木の枝の伝説(26)



 ………………知らない天井だ。






 あ、いや。ちょっと間違った。


 今、言いたかったのは、誰か、天井、知らない? だった。ちょっと順番を間違った。どっちかっつーと、知らない天井、の方がセリフとしては一般的だからな。よく間違えるかもな。


 目が覚めたおれが見たのは、月が輝く星空。

 月明りは十分届いているが、天窓を通しているワケではない。


 寝ていたのはベッドの上。


 少し首を動かせば、冬支度の薪を積み込む棚の一部が見える。これがあるってことは、ここは姉ちゃんの部屋……だったところで、たぶん、このベッドは姉ちゃんのベッド、ということになると思う。


 そのベッドに背中を預けるようにして体育座りをしたまま、姉ちゃんが寝てる。そのすぐ横でレオンが床という名を持つ地面で横向きに寝てる。

 ……うん、よし。姉ちゃんの膝枕ってワケじゃねぇな。よろしい、レオンは許すとするかな。


 姉ちゃんがいて、レオンがいて、そんで姉ちゃんの部屋っぽいってのに。


 それなのに星空が見える。

 ということは、天井がない。ちなみに少し横を見ると、壁もほとんどがなくなっている。


 だから言いたい。


 誰か、ウチの天井、知らない? と。






 暗さに目が慣れてきて、よくよく見渡してみると、ウチの家は、かつての姿をまったくといっていいほど留めていなかった。


 たまたまこのベッドが残っていただけで、薪の棚も、そのほとんどは崩壊していた。


 壁も、天井も、破壊の限りを尽くされたように、一部を残してそこから消え失せていた。今までの隙間風が入り込むというレベルではない。微風防ぐを能わず、だな、こりゃ。


 月明りで見る、崩壊した我が家は、悪夢のような姿だ。


 これは夢なのかもしれないな、と。

 そう思い込もうとして。


 おれは思い出す。


 ………………死んでないってことは、おれ、生きてるよな?

 …………強制スタンで生きてるってことは、勝った、のか?

 ……おれはあのとんでもない魔族に、殺しても殺したりない、あのクソイケメン魔族に、勝ったのか?

 おれが、あいつに、勝った、のか?


 勝ったん、だな?


 姉ちゃんのすぅ~、すぅ~という穏やかな寝息が聞こえる。レオンの寝息も聞こえるけど、そっちはまあ聞こえてないってことで別にヨシ。


 うん。姉ちゃんも、生きてる。生きてる。生きてる。生きてる。生きてる。


 よかった。

 本当に。

 姉ちゃんだけは、守れた。


 おれの、一番大事なものだけは。


 不意に、目の奥が熱くなり、どうすることもできずに表現不能な感情が溢れ出す。


 それは喜びとは言えず。

 悲しみとも言えない。


 だけど怒りはなく。

 かといって、冷静にもなれない。


 おれは歯を食いしばり、音を漏らさないように耐える。

 ただ、耐える。音だけは発しないように。


 おれの頬を零れ落ちていく何かは。


 どうせ止められないのだから……。






 それから1時間だか、2時間だかが過ぎて。

 歯を食いしばらなくても、音が漏れないようになって。


 おれは静かにベッドの上に立ち上がり、そのまま壁の残骸の上から外へ出た。


 目が慣れたら、月明りは十分な光だ。

 そう思えるってことは、この世界にもずいぶん馴染んだんだと思う。


 歩きながらオープンコールタッチパネルと小さくつぶやき、タッパを確認する。

 いつもの『Around』は白のアラホワだが、その横に『SQClearBonus!』という表示があった。


 ステ値をチェックすると、レベル24になってた。どうやらストーリー・クエストのクリアボーナスでレベルアップしたらしい。一気に4つもレベルアップしたけど、あんまり嬉しいと感じないな。


