光魔法の伝説(2)
生まれ育った村が滅んでしまったことをきっかけに旅立って、およそ半年。
おれたちは『はじまりの村』にたどり着いた。
初めて来たのになぜか懐かしい。
何のキャッチフレーズだっつーの。旅行会社か!
いやもう、なんていうか。
感動したな、コレは。
周辺の森とかは大自然だから、マップとして、ああ、ここはこうだったな、とか思うぐらいだったけどさ。
村の方はもう、ゲームん時のまんま。
どっちを見ても。
懐かしい、思春期の思い出とともに。いや、思い出したら泣きたくなるものもあるけどな。
宿屋とか、道具屋とか、いろいろと気になるけど。
まずは政庁……というか、ただの村長宅。他の家よりかはでかいけどな。
「ちょっと、アイン? どこに行くの?」
「この村の村長さんのとこだけど?」
「……? よく、はじめて来たのにまよいなく歩けるわね?」
……しまった。やっちまったか。
いやいや、別に、ごまかせるけどな。ごまかせるけども。
気をつけないと……。
「村長さんの家なんて、どこも似たようなモンだろ」
そう言い切って、歩く。
「……そう、なの?」
姉ちゃんは首をかしげてるけど、それ以上は何も言わない。
レオンはなんか、キョロキョロとしてる。
ウチの村とも、これまでの村とも、違うからな。道具屋と宿屋があるってところが、大違いだし。たぶんレオンが生まれた麓の村ともちがうはず。
珍しいんだろうな。
……まあ、感動してばかりもいられない。
この村も。
そのうち、ウチの村のような運命が待ってる。
それがゲーム通りなら、主人公であるレオン一人を逃がすために、もしくはキャラメイクで生まれたプレーヤー一人を生かすために、村全体で犠牲になるというレベルで滅亡する。そういう意味ではうちの村、小川の村ん時よりもヒドい。
ゲームではチュートリアルを受けて順当にレベルアップして、さあ、これから冒険をこの先へ! ってタイミングでトラウマものの、魔族と魔物の襲撃を受けて、村人たちが……。
アレ、よく主人公が助かるよな? マジで?
勇者狙いでキャラメイクしてプレーしてた時は、勇者のジョブを得るための洗礼のやり直しで何度も何度も、この村の滅亡シーンを見て萎えたわー。いや、あれは萎えるわー。
もちろん、強く正しい正義の心があれば、この村を救おうと行動するべきなんだろうな。
だが、しかし。
今のおれは。
守るものは限定してる。
最優先はもちろん、姉ちゃん。姉ちゃん一番。コレ、決定。姉ちゃんを守るためなら、おれは自分にできる、ありとあらゆる手段を使って、動くと決めている。
だから、『はじまりの村』でのやるべきことを済ませたら、とっとと旅立つ。はっきりいって、辺境伯領からは逃げるが勝ち。
領都に行けば保護してもらえるだろうし、洗礼も受けさせてもらえるんだろうけど、その後、なんか面倒な感じがするからな。
この村が襲われるのは、レオンが15歳になる直前だから、まだ数年、時間がある。
ゲーム通りなら、な。おれもレオンもまだ10歳の夏だ。
たぶん、そのタイミングはそんなにズレたりはしないと思う。
そう考える理由は、レオンの村が滅ぼされてからおれたちの村が滅ぼされるまで、2年くらいの時間があったことだ。
魔族を動かしているはずの魔王も、一気に行動できるワケじゃなくて、計画的に辺境へと魔の手を伸ばしているんじゃねぇかな、と。
そう考えたんだけどな? 魔族ん中でも、いろいろと何かあるみたいだし? たぶんな?
そんで、ここで、この『はじまりの村』でやるべきことってのが、いくつかあるんだけどな。
今んとこ、守りたいものの二番目。
ま、義弟のレオン。いちおー、おとうとだし? 大事にしないと姉ちゃんに叱られるし?
