第13話 は?
いつものように0時ちょうど。タマルが戦闘エリアへ転送され、手に汗握る戦いがいざスタート!
決着。
タマルの勝利。
は?
思わず口に出して言ってしまった。準備はした。覚悟もした。考察もしてきた。予定も立てた。でも勝負はなかった。
カメラの向こうのタマルは驚いた様子でも困った様子でもなく、誰もいない逆サイドを見ていた。若干の間の後、映像がぷつんと切れた。
「不戦勝ですね」
管理人はあっさりと言った。
「そんな事ってあるの?」
「ありますね。対戦相手の所持能力が3つに満たない場合と、被験者に能力の注入をしなかった場合です」
まあ確かに、能力の所持数が勝ったり負けたりで増減するにあたって、前者のような状況に陥る人もいるだろう。要は所持能力数が合計5個以下になった段階で、次に負けたら終わりという事だ。だが後者はどういう事だ。
「今回の場合はどっちなんだ?」
「それは教えられません」
「棄権するメリットは?」
この質問に管理人は答えなかった。自分で考えろって事なんだろう。実際ちょっと考えてみれば分かった。
要するに、相手は分が悪いと見て能力を温存したのだ。棄権すれば、勝って新たな能力を得る事も無いが、負けて失う事もない。相性が悪い相手と無理やり戦う事はないのだ。
頭の中のどこかで、戦う事は必然だと思っていた自分がいた事に気付かされた。だが1つ、いや2つ気になる事がある。
「能力! 能力は!?」
そう、報酬だ。相手が棄権とはいえ、勝ちは勝ち。もらっておかないとこっちが赤字になる。
「リクエストどうぞ」
その返事が来てほっと胸を撫で下ろす。例え不戦勝でも勝者の権利はそのままらしい。となれば、
「ランクは?」
「上がりますね。ランク3達成おめでとうございます」
よし、こっちも問題ない。
なら全然嬉しい。確かに俺はPVDOにハマった能力バトルマニアだが決してバーサーカーではない。労せずして報酬が手に入るならそれに越した事はない。全然喜べる。全然アリだ。
「ランク3になった事により、サロンからの招待を受けられるようになりました。サロンの説明は必要ですか?」
橋本から聞いていたが、一応こいつからも聞いておきたい。
「お願いします」
「え? 別によくないですか? もう入るサロンは決まってるんですよね?」
いやいやいや。お前が聞くかって聞いたんだから聞くって言ったら言えよ。略してOKKKII。
「今回のマッチは2-0で終了です。明日は休みですので能力のリクエストは明後日の23時40分までです」
おいおいおい、先行くな先行くな。説明! 説明!
俺の必死の訴えa.k.a当然の権利の主張も何のその、自由奔放な管理人はまたとっとと寝てしまったらしい。2-0で勝てば1日休みとかも新たに聞いた情報だし、確かめたい事はまだまだいっぱいあるが、これがPVDOクオリティである。血涙流して耐えるしかない。
そんな悲壮な決意を胸にした俺宛に、ぴこん、と画面の右下にメッセージがポップアップした。
「サロン、『テセウスの船』から招待が届いています。了承しますか? はい いいえ」
サロンからの招待。橋本が言っていたサロンの名称も合ってる。当然選択肢は「はい」一択。
すると、管理人とは別のチャットウインドウが開いた。「田秀作様が入室しました」とチャットの1番上に俺の名前が表示される。ノスタルジーさえ感じる昔ながらのインターネット文化。キリ番踏んだらどこに報告すればいいんだ?
「田、勝ったみたいだな。おめでとう」
と、真っ先に橋本からメッセージが届いた。
「ありがとう」と書いて、何か物足りなく感じ、「新入りの田です。皆さんよろしくお願いします」と足した。
チャットルームには、俺と橋本以外にも3人の名前があった。これから味方になる方々なのだから、第一印象は大事にしたい。
それにしても、サロンと言う表現からちょっと身構えてたが、こうしてチャットで情報交換が出来るくらいなら気兼ねなく使えそうだ。早速聞きたい事を書き込んでみようかとも思ったが、自己紹介もそこそこに教えて君(死語)するのはなんだか気が引けて、他の人の発言を待った。
こういう微妙な空気での読み合いみたいなのも昔のインターネットの醍醐味だよな。
誰に同意を求めているのかは全く不明だが、ちょっと落ち着いている自分がいる。まあ知らない人だらけだけど、ちょっと期待もあったりして、仲間意識みたいなのがもう芽生えているのもある。
「文字打つの面倒くさいから呼ぼうぜ」
ぽつん、と1人が発言した。名前は浅見鋭二とある。呼ぼうっていきなりオフ会という事だろうか? いやちょっと急すぎて……まあ確かに会って話した方が早いだろうが、いやいやでもなあ……。
などと悩んでいると、橋本が同意した。
「そうですね。田、クローゼットを開けてみて」
ん? クローゼット? 言っている意味が分からない。オフ会するならするで、集合場所、日時、良い店に呑みに行くなら予約もちゃんと済ませてからにしたいんだが、いきなり着替えろと? じゃあ今から会うってのか?
疑問に思いながらも、俺は言われた通りクローゼットを開ける。
バーがあった。
ソファーにどっかり座って飲んでるつり目の男と目があって、俺はそっと扉を閉める。
「ごめん、どういう事?」
震える指で俺はチャット欄に打ち込む。
「入ってこいよ」
いや……え?
机の引き出しがタイムマシンに繋がるならまだしも、俺の家のクローゼットがバーに繋がるの? なんで?
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