光魔法の伝説(3)



 さて、おれの目の前に立つ、この男。


 ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』において、あるイミでは最大の障害。特に、『勇者』や『聖女』のジョブを洗礼で受けようとプレーした者たちにとっての最悪の災厄。


 集められた洗礼の結果によるデータの考察が進み、『勇者』や『聖女』となるための条件がそろっていく中で、多くのプレーヤーから忌み嫌われ、シカトされた、究極の嫌われNPC……。


 火の魔導師、バルサ。通称『火傷地雷』。


 ……いや、これはバルサ自身の責任ではない、と、思わなくもないけどな。


 実はもう何度もふれていることだけど、『勇者』や『聖女』のジョブを得ようとするのなら、絶対に身につけてはならないのが火の神系魔法スキルだ。


 この世界の神話に基づく伝承で、太陽神ソルとの間で月の女神レラを争って奪い合い、大暴れした乱暴者の火の神ヒエンは、太陽神に助力した地の神ドウマ、月の女神の相談を受けた水の女神リソトとも敵対し、中立を保って仲裁しようとした風の神ザルツさえその言動で敵に回して、自然を司る六大神の中の嫌われ者になったとされていて、そのせいで火の神系魔法スキルを得ると、太陽神の加護や月の女神の加護をうけられなくなるため、『勇者』や『聖女』になれない、となっている。

 だから、姉ちゃんとレオンにはしつこいくらいに『火魔法ダメ絶対』を刷り込んできた。いんぷりんてぃーんぐっ!


 でも、ゲーム販売当初のそういう検証が十分に行われてない中で、『ある女性と知り合うと、バルサからその女性に手紙を届けてほしいと頼まれ、その手紙を届けるだけでバルサは火の神系魔法を教えてくれる、もっとも簡単にイベントクリアできる師匠』とされ、最初は人気があった。

 しかも攻撃魔法の中でもっとも威力のある火の神系魔法が身につくということもあって、多くの者がバルサからスキルを教わって身につけ、結果として何度セーブアンドロードを繰り返しても『勇者』や『聖女』のジョブを洗礼で得られないという状況が生まれたのだ。


 ゲームの作成、運営側の責任なのに、結果としてバルサが忌み嫌われる、ということに……。


 まさに『バルサの呪い』だった。どちらかというと『呪われたバルサ』とも言えるけどな。


 ちなみに、手紙を渡すことを拒絶しても、強引に手に握らせてくるという面倒くささだ。


「この手紙をアンネさんに渡してくれ」


 そう。

 バルサの想い人は、レオンの伯母で養親のアンネさん。そして、おれはすでにアンネさんと知り合っている。バルサが依頼してくる条件はすでに満たしていた。


 レオンでゲームをプレーした場合、会話は自動で、自分を引き取って育ててくれた伯母のアンネを大切に思うレオンがバルサを拒絶して終わり。だからゲームのレオンが火の神系魔法スキルを身につけることはない。


「渡してくれたら、それだけで火魔法を君に教えよう」


 そう言って、すでにおれの手に手紙を強引に握らせているというのがバルサクオリティだ。


 ちなみにあいさつもないし、名乗りもない。現状だけでは名前も知らない相手とのやりとりだ。リアルにアンタ誰? だな。おれの場合はゲームでよく知ってるだけだからな。


「お断りします」


 おれは、はっきりとそう宣言するが、バルサは聞かない。聞いてない。聞く気がない。


「では、頼んだ」


 そう言って背を向け、歩き去るバルサ。


 いや、すげぇわー、こいつすげぇわー。ある意味無敵。

 これだけ強引なのに、本人に直接渡せないってのは本当に謎だよな~?


 でも、まあ、この手紙を握り潰せば、姉ちゃんやレオンに対する火の神系魔法スキル習得イベントフラグはへし折れる、はず。だよな? そうなるよな?


 ……いや、別の手紙を書き直す可能性もあるかな? ありそうな気も?