 ここまで、転生だ、チートだなんだと、いろいろとやってきたけど。

 結局、大事な時に、ほとんど何もできなかった。


 そのことに対する複雑な思いが、心の中でどんどん整理されていく。

 さっきまでの歯を食いしばる時間は、このためにあったのかもしれないな、と思う。


 いつだったか、姉ちゃんを手伝ってよく歩いた、井戸への道を行く。


 確かあれは、姉ちゃんが寝てるおれの背中を踏んづけてて、それがバレて母ちゃん裁判所から姉ちゃんに下された判決での水汲みの刑だったな。

 まあ、そもそもあんなところの床と呼ばれる地面で寝てたおれも悪いけどな。悪いけども。でも踏んだ姉ちゃんも悪いよな。うん、姉ちゃんも悪いな。


 あのあと、父ちゃんに諭されて、それで姉ちゃんを手伝うと決めて、一緒に歩いたんだよな。


 公平で公正なんだけど、でもほんのちょっとだけ、年上の姉ちゃんよりも年下のおれをひいきする優しい母ちゃん。


 まっすぐで、一生懸命で、何の迷いもなく家族を支え、村を守り、そしておれたちを正しく導く、厳しくもあったかい父ちゃん。


 大好きな父ちゃんと大好きな母ちゃん。

 おれが守れなかった、大切なもの。






 井戸が月明りの下で見えてくる。

 そして、その井戸の周囲に横たわるたくさんの人たちも見えてきた。


 そこに、そうやって、そうあるとは知らなかったけどな。


 とくん、と自分の心臓の音が聞こえる。


 悲しくないワケじゃねぇし、悔しいけどな。悔しいけども。

 それでも飲み込む。飲み込んでいく。飲み込んでやる。


 レオンみたいに、つらい出来事に傷つき、言葉を失ってしまうことが悪いとは言わねぇし、それはしょうがねぇと思う。本当にどうしようもねぇってことは、ある。あるよな。あるさ。あるけどな。


 でも、おれは飲み込む。全部飲み込んで、その先に行く。このまま進む。進み続ける。

 そうでなきゃ、この先、姉ちゃんを守れねぇからな。


 真夜中だからだろうか。

 村のみんなが横たわる井戸の周りに、全体的にうっすらと黒いモヤのようなものを感じる。


 すぐそこに村長さんがいる。その横にはシャーリーのお父さんとお母さんも並んでる。村長さんの大斧はこの近くには見当たらない。

 目を閉じた村長さんの表情は、穏やかとは言い難い、痛みをこらえるような顔だ。

 でもそれは、村長さんが村長としての責任を感じてる、村長さんらしい顔だとおれには思えた。


 勝手な解釈だけどな。

 間違ってないと思う。村を守ろうとする村長さんのことは、おれ、本当に尊敬してた。


 バルドさんと、ゼルハさんと、キームさんが、等間隔で並んでる。ゼルハさんとキームさんは独身だけど、バルドさんは何年か前に奥さんを病気で亡くしたらしい。子どもはいなかった。

 大盾も弓矢も見当たらないけど、バルドさんには、腹の上で両手を重ねて押さえるようにして銅のつるぎが抱かせてあった。


 どんなに教えてもスキルが身に付かなかったバルドさんたち。本当に、本当に悔しそうな顔をしてた。

 でも。スキルなしでイビルボアに立ち向かった。そんなん男の中の男やろ。

 そして、姉ちゃんたちを逃がしてくれた。


 きっと。

『そもそもあの黒い猪、でかすぎて子どもにゃ危ないよー』ってキームさんは言う。

『アインには申し訳ない気もするが、普通は大人が子どもを守るものだから』ってバルドさん。おれなんかに気を遣ってさ、そんな風に言う。

『当たり前、じゃん』ってゼルハさんは言う。絶対、言う。シンプルに。


 一生懸命で素敵な大人。大人なんだけど、大人ってだけじゃない、そんな大人。いつか、そんな風になりたい。そんな大人。

 おれ、バルドさんたちに会えてよかったよな。


 ズッカとティロもいた。

 ズッカの父ちゃんとズッカの母ちゃんにはさまれるようにしてズッカが寝かされている。

 ティロはティロの母ちゃんに寄り添うようにしてそこにいた。ティロの父ちゃんは、うちの父ちゃんと一緒に領主さまの魔物討伐に参加して、大怪我をして村に戻った。ティロが生まれてすぐにその古傷がもとで亡くなったんだと父ちゃんから聞いたことがある。