まあ、あとは、父ちゃんから頼まれてるし? あくまでも二番目だけどな? 姉ちゃん一番、レオンは二番だな。
姉ちゃんは一緒に行動していくけど、レオンは直接守るっていうより、自衛できる力をつけさせる、という方向性だけどな。
この『はじまりの村』で、ゲームのレオンのように、アニメのレオンのように、あの通りに生きてもらって、そのまま勇者になってもらう。
危険も多いから、死なないようにしっかり鍛えるし、勇者になれるように必要なことは仕込んでおくけどな。
ついでに勇者として世界を救ってもらって、おれたちも助かるという方向性でいきたい。マジで。もうコレ、切実に思う。
だから……。
おれは、たまたますれ違った、薄い灰色のローブを着た赤毛で赤目の男をちらりと見て、心の中で気合いを入れた。
……こいつのような要注意人物とかをなんとかしないと、な。
おれはそんなことを考えながら、『はじまりの村』の村長宅へと入ったのだった。
「……小川の村から旅してきたと聞いたが?」
村長さんは、うちの村の村長さんよりもずっと若くて、なんというか、村長というよりも市長さんみたいな感じがする村長さんだった。おれの勝手なイメージだけどな。
「はい。小川の村はたくさんの魔物に襲われて、滅びました」
「なんだとっ?」
村長さんと、その近くにいた人たちがざわつく。
そんな馬鹿な、とか、あり得ない、とか、いろいろと聞こえてくる。あり得ないとか言われても事実だからな。どうしようもないし?
「……小川の村はここ数年で収入が増えて豊かになっていると聞いていたが、滅びたなどと何かの間違いではないのか?」
村長さんのその言葉を聞いて、ああ、そういうことか、と思った。
証拠はないけどな。証拠はどこにもねぇんだけども。
うちの村が魔族に狙われたのは、豊かになってきたからじゃないかな、と。
……つまり、やっぱりおれのせいじゃねぇかってことだけどな。ああー、落ち込むわー。マジで落ち込むわー。
「うちの村が豊かだったかどうかは、よくわかりません。自分の村のことしか知りませんし。でも、村が滅んだことは間違いありません」
「……キミ、名前を教えてもらってもいいか?」
ん? おれの名前? なんで?
「アインです」
「……ああ、そうか。キミがアインか。噂通りだな。子どもとは思えんしゃべり方をする」
「どんな噂ですか……」
いろいろと知られているとは聞いていたけど、『はじまりの村』にも伝わっていたとは。
まあ、同じ辺境伯領だとしたら、そう不思議でもないのかな?
「噂もなかなか、真実を含むものだな。それで、生き残りは、キミたちだけか?」
「いいえ。ただ、他の人たちは、ここまでの村で引き取られたり、移住したりしました。ただ、大人が一人と、あとは子どもが7人、合わせて8人しか、生き残りませんでした」
「8人……いや、それで、その一人生き残った大人はどこに?」
「ザックさんですか? 沼の村に弟さんがいて、その伝手で家を譲り受けて、一緒に逃げた子どもたちを引き取ってくれましたけど?」
「……子ども三人でここまできたのか? 沼の村? ふたつ向こうの村ではないか?」
……あ、これ、驚くとこだったんだな。
おれたち、三人ともザックさんよりも強いから、気にしてなかったけど、一般的じゃねぇよな、そういえば。
「いや、噂の神童なら、そういうこともあるか……」
……何ソレ? なんかヤだな? そういう納得のされ方はちょっと嫌な感じ。
「それで、うちの村には、保護を求めてきたんだな?」
「は? いいえ? 別に保護していただくことはないですけど?」
「はぁ?」
村長さんが目と口を大きく開いて固まった。
あれ? なんか、互いにズレてる? いや、おれがズレてんのか、やっぱり?
「子どもだけでどうやって暮らしていくつもりだ?」
「え、ここって、途中で見ましたけど、宿屋がありましたよね?」
「どうやって滞在費を払うんだ!」
ん? 道具屋にいろいろと売って、フツーに払う気だったんだけどな?
