第59話 最後

「謝るのはこっちだ。とりあえず座ってくれ」

 俺は慌てて立ち上がると、頭を下げるタマルより更に深く頭を下げて椅子に誘導した。まだ怒ってるだろう、最悪口を聞いてもらえないかもしれないと覚悟していた俺からすれば、今までに見た事のないタマルの態度に動揺していた。


 2人で対面して座る。部屋に唯一ある時計の針が動き出した。制限時間は10分。タマルのメンターとしての最後の10分が始まる。


「まず、これ」

 手提げ袋から取り出したのは例のシュークリーム。

「……お気遣いありがたいですが、いただけません」

「え?」

「私はメンターの指示に背いて勝手に学園行きを決めました。私にはこれを受け取る資格はありません」

 毅然とした事を口にしながらも、ジーーっと一点シュークリームを見つめているタマル。

「……いや、そのままでも気が散るだろうし、食べていいよ」

「では失礼します」

 もっしゃもっしゃとタマルが食べ始めた。遠慮があるのか無いのか分からんが多分無い。


「食べながらでいいから聞いてくれ」

 何度目になるかも覚えてない宣言をして、俺がメモを取り出す。そこには例の能力の組み合わせ2つが書いてあり、それぞれにメリットとデメリットも簡単に纏めて書いた。

「この2つまでは絞った。どっちが良いかはタマルが決めてくれないか」

 口の端についたクリームをぺろりと舐めながら、タマルがメモを交互に見る。

「メンターはどちらの方が良いですか?」

 改めて考えたが、答えは同じだ。

「……決められない」


「では聞き方を変えます。どちらの私が好きですか?」

 何その小悪魔的質問。

「いや、だからその……」

「どっちの組み合わせが選ばれたとしても、私は戦いに生き残ります。戦いの元凶も取り除きます。そしてメンターの元に戻って来ます。その時、メンターはどちらの私が好きですか?」


 かつて無い程に俺は追い詰められている。悪鬼羅刹の管理人エフに呼吸を止められた時よりも遥かに危険な領域へとにじり寄られている。


 俺は頭の中で想像する。『チャージショット』を溜めながら『スライド』し、『フリーズ』でトドメを刺すタマルと、『ヴァンプリズム』で更に『限定強化』し、『斬波刀』を振るうタマル。


 動画の見過ぎなのかもしれないが、どちらのタマルも鮮明に頭の中に映像として浮かぶ。タマルの咀嚼音に耳を傾けながら真剣に考えた結果、俺は片方を指さした。


「分かりました。では、こちらで固定化してきます」


 俺が選んだのは『フリーズ』+『チャージショット』+『スライド』だった。

 誓って言うが、こちらの方が生き残りに長けているからという理由ではない。やはりタマルは、俺の指示で戦ってくれたのがタマルだ。何を言ってるんだと思われるかもしれないが、俺は憧れよりも経験を取った。確かに『斬波刀』は格好良い。俺の中の少年の心が、それはもうキュンキュンと高鳴る程に憧れている。だが、それを持ったタマルの姿は、少なくとも現時点で俺の知っているタマルではない。そしてありがたい事にタマルは俺の好きな方のタマルでいたいと言ってくれた。ならば俺が選ぶのは俺が知ったタマルだ。


 残り時間5分。予想以上に早く食べ終わったので、俺の分も差し出す。

「これはメンターの分では?」

「しばらく会えなくなるし、タマルが食」

「では失礼します」

 わざとやってんのかと言いたくなるやりとりだが、しばらく会えなくなるのは事実だ。俺にとっては1ヶ月。タマルにとっては3年。その時ふと、俺にアイデアが閃いた。


「日記を書いてくれないか?」

「日記、ですか?」

「ああ。その日にあった事、やった事、思った事、気付いた事、誰かと交わした言葉、何でもいい。なるべく詳しく、日記として書き留めてくれないか? 1ヶ月後にそれを読んでみたい」


 タマルは食べながら少し考えていた。

「でも、私は字の書き方も知りません」

「なら練習がてらにちょうどいい。タマルがどんな3年を過ごしたのか、是非知っておきたい」


 ちょっと困っている様子のタマル。

「無理そうなら別にいいんだけど……」

「いえ、努力してみます。その代わり下手でも笑わないで下さい」

「日記に上手いも下手もないよ」


 それから俺は、橋本の記憶の事とサキちゃんの事を少し話した。ついでにタマルが戻ってくるまで絶対俺は終わらないという誓いも立てた。タマルは、学園に行っても1年に1回だけ、つまり10日に1回だけ短い時間だが俺と連絡が取れると言っていた。


 もうすぐ時間だ。

 話したい事は山ほどある。今までの試合の事。エフに殺されかけた事。近所で美味そうなスイーツ屋を見つけた事。でもそれを話すには時間が足りなすぎる。


「ではまた。メンター」

「ああ。なんていうかその、頑張ってくれ」


 もっと気の利いた事を言えと自分を叱りたくなるが、所詮はこれが俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る