光魔法の伝説

光魔法の伝説(1)



 光魔法。


 それは正確な呼び名ではない。

 正確には太陽神系魔法という。


 だが、正しさとは、どれだけ広く認知されているか、ということが大きく関係してくる。


 そういう意味では、太陽神系魔法というよりも、光魔法という方が一般的である。これは太陽神系魔法に限ったことではなく、火の神系魔法なら火魔法、水の女神系魔法なら水魔法というようになっている。


 なんでこうなったのか、ということを考えてみると、まず、この世界では魔法自体がけっこう珍しくて目にする機会が少ないようだ。

 光魔法に至ってはなおさらで、勇者や賢者というレアジョブでなければジョブスキルとして身につかないものだ。

 そういう意味では、光魔法そのものがもはや伝説級である。正確な呼び名がきちんと残り続けるような状況ではないと考えられるワケだな。


 そもそもこの世界における魔法スキルの習得には、呪文を詠唱して魔法を発動させるか、師匠となる魔導師に学ぶか、というどちらかを経験する必要がある。

 その上で15歳の洗礼を受けると、魔法関係のジョブに就く可能性が高くなる。魔法関係のジョブに就いたら、そこで魔法スキルを習得することもあるけどな。


 魔法スキルはすべて神々の御業である。だから、神に願って使えるように詠唱する。ほとんどの魔法が詠唱する時に『われ○○神に乞い願う……』というところから始まるのはそういうことだ。


 ところが呪文詠唱のための魔法言語……言い換えればそれは「古代神聖帝国語」、すなわち、おれの感覚ではそれはただの日本語なんだけど、それを話せる人も、読める人も、書ける人も、実はこの世界にはいない。


 転生者として前世の記憶があるおれくらいかもしれないな。あとは、おれから呪文を教わっている姉ちゃんくらいか。うーん、姉ちゃんは呪文以外の日本語はひとつも話せないから、その数に加えていいのやら。


 呪文自体は、遺跡となっている古代神殿に行けば石版などで発見できる。でも、フツーは読めないので石版を発見しても意味はない。


 ではもうひとつの方法の魔導師に学ぶというのはどうか。


 まあ、魔導師自体がまず希少である。めったに会えない。つまり、その時点で魔法スキルの習得は極めて困難となる。


 そして、魔導師は自分が身に付けている最高ランクのひとつ下のランクの魔法スキルの指導ができるのだが、レベル10から魔法の中級スキルが使えるので、レベル10以上の魔導師でようやく初級スキルを教えられる。

 レベル20で魔法の上級スキルが使えるようになれば中級スキルも指導できるが、レベル20以上の魔導師となると、いったいどこにいるんですか、と聞きたくなるくらい珍しい。


 ただでさえ数の少ない魔導師の、さらに高レベルな存在など、まず出会えるものではない。


 だから魔法スキル持ちは少ない……というのがこの世界の現状となっている。『小川の村』には村長さんだけで、しかも商業神系初級のボックスミッツしか使えなかったからな。


 ちなみに、魔導師から魔法を学ぶのは、実は『ネンブツ』と同じだ。

 師匠となる魔導師が魔法発動の起句となる魔法名を弟子に教えて、自分自身に向けて『ネンブツ』をさせて身につけさせる。弟子に起句を教えて発動させるというのが魔導師関係だけのジョブスキル扱いだ。


 師匠が「もっとだ、もっとこい! もっと早く、大きく、叫ぶんだ!」とか言って。弟子が「ドウマラ、ドウマラ、ドウマラ、ドウマラ、ドウマラ……」なんて連呼し続けるというちょっと熱血な感じの光景が思い浮かぶ。


 ……熟練度2になるまで発動しないし、MP切れたら12時間回復しないのでとっても効率が悪いんだよな。何日も、何か月も、下手すりゃ何年もかかる。


 発動して弟子の魔法を師匠が喰らっても、そもそも自分が使える魔法しか伝授できないので、特に問題はない。自分が身に付けた魔法スキルにはある程度耐性がつくからな。

 ドウマラだったら、ダメ減はもちろん、すばやさ低下デバフを受けなくなるし。


 なんでそんなことになってるのかってのは、結局、魔法言語が失われて久しい、という一言に尽きる。


 おれは魔導師ではない。というか、まだ洗礼前で扱いは、無職、だしな。


 だから、姉ちゃんに頼まれて魔法を教えることになったけど、いきなり起句からの『ネンブツ』で教えても姉ちゃんには魔法が身につかない。一度身につけてスキルを生やしてしまえば、『ネンブツ』で熟練度を上げさせることは可能だけどな。


 じゃあ、どうやって魔法スキルを身につけさせるのかって?