「あ、でも、レオンは……こっちの金髪の子がレオンですけど、レオンは引き取ってもらえたら、と考えてます」
「えええええっっ!」
叫んだのは村長さんではなく、レオンだった。
「し、ししょう! それっ……ぐぼびっ」
とりあえず顔面チョップは入れとく。
「……引き取る、とは?」
おれとレオンのやりとりをあきれたように見た村長さんが言った。
「この村に、アンネさんって、いますよね? レオンとおんなじ、金髪で、碧い目の人だと思うんですけど? そのアンネさんがレオンの伯母さんなんです」
「はぁ? なんでアインがそんなことを知ってるの? あたし、知らないわ?」
突っ込みは姉ちゃんからきた。
……また、やっちまったかな。ごまかせ、ごまかせ。ええっと、そうだな……。
「父ちゃんから教えてもらってたから」
「……あたし、聞いてないわ」
「そう? 姉ちゃんはレオンとよく一緒にいたから、おれだけにこっそり話したのかもな」
「……」
納得したような、納得してないような感じで、姉ちゃんが沈黙した。
「……確かにアンネさんと髪も瞳も同じだが、それだけでは伯母と甥とは言い切れまい? その子自身が言われて驚いているようだしな」
「アンネさんに確認してみてください。レオンは麓の村の出身で、父の名はジオン。ジオンさんはアンネさんの弟だったはずです。聞いた話なので、はっきりと覚えてませんから、兄なのかもしれませんけど、とにかく親戚であることは間違いないと思います……あ、麓の村も魔物の襲撃で滅びて、それで移住してきたレオンをウチの父が引き取ったんです。父とジオンさんは親友だったと聞いていますから、その縁で」
「麓の村は噂では滅びたと聞いていたが、それも真実だったか……」
……意外と、情報、遅いな? まあ、移動に時間もかかるし、こんなもんなんかな?
ざわつく人たちの中から、外に出て行った人がいた。確認に行ったのだろうと思う。
アンネという人物がここにいるのは間違いないようで安心した。
「……この子は、私が引き取ります」
「それは、もちろんかまわないが、アンネさんの甥ということで、間違いないんだな?」
「……ジオンは、弟ですから。この子は、甥にあたるのでしょう。会うのは初めてですけど、弟にそっくりですもの」
呼ばれてやってきた金髪碧眼美女のアンネさんは、村長さんとそんなやりとりをして、レオンと、おれたちを連れて村長さんの家を出たのだった。
アンネさんの自宅は村の北門から一番近くにあった。
外から見ても分かる、屋根裏がある家。
この屋根裏が大事。
アンネさんの秘密の部屋だからな。
「入って」
そう言って、アンネさん自身は先に中へと入った。
レオンは一瞬だけ足を止めて、それからひとつ息を吸い込むと、それに続いた。
姉ちゃんはおれの方を見て、おれがうなずくとレオンに続く。
おれは一番後ろから、中に入った。
そして、入った瞬間。
レオンが叫んだ。
「ぼくだけじゃなくて、し……アインとイエナねえさんも、ひきとってほ……ください!」
……レオンって、こういうヤツなんだな。
しゃべるようになってから半年経つけど、おれたち以外との絡みを見たことはあんまなかったし、知らねぇこともまだまだ多い。あるイミではよく知ってっけどな。
でも、やっぱ主人公っつーか、そういう? 勇者的な思考みたいな? みんなを救おう! というような片鱗? あるよな? あるような? あるかな? あるってことにしとこうか。ないと困るしな。
伯母とはいえ、初対面の大人にすげぇこと頼むんだから、あるってことで。
「唐突ね。伯母として、あなたを引き取ることは当然だと思うけれど、あとの二人は少しちがう気がするのよ」
「でも……でも、しし……アインたちのおとうさんは、カインさんは! お父さんの、親友だったってだけで、ぼくのことを……ぼくのことを兄弟として育てるって言って、アインやイエナねえさんといっしょに……」
「それは、私がこの子たちを引き取る理由になるのかしら?」
「それは、その……」
「今日、ここに泊めるのは別にかまわないけれど……」
「あ、いえ。おれと姉ちゃんは別にいいです」
おれはできるだけ無感情を前面に出して、伯母と甥の会話に割り込んだ。
