第35話 一点突破

 7回戦第2試合。0ー1。後は無い。負ければランク4に戻り、勝てば決着は明日へ持ち越し。ランク6報酬の為にも、ここは踏ん張りどころだ。


 両者同時に転送され、試合開始。


 先に仕掛けたのはこちらだったが、能力は何も発動させない。いわばすっぴんのまま相手に向かって前進する。もちろんこれは作戦で、浅見先輩のように自暴自棄になった訳ではない。


 対する相手の発動。

 A-03-I『ピースメーカー』

 拳銃を召喚する。


 やはり1戦目の『ドロー』は変えて来たな。

 『ドロー』はいわば対非生物召喚の最終兵器。1戦目でそれを見せたとなれば、相手がよっぽどのクソ度胸が無い限り武器は使ってこない。それを踏まえた上で、別のARMS系に変えた訳だ。

 まあそれくらいの事はきっちりすると予想はしていた。事実、俺もここで『インフィナイフ』を採用する程強い心臓は持っていない。


 相手は召喚した銃の撃鉄を起こす。タマルが2歩近づく。銃を構える。更に2歩。狙いをつける。更に2歩。銃を持った相手に真っ直ぐ近づくなんてやはり策を捨ててるのかと思われるかもしれないが違う。


 相手が引き金を引く。

 タマルの発動。

 Aー11ーI『バリア』

 手の平から透明な障壁を召喚する。


 『インフィナイフ』は奪われるときついが、『バリア』は自由に出し入れが出来るので影響はほぼない。だから仮に相手が『ドロー』を続投させても問題ないので採用した。

 放たれた銃弾はタマルの『バリア』によって弾かれ、タマルは更に前進する。『バリア』を盾にして安全に近づく事も出来る。が、あえてタマルはそうしない。


 タマルの発動

 C-04-B『代償強化』

 能力を1つ封印し、身体能力を強化する。


 この能力により封印するのは今しがた発動した『バリア』だ。再発動が出来なくなるので、利点である出し入れも当然出来なくなるが、近づいてしまえば問題ない。タマルは強化された肉体を生かし、地面を蹴ると『バリア』の上部に手をかけてさながら跳び箱のように飛び越えた。相手との距離が詰まると同時に、空中から飛びかかるタマルに銃で狙いをつけるのは難しい。


 近づいてさえしまえば銃の利点は無くなる。撃鉄を起こす事すら出来ないだろう。だが、相手は回避手段を用意していた。


 相手の発動。

 Cー22ーM『スライド』

 一定速度で地面との平行移動が出来る。


 姿勢を変えずに高速移動を可能とする能力。『ピースメーカー』と相性が良い。確かに近づくにも離れるにも便利な能力ではあるが、させない。


 タマルの発動。

 H-06-V『後退却下』

 生物の眼を視界に捉えると、対象は後退出来なくなる。


 『スライド』移動で後ろに逃げようとした相手が、それを出来ない事に気づいた。『後退却下』は試合開始時からずっと発動していたが、他の能力と違って相手が後退出来ない事に気付くまでその存在を悟らせない効果がある。

 後ろに下がれず、相手が躊躇った。更に2歩。タマルの拳が届く距離。だが、相手が引き金を引く方が僅かに早いか。


 銃を持った相手の手が、タマルの一撃によって砕かれた。ほんの少しの差だったが、タマルに軍配が上がったのは偶然ではない。相手の『スライド』での回避を防いだ段階で、タマルは自身の『後退却下』をも封印し、更に強くなっていたのだ。


 肉体の強化は重ねがけが出来る。『限定強化』がそうであるのと同様に、『代償強化』も1つより2つの能力を封印した時の方が高い効果を発揮する。1つですらトップアスリート並の身体能力になる『代償強化』だが、2つとなればそれは最早大型の野生動物並だ。見た目には変化なくいつものタマルと同じだが、その中身はほぼゴリラである。腕力、握力はおそらく簡単に人の頭蓋骨を砕くし、瞬発力、脚力は決して獲物を逃さない。


 銃が床を滑るのと同時に、タマルは相手の姿勢を崩してマウントを取った。相手は両腕を使ってガードしたが、そんな物は1撃で文字通り粉砕出来る。


 相手の発動。

 H-12-F『ニ-ドルヘア』

 頭部から髪の毛を放射する。


 そんなちゃちい攻撃もう関係ねえ。生身の状態ならダメージはあったんだろうが、今のタマルにはかすり傷だ。そして鬼神と化したタマルにマウントを取られれば相手はひたすら殴打されるしかない。


 決着。

 タマルの勝利。


 勝った。残った。狙い通りの試合運びだった。

 狙いも何もただ突っ込んで勝っただけだと思うのは早計だ。ここからは少し俺の立てた作戦について話すとしよう。


 まず今回の作戦の肝となるのは、『代償強化』を2度発動させる事による重ねがけ戦略だ。1度でも強くなるが、2度ならなおよし。残り2つの能力はこれに合わせて選んだ。


 『バリア』は『斥界』と組み合わせた時と違い、1度きりの使い捨て盾として採用した。相手の初撃をどんな形であれかわし、その後は踏み台にして距離を詰めるのに使う。自由な出し入れという最大の利点を捨ててでも1枚の壁が欲しかった。


 そして相手を逃がさない為の『後退却下』。今回は見事に相手の『スライド』に刺さってくれて、これがほぼ決め手となったと言っても過言ではない。地味だのはずれだのと言ってすまなかった。


 ポイントはこのどちらの能力も再発動に特に条件がない為、発動してすぐに封印が可能という事だ。『インフィナイフ』と組み合わせた時にも触れたが、再発動が容易な能力は『代償強化』と相性が良い。


 2つの能力をあえて犠牲にしたからこそ、相手を捉えた後は肉体の強さに頼って圧倒する事が出来た。つまり、能力1つの効果を高める為にあえて縛りを加え、一点突破を狙うのが今回の策だったという訳だ。


 今回はいつもよりめちゃくちゃ力強いタマルが見られた。ゴリラだの鬼神だのと内心思ってしまった事は、本人には伝えない方が良いだろう。

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