『わ』

「わ」

『れ』

「れ」

『つ』

「とぅ」

「……はい、間違った。姉ちゃん、やり直しな」

「ええーっ、またなの? めんどうだわ」

「身につけるんだよな? おれにできるんだから姉ちゃんもできるんだろ? そう言ったよな?」

「……ふん。おぼえてなさいよ、アイン。いつかとっちめてやるわ。もう一回!」


 ……とまあ、こんな感じで、一文字ずつリピートアフターミーさせて一度発動させることでスキルを生やす。


 一度発動させれば、あとは、『ネンブツ』をひたすらやらせる。攻撃魔法が発動しても、おれに向けて使うのは問題ない。おれには耐性があるしな。

 かつて姉ちゃんに向けてカッターを発動させたという秘密もあるし。ただし、今の姉ちゃんが『ネンブツ』を繰り返すにはMPが十分ではないけどな……。


 ま、おれも呪文まではっきり覚えてる魔法スキルはそこまで多くはないから、姉ちゃんに呪文から教えるにしても限界があるしなあ……。


 ちなみに、ゲームの『はじまりの村』には、実はいろいろな魔導師が隠れ住んでいて、イベントクエストクリアで魔法を教えてくれる。

 自分で隠れてる魔導師を見つけるのは大変だけど、ネットの攻略情報とか、攻略本なら一瞬だからな。


 おれが姉ちゃんに魔法スキルを詠唱で発動させようとしている向こうで、銅のつるぎを素振りしているのはレオンだ。

 以前の姿はどこいった、と思ってしまうほど、レオンはフツーにしゃべるようになった。


 何があったのかはわかんねぇーけど、たぶん、レオンはレオンの中の何かを乗り越えたんだろうとは思うけどな。


 それよりも。

 見ていて感じるのは圧倒的な主人公補正だ。ムカつくくらいの。


 ……いや、あのさ? レオンのヤツの素振りって、剣聖サワタリ氏の大技『サワタリ・トロア』だったりするんだけどな?


 おれが『見逃し仮面』との戦いで『サワタリ・クワドラプル』を使ったんだけど、その三つ目までのスラッシュ・トライデル・カッターという3つのスキルとその予備動作の動き、つまり『トロア』を完璧にトレースできてるんだよな。ちょっと動きは遅いけどさ。


 フツー、あんなの、一度見ただけでできるかよ? 無理だよな? 無理だと思うんだけどな? まあ一度じゃなくて、続けて四度は見たとも言えるけどな? 4回使って『見逃し仮面』を殴りまくったし? それでも無理だろ、フツー? 見ただけとか?


 これ、どう考えても、主人公補正だろ?

 あり得ねぇよな? 見ただけでーとかさ?


 ゲームでも、ステ値の伸びがレオンでプレーするとめっちゃイージーモードだったしな。


 特に筋力と魔力のあがりがめっちゃいいの、ムカつくくらいにな!


 だいたい10ずつくらいアップしてくからな! もしもおれのステ値が10ずつアップだったら、今頃240くらいになっとるからな! レベル24なんだから!

 でも一番高い魔力でおれのステ値は200だしな! あとはみんなそれ以下だからな! はぁ……。


 ただし、レオンの『トロア』の素振りは、スキルとスキルのつながりのタイミングはうまくいってないし、ひとつひとつの振りも鋭さが足りなくて遅いから、経験値稼いで使えるレベルになったとしても、まだ連続技としては発動しないとは思うけどな。


 それでも、脇役のおれとは大きな差を感じてしまうワケであります、はい……。


「ししょう! ぼくにも……ぐぼばっ」


 そんでもって、こんな才能のあるヤツが、とんでもない勇者補正なんてモンをかかえてるヤツが、なんでかおれみたいな脇役のことを師匠と呼びやがる。


「師匠ってゆーな。それと、おんなじことを何回も言わせんな」


 けっこームカつくから、いっつも顔面にチョップを入れてるけどな。チョップ入れてるけども!