 今もどっかで、ズッカはズッカの母ちゃんに叱られてんだろうか。

 せめて、おれと比べて文句を言うのはもうやめてあげてほしいと思う。


 ティロとは、もっといろいろしゃべってみたかった。

 きっと、そうしたらおもしろかったと思う。ティロの笑いどころはよかったしな。


 ありがとう、と心の底から思う。本当にそう思う。ズッカとティロの勇気がなけりゃ、姉ちゃんは生きてない。

 あの姉ちゃんを先に行かせるなんて、ズッカとティロは頑張ったな。マジですっげぇ頑張ったよな。めっちゃ頑張んなきゃ、そんなことはできねぇよな。

 本当にありがとうな、ズッカ、ティロ。


 父ちゃんと母ちゃんもそこにいた。

 二人で寄り添うようにしながら、父ちゃんの左手と母ちゃんの右手をつないで。

 父ちゃんの右脇には銅のつるぎがはさんで置いてある。


 二人は本当に、仲良さそうに。

 ぴったりと寄り添って。

 本当にぴったりと。


 父ちゃんと母ちゃんの前に、おれはゆっくりと膝をつく。膝だけを地につけて、腰を伸ばしてまっすぐに父ちゃんと母ちゃんを見つめる。


 守れなくてごめん、なんておれに言われても父ちゃんはきっと首をかしげるんだろうな。

 魔族と魔物は倒したよ、なんておれが言ったら、母ちゃんはきっと、もっとそのへんの小さなねずみとか普通のものを倒してほしいわね、とか思うんだろうな。


 変な子どもでごめんなさい。

 前世があってごめんなさい。


 でも守りたかった。

 本当の本当に守りたかった。


 でも、10歳のぼくじゃ、ぼくのこの小さな手じゃ、ぼくのこの小さな身体じゃ、まだ、父ちゃんと母ちゃんまで届かなかった。ぼくでは届かなかったんだ。


 だから、おれは。

 おれは。


 これから父ちゃんと母ちゃんの代わりに姉ちゃんを守るから。絶対に守るからな。

 自分よりも他の誰かを守ろうとする姉ちゃんだからな。


 姉ちゃんごと周りのみんなを守り通せるくらい強くなって。

 おれが必ず姉ちゃんを守るから。


 見ていてほしいな。

 見守っててほしいな。


 頑張るから。

 今までよりも頑張るから。


 父ちゃんと母ちゃんを、みんなを、この村を、守れなかったけど。


 姉ちゃんは守ってみせるからな。






 後ろからそっと、頭のあたりを優しく抱きしめられる。

 そして、髪を撫でられる。


 よく知ってる。

 その優しい手と温かさ。


「アインは、あたしが守るわ」


 夜風とともに、優しく耳に届く姉ちゃんの小さな声。

 うん。知ってる。そうだと思ってたけどな。そう思ってたけども。


 やっぱり姉ちゃんはかっけー。大好き。愛してる。


「だから、あたしにおしえなさい、アイン」


 姉ちゃんの命令にはおれは絶対服従だからな、姉ちゃん!


「あの時シャーリーに使った、あのやさしい光の使い方をおしえなさい」


 きゅっとおれを抱きしめる手に力がこもる。


 ……心配しなくても大丈夫だよ、姉ちゃん。


 おれは、姉ちゃんの命令には絶対服従なんだから、な。繰り返すけど!


「あれ、けっこー難しいから、大変だよ、姉ちゃん」

「ぜったいにみにつけるわよ。アインにできてあたしができないってことなんて、ありえないわ。アインって本当にバカよね」


 出た! 暴言! いろいろあるよな? 計算とか、文字の読み書きとか、けっこーあるよな?


 でも、そんなことは口には出さないけどな! 出さないけども!


