聖女の伝説(19)
領地到着と、領主館への着任。
そして、連れてきた女シェフのゾーラさんに、大量の肉と調味料を渡して、夕食の準備を頼む。
何人かのメイド見習いがでっかいおばさんに厨房へと連れ去られた。恐るべしゾーラさん。あの子たちめっちゃ強くなったんだけどな。迫力負けしてたよ。
代官……いや、もう筆頭執事、家令となったイゼンさんなんて、メイド見習いですって言ったら「騎士見習いですよね?」って問い返してきて、そのやりとりが5回あったからな。
最後はしぶしぶ「わかりました。メイド見習いとして対応いたします」って。
もともとこの領主館にもメイドさんは一人いたらしくて、その人もこれまで通り雇ってもらえないかってイゼンさんが難しい顔をして言ってきた。
問題ないのでいいですよって答えたんだけどさ。
「アインさま、青の月が終わるまでの分は、侯爵閣下からの予算でよいとうかがっております。しかし、その先はアインさまのご負担となります。無理なら無理と、おっしゃってください」
なんか、重々しい感じでイゼンさんが言うんだよな。まぁ、そのメイドさんをリストラするのが心苦しいっつーか、そういうの? なんだろうけど……。
「あれだけの数の使用人を連れていらっしゃるとは思っておりませんでしたので……」
「メイドさん一人、給金はいくらなんですか?」
「衣食住は保障した上で、月に300マッセでございます」
「300マッセぇっ!」
……いかん。女教師に叱られる。あんまりにもびっくりしたから大きな声を出してしまった。
でも300マッセって、もうそれお小遣いですらねぇもん。
ブラック企業にもほどがあるけど?
「……ちなみに、筆頭執事、いや、代官としてのイゼン殿と給金は?」
「ここで働く者はみな、衣食住の保障付きというのが前提ですが、私は3000マッセで働かせていただいてます」
「給金の額を決めたのは、イゼン殿では?」
「はい。私でございます」
「それって、少な目に給金を設定してますよね?」
「……お気づきですよね。ですが、予算が足りないのです」
「3人の部下のみなさんには? いくら渡していますか?」
「……3000マッセです」
「それは、妥当な額ですか?」
「ケーニヒストル侯爵領内であれば、この金額は妥当なものだと思います」
「代官の妥当な金額はいくらぐらいですか?」
「……少ないところで6000マッセ、というところでしょうか」
「半額になってるじゃないですか!」
「仕方がなかったのです。そうでもしなければ村人の食べる物すら……」
何この人? めっちゃいい人じゃん! なんでこんな辺境に飛ばされてんのさ?
「男爵家の筆頭執事の、ごく一般的な給金はどのくらいなのですか?」
「男爵家であれば、やはり6000マッセぐらいかと」
それ、女教師の月給じゃん。
「……筆頭執事と、雇われの家庭教師の給金って、どっちが上になります?」
「それは、場合によるかとは思いますが、通常は筆頭執事の方が高いと思われます」
うん。そうだと思った。
「通常ではない場合とは?」
「……国で一番の剣士を呼んで、剣の稽古を行うなど、かなり特殊なものかと」
「ああ、それは確かに。場合によりますね。では、今月からイゼン殿の給金はとりあえず7000マッセにしてください」
今度、おじいちゃん執事に適正な金額をいろいろ質問してみよう。
「それは、なりません。フェルエアインさま」
ものすごーく真剣な顔で、イゼンさんがまっすぐおれを見つめる。
「そのようなことをすれば村人が飢えてしまいかねません。何度も申し上げますが、この地はろくな稼ぎもなく、使える予算もあとわずかなのです。たとえ、解雇されたとしても申し上げなければならないことで……いえ、その給金を頂くのであればむしろ私を解雇なさってください」
……ああ、なるほど。
この人、これでシルバーダンディに煙たがられたんだな。
あの人、清濁併せのむって感じだから、堅物の扱いは好きじゃねぇんだろうな。
あと、こういう人でないと、反逆の領地なんて言われてる場所を治めるのにうまくいかないだろうし。
あれ? そういう意味では領民のことは考えてんのか? イゼンさんのことは考えてないような気もすっけど?