 いちおー義弟なんだから、兄貴とか、呼んでくれよな、まったく。いや、別にそれほど呼ばれたいワケじゃねぇけどさ……。


「……むぅ。アイン、ぼくにもまほうを教えてよ!」

「ヤダ」

「ええぇ……」

「はあ……魔法についての合言葉は?」


「ひまほう……」とレオンが言うと。

「……ダメぜったい!」と姉ちゃんが後に続ける。


「はい、二人とも、もう一度」

「ひまほうダメぜったい!」

「ひまほうダメぜったい!」


 こうして火の神系の魔法は覚えちゃダメだと刷り込ませとかないと、レオンが勇者になれなくなったら困るからな。


 ちなみに、月の女神系の回復魔法の習得を望んだ姉ちゃんは、可能なら聖女になるように育成する予定だ。こっちも、火の神系の魔法は厳禁。あと、太陽神系魔法も聖女の確率を下げるので禁止。


 レオン育成勇者化補完計画と姉ちゃん育成聖女化補完計画だな。


 こんなやりとりを毎日のように繰り返しながら、おれたちは旅を続けていた。






 おれがツノうさの体当たりを構えた銅のつるぎで受け止めている間に、姉ちゃんが弓矢を一度大きく頭上に上げてからゆっくりと引き分けて、口の高さで3秒とどめ、弓矢がうっすらと青白い光をまとわせる。弓術系初級スキル・ダンツだ。


 姉ちゃんの物理はまず弓矢と剣。キームさんの猟師の弓矢を姉ちゃんは使ってる。


 村の生き残りの中の唯一の大人であるザックさんは、村のみんなの武器を持ち出すことに躊躇していたけど、おれは遠慮しなかった。

 バルドさんならおれたちの命を優先すると思うよ、と言うとザックさんも引き下がったけどな。


 放たれた矢は外れたけど、当たり外れは熟練度と経験値には関係ないので、攻撃判定が出るからそれでいい。


 続いて、銅のつるぎで剣術系初級スキル・カッターを発動させたレオンが、ツノうさをしとめる。


 別に通常攻撃でも武器補正の分でダメージは十分なんだけど、これもスキル熟練度のためだ。


「やったぁ!」


 嬉しそうにレオンが叫ぶ。まだまだ安定して、カッターを発動させられないからな。カッターで狩れたら大喜びだ。


 姉ちゃんのダンツはかなり安定して発動するけど、こっちはなかなか矢が当たらない。レベルアップして器用さが上がるまではまだ我慢が続くだろう。顔が納得してないから、何も言わねぇけどな。


 姉ちゃんには剣術系も合わせて今は仕込んでるけど、いずれは槍術系へ移行させていくつもり。

 槍術系は基本的に剣術系と予備動作が同じだし、槍術系と弓術系はどっちも女神スキルだからな。聖女の確率を上げるためにも女神スキルは重要だしな。

 あと、槍術系は基本的にその長さで先制攻撃だから、姉ちゃんの被弾を減らすって意味でも大事。

 姉ちゃんはできるだけ被弾させたくない。おれのワガママだけどな。今は槍が手に入らないから槍術系ができないのが残念過ぎる。


 とりあえず、ツノうさ狩ってレベルアップと熟練度アップを図りながら、おれ個人はもう少し危険な狩場にも踏み込んでいく。


 となりの村まで2か月近くかかるって……さすが辺境!