 そこに、姉ちゃんがやってきた。


「アイン? 道具屋のようじはもうすんだの? あたしもお店って、一度見てみたかったのに?」

「あ、姉ちゃん。あっちは終わった?」

「レオンはアンネさんがつれて帰って……あたしたちに家まで来てほしいってアンネさんが言ってたわ」

「あー、そうか。じゃ、姉ちゃんは先に行っててくれるかな? 道、わかる?」

「道はだいじょうぶだけど、今度はどこ行くの?」

「ちょっと、もいっかい、村長さんのとこに」

「……アインって、村長さんってのが本当に好きよねぇ」

「別にそういうワケじゃないけどさ」


 手を振って歩いていく姉ちゃんと別れて、おれは政庁でもある村長宅へと歩き始めた。






「それで、一日に二度も面会とは、いったいどういう用件かね?」

「言いにくいんですが、困った人と会ってしまったので」

「困った人?」


 村長さんが首をかしげる。

 まあ、村長さんにとって困った人になるのは、今から、ここから、だけどな!


「……突然、話しかけてきたと思ったら、手紙を押し付けてきて届けてくれ、と。それではっきりとお断りしたんですが、そのまま強引に手紙を握らせて、去っていきました。この村には来たばかりですので、相談できる人も限られていますし、それなら村長さんが一番、話が早いかと思ったので」

「なんだ、それは? いったい誰のことだ?」

「さあ?」

「さあって……」

「名前も、名乗られませんでしたから。薄い灰色のローブを着た、赤い髪の方でしたが」

「赤い髪、か……」

「そういえば火魔法を教えるとか、言ってました」

「……バルサだな」

「バルサ、ですか?」

「それで、キミは、その男をどうしてほしい?」


 おれの言葉を無視するように、村長さんが切り出す。


「どうしてほしい、ですか?」

「相談に来たのだろう?」

「……助けて頂けるのであれば、あの人、とても気味が悪いですし、なんか、関わるのも怖ろしいので、おれと姉ち……姉、特に姉には絶対に近づかないようにしてほしいです」

「そこまでの悪人ではないのだがな……」

「初めて来たばかりの村で、いきなり会ったのがあんな人では、村長さんのそのお言葉を信じるのも難しいですね」

「ふむ……では、こちらから注意を入れておく。それで、また何かあったら言ってくれ」


 それだけ言い捨てると、村長さんは出て行きなさいとでも言うように手を振った。


 もちろん、おれはそれに素直に従った。

 とりあえずはこんなとこだろう。






 アンネさんの家へ行くと、姉ちゃんが外で待っていた。


「待ってなくてもよかったのに」

「アインぬきで、先に入る気はないわ」

「あ、うん。ありがと、姉ちゃん」


 おれはにこりと笑う。

 姉ちゃんも微笑んだ。うん。安心するなこの笑顔。


「それで……レオンとは、ここで別れるつもり?」

「伯母さんがいるんだから、しょうがねぇよ、それは。姉ちゃんだって、そう思うだろ?」

「そうね。あたしたちは、子どもだわ。大人がいるなら、そうなるわよね」

「さびしい?」

「……まあ、ちょっとは、ね。でも、あたしにはアインがいるわ」


 ……うう。嬉しすぎる。姉ちゃん、大好き。


 その後すぐに、アンネさんに声をかけられて、中へと入る。


 さっきレオンを煽った入口付近ではなく、アンネさんは家の奥へとおれと姉ちゃんを案内して、さらに階段を上っていく。


 たどり着いたのは屋根裏部屋で、そこにはレオンが待っていた。

 泣き腫らした目をしたレオンは、おれを見ると、ふいと顔をそらした。


 ……いや、別にいいけどな。おれがそうなるとこまで追い込んだし?


「こんな、奥にまで連れてきて、申し訳ないとは思うけれど、今からする話は秘密にしてもらいたいことなの」


 レオンのことはとりあえずおいといて、おれはそう言ったアンネさんを振り返った。


 それは予想通りだけど、ちょっとだけ予想外だった。秘密の話は、アンネさんとレオンだけでするものだと思っていたのだ、おれは。


「ひみつの話、ですか?」と姉ちゃん。


「ええ、とても大事な、秘密の話。だから、あなたたちも、絶対に誰にも言わないと約束してほしいの」

「レオンにかんけいする話、ですか?」

「もちろん、レオンも、それに、あなたたちも」

「あたしたちも?」

「ええ」


 アンネさんは微笑む。

 その微笑みを見て、おれは前世でのめり込むように見たアニメを思い出した。脳裏に映像が流れていくように。


 やっぱりアンネさんは間違いなくレオンの伯母さんだ。笑った顔が、アニメで見たリンネ、レオンの妹のリンネと、とてもよく似ていた。大人になったリンネ、そういう感じがぴったりだ。

