第36話 能力の固定化

「ちょっと待て橋本。今何て言った? 『固定化』? 『能力の固定化』って言ったのか? 今」


 それはサロンで橋本と会話してる時に起きた。能力の考察とか、在庫の管理、自分の反省と動画内での戦闘の検証なんかについて熱く語っている時、話の流れの中でぽつり、と「固定化」という単語が橋本の口から出たのだ。

 1回目はスルーした。議論は白熱してたし、やっぱり幼馴染といえど考え方に相違があって喋りたい事があった。だが2回目、「能力の固定化がもう少し楽ならな」と橋本が言ったのだ。


「確かに言ったけど、気にしなくていいよ。条件が厳し過ぎるし」


 条件? まずそもそも「能力の固定化」という概念すら突然放り込まれたのに、条件があるとすればつまりそれさえクリアすれば「能力の固定化」が出来るって事か? しかも橋本が「厳しい」と評するならその条件すら知ってるって事だ。


「待て待て、順を追って話してくれ。まず『能力の固定化』って何だ?」

「言葉のままだよ。注射器で付与した能力を固定化する。普通だったら毎回試合が終わる度にリセットされて能力無くなるだろ? そうならなくなる」


 俺は立ち上がった。橋本の胸ぐらを掴もうかと思ったがやめた。良い奴だからだ。叫ぶのもやめた。冷静になるべきだ。俺は座った。


「……まず聞こう。その固定化の情報はどこから入手したんだ?」

 この大フェイクニュース時代、重要なのはソースの確認。

「管理人からだよ」

 え、何? 橋本って管理人とデキてんの? 俺の質問にはまともに答えた事のない管理人から、そんな超重要な情報を独自に入手するってもう蜜月の関係にあるとしか思えないんだけど。


「そんな訳ないだろ。会った事もないし。ただ地道にチャットで聞き出してただけだよ。毎日1つずつコツコツ質問してて、たまたま教えてもらったんだよ」

 ああ、そういえばこいつ、学生時代からそういう地味な努力が得意な奴だった。雑誌の懸賞とかよく応募してて、ダブった炊飯器もらった事もあったな。1000万もらったのに俺みたいに仕事バックれてないし、真面目なんだよな。


「試合前と試合後は忙しいみたいであんまり答えてくれないけど、夕方あたりとかに丁寧に聞くと結構答えてくれるんだよ。タイミングと聞き方だな。同じ内容の質問でもちゃんと答えてくれる時と無視される時とあるし」


 俺は無視されたら諦める。だが橋本はそうじゃない。

「情報源は分かった。で、その固定化の条件ってのは?」


 能力の固定化。考えてもみてくれ、実際に出来たらこれは凄い事だぞ。

 現状1試合参加するごとに、3回分の能力を俺たちは失っている訳で、勝てば5回分戻ってくるが、負ければ3回分は失ったまま。だから勝率を6割以上に保つ必要があるのだが、固定化が可能ならこの失う能力数が2回分になる。そしてそれだけで負け越しも許される事になる。

 つまり、俺がこれから運良く『斬波刀』を入手してそれを固定化すれば、タマルは毎回それを使えるって事だ。俺はそれを軸に、残り2つの能力を選べば良い。リクエストする能力もHEADとCOREの2種類に絞れる。繰り返す。これは凄い事だぞ。


 凄さが理解出来た所で聞いてみよう。能力の固定化。その条件とは?


「3年間同じ能力を持ち続ける事だ」


 待て、俺の耳が悪い。これは明らかに俺の耳あるいは脳の落ち度だ。

「ごめん、もう1回言って」

「3年間同じ能力を持ち続ける事。だから条件厳しいって言ったろ」


 いや厳しいっていうか、不可能じゃん。

「それってつまり、毎日同じ能力を付与し続けて、それを3年間って事?」

「そう」

「当たり前だけど毎回消費するんだよな? それって単純に考えて1000回分の能力使用回数が必要だと思うんだけど間違ってる?」

「正確には、2-0と0-2の時は翌日休み挟むから、まあそれでも最大限上手く行って700回分以上かな」

「って事は同じ能力を最低でも140本引き当てないといけない訳?」

「そうなるね」


 意味が分からん。なんだそれ。俺を落胆させる為に容易された奴か? 3年間て。寝太郎じゃないんだから。


「そんな落ち込まれても困るよ。厳しい条件だって言ったし」

 1つ、改めて分かった事がある。管理人に何を聞いても無駄だ。無視されるか、真偽すら不明で検証不可能な情報を握らされるか。どっちにしたって時間がもったいない。


 相変わらず理不尽なPVDOへの憤りを感じていると、サロンに浅見先輩が入ってきた。今日の機嫌は良いのか悪いのか、気になって表情を見てみると、泣きそうになってた。


「勝っ……負……えっと、どっちですか?」


「これが悪い」

 そう言って、例の鍵をテーブルに出す。ランク10特典でもらえるPVDOの本部の鍵だ。

「まだ行ってなかったんですか?」

 悪気なく訊いてみたが、これは無視される。

「これがあるから気が散る」

 いかにもな言い訳って感じだが、俺がわざわざそんな事を指摘しなくても相当追い詰められてるようなので言わない。

「じゃあ……壊します?」

「……今から行ってくる」


 浅見先輩は鍵を拾い、出て行った。スランプに嵌ってる人間はとにかく何かしらを原因にしてどこかしらへ気分転換に行きたがる物だ。まあPVDO本部の事も気になるっちゃなるが、管理人に振り回されても消耗するだけだ。今は目の前のバトルに集中。

 7回戦第3試合。これで決まる。

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