 何日か経つと、シャーリーも狩りに加わった。


「シャーリーもつよくなる。つよくなりたい」


 そんなことを言い出したからだ。


 シャーリーは弓矢専門で教えた。

 より正確に言えば、姉ちゃんに教えさせた。


 ……おれ、シャーリーに厳しくするの、たぶんムリ。こういうのは適材適所だよな。


 まあ、姉ちゃんに言わせるとさ……。


「……たぶん、あの子たちといっしょに待ってるのがイヤなんだと思うわ」


 ……とのこと。


 あの子たちってのは、移住ガールズ3人衆だ。シャーリーとは村にいた頃からずっと、あんまし関係がよくない。


 あと、移住ガールズは、魔物に対してめっちゃおびえてた。

 自分の村が滅ぼされた時は、物置に押し込められてて直接目にしなかったらしいけど、ウチの村ん時には、見たくないもんを目にしながら逃げ回ったらしいからな。


 移住ガールズとは気合いが違う姉ちゃんと、心の中で何かを乗り越えたレオンはともかく。


 あん時、スタンで意識がなかったシャーリーは運がよかったのかもしれない。シャーリーは家族を亡くした悲しみはあっても、そこまで魔物を怖れてはいなかった。


 村の生き残りは、おれが『見逃し仮面』と戦った時に近くにいた子どもたちと、あとは大人が、猟師のザックさん一人だけ。


 ザックさんはフォルテベアス・ザッグガ・トレインドを村にトレインしちゃった猟師さんで、あのフォルテベアスをおれが倒した時には意識を失っていた人だ。またしても生き残るとはかなり運がいいのかもしれないな。


 一人でも大人の生き残りがいてよかったと思う。


 ……おれの方がよっぽど強いというのは事実だけど、大人が一人いるといろいろと安心だからな。社会経験的な部分で。


 ま、それはともかく。


 姉ちゃんにシャーリーを教えさせる作戦は成功して、シャーリーはゼルハさんの弓矢を使って、ちゃんとダンツを発動させることができるようになった。


 ある意味で姉ちゃんって、すげぇーよな。


 こうして。


 おれたちは旅をしながら、狩りを続けていた。


 猟師のザックさんを留守番にして。






 レオンが剣術系初級スキル・カッターを10回以上、発動させられるようになった時点で、レベル3に達したと判断したおれは、狩りの対象をツノうさだけでなく、フォレボやバンビも含めるようにしていった。


 安全マージンぎりぎりの方が経験値効率はいいからな。


 おれがタンクを務めてのパーティープレーだ。シャーリーが弓矢で遠距離、姉ちゃんが弓矢と剣で遠近両方、レオンが剣で近接。


 おれがきちんと壁になっとけばメンバーの安全は確保できるし、銅のつるぎの武器補正は50もあるので、最後にレオンか、姉ちゃんが一発ぶちこめば問題ない。もーまんたいだ。


 1か月も経たずに、物理関係は中級スキルを生やすことができた。


 スラッシュなどの物理の中級スキルが使えるってことは、姉ちゃんたちはレベル5を超えたってことだ。そんで、ちょっと森の奥の、フォレボやバンビの2~3頭狩りはけっこー余裕もでてきた。


 レオンがダメージを受けることもあったけど、そのことも、姉ちゃんの月の女神系単体型回復魔法初級スキル・レラサの『ネンブツ』10回にはちょうどよかった。

 MP0にすると効率が落ちるからな、10回のMP40消費でちょうどいい。

 ちなみにおれは中級スキル・レラシの『ネンブツ』をしたけどな。バルドさんたちにはできなかった回復魔法の『ネンブツ』をレオンではできてしまうってのは、子ども同士の気楽さかもな!

 レオンをはさんでおれと姉ちゃんが、レラシレラシレラシ、レラサレラサレラサって言ってんのはたぶん外から見たら笑えるけどな! 笑えるけども!


 狩りの後、メシ食ってから、寝るまでは素振りじゃなくて、模擬戦。


 おれとの模擬戦で、素振りよりも効率よく、レオンや姉ちゃんの近接の熟練度を上げさせていく。

 ちなみにシャーリーの弓矢も含めて、3対1の模擬戦でもヨユーもヨユー、超ヨユーだったけどな! おれにとっては模擬戦だけど、姉ちゃんたちにとってはある意味では実戦だ。


 レオンが悔しそうな顔をしながらも「さすがししょ……ぐばべっ」っとチョップを受けるのが日課みたいなもんだった。さすししょチョップだ。舌噛みそうだよな!


 もちろん、おれは攻撃しなかったからな! 姉ちゃんたちがスキル使っても!


