聖女の伝説(20)



 その日の夕食は、ダンスホールの外にあるひっっろい庭でバーベキューパーティーだ。っていうか、ダンスホールがあるんだよ、この屋敷。なんなんだこの領主館ってのは。


 パーティーには全使用人と全村人に参加してもらう。


 焼くのは各自で頑張ってもらおう。


 姉ちゃんが楽しそうに笑ってる。それだけで心がほっこりするよなぁ。


 村人は6家族21人。

 そのうち3家族は母子家庭だ。父親がいない理由? 死別に決まってんだろ。


 反逆とか、モンスタースタンピードとかの、犠牲者だ。


 そんな母子家庭のことが心配になってイゼンさんにどうやって収入を得ていたのか確認したんだけど、めっちゃ言い渋るんだ、これが。

 それで察したんだけど、一度聞いたら、最後まで聞かないとダメだろ。これからはおれがここの責任者なんだからな。


 そしたら、やっぱ、夜のお供で稼いでいるという。

 イゼンさんの部下たちがお金払ってむにゃむにゃだよ。そりゃ、しょうがねぇんだろうけどさ。

 子どもたちは……お母さんが領主館に行っていない夜をどう言い聞かせられてたんだろうな。

 ちなみに、イゼンさんは買ってない。やっば聖人だわ、この人。


 ひょっとしたら子どもたちは何も知らずに、今も、嬉しそうにバーベキューの肉食ってんだけど、何も知らずに、かもな。


 でも、ちゃんと知ってて、わかってて、それでもここで生きてくしか、子どもたちには選択肢がない。


 貧しいってのは、そういうことだ。

 なんか、日本の明治とかの東北地方の冷害の年みたいな?


 まぁ、この一か月で変えていく。変えてみせる。


 え? 領主としてのあいさつ?


 ……したよ。

 めっちゃ短いヤツ。


 昔、校長先生は話が短い方が好きだったしな。






 翌日から始動。


 ちょっとメイド業務は後回しで。戦闘メイド部隊(メイドは見習い)を引き連れて、おれと姉ちゃんは午前中は狩りへ出る。


 午後は、空き家の掃除とか、その他の執務。姉ちゃんは女教師と勉強。ただし、ダンスの勉強だけは必ずおれと! これ大事!


 初日は村の東部、次の日は南部、その次の日は北部、さらに次の日は西部。


 この村、モンスター異常地帯だ。たぶん、ゲームの場合、ゲーム開始時点では滅んでいるか、すぐに滅ぶか……それとも、イゼンさんがなんとか廃村へと持ち込んだのか。


 村の東部、村までの街道沿いは問題なく、ツノうさ1の狩場がほとんどだけど、ひとつ奥へ入るとツノうさ2とか、ツノうさ3とか、数が増えてる。

 まぁ、初心者狩場だな。でも、数はこの村よりも前のところだと1しかなかったからな。それだけでも異常だ。


 それがあとの三方はもっとちがう。


 いきなりツノうさ3の狩場から始まり、ひとつ奥に入るとビックボア……大猪がいる。HP300クラスで、イビルボアのノンアクティブみたいなヤツだ。フォレボがHP20だからな。昔苦戦したのが夢のようだけど。

 ビッグボアがすぐそこにいるとか、モンスター異常地帯に決まってんだろ。こいつがノンアクティブだからかろうじて村が存在できてるようなもんだな。


 このビッグボア、ちょっと残念で、ちょっと美味しいモンスターだ。

 残念なのは、肉のドロップが並肉しかないこと。でっかくて大味なのかもな。

 でも、ドロップする時は2つ以上4つ以下でドロップする。大きいから数はたくさん取れる、と。毛皮も2~3枚でドロップするしな。


 はっきりいって、ビッグボアを狩ってればすぐにこの村は黒字化する。


 でも、フツーはそれができない。


 だって、人間はみんな弱いからな。


 HP300を狩る?

 そんなこと、鍛え抜いた猟師でやっとだよ。バルドさんたちみたいなさ。


 だから、衛兵とかも、スキル持ちじゃないなら、基本は大盾だと思うんだよな。4人組なら大盾3の槍1、6人組なら大盾4の槍2とかで。


 そういうことを回復薬のことと合わせて、メフィスタルニアの一件にからめて書き残したんだ。


 そんで、ハラグロ商会には大盾と鉄の槍を注文してある。大量に。


 武器、防具の出費と、ビッグボアから出る肉や毛皮の売り上げでどこまで黒字化できるか。自分たちで食べる分も考えないとな。


 戦闘メイド部隊が狩ったアオヤギのドロップ、毛糸とか並肉とかがあったけどな。レアドロップで羊のツノと毛布。なんでか、この近くではアオヤギの狩場がない。


 たぶん……ダンジョンがどっかにある。


 誰も入らなくて、モンスターがあふれてきて、それを狙ったワイバーンがくる、と。


 大河の南側、西南へと進めば飛竜の谷があるからな。このへんだろ。飛竜の営巣地があるんだから、ランダムエンカウンターとしてやってくるのも納得だ。

 だけど、HP10000クラスがランエンなんて、モンスター異常もいいところ。そりゃ、死地としか言いようがない。なんでここに村作ったんだ?