 『レオン・ド・バラッドの伝説』のメインヒロインにして、伝説の光の聖女でもあるレオンの妹リンネに、本当によく似ていた。

 いや、リンネがアンネさんに似ているというのが正しいのかもしれないけどな。


 実はリンネが光の聖女であることも、キャラメイクで『聖女』の洗礼を受けるための大きな障害となっていたけどな。


「やくそくしま……」

「約束できませんから、おれと姉ちゃんはこれで帰ります」


 たぶん約束しますと言いかけた姉ちゃんをさえぎって、おれはそう言い切った。


「アイン?」と姉ちゃん。

「アインくん?」とアンネさん。

「しし……ぐべばっ」とレオン。さっきまで顔そらしてたクセに、顔面チョップ好きだな、こいつ。


「重大な秘密なら、レオンだけにしてあげてください。レオンは、アンネさんの身内ですよね? おれたちは、父ちゃんがレオンを引き取って義理の兄弟として育ったけど、義弟のレオンはともかく、アンネさんとおれたちは他人ですから」

「あなたたちにとって、悪い話ではないのよ? 私の……」

「そこまで!」


 おれはそう強く言って、アンネさんの発言を止めた。秘密にしなければならなくて、しかもおれたちにとって悪い話ではないという時点でその内容はほぼ決まってる。


 アンネさんは『光の魔導師』であることを秘密にしているんだから、おれたちに秘密にしろと約束させたい話は、光魔法……太陽神系魔法の伝授ということだ。うん、そのはずだな。


 それなら、おれにはすでに必要ないし、姉ちゃん育成最強聖女化補完計画から考えても太陽神系魔法の習得は聖女ではなく勇者への道になりかねないから不要というのがおれのスタンス。


 ゲーム販売当初の混乱期ならともかく、『光の聖女』がリンネ個人のプロパティだと言われるようになってから、『聖女』を目指すなら太陽神系魔法スキルは地雷スキルだとされてるんだからな。

 実際、太陽神系魔法スキルを身に付けて、『聖女』のジョブを洗礼で授かったプレーヤーは0だった。


 だけど、気をつけないと。おれ、この村に来てから何度もミスしてきたからな。

 知らないハズのことは知らないままに、うまく断らないと、つい『いえ、もう使えますから』とか言ってしまいそうだしな。

 そもそもおれはアンネさんが『光の魔導師』だということを知るハズがないんだからな。


 ここでのお断りの切り口は家族。家族だな。姉ちゃんも納得させなきゃだから、家族ネタ一択!


「……アンネさんとレオンはこれから家族になるんです。家族には、家族だけで通じるものが毎日の中で積み重なっていくんだと、おれは思うんです。だから、まだこれから家族になる、なり始めるレオンとアンネさんが、二人で秘密を分け合うのはいいと思うけど、そこにおれと姉ちゃんが入ると、レオンの存在がアンネさんにとって、他人のおれたちと同じようなものだってことになると思うんです。レオンがアンネさんと暮らしてこの村に馴染んでいく上で、何よりもレオンとアンネさんの間に確かなつながりがあった方がいい。だから、その話は、レオンにだけ、してほしいんです」


 姉ちゃんがおれをちらりと見て、それからアンネさんを振り返る。


「やっぱり、あたしもやくそくできません。大事なひみつは、家族といっしょにどうぞ」


 ……さすが姉ちゃん。わかってくれて嬉しいな! やっぱ家族ネタ選択は正解だった!


 アンネさんは何かを言おうとして、レオンを見て、それから首を振った。「わかりました。レオンとよく話し合ってみます」


 姉ちゃんがにっこりとしてうなずいている。姉ちゃんはレオンを大切にしようと考えたアンネさんに好感を抱いたらしい。ちょっとジェラシー。レオンを姉ちゃんも大切に思ってるってことだろ?