 姉ちゃんたちが強制スタンで寝ることもあったけど、おれがいるから問題なしのもーまんたい。


 レベル6くらいからおれは基本、見守りに入って、戦闘中は姉ちゃんが商業神系特殊魔法初級スキル・ボックスミッツで出した3段ボックスにライポを出し入れすることで、姉ちゃんのボックスミッツの熟練度を上げるという裏ワザを続けた。早く姉ちゃんの3段ボックスに3000アイテムが入るようにしたかったからな。


 ちなみにレベル5になってからの姉ちゃんには、いずれ鍛冶神系支援魔法中級スキルのバイアトを使わせるために初級スキルのメンテシュシュを覚えさせたし、姉ちゃん自身の回復用に必要なポーションを確保するために医薬神系特殊魔法初級スキル・メディスメディオスも覚えさせて、ポーション作成に必要になる薬草も教えた。

 万能型支援回復が可能な聖女狙いってすごくね? そんでいざ戦うって時は自身の強化もしちまうっての?

 ふふふ、洗礼が楽しみになってきたな! なんとかして姉ちゃんが洗礼を受けられるようにしないとな!


 いろいろとモンスターを狩って手に入れた肉はザックさんたちも含めてみんなの食事になったし、採集で集めた薬草はおれと姉ちゃんでライポに変えていく。

 果物とかは食べたり、ジュースにしたり、ストレージに蓄えたりしたし、木の枝は拾って、模擬戦用の武器にした。


 スキル使用回数でレベル8になったと判断したら、森の奥へも侵入していく。


 そんでフォルテベアスの狩場を見つけて、パーティー戦でのボスチャレンジをさせる。おれが後ろに控えてるのがもはや安全マージンだ。いざとなったら割り込むだけ。


 まあ、予想通りだけど、シャーリーの弓術系中級スキル・トライダンツと姉ちゃんの地の神系単体型攻撃魔法初級スキル・ドウマラで削って、レオンのスラッシュとカッターが決まれば、フォルテベアスも問題なく倒せる。

 レオンはなかなか連続技を成功させられなくて単独技になるから、物理クールタイムの技後硬直で一撃もらっちまうけどな。

 それも姉ちゃんからの月の女神系単体型回復魔法初級スキル・レラサを2、3回かけてもらえば問題なしのもーまんたい。


 あとは、なんていうか、姉ちゃんたちのパーティー戦を見てたらさ、スキルが使えずに苦しんでいたバルドさんたちを思い出して少し悲しくなったけどな……。


 洗礼前の子どもたちに正しく教えれば、スキルは使えるようになる。


 あん時。

 ズッカやティロも。姉ちゃんやシャーリーたちも含めて、子どもたちを鍛えるという選択肢を選べたのかどうか。


 その道を選んでいたら、どんな風になったのか。

 スキルが使えたら、イビルボアや『見逃し仮面』と戦えたのか。


 そういうのは考えないように、考えないように、考えないように、した。


 そうして、たぶんみんなレベル10に届いたかな、というくらいで2か月。

 スキルがあって、狩り旅でリポップ待ちがほとんどないという状況なら、レベ上げがとっても楽だと知った。

 移動しながら戦い続けてレベルアップなんてまさにRPGっぽい。


 そして、おれたちは『滝の村』にたどり着いたのだった。






 ウチの村のとなりの村とは言いながら、距離はおよそ2か月という遠方の村。


 狩り歩きだったけどな。移住ガールズに合わせての移動だから、こんなもんだろ。


 その『滝の村』には、シャーリーのお母さんであるおねいさまの妹、つまりシャーリーの叔母さんが嫁いでいた。もちろん、とってもお美しいお方で、おばちゃんなんて言えねぇ感じのおねいさまだ。


 そんで、さみしいけども、シャーリーとはここでお別れだった。


 親戚がいれば引き取られる。子どもだから。

 どこの村でも辺境では子どもは宝だ。必ず大切にされる。


 まして、かなり近い血縁で、シャーリーの叔母さんには子どもがいなかった。見た感じ、シャーリーを大切にしてくれるのは間違いないと思えた。


「アインといっしょに行きたい」とシャーリーは言う。


 でも、それは難しい。

 両親を亡くして血縁がないおれと姉ちゃんと違って、シャーリーには頼ることのできる血縁がある。


 そんで、おれと姉ちゃんはレオンをレオンの縁者に預けるまで旅をする。


 ……本当はもっと先まで旅をするつもりだけどな。


 おれたちと一緒に行けないことはシャーリー自身が一番よくわかっていると思う。それでも、そういうことを言ってしまう。


 目に涙をためて、叔母さんというこれまた美しいおねいさまと手をつなぎながら、おれたちを見つめるシャーリー。叔母さんとつないでいる手が、本当は一緒に行けないと語ってる。