すっごく驚いた顔して振り返ったレオンと、ちょっと驚いた顔をしたアンネさんがそこにいた。姉ちゃんは意外と平然としてる。
「どうせ、すぐにこの村から出て行きますし、おかまいなく」
「え、でも、それはさすがに……」
「ダメだめダメだって! それならぼくもししょうといっし……ぐべぼ!」
とりあえず、レオンにはチョップを入れておく。
さて。こっからが勝負だ。
「あのな、レオン。おまえはここに残るんだ。せっかく、血のつながった伯母さんに会えたんだから、ここにいるのが当然だ」
「でも……ぐべぎ!」
「うるさい。足手まといはこの先いらない。ここまでの旅よりもこれからは危険も多くなるからな」
「あ、あしで、まとい……?」
「弱いヤツは死ぬ。それを二回も思い知ったのはレオンだろ?」
おれの言葉に目を細めたのはアンネさんだった。
……つかみは、おっけー? だよな?
ゲームでは重要なセリフだった。『弱いヤツは死ぬ』の一言。アンネさんを師匠として太陽神系魔法スキルを学ぶための会話での第一の選択肢……その正解。
この『はじまりの村』にはスキルを生やすための師匠となるNPCが何人もいる。それぞれ、イベントクリアで初級スキルを教えてくれるNPCだ。そうやってプレーヤーはスキルリストにスキルを生やしていく。
実はアンネさんもその一人で、いわゆる『光の魔導師』だ。ただし、そのことは隠してる。しかも、ゲームをレオンでプレーする場合は、イベントクリアの必要もなく、レオンには太陽神系魔法スキルを教えてるけどな。
ま、念のためにイベントクリアをしとこうか、と。
「よ、弱くなんか、ない! ぼくだって……ぼくだって、もう大くま、たおせるんだから!」
はっとしたアンネさんがレオンを見た。レオンは気づいてないけどな。
うん。これでまずは誘導、成功。
キャラメイクでプレーして、呪文の詠唱ができない場合……つまり、攻略サイトを見ずにってことだけど……に太陽神系魔法をアンネさんから学ぶには、フィールドボスである大熊、フォルテベアスの討伐もイベントクリア条件のひとつ。
あとは……あるキーワードを、レオンに言わせるだけ、だな。うまくいけばいいけど。
「いーや、レオンは弱い。おれにしてみれば足手まといでしかない。レオンに巻き込まれて死ぬのは困る。おれは姉ちゃんを守るって決めてんだからな」
逆だわ。あたしがアインを守るのに、という姉ちゃんのつぶやきはちょっと無視。とりあえず無視。姉ちゃんの基本的な考え方は、家族大事に。だから、血のつながりがあるアンネさんに預けるためにレオンを突き放そうとしてるように見えるおれを止めることはない……はず。たぶん。
「弱くない! もぎせんなら、しし……アインとだって、いいしょーぶができる!」
「……手加減してやってんのもわっかんねぇのに?」
「てかげんなんか、いらない!」
「レオンが銅のつるぎで、おれが木の枝でも勝負にならないな。いや、素手でも、か。そんくらい、レオンは弱い」
「弱くない!」
「自分の弱さを認められないんだから弱いんだって」
「みとめない! 弱くない! バカにするな!」
「ふうん? なら、抜けよ。相手にならないって、証明してやるから。ほら、抜けよ。抜いてみろ」
泣きそうな、それでいて怒った顔で、レオンが銅のつるぎに手をかける。
「やめなさい。こんなところで。危ないでしょう」
アンネさんがレオンの手を押さえる。
「こんなところでって、ことは、こんなところじゃなけりゃ、いいんですよね? 危なくないところ、あるんでしょう?」
「それ、は……」
「レオンは弱い。おれたちと一緒に行けば死ぬだろうし、それにおれたちも巻き込まれる。勘違いしてるバカを納得させるのは、わかりやすい結果が一番いい。知ってるんなら、案内してください」
アンネさんはおれを見て、それからレオンを見て、そしてもう一度おれを見た。
「おれたちはここまでレオンの面倒をみてきたし、ここまで一緒に連れてきた。ここから先も、おれたちにこいつを押し付けるつもりがないなら、伯母としてレオンを引き取り、ちゃんと育てるつもりなら、とっととそこに案内してください」
どこに、危なくないところがあるかは、よ~く知ってるけどな!