「イゼンさんは7000マッセ。部下のみなさんは3500マッセ。前から勤めているメイドさんは800マッセくらいですか? 見習いたちは500マッセで始めましょう。家庭教師のセラフィナ先生は6000マッセなので、筆頭執事となるイゼンさんがそれより少ないというワケにはいきませんから。
家政婦長と、メイド長には、どのくらいが妥当ですかね? あと、シェフも?」
「ですから、アインさま! それでは村が……」
ジャラドカンっ。
おれは金貨を詰めた袋を執務机の上に、わざと音を鳴らして置いた。
「イゼンさん。その袋を確認してください」
「これは……?」
「いいから、早く」
「は、はい……」
袋を開いてすぐ、イゼンさんは目を見開いたまま、動きを止めた。
沈黙が執務室に落ちる。
袋には金貨が軽く300枚以上、入っているはずだ。かなりの重さがあるしな。
「イゼンさんに月7000マッセ、部下3名に3500マッセを3人分で10500マッセ、セラフィナ先生に6000マッセ、メイドに800マッセ、見習いに500マッセ。そうですね、家政婦長には3000マッセ、メイド長には2000マッセ、シェフには2500マッセとしましょうか。見習いは8人ですから、合わせて毎月35800マッセというところですね。1年間で42万9600マッセですか。その袋には金貨が300枚以上あると思いますけど、7年分の支払いが先払い可能ですね。しませんけど」
「こ、こ、こ、こ、こ、これ、これ、これを、侯爵閣下が、アインさまに……?」
「侯爵閣下からは1マッセも受け取っておりませ……ああ、いや、青の月の終わりまでの予算は頂けるという話を先程イゼンさんから聞きましたね、そういえば。それだけです。それは私の自己資金の一部です」
「いっ! 一部ですか!?」
「予算は、足りてますか? 足りてませんか?」
「こ、これを予算とするのなら、十分、足りております」
「では、先ほどの給金の額は、それぞれの役職に対して、妥当なものですか? 男爵家として?」
「え、あ、はい。その……まず家政婦長は筆頭執事の次にあたるかと。ですから、執事として男性使用人となる部下たちよりも給与は上で。メイド長も上でよいと思われます。シェフはメイド長と同額がよいか、と。メイドとメイド見習いについては侯爵家よりも高いかと思います。あと、部下のうち一人を執事長とさせてくださるのであれば、その者は家政婦長と同額か、それに次ぐ額でお願いできれば助かります。これまで、我慢をさせておりますので……」
……部下への思いやりもある。いい人だなぁ。こんな人を筆頭執事にしてくれたのか。侯爵とはうまくいかなかったのかもしんねぇけど、ありがたい人事だ。
「うーん、それでは、イゼンさんに月8000マッセ、執事長は4000マッセ、部下の執事に3500マッセを2人分で7000マッセ、セラフィナ先生、メイド、メイド見習いは高めでもさっき言った額で。家政婦長には5000マッセ、メイド長には4000マッセ、シェフにも4000マッセとしましょう。毎月42800マッセで、1年間で51万3600マッセです。その袋でだいたい6年分は大丈夫でしょう。今年の赤の月の終わりに村の収支を計算して、来年の給金を見直すということで」
「アインさまは、け、計算が早くて……」
「ああ、計算は得意なので」
「わ、私の給与がさっきより増えたような?」
「これまで半額ぐらいまで削ってきたんでしょう? 当然の増額です。それよりも、お金があったとして、この近くで使い道はあるんでしょうか?」
「いえ。ないです」
「じゃあ……」
「この村が廃村になった後のために貯めているのです」
「廃村?」
「村人にはお金を貯めて、必要な金額に届けば村を出るように言っておりました。ここで暮らして生き抜くことは本当に難しいのです。それがこの村に来た代官としての私の役目であると考えました」
「廃村になった場合、イゼンさんの立場はどうなるんです?」
「……責任を取るのは責任者の役目ですから」
アンタ聖人かよっっ!! びっくりだわ!
「……とりあえず、使い道がないのであれば、ハラグロ商会に言って、帳簿上で処理させるようにしましょう。銀行業務みたいなもんか。たぶんできるよな。その方が金貨を両替もできるし、両替手数料とかどうすっか……」
「本当に商会が、この村に店を?」
「出すみたいですよ。それよりも、イゼンさんがここに着任してからの書類の確認をさせてください」
「あ、はい。準備いたします」
急いで動き始めるイゼンさん。
とんでもなくいい人材が手に入ったような気になり、おれは領地経営に希望を抱いたのだった。
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