「アイン。シャーリーはね、シャーリーは、いつか、いつかアインがむかえにきてくれるのを、ずっと、ずっと、ずぅっと、まってるから。まってるから」


 そんなシャーリーが可愛くて。

 本当にシャーリーが可愛くて。


「いつか、必ず迎えにくるから。それまでおりこうにして、待ってて、シャーリー」


 おれはそう言った。

 姉ちゃんがジト目だったけど、その場ではスルーだ。超スルーだ。


 涙を流しながら、シャーリーは笑った。笑ってうなずいた。おれもうなずき返す。


 どうせ今生の別れとなるなら、これくらいのことを言っても許されると思うんだよな。


 もちろん、後から姉ちゃんに叱られた。ゲンコツなしではあったけど。


「あれは、あの子たちへのさいごのけんせいのイミと、あと、シャーリー本人があきらめるつもりで言ったわ。アインってば本当にバカよね」

「ええ?」


 そんなん、わかるワケねぇし? なんで姉ちゃんにはわかんのかな?


「もう、今までとはじょうきょうが変わったわ」

「状況が? なんで?」

「シャーリーはもう村長のまごむすめじゃなくなったわ。やっぱり村長って立場はじゅうようなの、特にけっこんには。それなのに、あんなこと言ってシャーリーにきたいさせて。アインは、シャーリーがこの先、この村でしあわせになるきかいをうばう気?」

「そ、そんなつもりはないけど」

「これでシャーリーがアインを待ちつづけたら、けっかとして、そういうことになるわ」


 えええ? 待ち続けるか? そんなことあるかな? いや、あるのか? っていうか、おれはリップサービスのつもりで言ったんだけど、それを言ったら、たぶんゲンコツがくるから言えねぇな?


 ……これも約束で、約束は守るもの。そういうことだろうか?


 おれはまたしても、考えなしでやっちまったらしい。

 反省せねば!






 シャーリーとの別れの後も、狩り旅は続く。


 ザックさんに留守番を任せて移住ガールズをお願いして、おれと姉ちゃんとレオンはひたすら狩りと訓練に打ち込む。


 朝夕の食事の時に、やたらと移住ガールズが話しかけてくるようになったのがうっとうしい。


 シャーリーがいる間は、シャーリーが実は壁になっていたんだな、と気づいた。確かに、姉ちゃんの言う通りだ。おれはいろいろとわかってない。


 正直なところ、移住ガールズはどうでもいい。永らく「ディー」の名を持ち続けたおれだからこそ、あの純粋無垢だったシャーリーにからんで、あの可愛いシャーリーに女の醜さを生んだ移住ガールズは、嫌いだし、苦手だった。

 ある意味ではこいつらを敵認定している。

 あれほど、女としてはたくましかったのに、魔物はこんなにも怖れて戦わないとか、そういうのもなんか嫌だしな。


 シャーリーと別れて心にぽっかりと隙間ができてるのに、そういうことに共感してそれを埋めてくれるんじゃなくて、なんか知らんがおれの強さや賢さをめっちゃホメてくるというズレが気持ち悪いんだよな。


 ……こんなんだからおれはずっと「ディー」だったんじゃねぇかな、とも思うけどな。


 おれは体術系上級スキルのガンバフライを習得するために、中級スキルのガンバの熟練度を上げたり、弓術系のスキルの熟練度を上げたりしながら、姉ちゃんにいろいろと教え、レオンには顔面チョップを喰らわせ、移住ガールズとの距離感に悩みながら狩り旅を続けた。


 模擬戦を繰り返していく度に、レオンの強さに衝撃を受ける。もちろんおれが勝つけどな? おれが勝つんだけども!


 感覚でそう感じるってだけなんだけど、おれがレベル10だった頃よりも、レオンのレベル10の方が筋力も耐力も上だと思ってる。

 魔力は、おれもなんか高かったんだけどな。すばやさと器用さはたぶんおれの方が高い。

 レオンがタンクっぽい役割をしながらレベルアップしてきたこととか、おれが剣術系以外にも体術系や弓術系も磨いてきたこととかも、そういうとこには関係してるんだと思う。


 回避にもっとも関係があるすばやさと、命中に必要な器用さのステ値で、模擬戦で勝つのはおれになるという事実は揺るがないんだけどな。


 いや、でもさ? おれの方がレベルは倍以上高いんだから、それってフツーだろ?