……というワケで。
宿屋の裏にある、ホントになんでここにあるんだかワケわかんねぇ、謎の訓練場。
この訓練場、あとから出てくる学園の闘技場とかと同じで、なんでだかHP0になるようなダメージを喰らっても、HP1止まりで戦闘終了になる不思議魔法がかかってる場所だ。
マジで不思議。しかも宿屋に併設で。めっちゃ謎。謎だけど、別に解明したりはしないけどな。現状の最高装備で模擬戦ができるのは訓練としてはありがたいからな。あ、いや、レオンは木の枝で相手したけどさ。
ちなみに宿屋のおかみさんは、槍術の師匠。あとで、イベント発生させて、姉ちゃんに槍術をご指導頂く予定にしている。
そのおかみさんが……。
「ひっでぇありサマだねぇ、こりゃ……」
「すみません……」
……訓練場の中心で泣き崩れてるレオンに言葉でとどめを刺してる。謝ってるのはアンネさんだけどな。
「……よく、ここまでやるわね」と姉ちゃんがつぶやく。
「レオンは粘り強いよなあ……」と、おれは答える。
「あたしが言ってるのはレオンじゃなくてアイン。あそこまでやらなくてもよかったわ」
「まあ、おれの予想よりも、ずいぶんしつこく突っかかってきたからな……」
「49戦、49勝、アインはむきずで、一ども、かすらせもせずにって……ひどいわね。しかも、勝つのは一げきで、あっさりと」
……まあ、2戦目からは相手がHP1なので、木の枝かすらせるだけだからな。
「……いつかはレオンに負けると思うけど、レオンは今なら、まだまだ、だからな」
「いつか負ける? アインが? レオンに?」
そんなことがあるって本気で思ってないわよね? という姉ちゃんの最後の言葉はスルーだ。とりあえずスルー。だって、あいつ、レオンは勇者で主人公だからな! 最後に魔王に勝つのはレオンだから!
今は、すばやさの差、レベルの差で圧倒できる。それだけのこと。
当たらない攻撃なんて意味がないから、な。
「それで、あっちの子、何者だい? 見たこともない強さだねえ? あの歳で?」
「私も、よくは知らなくて……」
「アンタの甥っ子を、あんだけブチのめしたってぇのに知らないのかい? しかも木の枝なんかで?」
「その甥も、今日、初めて会ったんですけれど……」
「甥っ子の方も、たぶん強いんだろうけど、相手が強すぎてそうは見えなかったモンねぇ。ホント、ワケわかんないねぇ? そんで、あれはホントに甥っ子なのかぃ?」
「それは間違いありません。他人というには似すぎてますから。幼い頃の、私の弟に」
「……本気で引き取るんだね」
「それが、血のつながりというものかと思います」
「まじめだねぇ」
「……つよく……つよくなり、たい。ぼくは……ぼくは、弱い……だから……だから、つよ、く……つよくなり、たい……」
アンネさんはおかみさんとやりとりしながらも、ずっとレオンを見つめていた。泣き崩れながら、つぶやき続けるレオンを、ずっと。
「さて、と」
おれは、歩き出す。言わせたい言葉は言わせて、それを聞かせたい人には聞かせた。
「どこ行くの?」
「道具屋」
「え?」
「ここは姉ちゃんに任せた!」
「アレをあのままここにのこして行く? アインってば本当にバカよね? どうかと思うわ」
いろいろ言っても、あとは姉ちゃんがなんとかしてくれるってのはわかる。
「あ、それと、あのおかみさんに、あとで宿屋に泊まりに行くって伝えといて」
「はいはい」
そう言いながら、おれとは反対方向、レオンの方へと姉ちゃんは歩いていく。
……ちょっとだけ、姉ちゃんを貸してやるけど、今日が最後! 今日が最後だからな!