 レオンがちらちらおれと姉ちゃんを見ているが、何か言いたそうにしていながら、何も言わない。

 今日ははっきりぶちのめして足手まといだと証明したし、今の話の流れで、おれたちと一緒に行きたいとはもう言えないだろうしな。

 それがわからないようなヤツじゃねぇーから。レオン、いいヤツだしな。


 まあ、今日はここまで。アンネさんとのことについては。


 おれはそのまま帰ろうとして、立ち止まり、アンネさんを振り返る。


「あ、そういえば、アンネさんに聞きたいことがあったんです」

「……何かしら?」

「バルサって人、知ってます?」

「バルサ? さあ? 誰のことかしら?」


 ん? アンネさんは『火傷地雷』のおっさんのことは知らないんだな? それとも、とぼけてる? いや、おれにそんなことをとぼける必要はないよな?


「……ええと、薄い灰色のローブをまとった赤い髪の人なんですけど?」

「その人なら見たことはあると思うけれど……話をしたこともなければ、かかわったこともないのよね。その、なんというか、うーん……ちょっと不思議な感じがある人、でしょう?」

「そうなんですか。それならいいです」


 わかります、わかります、アンネさん! わかるんです! 否定したいんだけど、はっきり言うのはなんか悪い気がするから、表現が難しいんですよね! 言葉を選ぶって難しいよな! な! ちょっと不思議な感じってことは、要するに気持ち悪ぃってことだよな!


 名前も知られてないのにストーカー的な……いや、ストーカーってのはそんなもんか。そもそもあの『火傷地雷』のおっさん、おれにも名乗らなかったしな。名乗るって行為の重要性を知らないのかもしれんな。常識知らずにもほどがあるな。


 おれと姉ちゃんは、アンネさんに見送られて出ていった。


 階段を上る足音が聞こえたから、アンネさんはこれからレオンとゆっくり屋根裏部屋で話すんだろう。


 強くなりたいと言ったレオンと。


 レオンにとっては念願の魔法スキルだからな。しっかり身に付けて、ガンガン勇者を目指してほしい。






 おれたちは宿屋の前までやってきた。


「それで、なんでここでやりなの? ボックスミッツに入れておけば……」


 姉ちゃんはおれが道具屋で買った鉄の槍を立てて持ち、肩に寝かせていた。姉ちゃんには呪文詠唱でボックスミッツを身につけさせたからな。その表情で槍がめちゃくちゃ邪魔だと言っているけど、ここは我慢してもらいたいところ。


「実は、道具屋さんとか村長さんから引き出した情報によると、ここのおかみさんは槍が得意らしいんだよな」

「ふうん。でも、それがやりを持っておく理由にはならないわ」

「うーん。これ、必要なんだよ、姉ちゃん」

「だから、理由」

「……わかった。説明するけどさ、説明したらおれの言う通りにしてくれる?」

「うん」

「よし。姉ちゃんが新品の槍を持って入ると、おかみさんが気づくよな?」

「それは、これだけ目立てば、どうやっても気づくわ」

「そうすると、おかみさんが話しかけてくる」

「そうしなくても、しょうばいなんだから話しかけてくるわ」

「話す内容が槍の話になるってこと」

「ああ、アインは、おかみさんとやりの話がしたいんだ。それならアインがやりを持てばいいわ」

「ところが、そうするとおかみさんはおれと槍の話をして、姉ちゃんと槍の話をしないよな?」

「やりの話がしたいんでしょ?」

「おれは、おかみさんと姉ちゃんに槍の話をさせたいんであって、おれが槍の話をしたいんじゃねぇーんだよな」

「よくわかんないわ?」

「とにかく、そうすると、おかみさんが姉ちゃんに槍術を教えてくれるんだよ」

「アインが教えてくれたらいいと思うけど?」

「うーん……おれが教えると、おれに槍術が身につくんだよな。おれは姉ちゃんには槍術が必要だと考えてるけど、おれには槍術は困るんだよ」

「どうしてアインはやりじゅつがいらなくて、あたしにいるのよ?」

「一言で言えば、女神関係の御業だからってことになるんだけどさ、説明が難しいんだよな」

「めがみかんけいのみわざ?」


 姉ちゃんが首をかしげる。


「姉ちゃんが身に付けたい回復魔法……癒しの御業っていうヤツも、月の女神様の御業、弓術も弓の女神様の御業、そんで槍術も槍の女神様の御業なんだ。他の男神の御業もいくつか教えてるけど、姉ちゃんには女神様の御業をいろいろと身に付けといてほしいんだ。そうすることで、回復魔法の効果が他の人よりも強くなる可能性があるっつーか……おれの場合、槍術が生えるとなりたくないものになっちまうっつーか……」