 そんでもそこそこの勝負をされるっていう、ちくせう、主人公補正が憎い……。


 姉ちゃん育成聖女化補完計画は、たぶん順調だと思う。

 今も毎日のように、姉ちゃんとレオンには「火魔法ダメ絶対」を連呼させてるしな。


 夕食なんかで肉を焼く時は、八つ当たりみたいに、移住ガールズの肉だけこっそり並肉にしてるのは、おれの密かなストレス解消だったりする。けっ!


 ああ、人間がちっちぇよな。悲しくなる。シャーリーいなくて心がやさぐれてるかもな。


 狩り旅の基本は、おれたち三人が先行して狩りまくりで、一度ザックさんのところに戻り、安全になったところをぐんぐん進む。

 まあ、たまにランダムエンカウンターも現れることはあるけど、モンスターの種類が基本的なものだから、問題なし。もーまんたいだ。


 移住ガールズの休憩中は、おれたちが森へと突入し、より数が多いモンスターや、より強いモンスターを狩る。まあ、強いっつっても、もうおれたちにとってはザコなんだけどな。


 夜は、姉ちゃん、おれ、ザックさん、レオンの四人で交代して見張りを務めて、休む。

 もちろん移住ガールズはぐっすりおやすみなさいだ。どっちかっつーと、フツーの子どもなのは移住ガールズの方だけどな。






 そんな2か月を過ごして、おれたちは『沼の村』に到達した。


 ここにはザックさんの弟がいるという。

 ザックさんは弟のつてでこの村の家をひとつ譲り受けて、この村に住む。そうして、移住ガールズを引き取るとのこと。


 ……リアル光源氏計画発動!! やるな! ザックさん! 独身だけに!


 おれたちも、この村で引き取り手を見つけるとザックさんに言われたけど、おれはあっさりとそれを断った。

 おれたちの強さを知ったザックさんは肩をすくめただけだった。


 そもそも、移住ガールズを引き取るのは、この子たちがおれたちの狩り旅に同行できそうもないからというのが大きな理由らしい。

 この子たちは親を亡くし、移住した上で今度は養親となった親戚も亡くした。滅んだ村のただ一人の大人として、面倒は見るとザックさんは言った。


 ザックさんと違って、移住ガールズはおれたちもこの村に住めばいいと、めちゃくちゃしつこく言い募った。


 最終的には、姉ちゃんビンタが移住ガールズの三人に炸裂して終わった。


「あたしたちの生き方はあたしたちが決めるわ。ごちゃごちゃ言わないで」


 ビシッと言い切る姉ちゃんやっぱカッケー。


 こういう時、なんともできないおれとレオンはちょっと情けない気もする。

 まあ、情けないけど、おれは心の底から移住ガールズとさよならできてスッキリしたけどな。


 もちろん、彼女たちには、いつかまた会おうなんて、1ミリも思ってないから、何も言わずに手を振って別れた。


 あ、ザックさんには道中のお礼をちゃんとしたからな。言葉も、肉とかの食べ物もな。






 狩り旅がおれたち3人だけになると、ペースが大きく変わった。


 狩れる魔物の数も倍増していったのに、進む距離もどんどん伸びる。狩り旅はリポップ待ちがなくて、効率がいいのも大きいと思う。


 次の『丘の村』には1か月で到着した。

 そんで『丘の村』には3日泊まって、周辺の魔物を狩り尽していく。


 森の奥のクソアス……フォルテベアスを姉ちゃんが単独で初めて狩ったのはこの村だ。


 遠距離から猟師の弓矢で弓術系初級スキル・ダンツを一発かまして武器を銅のつるぎに持ち替え、中距離で地の神系攻撃魔法初級スキル・ドウマラで石をぶつけてすばやさ低下デバフも加え、さらに風の神系攻撃魔法初級スキル・ザルツラで出血させてただのダメージだけでなく継続ダメージまで与え、とどめは銅のつるぎで剣術系中級スキル・スラッシュからの初級スキル・カッターという連続技『サワタリ・ツイン』を成功させて消滅させた。


 強くなるって本気で決めて、本気で取り組んだ姉ちゃんの凄さをおれは思い知った。正直な感想を言えばあり得ねぇ強さだ。


 まさか、レオンよりも先にクソアスの単独討伐を成し遂げちまうとは思わなかったからな。ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』なら、2周目、3周目のプレーヤーみたいな感じだ。

 なんでこんなに戦闘センスがあんのかな? すげぇよな? 聖女になれるように姉ちゃん育成補完計画立ててんのに、なんでか前衛みたいな感じになっとる!