レオンとアンネさんのため! というフリをしながら、これまでおれから姉ちゃんを奪ってきた恨みつらみの全てをぶつけて、ばっこんばっこん叩きのめして、今日でお別れ! っとけっこー本気で思っているのは秘密だからな! 誰にも言わないけどな! 言わないけども!
もちろん、おれはまったく迷わずに道具屋の前へ。
「いらっしゃい。見ない顔だな?」
「買取を」
「ほう? 何を売ってくれるんだ?」
にやりとおじさんが笑う。
この道具屋のおじさんは、実は商業神系魔法スキルの師匠だ。レベル5までに、ある一定数以上の薬草を売ると、初級スキル・ボックスミッツを教えてくれるので、商業神系魔法スキルが生えてくる。
薬草は採集の知識がないと、ウォークツリー……通称「通せんぼ」というランダムエンカウンターのモンスターを倒して薬草をドロップさせなきゃいけないので、結構面倒なイベントだ。狩場が固定じゃないのでひたすらウロウロしねぇと狩れないモンスターだからな。
ま、おれも姉ちゃんも、すでにボックスミッツは熟練度3で3000アイテム収納可能という最高の状態なのでそんなイベントは不要だけどな。
「これを……」
そう言って、おれは50本の並ライポを販売台に並べた。
「これは……」
道具屋のおじさんが絶句する。
……あれ? なんか、考えてたのと違うんだけどな? ライフポーションの並は、販売価格1000マッセ、買取価格600マッセのアイテム、のはずなんだけど? とりあえず、30000マッセあれば買い物も、宿屋も十分だという計算の結果で?
「確認、しても……?」
「1本だけ、どうぞ?」
道具屋のおじさんがボックスミッツを発動させて、並ライポを収納する。ボックスミッツに収納するとアイテム名が確認できるという簡易鑑定だ。
「……銅の回復薬で間違いない」
確認した道具屋のおじさんが、ボックスミッツの3段ボックスから並ライポを取り出して、元の位置に置く。
そりゃ、そうだろ。並ライポなんだから。
何の疑問が?
「ボウズ? これ、どこで手に入れた?」
そこ? それが疑問点?
なんかズレてんな? 気をつけないと……。
「……それを教えたらこっちの利益がなくなるけど? 稼がなきゃいけないのに、そんなことを教えられるワケない。それとも、情報量をいくら出す気なのさ?」
「……いや、かなり珍しいモンだから、気になってな、すまんすまん。確かに、そんなこと、簡単には言えねぇよな」
……珍しい? しかも、かなり? 並ライポが? なんで? まずいな、なんか失敗したか?