 おれは姉ちゃんの腕から抜けつつ、立ち上がった。ホントは、ずっと抱きしめててほしいけどな。


 姉ちゃんは立ち上がったおれの横に並ぶ。


「あれから、アインがねてる間に、みんなでここにはこんだの。シャーリーは休ませたけど、レオンもよくがんばったわ」

「そうなんだ」

「なんだかくろっぽいへんなよごれ? みたいなのが見えるから、井戸の水であらおうって、ここに」


 黒っぽい変な汚れ? 夜だからそう見えるってんじゃなくて? 姉ちゃんにも見えたってことはやっぱり見間違いじゃねぇのか。

 黒モヤがみんなの亡骸にかかってんだな。


 あの、魔族。


 死んだ父ちゃんや母ちゃんまで、みんなまで、とことん利用する気だったな。


 そう、うまくいくと思うなよ。村のみんなをこれ以上、魔族の好きにはさせない。


「大丈夫、おれが、やるから」


 おれなんてかっこつけてもにあわないわと言って姉ちゃんは微笑む。


 そんな姉ちゃんに微笑みを返しながら、おれは記憶の奥をたどっていき、思い出しながら呪文の詠唱を始める。


『われ水の女神に乞い願う……』


 消費MP特殊の水の女神系支援魔法。


『……美しき女神の御姿を迎えるにふさわしき……』


 MPは全部突っ込んで、全開でいく。MP0の罰則はSP0ほど怖くない。たかが12時間のMP自動回復停止だからな。


『……清浄の場を整えん……』


 建物など、とにかく自分の体よりも大きなものを洗い、清める魔法。


『……リソトギガンサクルテラクリンネス』


 井戸の周りに100リットル以上の水が降り注ぎ、村人たちの亡骸の上で回転し始める。


 水の女神系支援魔法上級スキル・リソトギガンサクルテラクリンネス。クールタイム15秒。消費するMP4につき水2リットル分となる。

 今のおれはMPが200以上あるから、軽く100リットル以上の水で洗浄、浄化が可能だ。毒以外のデバフを打ち消すこともできる浄化の魔法で、リソト・サクル・クリンネスの上位魔法スキルだ。


「本当に、とんでもないことができるわね、アインって」

「いずれ、姉ちゃんにもできるようになってもらうけど」


 回転していた水が消えてなくなると、夜の闇に混じってもともと見えにくかった黒モヤが、まったく見えなくなっていた。


 初めて使った魔法の上級スキルだったが、どうやらうまくできたらしい。


「ふん。アインにできるんだから、あたしにだってできるわ」

「そうだね」


 本当にできると思う。姉ちゃんならな。


 姉ちゃんが父ちゃんの亡骸に近づいて、そこにあった銅のつるぎを手に取る。そして、それを持ってきて、おれに差し出す。


「姉ちゃん……」

「父さんが、いつかかならずわたすって、言ってたわ」

「うん……」


 おれは姉ちゃんから、銅のつるぎを受け取った。


 ……こんな形で受け取るとは、思ってもなかったけどな。


 おれはぎゅっと左手で銅のつるぎを握って、それから指でタッパを操作して木の枝トゥエンティサーティーン・ラスティングを取り出す。


 そして、片膝をついて、木の枝トゥエンティサーティーン・ラスティングの根元をどんっと地面に突き立て、そこに周囲の土を盛っていく。銅のつるぎを持つ左手が使えないから、右手だけで作業があまりはかどらない。


 そんなおれの意図に気づいたのか、姉ちゃんもおれを手伝って、盛り土を増やしていく。

 最後に、井戸から水を少しだけ汲んで、盛り土にかけて、二人でパンパンと叩いて固める。


 そうして、父ちゃんと母ちゃんの亡骸の前に、木の枝トゥエンティサーティーン・ラスティングがまっすぐに立った。ピンと天に伸びるように。


 満足したおれは、すっと姉ちゃんに手を伸ばす。

 姉ちゃんはきゅっとそのおれの手を握った。


 ちょっと手がどろんこになっていても、おれも、姉ちゃんも、そんなことは気にしなかった。






 姉ちゃんと二人で並んで、手をつないで月明りの下の夜道を歩く。


 ぎゅっと握ると、ぎゅっと握りかえしてくれる。

 最近は、姉ちゃんがレオンの相手ばっかりしてるような気がしていたから、素直に嬉しい。


 ……姉ちゃん、大好き。


 そんなことを考えていると、不意に、姉ちゃんが口を開く。


「あいつ……強くなれって、言ったわ」

「え……?」

「いつでも相手になってやるから、強くなってからこい、って」


 え……?

 まさ、か……?

 それって、その、そのセリフって……。


「だ、れ、が……?」

「あいつよ、あいつ。たしか、ま男しゃく? ビエンなんとかって、言ってたわね」


 ……ビエン、なんとか? 魔男爵って? あれ? 微妙に違うけど? あれ?

 …………いや、それって、アレだよな? あの有名な?

 ………………魔侯爵ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート?


 それは、あの三つ編みメガネ委員長が大好きな敵キャラ。軽く放課後の1時間は委員長が語り続けた敵キャラ3強の一角。ちなみに千葉のとある場所で販売されていた同人誌のカケ算系のもにょもにょで前後どちらでも一番の人気キャラでもあったという、あの有名な仮面男子?


