アインの伝説(59)



 魔王が全力のBダッシュで逃走。

 いや、意味わかんねぇだろ、そりゃ?


 めっちゃ速かった。あまりにも速すぎて思わず手を伸ばしたくらいだ。届かないってわかってたけど、思わず。


 なんだ? いろいろとぶつくさ言われてたよな?


 特に勇者シオン?

 同類? どういう意味だ?


 わっかんねぇんだけど? どうなってんのこれ?


 ラスボスが逃走するとか、アリなのか? いや、過程すっとばしてラスボス暗殺に来たおれが言うことじゃねぇーけども。


 でも逃げるフツー?

 ないよな? ないだろ? 想定外の予測不能で呆然自失だよ!?


 ということで呆然と魔王の背中を見送ってしまったワケなんだけどな? なんだけども。


 あれだけの戦闘をすれば、音も当然響くワケでして……。


 ざわざわと人が集まる気配。


 呆然としている場合ではない。


「庭園に誰かがいるぞ!」


 うひゃっ! 見つかった!


 外壁を乗り越えようとして、ふと気づく。


 ……この向こうって、『赤』っていうのの縄張りだから、壁を超えたら逃げ場がねぇ?


 ああもう!


 おれは庭園の生け垣の向こうへとがさがさと音を立てながら飛び越えていく。


「捕まえろ!」

「逃がすな!」


 大変美しい花壇には申し訳ないんですけど、ガンガン踏んで逃げてます、ハイ。ごめんなさい。


 神殿の庭園らしきところは三つぐらい生け垣を乗り越えた時点でただの街路のようなところへと出ることができた。


 右は行き止まり、左はたぶん、正面入り口で、曲がり角は……。


 タッパのマップ機能が移動したところをどんどん記録していく。その時に分かれ道だけは把握できるようになっている。


 とりあえず、走る。

 魔王がどこ行ったかはもうわかんねぇけど、おれはおれでいろいろとマズい。


 あっちこっちへと走り、『赤』の縄張りとは関係ないと思われる西の大きな壁を乗り越えようと、大きな外周道路へ飛び出した時、一人の少女と目が合った。


 おれはつい、そこで足を止めてしまった。


 少女の前後には対角で護衛が一人ずつ。3対1で向き合う状態に。


 いや、おれも一瞬、呆けてしまったけど、あっちも同じように呆けている。


 護衛の二人が腰の剣を抜く。


「やめよ! 剣をおさめるのだ、オルトバーンズ、クライスフェイト」


 少女の声に、護衛の二人の動きが止まる。


「そなた、アイン、なのか? なぜここに……」


 少女はまっすぐにおれを見て、護衛を制しつつおれへと近づく。


「姫……」

「よい。黙っておれ」

「しかし……」

「アインであろう? こんなところにいるはずがないとは思うが、命の恩人たるそなたを見間違えるような愚か者に、わらわはなりとうない」


 おれは立ち止まってしまったミスをどう挽回すべきか、必死で考える。


 わらわっ子人質作戦? 今ならこの護衛二人くらいは楽勝だとは思うけど、おそらく公爵家の姫だと考えられるわらわっ子に、どこまで人質の価値があるか。特に、どれだけ価値が高いかが心配。高すぎて人質にした時点で大問題過ぎる可能性アリ。


 かといって、完全におれがアインだと認識されてる相手というのも、どうだろうか? 放置して素性が伝わって、人間が暮らすあっち側でおれを見つけて、魔族が報復? アインって認識だろ? できるような、できないような?


「いたか?」

「いや、あっちは探したか?」

「まだだ。向こうは任せた!」

「おう」


 どこかから聞こえてくるその声につい反応してしまう。


「……追われておるのか? 何をしたのじゃ? いや、何もせずともニンゲンがここにいるとなるとそれは問題か。クライスフェイト、そなたのローブを」

「姫様!」


「オルトバーンズ? わらわはもうあの頃のような幼き子どもではない。わらわがわらわの判断とわらわの責任において命ずる。それが父上の意思にも通じるのじゃ」

「は……」


 しぶしぶ、といった感じで護衛の一人がローブを脱ぎ、それを受け取ったわらわっ子がおれに差し出す。


「これを着て、フードを深くかぶるがよい」


 ……これは、なんていうか、匿ってくれる系の流れですか? ええと、子どもの頃の、アレの恩返し的な? 鶴とか亀の、アレな感じで?


「はようせい、アイン」


 差し出されたローブをおれは受け取る。その瞬間、わらわっ子はおれの手元を見た。


「……変身の腕輪か? ならばフードをかぶるだけでなく、ツノを生やすか、耳を伸ばすか、はようせい」


 おれは言われるままに、ローブを着込むとフードを深くかぶり、変身の腕輪でツノを生やした。


 ていうかあの一瞬で? わらわっ子、有能な感じに育った? なんか恥ずかしい発言をする美幼少女だった記憶はあるんだけどな?


「くく、そなた、意外とツノも似合うのう」


 笑うわらわっ子。笑わら。いや、あん時の美幼少女も成長しますた。成長しますたよ。笑顔だよ、笑顔。どっちかっつーと、泣き顔っぽい感じか、辛そうな顔の覚えがあるけど、笑顔ですよ、笑顔。美少女にばっちり成長しますたでござるよ。


「よいか、オルトバーンズ、クライスフェイト。この者はブラストレイト家が匿う。際限なく続きそうなこの戦をどうにかできる切り札じゃ。決して誰にも奪われるでないぞ」

「姫様……」


「ここまでやってくるニンゲンが使えぬはずがなかろうが?」

「それは……」


「よいか、何のために父上がリーズリース卿と妥協したのか、よく考えよ」

「は……」


 ……わらわっ子、見た目だけじゃなく、中身も成長したのか? おれを利用するつもりで匿う気だな? どうだろ? 今のところ、選択肢はあんましないワケだし、依頼内容次第か? あと、ガイアララやら、魔族の内情やら、こっちも知りたいことはいっぱいあるしな?


 わらわっ子たちは、おれを捜索してる連中に知らぬ存ぜぬで追い払い、そのままおれを連れて、わらわっ子の屋敷へと歩いていった。


 人質?

 そういう考え方もあるか。


 でも、その気になったら、強引な手段で逃走できなくはないし、拘束されてるってワケでもない。


 どういう内容で利用するつもりか、それが、利害の一致するところなら。


 どちらかといえば反戦の立場のはずのブラストレイト家の姫さまだからな。


 利用してもらいつつ、こっちも利用できるのがいいかも。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る