「それで、買取は?」
「ああ、1本100マッセでどうだ?」
「はあっ?」
おれは道具屋の商品棚を見た。
そこにはHP回復用の薬草となるヒダマリソウが1本100マッセで売っていた。ヒダマリソウは3本で並ライポ1本ができる材料でもある。
薬草での回復は規定値で、ライポの回復は最大HPに対する割合なので、最大HPが少ないゲーム初期では薬草の方がよく利用されている。
「ヒダマリソウと同じ値段でなんて売れないよ! 買えば1本1000マッセはするよね、おじさん?」
「そうはいってもなあ、回復薬なんざ、ここらじゃ売れねぇよ? 領都くらいの大きな町でも、領主さまが騎士団のために大きな商会からまとめ買いをするようなモンだぞ? 売り手がいないのに大金で買い取るなんて、ウチみてぇな小さな店じゃ無理だろ?」
「だからって、そんな捨て値じゃ売れないって!」
「それじゃあ、買取はあきらめてくれ」
……確かに。まったく反論できないな。ゲームだったら、いくらでも買い取ってもらえてたのに。こんなとこがリアルだと差が出てくるか? いや? 考え方によっては、これから先に活かせる情報もあったけどな。
おれは大人しく、並ライポを収納する。
「じゃあ、どんな物なら、買い取ってもらえるのさ?」
「んー? ボウズが何を持ってるかって話になるんだが?」
「さっきみたいな話になるんなら、こっちだって下手に物は出せないよ? 持ってるだけでいろんなところから狙われたりしたら嫌だからね」
「……それもそうか。ボウスは子どもんクセにしっかりしてんなぁ」
「それで、何を買い取りしてくれるの?」
「まあ、そりゃやっぱ、肉だろ? 肉は毎日売れるからな、この村でも」
……なるほど。食べ物は必須だしな、どこでも。
しかし、さっきの感じだと、上肉とか、特上肉はたぶん、ダメだな? 小川の村でも、上肉は高くさばけるってバルドさんたちが喜んでたけど、村で常食してたワケじゃねぇもんな? ここまでの狩り旅ではけっこー食べたけどさ。
「肉は、ひとつでいくらになるの?」
「10マッセでどうだ?」
「……話にならないよ? そこに売ってんのは50マッセでしょ?」
「……なかなか言うねぇ。なら、20マッセ」
「40」
「よし、30マッセだ! これ以上はないぞ?」
にやり、と道具屋のおじさんが笑う。
うーん。
ゲームと違ってこういう交渉が必要になるとは予想外だったよな。
まるでテーブルトークRPGみたいな? いじわるなGMだったら嫌だよな?
「……先に宿屋のおかみさんと交渉して、40マッセで買ってくれるかどうか、聞いてみてからもう一度来てみていい?」
「待て待て! おい! ボウズ! なんてこと言いやがる!」
「こっちとしてはこの先の宿代も必要になるし? ここで売ってる値段よりも安く売って、おかみさんに感謝された方が都合がいいかもしれないし? そしたら、宿屋のおかみさんはこの店から肉を買わなくなるかもしれないけど?」
「……さてはおまえ、今日突然村長んトコに来たっていう、大人みたいにしゃべるって噂の子どもだな?」
……もうそんな噂が流れてんのか? はえーな!
「わかったわかった。35マッセ。これでかんべんしてくれ」
「うーん……」
「もうホント、それ以上は無理だって。ボウズがここまで自分で届けてくれてるからな、これが限界だぞ? ボウズだって、ウチの店がつぶれたら買取先がなくなっちまうんだぞ? こういうのはお互い様ってラインでやるもんだ」
「そっちが最初に10マッセって言ったクセに……」
「いや、そりゃ悪かったって。あやまるから、35で頼む」
「じゃあ、それで」
「よしよし、あんがとな、ボウズ」
おれは、販売台の上に、ここまでの狩り旅でツノうさからドロップした並肉をどんどん並べていく。
「……おいおい、どんだけ出すんだよ?」
どんどん並べて、スペースがなくなると今度は積んでいく。
「……いや、ボウズが魔法棚持ちだってのはさっきのでわかってたけど、まだ出てくんのか?」
魔法棚ってのはボックスミッツの3段ボックスのことだ。
おれはおもしろがって、ピラミッドみたいに並肉を山にしてみた。1段目に4×6で24、2段目に3×5で15、3段目に2×4で8、4段目に3つで、24+15+8+3=50個だ。