 とっととダンジョン見つけて間引きしないとな。ついでに毛糸とか毛皮も商品になるし、並肉も追加できるだろ。


 HP300クラスと戦い続ければ、一気にレベル20まで進んで、そこからじわじわ25まで経験値1でイケるはず。


 戦闘メイド部隊のメイド見習いたちは、槍トライデルがまだ発動してないからなんとも言えないけど、たぶんレベルは15を超えて、スラッシュの熟練度が足りてないんだと思う。


 スラッシュでビッグボアと戦わせてるから、そのうちレベル15以上になってることは判明するだろ。


 ビッグボアの狩場でヒダマリソウが採れるのもわかった。これはかなりいい情報だ。並ライポはハラグロ商会の武器にもなるしな。


 村からハラグロ商会にヒダマリソウを売って、村の収入にする。そのヒダマリソウをおれがハラグロ商会から買って、姉ちゃんと二人でライポにする。そんで、改めてその並ライポをハラグロ商会に売って、おれたちの収入にする、と。


 探索範囲を広げたら、他にも色々ありそうな気がする。


 モンスター異常地帯は、採れる素材もいいはずだからな。


 そもそも、小川の村だとヒダマリソウは草原では採れなかった。森まで行かないとなかったからな。






 5日目以降は、リポップの確認をしながら、さらに奥地の探索に入る。


 小さな林や、里山のような森もある。

 林や森にはビッグボアはいない。大きな体が邪魔になるからだろうな。たぶんだけど。


 その代わり、蜘蛛タイプがいる。あと、毛虫タイプ。

 どっちも、戦闘メイド部隊の少女たちが悲鳴を上げた。姉ちゃんは平然としてたけどな。さすがは姉ちゃんだよな。


 蜘蛛の足は、猿の骨と一緒で、矢の材料になる。ありがたい。あと、蜘蛛の糸も、毛虫のまゆも、一定で売れる良品だ。


「アイン、フライセがあるわ」

「えっ? あ、ホントだ、フライセがある」


 姉ちゃんがとんでもなく貴重なモノをあっさりと発見した。里山っぽい森、黒字化決定。


 羊と合わせて繊維系が多いな、と思ってたら、さらに里山の中腹あたりにダンジョン発見。


 もちろん、その場で突入した。

 1層はフィールドタイプでダンジョンの中に青空が広がって、入口の渦は丘の上になってた。


 丘から見下ろした低い草の平原、乾燥タイプの草原なんだろうな。

 見渡す限りの草原……ではなくて、見渡す限りの青い羊の群れ。


 100頭ぐらいの群れがいくつも、あっちこっちに集まって、そこで草食ってやがる。スリーピングシープは基本、ノンアクティブだから、やっぱりあれはスタンピードだったんだろう。


 めちゃめちゃここの1層、羊で過密だもんな。


 とりあえず、もう相手にならないので、ひとつの群れに戦闘メイド部隊を突撃させた。


 ある程度時間はかかるけど、8人で100頭ぐらいなら余裕で全滅させられる。


 隊長のレーナがトライデルを使えるようになったので、間違いなくレベルは15以上と確定したし。


 今度、『サワタリ・トロア』の練習、始めないとな。


 ここで狩れば、繊維系の売り物が増やせるし、やっぱり辺境でモンスター異常って、実は美味しい領地なんじゃね?


 誰だよ、反逆の領地とか、生きていくことすら厳しいとか言ってたのは!

 女教師か?


 ダンジョンありなら狩場としては最高級じゃん!


 ダンジョンで間引きしてねえからスタンピードが起きるんであって、間引きしてドロップ回収すれば儲かるんじゃん!


 そもそも、領地経営って何なのかって話だよな?


 産業振興とか。

 雇用創出とか。

 農産向上とか。

 灌漑治水とか?


 そういうのはよくわかんねえけどな。


 この世界ではどうやって領地経営をするのかってのは。

 おれにできるのは、狩りだな、やっぱ。


 すんげえ不思議だけど、中世ヨーロッパをイメージして創られている世界のクセに、あり得ないくらい発展している部分もあるこの世界で。


 おれにできるのは農耕牧畜ではなく、狩猟採集だってさ。


 縄文時代か!?