 右上4分の1だけ透明で残り4分の3は真っ黒な仮面をつけた、ストーリークエストに何度も絡んでくるめちゃ強のボスモンスター。通称『見逃し仮面』、または『見逃しのビエンナーレ』。


 パーティーメンバーに姉弟もしくは兄妹がいる状態で魔侯爵ビエンナーレをHP残り1割以下まで削ると、そこからはどかーん、どばーんとすんげぇ攻撃でパーティー全員のHPを1まで追い込んできて、おまえらおれに本気を出させるとはなかなかやるな、今回は見逃してやるぞ、鍛え直せばいつでも相手にしてやるから、みたいなセリフで見逃してくれるというイベントが発生する、とんでもないストーリーキャラだ。


 ちなみにゲームを主人公レオンでフツーにプレーすれば、聖女の妹リンネが必ずパーティーメンバーに加わるので、見逃しの条件は整うからな。


 小説版とか、スピンオフアニメとかで、その『見逃し仮面』の背景が語られてるみたいなんだけど、委員長がそれにめっちゃハマってた。ちょっとうるんだ熱い瞳で語ってたからな。1時間も!


 いやいやいやいや、待て待て待て。ちょっと待て。ちょっと待て~い。

 それって、つまり……。


「いつか、ぜったいにぶっとばしてやるわ」とつぶやく姉ちゃん。


 …………ええと、あれがビエンナーレだとすると。

 ……おれは、勝ったんじゃなくて。

 見逃されたっ?


 あれ? あいつ仮面なかったよな? めっちゃイケメンだったし? マジでムカつく殺したいくらいのイケメンでイケボ? あれがホントに『見逃し仮面』か? 確かにめっちゃ強かったけどな? パンチ一発でこっちはグダグダにされるし? 最後に大技決めたけどそれでHP0に届くって確信はなかったけどさ? そういや最後の最後に防御してやがった気もするな? どうなんだ?


 いや、それだけじゃねぇだろ?


 あの場面で見逃されたんだとすると、だ。

 そっちタイプのストーリーだったんだとすると?


 それって、つまり……。


 おれ、姉ちゃんにかばわれてる?


 確か、『見逃し仮面』の見逃しストーリーは、姉弟か、兄妹のかばい合いみたいになるはずだよな?

 おれ、強制スタンで意識なかったんだから、おれのことかばうの姉ちゃんしかいねぇな?


 ええええええっっっ! ってことは、姉ちゃん、あいつの前に飛び出したのかっっっ!


 マジかっっ! HP11000のボスキャラだぞ? 姉ちゃん何してんの? ねぇマジで何してんの? そんなことしてたら死んじゃうからな! 死んじゃうから!


 いや、姉ちゃんの気持ちは嬉しいけどな! めちゃめちゃ嬉しいけども! すっげぇ愛されてるって伝わるんだけども! 命がけで愛されてるのはサイコーだけどな! なんだけども!


「だから、アイン……」


 姉ちゃんが笑う。それは優しくもあり、厳しくもある、そんな不思議な笑顔で。


「アインがあたしを強くしてくれないとこまるわ」と言った。


 ……姉ちゃんウルトラスーパードーピング超絶強化補完計画、ここにその命を受けて発動せりっっ!!


 その時、静かな夜には似つかわしくない、ばたばたという足音が近づいてきた。

 おれと姉ちゃんは立ち止まって、警戒する。でも、すぐにその警戒を解く。


 走ってきたのはレオンだった。父ちゃんが預かった親友の子で、おれたちの義弟。そして、未来の勇者。勇者レオンの子どもの姿。


 レオンはおれと姉ちゃんの前で立ち止まると、安心したように息を吐く。


 そして、おれをまっすぐに見て、口を開いた。


「ししょうっっ! ぼくをきたえてほし……ぐべぼっっ」


 おれは姉ちゃんとつないでいた手を放して、レオンの顔面にチョップを叩き込んでいた。父ちゃんの銅のつるぎを持ってなかったら姉ちゃんの手は絶対に離さなかったのに。このレオン野郎め。ちくせう。


 ……誰が師匠だ、誰が?


 ……って、レオン? レオンが? レオンがしゃべった? しゃべったのか? レオン! レオンが! レオンがしゃべった! レオンがしゃべった! ロッテンマイヤーさーんっっっ!!!


 夜空に美しく、大きな月が輝くその下で。


 おれたちはここから、今までとは少しだけ違う、新しい時を迎えようとしていたのだった。





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