第22話 1年生3人
カリス先輩が実戦試験の為に地下へ行って今日で3日目になります。
実戦試験は2年生から行われるカリキュラムで、地下に再現された「裏の世界」の街に行って、そこで1週間を過ごします。任務の内容は毎回微妙に変わるそうですが、大体はジーズとの交戦、「次元結晶」の探索、拠点の防衛と偵察などが行われるようです。いずれも実際にあった任務とその経緯が再現されていて、まさに実戦さながらに行われる試験です。
これに合格出来ればまた例のご褒美があり、失格だと補習授業を受ける事になります。最悪の場合は卒業が1年遅れるという噂も聞きますが、本当なのかは分かりません。試験を受けた人が別の人にその内容を伝える事は禁止されていないので、カリス先輩が帰ってきたら存分に質問責めしたいと思っています。
「またしてますわよ、物憂げな表情」
ユウヒにそう指摘されて、私は正面に向き直って最大限にキリっとした顔を作りました。
「してない」
「無理がありますわ」
ユウヒは眼鏡をくいっと上げて、またいやらしく私に詰め寄りました。
「大好きなカリス先輩と離れ離れになってしまうのが憂鬱なのは分かりますわ。私もそうでしたから。でもまだ3日目でしょう。あと4日もあるんですから、授業も手につかない様子じゃこの先が不安ですわ」
ナチュラルに煽ってくるユウヒへの対処というのは既に完成しています。そう、無視です。
「だけどタマルさん、カリス先輩が卒業したら少なくとも1年は会えませんし、私達が卒業した後も同じチームで作戦に参加しない限りはなかなか会えないんですのよ。その辺分かってらっしゃるのかしら。ましてやタマルさんはメンターの家に戻る予定なのでしょう? 宿舎にもいないならますます会う機会が無くなりますから、今から寂しさに慣れておく事は必須なのではなくて?」
正確な対処を心がけたとしてもどうにもならないのがおしゃべりクソお嬢様ことユウヒです。なんでそんなに噂好きの世話好きなのか、私には到底理解出来ません。それでも無視を続けていると、ようやく諦めたのか、あるいは少し離れた席からミカゲが物凄い形相で睨んでいるのに気づいたのか、話題を変えてくれました。
「そういえば、また髪伸びてきましたわね。今度も伸ばしますの?」
学園に来てから約半年が経ち、私の髪は肩にかかる程に伸びていました。ぼさぼさしてきたので1回毛先を揃えるカットをお願いしたのが2ヶ月程前です。ユウヒの師匠でもあるフィレス先輩は、人の髪を切るのが何故か得意で、お願いすればやってくれます。
「うん、腰くらいまで伸ばそうかと思ってる」
「えっ!? そんなに長いと戦闘中に邪魔じゃありません?」
「確かに邪魔なんだけど、長い髪で『チャージショット』の出所を隠すのとかどうかな、と思って。『スライド』で移動すれば髪がなびくし、目くらましにもなるかな、とか」
「なるほど。でも一長一短ですわね。別にあれですわよね? メンターの好みの髪型が分からないからとりあえず伸ばしているとかそういう訳ではないんですのよね?」
どうしてこうも流れるように下世話な話題に繋げられるのか、私はユウヒの思考回路に呆れを通り越して尊敬すら抱き始めました。
「まあそれは良いとして、あなたは『フリーズ』も使うんですから視界は確保しておかないとまずいですわよ」
急に真面目になったユウヒ。ミカゲが席から立ち上がっていつ止めに入るか伺っているのがおそらく原因です。
「髪留め、というかカチューシャでもあればいいのかしら。えっと……」
ユウヒが辺りを見回して、1人の子を捕まえました。筆記テストの成績がいつもユウヒに続いて2位の子で、そのご褒美としてもらったカチューシャを頭につけています。
「ちょっとだけ貸してくださる? どうもありがとう。すぐに返しますわ」
2位の子の返事を待たず、勝手に持ってくるユウヒ。ババアか、と思いつつその子もユウヒの性格については諦めている様子でした。
「さ、ちょっとつけてみてくださる? あらいいですわ。よく似合ってます。うふふふふ、かわいい」
これまた私の同意も待たずに、青いカチューシャを私の頭につけるユウヒ。私は2位の子に視線を送って何度か謝りました。
「すごくお似合いです。タマルさん」
いつの間にかミカゲが私の後ろに立っていました。そして距離が近い。息がかかるくらいの近さが最近の基本です。離れた方が喋りやすいという事についていつ言うべきか、私はタイミングを逃しています。
「そ、そう?」
「ええ。とっても」
「ミカゲにもこの良さが分かるなんて意外ですわね」
「私はあなたなんかよりタマルさんの良さを分かっています」
「それはどうかしら。現にカチューシャを提案したのはこの私ですわ」
「私も内心では似合うだろうと思っていました。ただユウヒほど図々しくないので黙っていただけあって」
「後からなら何とでも言えますわ」
「この……」
「ちょ、ちょっと待って」
2人が会話を始めるとこうなる事は分かっているんですが、2人の口があまりにも把握て止めに入るのが難しいのです。
「タマルさん」
ミカゲは私に向き直って、手を両手でぎゅっと掴むと物凄く真剣な眼差しで言いました。
「次回の『シューティングレース』まで待っていてください。私は必ず3位以内に入ってタマルさんにカチューシャをプレゼントします。これは約束です」
「あら、出来っこない事をそんなに簡単に約束していいのかしら」
「っさい!」
「こわぁ」
むしろこの2人は仲が良いんじゃないかとすら思えてきました。
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