうな気がしていた、と橋本が答えるだけだ。


 ……まあ、もういいや。こうなってしまった以上、俺はただ流される。PVDOの偽最高責任者として毎日必死になって戦い、管理人エフと案内人エルにむごたらしいイジメを受け、タマルの無事を祈る。それだけの事だ。


「さて、そろそろ時間ですし私はこれで」

 俺は時計を見る。23時45分。俺にも仕事があり、エルさんにも仕事がある。

「頑張ってくださいね、ボス」

 嬉しいけど嬉しくない。というか皮肉に聞こえる。


 エルさんが俺の家のトイレから出て行き、その数分後にサキちゃんがやってきた。用意していた食玩を取り出すとサキちゃんは嬉しそうにそれを開け、おまけのラムネを食べながら玩具をジーっと見ていた。

「遊びながらでいいから聞いてくれ」


 PVDOに所属している、俺以外のメンターもこうして少女達と何らかの関わりを持っている。戦う為に生まれた少女達と、指示をするメンター。PVDOによって仕掛けられたこの関係性は、俺が思っていたよりも深い闇を前提に構成されていた。少し前なら逃げ出す事も出来たが、それは解決に繋がらない。可能性を知ってしまったからこそ、取れる選択肢は限られる。


 戦おう。

 能力を3つ選んで、戦略を少女に教える。

 ただそれだけの事を繰り返していく。



 第1部 完


 次ページからはPBWについての案内が始まります。


 飛ばして第2部を読むという方はこちらへどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882777589/episodes/1177354054885613995

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