第44話 自由時間その2
この1週間、タマルとの自由時間を俺は心の底から待ち遠しく思っていた。毎日顔は合わせているが、僅か10分じゃ全然足りない。その日の作戦と、注射を打つ時間と、おやつを食べさせる時間も必要なので、込み入った話は全く出来ない。
なので、与えられた2時間の内、1時間は俺がタマルを出来る限りもてなし、残りの1時間は橋本と雨宮先輩の所の子も合流してサロンで過ごしてもらう事にした。そうなると映画1本すら見られないので、2時間ですら全然足りていないが、そこは今後のランクアップに期待したい所だ。ランク10以降の報酬は知らないが、もし丸1日自由時間が与えられるようになれば、遊園地に連れて行ってあげたい。
今日はタマルを連れて図書館に来た。だが本を読む為というよりは、タマルが何に興味を示すのかを知っておきたかった。図書館はそういう意味では最適な場所だ。古今東西ありとあらゆるジャンルの本が並ぶ本棚の間を歩いていれば、自然と何かが目に留まるはず。本部への持ち帰りは出来ないが、借りておいて毎日ちょっとずつ読むのもいい。
「えーと1階が小説、雑誌、新書のフロアで2階が人文科学、3階が自然科学か。じゃあまず1階から見てみようか」
当然タマルにとっては始めて来た公共施設。その広さと人の多さに驚いているようだったので、俺が先行して案内する。
受付へと山積みの本を持って行く人を見て、タマルが言った。
「メンター、ここにある本は誰でもタダでもらえるんですか?」
「いやいや、もらえるんじゃなくて借りるの。タダだけど返さなくちゃいけない」
今に始まった事じゃないが、タマルの知識は少し偏った所がある。「図書館」という単語は知っていて、本がある所だという事も知っているが、その正確な仕組みについては知らない。俺の部屋に始めて来た時から問題なく会話は出来るし、文字を読む事も出来るが自分では書けない。書いた事が無いらしい。変に抜けた知識量で、何故そうなのかは分からないが、おそらくタマルが数あるクローンの1人である事が関係しているのだろう。
「疲れたら休憩所もある。お、あっちには絵本のコーナーもあるな。好きな本見ていいぞ。ただ俺からあんまり離れないように」
「分かっています。メンター」
いつか言おうかと思っていた事を言うタイミングが来た。
「そのメンターって呼び方、変えてもらう事出来ないかな? 周りから変な目で見られるかもしれないし、俺の逮捕率が上がっちゃう」
「では何とお呼びすればいいですか?」
変えたいとは思ってたが、そこまで考えてなかった。困る。苗字で呼ばれるのはなんか事務的過ぎるし、かと言って下の名前で呼ばれるのも照れくさい。俺が悩んでいると、タマルが何気なく言った。
「聴いてます? ご主人様?」
ご、ごしゅっ。肩から腰にかけてを袈裟斬りにされたような衝撃が俺に走った。
「ど、どこで覚えたんだそんな言葉」
「サキちゃんから聞きました。アニメで言っているのを見て、自分のメンターをそう呼んだら喜んでくれたって言ってました」
橋本の野郎。能力バトルの参考になるからアニメ見せてるとか抜かしてたが、そういう事か、おい。思いがけず親友の性癖を知ってしまった驚きを取り繕いつつ、やっぱり俺にはまだ早い。
「ごめん、やっぱりメンターでいいや」
「そうですか」
このくらいの年齢の女の子にご主人様呼びされるのは、流石の俺も良心の呵責に耐えられそうにない。
その後、図書館をぐるりと一周した結果、タマルの目に留まったのはスイーツ作り関係の本だった。やばい……無制限にお菓子をあげ過ぎたかもしれん……。もう甘い物以外に何も興味を持たないちょっと変な子になりかけている……と戦慄しつつ、一応その本を借りておいた。
予定通りサロンに移動すると、前に一緒したサキちゃんとルカちゃんに加えて、新しい子が来ていた。浅見先輩の所の子だ。
「お2人とも初めまして、わたくしの名前はユウヒです。鋭二さんがお世話になっております」
深々と頭を下げられてしまった。一人称が「わたくし」なあたり、お嬢様感が凄いし、何よりあの凶悪な浅見先輩を「鋭二さん」と呼んでいる。やばい……育ちが良い……。
何故あのクズ、もとい浅見先輩の元で育っておいてこんなに良い子になっているのかと問いたい気分だった。周囲を確認すると、肝心の浅見先輩はいない。よし。
「なんであんな奴の所で育ってそんなに良い子なの?」
思った事をそのまま聞いてみた。
「良い子だなんて、全然そんな事ないです。私なんてまだまだです。それに鋭二さんは誤解されやすい人で、ああ見えて優しい所もありますから、これからもよろしくお願いしますね」
見た目はタマルと完全に同じなのに、ここまで明らかに違うと最初から中身が違ったんじゃないかと疑いたくなる。
橋本の所のサキちゃんは活発系のアニメオタク。
雨宮先輩の所のルカちゃんはちょっと内気な女の子。
浅見先輩の所のユウヒちゃんは育ちの良いお嬢様。
俺の所のタマルは糖尿病一直線。
やばい……今日やばい……なんか泣けて来た。
いやいや、それでも俺にはタマルが1番かわいいんだ。誰が何と言おうとタマルを大事にするんだ。
談笑する4人の少女から離れ、橋本に「ご主人様」の件をこっそり尋ねてみると、アニメの見過ぎで勝手に言い出しただけで、言わせている訳ではないと全力で否定して来た。よし、弱み1つゲットだ。
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