 ま、やれることを絞っていけば、結局、小川の村でやってたことをここでもやるってことだろ。






 領地生活12日目。


 ハラグロ商会から大盾と鉄の槍が届いた。


 鍛冶神系特殊魔法中級スキル・トンカンヨタロテイで、大盾と鉄のインゴッドを使って、はがねの大盾にする。


 鍛冶神系特殊魔法上級スキル・トンカンキンケヤンリで、鉄の槍と鉄のインゴッドを使って、はがねの槍にする。


 なんだかんだで結局制覇した農業神ダンジョンで手に入れた農業神系特殊魔法上級スキル・ラディーズアクルで、フライセをワイン(並)にする。残念ながら、使ったフライセの7割は消滅した。使い慣れてない魔法スキルだから成功率が低いんだと思う。


 そして、イゼンさんとその部下たち、執事ィズの前に、おれは地図を広げた。


「アインさま、これは?」

「この村周辺の、狩場の地図です」

「狩場、ですか?」


「はい。どこにどんな魔物がいて、倒せばどんなものを落すのか、また、倒してから復活するまでどのくらい間があるのか、そして、その場で何が採集できるのか、を示しています」


「そんなことを調べてらっしゃったのですか!?」

「ええ。これが、この村の持つ、可能性を示した地図です」


 執事ィズは、食い入るように地図を見ている。


「大猪はこんなにいるのか。だが、並肉か。毛皮だとかなりいい値で……」

「角ウサギもこんなに広がってる。これも並肉になるとは」

「ヒダマリソウが大猪のところに? 大猪を刺激しなければ収穫できるのでは?」

「だが、それもこれも、倒せたら、ということだろう?」


「いや、あの子たちなら……」

「あの子たちに頼っていては、いつまでたっても、本当の意味で村が豊かになることはないだろう?」

「しかし、せっかくの……」


「待て、おまえたち。アインさまの話を聞こう」


 おれは執事ィズの視線を受け止めて、壁に立て掛けたはがねの大盾へとゆっくりと視線を動かした。


「あれは、みなさん、読みましたか?」

「ええ、まあ……」

「メフィスタルニアであのようなことが起きていたとは……」


「では、何か、わかりますよね?」

「まさか……」

「アインさま、それは……」


 執事ィズがちょっと、引いた。ドン引きというほどではない。


 狩場マップからこの村の秘めた可能性を知って、あと少しなのだと理解しているからだろう。


「……大盾と槍で、我々や、村人に、魔物と戦え、と?」


 執事ィズの視線がおれに集中する。


「最初の一歩は、誰にとっても怖ろしいものです」


 おれはにっこりと笑う。「メイド見習いのあの子たちも、最初は戦うことを怖れていましたよ」


「だが、私たちは、戦の女神に連なる御業など……」

「そもそも、御業をもっておりません」

「イゼン殿だけです」

「あ、イゼンさんは御業持ちでしたか」


 なんだよ? ますます最高の人材じゃん!


「私は、商業神の御業しかないのですが……」

「私が生まれ育った村の村長もそうでした。ですが大斧を振るって、大熊を退治してました」

「なんと!?」

「もちろん、1対1ではなく、4対1で。そのうち3人は大盾持ちでしたけど」


 ……まぁ、ビッグボアはクソアスより強いんだけどな。これは黙っとくことにする。


 ことん、と。

 おれは地図を開いたテーブルの上に、一本のビンを置いた。


「……アインさま、これは、ワインですか?」

「いえ。これも、この村の秘めた可能性です」

「これも、この村の、可能性?」


「はい。まだ早いので、この地図には載せていませんが、さらに広い範囲で考えれば、この村の周囲なら本当にたくさんのモノが手に入ります。これは、西側の里山の森で見つけたフライセから造ったワインです」


「西側の……」

「あの里山に、フライセ……」

「だが、我々では近づくことすら……」


 おれは、目をみかわす執事ィズをゆっくりと見回す。


「しばらくは、私の方でフライセをなんとかします。フライセはそのままでも、ワインにしても、かなりの価格で売れます。この村は、生まれ変わる可能性を秘めているんです」

「それは……」


 それはわかるけど、魔物が怖いんだろ? でも、女の子が戦ってるのに、大人のいい男が怖いとは、簡単には言えねぇよな。


「ハラグロ商会には、ワイン造りを指導できる職人の派遣を依頼しました。ワイン造りができるようになれば、村の女性の働く場が生まれ、もちろん収入も増えます。ですが、フライセが手に入らなければ、それも夢物語です」

「……」


 何か言いたい。でも言えない。だって、本当に、この村の可能性を感じてるんだろ?


 今までにはなかった、今までは諦めていた、何か。


 ……まさか、未亡人を抱けなくなるとか思ってねぇよな、こいつら?


「いきなり大猪と戦えとは言いません。物事には順序があります。最初はみなさんから、それもツノうさからで始めてみませんか?」


 ちょっとだけ、ちょっとだけだから。先っちょだけだから! そんな感じで口説いてみる。


「猪系統の魔物には、わかりやすい動きがあります。ツノうさを確実に狩れるようになれば、必ず、大猪を狩ることはできるようになります」


 執事ィズのこっちを見る目が変わってきている。もう少し。あとちょっと。お願い。入れさせて! いやいやいや、BLじゃねぇよ?


「そして、人は、魔物を倒せば倒すほど、強くなれる。倒せば倒すほど、楽に倒せるようになるんです」


 執事ィズの動きは止まっている。もう、気持ちも固まっているんだろう。


「みなさんから、始めましょう。私と姉が、みなさんを必ず守ります」


 4人の執事ィズは互いに目を合わせ、そして、おれの方を向き、ゆっくりとうなずいた。


 こうして、フェルエラ村の改革は、成功へと一歩を踏み出したのだった。





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