「並肉が50か?」
「これをあと18回分?」
「はあ? おれの魔法棚が肉だらけになるじゃねぇか! どんだけ肉持ってやがる!」
「少なくとも30000マッセはほしいんだよね」
今まで、お金はなかったから。ここから先は貯めておきたい。
「金貨3枚以上? おまえ、ホントに子どもか!」
「50個を18回で900個、1個35マッセで31500マッセだね」
「計算はえぇな!」
「あそこの鉄の槍が1本で3000マッセ、そっちの衛士の弓はふたつほしいから6000マッセ、矢は30本入りの矢筒を10本で1000マッセ。合計10000マッセの買い物はするね。それを差し引いて、21500マッセをお願い」
おれは店の商品を次々に指差していく。
「すっげぇ計算はえぇな! いや、買ってくれるのはいいんだが」
「じゃ、それで」
「お、おお……」
道具屋のおじさんが販売台の肉をボックスミッツへ収納する度に、おれはピラミッド肉をどんどん重ねて、全部で18回積み上げる。
「……確かに肉は受け取った。金貨2枚、銀貨15枚でいいか?」
「金貨2枚と銀貨12枚で、あとは銅貨になるかな?」
「ああ、銅貨を300枚な。それでいいぞ」
「また買い取ってくれる?」
「……今度、こんな数の買取になるんなら、1個30マッセで頼む。まとめ買いってことで少し安くしてくれると助かるんだが?」
「ま、いっか。じゃあ、それで、また明日」
「明日は無理だろっっ! 1日でそんなに誰も肉食わねぇよ! っていうか、肉、持ってんのか!」
「いや、さすがにそんなに持ってないけど」
「だよな……」
「あとは上肉か特上肉だけだよ」
「あるのかよ! 上肉とか特上肉が!」
「ちなみに上肉はいくらで買取を?」
「むぅ……60……いや、65でどうだ? あ、だけどまさかこんな数はねぇよな? いや、あったら困るから、ボウズから買い取れるのは30個までだ」
「65マッセで30個? 1950マッセか」
「ホントに計算はえぇな!」
「キリがいいから2000マッセでどう?」
「商売うめぇな、おい! わかった! 2000で買う!」
「特上は?」
「……いや、今は売り先がねぇから難しいが、確保しときたいのも本音だ。まさか、10個とか出してくるんじゃねぇよな?」
「いくつほしい?」
「あるのかよ! あ、いや、特上だと3つありゃ上等だが、そんなに手に入るモンでもねぇだろ? 特上肉は大熊とか、親鹿だぞ?」
おれは上肉30個を販売台に並べて、道具屋のおじさんを見た。
「特上はいくらで?」
「店出しはしてねぇが、売るなら1個で200ってトコだ。まあ、村長んトコに、領都からおえらいさんが来た時とか、急に必要になるからな。買取は、ああ、どうすっか……」
「1個150くらい?」
「もうちょい、助けてくれよ。さっきの並肉900個は実際処分に困るぞ?」
「……なるほど。145?」
「銅貨がハンパで気持ち悪ぃだろ?」
「じゃあ、安くするから、4つでどう? まとめて550マッセ。1個140よりも安くなってるよ?」
「特上が4つあるのかよ! もういいよ、それで! ボウズと話してると頭おかしくなりそうだぞ?」
「まいどー」
「ボウズは今日、初めて来たよなっ!?」
そうして、おれは買取を終えると道具屋の店先を離れた。
ま、なかなかおもしろいおじさんだったな。
とりあえず、24050マッセと、新たな武器を入手。武器補正が上がるのは助かるし、槍は重要。
お金はストレージにアイテムとは別枠で入るから問題なしのもーまんたい。まさに自分銀行。
それに、たまってて処分に困ってた並肉はずいぶん捌けた。本当は上肉を捌きたいけど、さっきの感じだと無理っぽいよな。
まあ、フツーに旅食で食えばいいから別に問題はないけどな。並肉よりも美味しいし。
そんなことを考えながら店を出たおれは、あきらかにおれのことを待ち伏せしていたとわかる、薄い灰色のローブを着た赤毛で赤目の男と、その場でまっすぐに向き合うことになった。
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