勇者の目覚め
青白くかがやく木のえだをふるうアイン。
それを見たとき。
ああ、これが本当のかたちなんだと。
ぼくは思ったんだ。
ここに、ホンモノがいたんだ、と。
ずっと、ずっと、バカにされてきた。
今よりも小さな子どものころから、ずっと。
そんなものは役に立たない、だとか、おどりたいなら女になればいい、とか。男女って言われるのはふつうで、名まえをよばれることはなくて。おどりこ、おどりこ、とからかわれる。
村から少しだけはなれた、山に一ばん、ちかい家。
そこにすむ、剣ぶの一ぞく。
山のかみに剣ぶをささげる一ぞく。
それがぼくたち。
おじいさんも、お父さんも、ぼくと同じように子どものころからずっとからかわれてきたと言うし、大人たちから、今でも同じようにからかわれつづけている。
剣ぎと剣ぶはちがうものだ、と。
剣ぶなどたたかいにはなんの役にも立たない、と。
でも、そんなことはない、とぼくは考えていた。
剣ぶでもきっと使えると。
たたかいに役立つんだと。
ぼくはそう信じていたんだ。
あの日までは。
あの日。
やってきたその人は、人ではないのではないかと感じるくらい、若く美しい男の人で。
おでこにツノがはえていた。
そして、そのうしろに大きなまっくろのいのししをしたがえていた。
「おまえたちが、勇者の血筋の者たちか?」
ぼくたちの家に来たその人は、いきなりそう言って、剣をぬいた。
「勇者の血筋の、その力、見せてもらおう。剣を抜け」
わけがわからない。
あまりにもとつぜんすぎた。
その人はおじいさんとお父さんが剣をぬくのをまっていた。
それを正々どうどう、とでも言うのだろうか。
剣をぬいて切りかかったおじいさんは、ほぼいっしゅんで切りたおされ。
お父さんがにげろとぼくとリンネにさけんで、ぼくたちのせ中をおした。
ぼくはリンネの手をひいて走り出したから、さいごまで見てはいない。
でも、おじいさんが切られたのを見て、思ったんだ。
みんなの言うとおりだった。
たしかに剣ぶは、たたかいには使えないって。
みんなの方が正しかったんだって。
すぐにお父さんも切りたおされて、立ちふさがったお母さんも切られた。
そして、足がもつれたリンネがころんだ。
手をつないでいたので、ぼくもバランスをくずしたけど、なんとかふみとどまる。
「リンネ、はやくっ!」
「お兄ちゃん、先に行って! リンネは大丈夫だからにげてっ!」
「リンネ!」
「おねがい、お兄ちゃんだけでも生きのびて…………」
ツノがはえた若く美しい男の人がこっちに向かってきていた。
なにをどのように考えて、どうしてそうしたのかはもうよくわからない。
ひとつだけはっきりしてるのは。
ぼくがそこに妹をおいてにげたということだった。
女の子のすがたをした、もう一人の自分を。
ふたごの妹を。
ぼくは見すててにげたのだ。
それでも、なんとかたすけをもとめて。
ぼくは村へとかけこむ。
でも。
村はとっくのむかしにぼろぼろにされていた。
あれだけ、ぼくや、お父さんや、おじいさんをバカにしてきたのに。
村はぼくたちよりも先にほろんでいた。
それほどのじかんのちがいはなかったのかもしれない。
だけど、まちがいなく、ぼくたちよりも先に村はほろんでいたのだ。
あんなにえらそうに。
あんなにぼくたちをバカにしておいて。
こんなにもあっさりとほろぶなんて。
このよには、ニセモノしかいない。
ニセモノばっかりだ。
ニセモノの剣ぶ。
ニセモノの剣ぎ。
ニセモノのことば。
そして、妹を見すてる、ニセモノの、兄。
ぼくも、ニセモノだ。
でも、ここにはホンモノがいた。
木のえだが右、左、そして上へとはんぶんだけ円をえがき、そこから左、右、左、次は下から一しゅうぶんの円をえがいて、右、左、右、そのまま上へふり上げて、まっすぐに下へ。
木のえだが、まるでかみさまからイナズマの光をあたえられたみたいに、ときどき、きれいに光りかがやく。
小さなころから。
ほんとうに小さな子どものころから。
おじいさんとお父さんにおそわってきた剣ぶとまったく同じうごき。
それでいて、まったくちがうものに見える、そのうごき。
まったく同じなのに、まったくちがう、そのうごきのはやさ。