 洗礼で『聖女』のジョブを授かるには、女神関係スキルは少なくとも3柱以上、ほしいところ。だけどおれが槍術をとると『賢者』や『魔法戦士』よりも、『騎士』関係の確率が高くなってしまうので、それは避けたい。


「アインが身につけてないのに教えられるっていうのもふしぎだけど、まあ、いいわ。アインにしたがって強くなるって決めたんだから、言われたとおりにしてみるわ」

「ありがと。槍は初めてだってことと、槍は剣より長いってこと、とにかくこのふたつが大事」

「やりははじめてなのはまちがいないし、やりは剣よりも長いわ?」

「その長さが姉ちゃんを魔物たちから守ってくれるからな。おれとしては、とりあえず槍が手に入らないから今まで剣術を教えてきたけど、本当は最初から槍を使ってほしかったんだ」

「あたしがアインを守るんだから、別に剣でもいいわよ?」

「槍には他にもいろいろあんだよ、姉ちゃん。今からおかみさんが教えてくれるけどな! あと、姉ちゃんはおれが守る」


 にっこりと姉ちゃんが笑い、おれも笑う。


 そうして、おれたちは宿屋に足を踏み入れた。

 姉ちゃんが入口のどこか上の方にごつんと鉄の槍をぶつける音とともに。


 ここの宿屋は入るとすぐ食堂だ。カウンターの向こうにおかみさんがいた。


「おや、待ってたよ、よく来たね……と、そりゃ、新しい槍だね? 買ったのかい?」

「ええ、まあ」


 おかみさんの問いかけに、姉ちゃんがあいまいに答える。

 姉ちゃんはおれが槍を買うとこ、見てなかったからな。間違いなく買った槍だけど。


「……アンタ、今から、槍を始めるのかい?」

「そのつもり。初めてだけど」

「へぇ? どうしてだい?」

「剣より長いから、やりの方がもっと身を守れるわ」

「……槍の良さは、そんなもんじゃないよ? 長いってことの強みはまだまだあるのさ」

「そうなの?」


 姉ちゃんがカウンターに近づく。どうやら、槍に興味を抱いたらしい。話す相手が興味を持つと、おかみさんも嬉しそうだ。


「ああ、そうだねぇ。まずは、先制攻撃! これだよ!」

「せんせいこうげき?」

「槍の長さは、剣や斧に対して、相手よりも必ず先に攻撃ができるのさ。戦いにおいて、その有利さは言うまでもないだろ?」

「たしかに……」

「それからねぇ、神々の御業を使わない、フツーの攻撃でも、2、3人を同時に攻撃できるからねぇ」

「ええっ? そうなの?」

「それだけの長さがあるんだから当然のことさ。どうだい? 槍って良いだろう?」

「うん!」


 ……姉ちゃん、槍のメリット聞かされてなんか舞い上がってねぇか?


 ちなみに、その分、槍の武器補正は同格の剣よりも数値が落ちるんだけどな。


 価格が3000マッセの武器なら銅のつるぎが武器補正50なのに、鉄の槍の武器補正は30となってる。何事もメリットばっかじゃねぇーよな。でも、この場合、姉ちゃんの安全マージンとしては剣よりも槍の長さ、だから。


 カウンターをはさんで顔を突き合わせている姉ちゃんとおかみさんは楽しそうだ。


「アンタ、初めてなんだろ? ちょっと教えてやろうかい?」

「え、いいの、おかみさん?」

「ああ、夕食の仕込みはもう済んだからねぇ。今日はなんでか肉がちょっと安くてさ。早目に買いに行けって村のみんなが言ってたもんだから、仕込みも早目に終わっちまったからねぇ。裏の訓練場に行くかい?」

「行く行く! 教えて!」


 姉ちゃんがノリノリだ。さっきまでおれに文句みたいなの言ってたのにどうした?