 スキル構成としては、姉ちゃんの方がレオンよりも手数の種類が多い分、有利なんだよな、実は。弓、魔法、剣と、遠距離・中距離・近距離がバランスよくそろってるし。ボス戦単独狩り向きだ。


 レオンがぼくもやりたいとワガママを言うけど、この近くにはもうクソアスはいないだろうし、そのリポップを待つつもりもないから、顔面チョップで黙らせて、『丘の村』を離れる。

 モンスター構成はちょっとバランスの違いはあるけど、どこも『小川の村』とそこまで大きく違わないからな。


 宿泊のお礼として、けっこーな数の肉を『丘の村』の村長さんにプレゼントしたら、ウチの村で暮らさんか、と言い出した。


 人間って、欲深いよな、まったく。そういうことは、訪れた最初に言えっつーの。いや、ここに留まる気なんかこれっぽっちもねぇーけどさ?

 やってきた時はなんかちょっと面倒くさそうな感じだったのに手のひら返されても嬉しくねぇし?


 ちなみに次が『はじまりの村』だ。


 ようやく『はじまりの村』という言葉を耳にした。改めて、ここは『レオン・ド・バラッドの伝説』の世界なんだと感じる。目の前にレオン本人がいるから今さらだけどな! 本当に今さらだけども!


 まあ、おれはゲームの始まる場所だから『はじまりの村』なんだと思ってたけど、『丘の村』の村長さんによると、この辺境地帯の開拓で、一番最初に切り拓かれて、一番最初に村ができた場所らしい。なるほど納得の理由だ。


 ゲームのはじまりだなんて思ってた自分が恥ずかしいよな。言わなくてよかった。いや、言えねぇんだけどな。ゲームだなんて絶対に言えねぇんだけども。






 そこから1か月。


 大熊はぼくが! 大熊はぼくが! と連呼するレオンに顔面チョップを入れながらの狩り旅。


 おれは『はじまりの村』を見つけると、村へは入らずにそのまま森へと突入していく。そして、迷わずクソアス……フォルテベアスの狩場へ行く。


 マップがゲームとまったく同じでちょっとビビったのは内緒だ。


 顔面全部で猛アピールをしてくる金髪碧眼イケメン義弟にチョップを入れて、一人で送り出す。


 嬉しそうに、クソアスに近づくレオン。その姿が堂々としてて、ちょっと、かっこいいとか思っちまったじゃねぇーか。ちくせう、イケメン氏ねぃ。


 銅のつるぎで『サワタリ・ツイン』を発動させようとして、うまくつなげられずに、スラッシュをぶちかました後のクールタイムという名の技後硬直でクソアスから一撃もらって、その後にカッターで切り落として、レオンはクソアスを倒した。

 一撃喰らったものの、めっちゃあっさり単独討伐に成功したのだ。終わってから、姉ちゃんに回復魔法かけてもらってて、おれとしてはちょっとジェラシー。


 いや、レオンは剣術系に集中して鍛え上げてきたけどな? そういうつもりで鍛えてきたけれども?


 手札の数で勝負した姉ちゃんとの違いが際立つ勝ち方だった。熟練度アップの追加ダメージ量がけっこー伸びてんな? コレ?


 そして。

 おれたち熊狩り3人衆! ついに『はじまりの村』に参上!


 ……あれ? ひょっとして、おれの初討伐が一番かっこ悪いのか? そうなのかな? あれ? どうなんだろ? なんか、小川にざっばーんっと落ちたような記憶もあるんだけどな? あるんだけども。


 3人そろって、『はじまりの村』の門をくぐり抜けながら、おれはそんなことを考えていたのだった。





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