ぼくがおじいさんやお父さんに言われて、ていねいに、ていねいに、すこしもまちがわないように、ゆっくりとどうのつるぎをあやつるのとはちがう、かぜを切るようなすばやい木のえだのうごき。
おじいさんとお父さんを切りたおし、お母さんも切りすてた、あの若く美しい男の人が。
その木のえだからうけるいたみに、なんども、なんども、うめいていた。
かたの上に木のえだをかまえる、しらないうごきもあったけど。
そのほとんどは、おじいさんやお父さんにたたきこまれた、剣ぶと同じものだった。
でも、おじいさんにも、お父さんにもできなかったことを、やってる。
これがホンモノの力。
これが本当にホンモノの剣ぎ。
ぼくがしらなかっただけで、ホンモノはそこにあった。
べつの村にひきとられたぼくの、ぎりの兄。
アインはホンモノだった。
姉であるイエナねえさんも。
こんやくしゃのシャーリーも。
ぼくもふくめた、そのほかの子たちも。
アインは見すてたりしない。
アインはにげたりしない。
だって、ホンモノだから。
アインはホンモノだから。
「すごい…………」
ぼくは。
ひさしぶりに。
本当にひさしぶりに。
自分の口からおとをもらした。
「すごいよ、アイン…………」
アインは、あの若く美しい男の人に、おじいさんやお父さんやお母さんをころした、あのおそろしい人に、なにもさせない。
ひたすら、木のえだで打ちつづける。
そして。
ここまでのうごきとちがって、右かたの上ではなく、左かたのまえに木のえだをもってきたと思ったら。
そこでアインが大きくさけんだ。
「ワイドカッターっっっ!」
木のえだがかみさまのイナズマをまとい、大きくふられる。
三日月のかたちをしたかみさまのイナズマがとんで、どんどん大きくなりながら、若く美しい男の人とまっくろな大きいいのししをのみこんでいく。
そのあと、信じられないことがおこる。
さっきまで、すばやく、するどく、だれよりもはやかったアインが。
とつぜん、おそくなったのだ。
そして、あの若く美しい男の人に、アインはなぐられて。
そこにすわりこんでしまった。
アインはホンモノなのに。
ホンモノでないと、あの若く美しい、おそろしい人には、かてないのに。
ホンモノはまけちゃダメなのに。
ぼくはこぶしをにぎった。
つよくつよくにぎった。
がんばれアイン。
がんばれ、がんばれ。
「アイン、アイン、がんばれ、アイン…………」
ぼくの口から、おとがもれだしていく。
『ソルマ』
アインのこえがきこえたと思ったら、ひとすじの光が、あの若く美しい男の人へととぶ。
でも、あの若く美しい男の人は、その光をとんでよけた。
がんばれ、がんばれ、がんばれ、アイン…………。
ぼくのねがいがとどいたのか。
アインがうしろにぐるりと回って、立ち上がる。
「そんな馬鹿な? 立てるはずが……」というあの若く美しい男の人のこえ。
さっきまでアインのうごきがおかしかったのは、あの若く美しい男の人がなにかしていたからかもしれない。
アインが左手を空へと伸ばす。
『われ力溢れる鍛冶神に乞い願う、我らの武具を作り上げるたくましき力を、バイアト』
ふしぎな光のわのようななにかが、アインの足元から左手の先まで上がっていく。
「ガンバ」
アインのこえに合わせて、アインが光につつまれて、かがやく。
そこからは、本当にまばたきするひまもないくらいのことだった。
アインが地に手をついたと思ったらすぐに立ち上がり、そこからうしろむきにまた手をついたと思ったら立ち上がり、さらに大きく上へとはねて、アインがぐるぐると回る。もうわけがわからない。
そして、まぶしいくらいに光るアインと、あの若く美しい男の人がぶつかったと思ったら。
アインがぼくたちの方へととんできたのだ。
「アイン!」
イエナねえさんがさけぶけど、アインはうごかない。
あっちの方から、立ち上がったあの若く美しい男の人があるいてくる。
左のうでがみじかくなってる。ひじから先が、なくなってる。
左目も、きずつき、ちをながしてる。
そして、立ち止まったと思ったら。
アインが手ばなした木のえだをひろった。
