第42話 横浜作戦 その12

 この最終局面において、覚醒者でもなく、増殖型の大元である少女でもなく、背信者のラルカを狙って行動するというタムの判断は、少女達の間でも即座には信じられなかったが、その行動を予想していなかったのは敵も同じだった。特にラルカ本人からすれば全くもって意表を突かれた形であり、対処の判断に数秒遅れたのは仕方のない事と言える。


 今回、ラルカはジーズ側の陣営において遊撃に徹していた。身軽に駅構内を動きつつ、浮いている駒を例のコンボで狩り続ける。正面からぶつかると見せかけて裏を取り、相手を即死させる策はラルカの能力に適していたし、地下に広い横浜駅の構造は、上下での連携に効果があった。だが、それをすぐに看破された事、そして躊躇なく地下で大暴れする巨大ムカデの存在がラルカにとって第1の誤算だった。そして今、生き残った全ての少女の矛先が自身に向いているという事。これが第2の誤算となる。


 同級生だけあって、ラルカはタムの事をよく知っている。成績は良いが口は悪く、情は無いが信頼は厚い。そして何より、私怨や復讐といった理由で任務をないがしろにする奴ではないという事を、ラルカはここにいる誰よりも理解していた。だからこそ、ここに来て自分を狙う意味が分からなかった。


 無視される形となったティーが動く。コアである少女の防衛は触手型に完全に任せ、ラルカを助けに動いた。ティーにとってラルカは能力持ちの貴重な背信者であって、むざむざとここで失うのはやはり痛い。触手型は触れた人間とジーズを自動で認識し、少女だけを捉えて拘束する性質を持たせてあるので、ティーのコントロールを離れたとして、仮にティーがいない間に別働隊が少女を確保しに動いても、増殖型少女を守りきるだけのスペックがあるはずだという判断だった。それに、PVDO側が今回の作戦に投入した少女は乱戦中に全て認識している。


「正直失望したわ。あなた達、何の為にここに来た訳?」

 言いながら、ぽんぽんと瓦礫を放り投げていくティー。少女達はそれをかわしつつ、ラルカを追い詰めていく。

 半壊した横浜駅に、地上からジーズの群れが雪崩込む。地下からも大量のジーズが合流する。状況は更に混沌と化し、0.1秒置きにどちらかの陣営が能力を発動させていた。


 やがてジーズの肉壁に僅かな穴があき、そこに滑り込んだ人物がいた。

 ミカゲだ。

「ラルカ!」


 ミカゲの発動。

 C-23-M『ベクトル』

 対象の物と同じ方向、同じ速さで移動する。


 『ニードルヘア』で射出した髪の毛と同期し、一気に距離を詰めて斬りかかる。


 チャコの発動。

 A-15-O『生体移動』

 召喚された生物を対象にし、どこにでも瞬間移動させる。


 ジーズが瞬時にラルカの前に転送され、身代わりとなって一太刀を受けた。だが、正確に転送したという事は、最後の背信者であるチャコは戦況がしっかり見える位置にいるという事。


「見つけました。私が追い詰めます」

 ビュティヘアがそう無線で短く報告し、チャコのいる方に寄る。だが肝心のラルカは、生まれた一瞬の隙を突き『スリーステップ』を使ってジーズの群れに紛れた。

 そしてここでラルカは裏目を引く。

「ここです!」

 叫んだのはシャルルの声。だが発せられたのはシャルルの口からではない。ラルカがわざわざ自身の腹部に『ペーストフィール』を使って貼り付けさせ、『キーメイカー』を使って封印したシャルルの口だった。結局、ここまで1度も口を開く事はなく、シャルルも結局作戦に参加してしまっている。そしてこの大詰めにおいて、自ら位置を晒すという愚行に繋がってしまった。


「……そこか」

 ミカゲがジーズを踏み台にし、声のした方へと跳んだ。

 今日失った沢山の仲間達の顔がミカゲの脳裏によぎる。

 『斬波刀』その鋭利な刀身が、ラルカの肉に滑り込む。


 ラルカは3秒悲鳴を撒き散らした。その間にビュティヘアによってチャコも確保され、指揮を失ったジーズ達は明らかに戸惑っていた。


 無論、これで終わりではない。背後からはティーの追撃。そして囚われの少女とはもう随分と距離が離れてしまっている。そしてPVDO側に覚醒者と戦うだけの戦力は残されていない。タムからの通信は無い。「ラルカを倒せ」正真正銘、それがタムからの少女達に対する最後の指令だった。


「残念ね」ティーは落ち着いた口調で続ける。「でも死んじゃったものは仕方がない」

 そしてティーが再び地面に手を触れると、地面が波打った。もう一体大型のジーズが出てくるのかと少女達は身構えたが、そうではなかった。

「友達を巻き込まないのなら、こんな手もあるのよ」

 次の瞬間、地面がまるで剣山のように何本もの尖った針になり、少女とジーズが交戦している方へと発射された。それはまさしく「味方ごと」殺す為の派手な大技。幾千の槍が流星群のように打ち込まれる。


「避けられない! 全員逃げろ!」

 誰かがそう叫び、次元結晶を割った。


 傷は負ったものの、どうにか生き残った全ての少女が裏の世界から退避に成功した。残ったのは、敗れた少女達の死体と瓦礫に埋まったジーズ達の死体、そして無傷のティー。

「おや?」

 そこでティーが異変に気づく。触手型の下に戻ると、そこに囚えていたはずの少女の姿はない。増殖型のコアを失えば、次に作るまでにはいくらかの時間を要する事になる。


「……なるほど、そういう事ね」

 ティーが一人そう呟くと、首を横に振った。



 任務『横浜作戦』完了。



 ―――PVDO本部―――


「さて、まずは反省会といこうか」

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