 おかみさんはおれに向かって、階段を上った二階のすぐの部屋だよ、と言ってカギを投げてくれた。支払いは後でいいらしい。後、というのは姉ちゃんへの槍の手ほどきの後、ということだ。


 姉ちゃんがにこにこしながら裏の訓練場へと向かう姿に、おれはちょっとだけ不安になった。


 ……まさか、戦闘狂になっちまったんじゃねぇーよな? 月の女神系回復魔法を身に付けたいって言ったよな、姉ちゃん! おれ、姉ちゃん育成聖女化補完計画は立ててるけど、戦闘狂は予定してないからな!






 おかみさんとひと汗かいた姉ちゃんが戻ってきて、一緒に宿屋の食堂で夕食。姉ちゃんはおかみさんから訓練場の使用許可をもらったらしくて、食べ終わったらおれとの模擬戦をすると張り切っている。しかも槍で。


 とりあえず槍は気に入ったみたいでよかったけどな。


「アインの言いたいこと、わかった気がするわ」

「何が?」

「やりって、剣と動きは同じだったわ。みわざを身につけてないけど教えられるって、そういうことでしょ?」

「ああ、よく気づいたな、姉ちゃん」

「わかるわよ、それくらい。剣はかたで、やりはこし。こしのいちでかかえるようにしてかまえてるだけで動かし方は同じだし、みわざの名前も同じだったわ」


 ……厳密には、剣を腰の高さで動かしてもスキルは発動するけどな。槍はその長さの分、腕の力で振るうだけよりも、腰で抱えて複数の敵を薙ぎ払うような使い方をする方が、1対多でモンスターと戦う時にいい。通常攻撃でもスキル攻撃でも複数同時攻撃が可能だからな。


「これで、今まで以上に、アインのことを守れるわ」

「……明日っから、槍の熟練度上げだな、姉ちゃんは」

「がんばる」


 そう言って肉が柔らかく煮込まれたシチューを食べる姉ちゃんが素敵だ。


 食べ終わったら、まだ明るさがあるうちに訓練場に行く。おかみさんがちらちら見てたけど、姉ちゃんの修行に手は抜けない。


 SP0まで鉄の槍で槍術系初級スキル・カッターだけを使って攻めてきた姉ちゃんを相手にして、最後はよっこらせっと抱きかかえて2階の部屋へ。


 ベッドはひとつしかないので、姉ちゃんを寝かせて、その横におれも潜り込む。姉ちゃんとリアルにベッド・イン! むふふふ……。


 ……いや、なんで姉ちゃん、ベッドひとつの部屋を頼んだ?






 夜中に目覚めて、自分の頬が濡れていることに気づく。


 できるだけ音を立てないように、上半身を起こすけど、シーツのかすれる小さな音が、やけに大きく聞こえる。


 となりの姉ちゃんは強制スタンなので目覚めることはないと思い出して、ふぅーっと長めに息を吐く。


 覚えてないし、思い出したくもないけど、ろくでもない夢を見た。


 たぶん、小川の村が滅びる夢だ。


 ……夢ではなく、現実に滅亡したんだからな。


 それを飲み込んで生きていくと決めた。決めたんだけどな。決めたんだけども。


 それでも、一度考え出すと、止められないこともある。


 おれは、ベッドの上をごそごそと移動して、寝ている姉ちゃんにぴとっと寄り添うと、もう一度目を閉じる。


 姉ちゃんのほんのりとした温もりに甘えて。






 朝、起きたら。


 姉ちゃんがおれのことを抱きしめながら、頭をなでていた。


「起きたの? アイン?」

「……おはよ、姉ちゃん」

「おはよ。じゃ、朝、食べたら行くわよ」

「うん」


 最後に頭をひとなでして、姉ちゃんがベッドを出て行く。


 今日も、狩りだ。


 ……姉ちゃん、わざとベッドひとつの部屋にしてくれたんだろうな。





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