「まさか……まさか、そんなことが……まさか本当にこれは木の枝なのか? 世界樹でも、神聖果樹でも、人食い魔木でさえもなく、本当にただの木の枝だというのか? ただの木の枝でこの私を? 王城の闘技場で前に立つ者なしと言われたこの私をただの木の枝でここまで追い詰めたというのか? 馬鹿な? あり得ん。そんな馬鹿なことがあるはずがない。こんな少年が? もしはがねのつるぎや……いや、それが銅のつるぎだったとしても、それだけで、本当にたったそれだけのことで、この私が負けていたというのか? この少年に?」
そうして、あの若く美しい男の人は、剣を、ぬく。
「…………惜しい。実に惜しい。ニンゲンどもからは失われたはずの古代神聖帝国語で呪文の詠唱を行い、魔法を発動させたことといい、このままどこまで伸びるか見てみたいものだ。この私が、いつかどこかで再び戦ってみたいという気持ちにさせられるとは。だが、このままにしておくと魔王さまにとって脅威となることも確実だ」
剣の先が、たおれたアインに、まっすぐ向けられる。
「許せよ、少年…………」
あの若く美しい男の人が、目をとじて、そして、もういちど目をひらく。
ころされる!
アインが! アインがころされる!
ホンモノなのに! ホンモノだったのに! アインが! アインが!
「うわああああっっっ」
ぼくはさけぶ。
ぼくはさけぶだけ。
さけぶのがぼくのせいいっぱいだった。
うごいたのは、ぼくではなく、イエナねえさんだった。
アインと、あの若く美しく、おそろしい人とのあいだに入って、イエナねえさんは手を大きくひろげて、立ちふさがる。
うごきはじめた剣を止めて、あの若く美しく、おそろしい人がイエナねえさんを見つめる。
空気がこおりつく。
すべてのおとと、すべてのうごきがきえた。
……それがどれくらいのじかんだったのか。それとも、とてもみじかいじかんだったのか。それはよくわからない。
あの若く美しい男の人が口をひらいた。
「…………目元がよく似ている。この少年とは姉弟か?」
イエナねえさんはぴくりともうごかず、ただ手を大きくひろげたまま、まっすぐあの若く美しい男の人を見つめている。
ぼくが見たのは、あの若く美しい男の人が剣を下ろすすがただった。その剣はアインをつらぬくことなく、そのままさやへともどる。
「…………小娘。その度胸、気に入った。私は魔男爵ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートだ。少年に伝えてくれ。勇気ある姉に免じて、今日のところは生かしておいてやる、と。悔しければ強くなれ。今よりも強くなったら、いつか必ず、もう一度相手をしてやる、と。ククク、ニンゲンもなかなかやるものだ。こんな気持ちにさせられるとは」
そのことばは、イエナねえさんに向けられていた。
でも、ぼくの心に、大きくひびいた。
くやしければ……。
くやしければ、つよくなれ……。
「小娘、名はなんという?」
「…………イエナ」
「弟の名は?」
「アイン」
「そうか。イエナとアインか。覚えておくとしよう」
そう言うと、あの若く美しい男の人はすぐにせを向けてあるきだす。
とちゅう、まるでなにごともなかったかのように、おちていた自分のうでをさっとひろいあげると、そのままさっていく。
あの若く美しい男の人が見えなくなったあと、ぼくの目のまえにのこされたのは、まったくうごかないアインと、そのアインをだきしめて、はをくいしばるようにがまんしていてもおさえきれないこえを上げて、ずっとなきつづける、イエナねえさんだった。
いつも明るくて、いつもやさしくて、とってもすてきなイエナねえさん。
そのイエナねえさんがこんなふうになくなんて、思ってもみなかった。
くやしければ、つよくなれ。
ぼくは。
つよくなりたい。
よわい自分とさよならしたい。
つよくなりたい。つよくなりたい。つよくなりたい。
どうやったらつよくなれるのか、とてもしりたい。どうしてもしりたい。
本当に、本当の、心のそこから。ぼくはそうねがった。
そして、ぼくも。
いつか、アインのように。
みんなを、まもるんだ。
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