第17話 最悪な1日

 今日はこれまでの人生において最悪の日でした。

 ちょっと日記を書くのもしんどくて、本当は今すぐ全て忘れて寝てしまいたいのですが、この怒りを風化させない為に、いつか必ず仕返しをするという誓いの代わりに、何があったのかを記しておこうと思います。


 始まりは学園長からの呼び出しでした。既にこの時点で私の気分はどん底まで落ちましたが、この学園における最高権力者からの命令を拒絶する訳にもいきません。私が毎日打っている注射は、覚醒者である校長がその能力によって召喚している物であり、逆らえばもらえなくなるかもしれません。いえ、それどころか代わりに毒物を渡されれば私は気づかずに死にます。訓練場外で死ねばそれはただの死ですから、戻ってくる事もありません。


 あるいはもっと単純に、私が手も足も出ないような方法であっさりと殺される可能性だって大いにあります。覚醒者と私達にはそれくらいの差があるのです。


 なので仕方なく、私は担任に連れられて2度目の学園長室へとやってきました。前回は常識人のフリをした学園長にまんまと騙されましたが、今回は最初から全開でした。


「あらタマルちゃんお久しぶり。髪が伸びたわね。切ってあげようか?」

「結構です」

 心理的にも物理的にも一定の距離を保つように心がけました。


「あらそう? じゃ、はい」

 学園長は、んー、という感じで目をつぶって唇を突き出しました。

「……何ですか?」

「何って、見れば分かるでしょ。今日は舌も入れてあげるから前より気持ち良いわよきっと」


 もう既にこの時点で最悪だったのですが、学園長はどんどん私の嫌悪感の上限を突破していきます。

「全く意味が分かりません。私が学園長とキスする必要性が無いですし、それで何かが得られるとも思えません。お言葉ですが学園長、私はPVDOの為、ひいてはメンターの生活する世界を守る為、日々訓練に励んでいるまさに最中ですので、御用が無いのならこれで失礼させて頂きます。それでは」


「聞いたわ。2年生のカリスちゃんと良い感じなんでしょ?」

 私の正論もどこ吹く風、全く意に介していませんでした。一応隠そうとはしましたが、カリス先輩の名前を出されて動揺したのは確かです。

「タマルちゃんは好きな物ある?」

「……甘いものです」

「あら、それは素敵」

 嫌いなものを聞かれたら学園長と答えるでしょう。

「私にも好きな物があるの。何だと思う?」

 知るか。そう言いたかったですが、唇を噛み締めて堪えました。

「私はね、女の子同士の恋が大好きなの。正確には『私達同士の』かな」


 別に個人の趣味を否定するつもりはありません。ですが、その矛先が私にも向いている可能性についてはただ単純に不快です。

「別に私がどうしたいって訳じゃなくて、他の子達がいちゃいちゃしてるのを見るのが好きなの」

「じゃあ勝手に見てて下さい。私はこれで」

「帰す訳ないでしょ。キスがまだなのに」


 学園長の眼光が鋭く光りました。その時点で、私は逃げられない事を悟りましたが、決して納得した訳ではありません。


「A-I系の覚醒者である私は、この手からありとあらゆる物を召喚出来る。このありとあらゆるってのが厄介なのよね。例えば存在しない物は出せるけど、知らない物は出せない。望む物を思いのままに出せるのに、思いがないなら手元には何も残らない。言っている意味、分かる?」

「分かりません。私は覚醒者じゃないので」

「あはっ! それもそうね。もっと単純に言えば、インプットが無ければアウトプットも無いって所かしら」


 分かるような分からないような。

「だからキスって訳」

 それは分かりません。


「最初のタマルちゃんの味と、カリスちゃんと仲良くなった後の味の違い。それが私にとって極上のインプットになるという事よ。さあ、分かったら大人しくして」


 もちろんここまででも十分に最悪だった訳ですが、次に私が打った手は状況を更に悪化させました。


 タマルの発動

 C-22-M『スライド』

 一定速度で地面との平行移動が出来る。


 私は逃げようとしたのです。

 頭では、覚醒者相手に逆らった所でどうにもならない事は分かっていましたし、少しばかりの時間心を無にして我慢しょうと思っていたのですが、気づいたら能力を発動させていました。


「前にも言ったわよね? 体育館以外での能力発動はお仕置きだって」

 言いながら、学園長は手元に輪ゴムのような物を召喚しました。指を鉄砲の形にして、その輪ゴムを引っ掛けると、私に向かって撃ってきたのです。


 放たれると同時、輪ゴムが巨大化しました。そして私に命中すると、見る見る内に私の身体にまとわりつき、腕と脚をぐるぐる巻きにされました。両手両足拘束されれば、当然バランスを崩して倒れます。もちろんこんな能力は知りません。おそらく学園長の召喚能力の一部なのでしょう。


「じゃ、いただきまーす」

 床に転がった私に対して、学園長がゆっくり迫ってきました。


 この時点で諦めておけば良かったんです。ただ、あの瞬間の私は頭に血が上っていました。カリス先輩との関係を茶化されたのが、自分で思っている以上に私を怒らせていました。


 タマルの発動。

 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 不完全な片手撃ち。ほんの少しも溜められませんでしたが、狙いだけはつける事に成功しました。私の手元から飛んでいったエネルギー弾は学園長の頭にヒットしました。当然ダメージはありません。ただ単に学園長を挑発しただけの結果になってしまいました。


「……駄目だって今言ったばかりなのに、タマルちゃんには音葉が通じてないのかな?」


 学園長は笑っていました。それが好意的な物で無いのは明確です。


「今日はディープキスだけにしようと思っていたけど、こうなったらもう少し先に進むしか無いみたいね」


 巨大輪ゴムの拘束が更に強まりました。手が少しも動かせない程の硬さで、ギチギチに縛り上げられています。学園長は私の上半身を起こすと、いつの間にか持っていたハサミで制服の胸のあたりに切り込みをいれていきました。その手つきは実に慣れた物で、あっという間に私の胸の先端が露わになりました。


 死にたいです。こうして思い出している今も、今すぐ自分に向けて限界まで溜めた『チャージショット』を撃ち込みたい気分です。学園長は私に唇を重ね、予告通り舌を挿入し、その手で私の乳首をつんつんとつつきました。


 最悪です! 最悪です! 最悪です!


 多少の自業自得があったとはいえ、これはただのレイプです。学園長とはいえ、覚醒者とはいえ、決して許される事ではありません。でも同時に、カリス先輩やミカゲはもっとひどい事をされていたという事が頭に浮かんでいました。色んな感情が頭を過ぎって、気づくと私はまた泣いていました。


 執拗なキスと胸への虐待はその後20秒ほど続きました。

「ん〜〜最高。これは捗るわねえ」

 学園長が満足げに言いました。

「でもちょっと罰が軽いかも?」


 引き続き最悪は終わりません。

「あ、そうだ。タマルちゃんだけこれから乳首丸出しで生活してもらうってのはどう? 授業中も訓練中も食事中も、3年間ずっと、このかわいい乳首を出して生活するの。うわ、めちゃくちゃエロくない? 変態過ぎるわねタマルちゃん」


 恐ろしく下劣な発想。変態はどっちだって話です。

「なんて嘘々、冗談よ。きゃはははは」

 もし本当に学園長が言った事を実現させられていたら、今日がこの日記の最後になった事でしょう。

 その後、学園長は新しい制服を召喚して渡してきました。「強制しようと思えば強制出来るけどね」という脅し文句を添えて。


 もうそろそろ思い出すのも書くのも疲れて来たので眠ります。

 とにかく最悪な1日でした。

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