木の枝の伝説(25)



 レベル19になって瞬間回復してからは、レベル20までにしとめなきゃならないイビルボアの数も多くなるので、イビルボアの弱点属性である太陽神系の魔法ともっとも効率のいい剣術系初級スキル・カッターを駆使して、SP節約で狩りを続けてきた。


 そして、森の浅いところで何頭かイビルボアをしとめると、おれは森を飛び出した。


 走る速さが段違いに速いと感じる。

 おれはずっとレベル10でくすぶっていたから、ここで一気にほぼ倍増したレベルのステ値の力は、万能感を与えてくれそうな気になって、それじゃダメだと思い直す。


 このイビルボアの異常発生が経験値ボーナスイベントじゃないとしたら……。


 その場合に考えられる可能性は、ごくわずかしかない。

 そして、その中でもっとも可能性が高いのは……。


 魔族の襲撃……。


 草原でイビルボアの姿を見つけて、その可能性がより高いと感じる。


 カッター一発で毛皮に変えつつ、ひたすら村へと走る。


 森と村との中間地点までに10頭以上のイビルボアを狩った。見える範囲に今のところ、イビルボアはいないし、アラホワだ。アラホワ……だよな?


 視界の端に違和感を感じて、タッパの表示を二度見する。


 いつも確認している『Around』の表示のすぐ横に『SQ』の2文字が追加されていた。


 ……ストーリー・クエストかよっ!


 背筋が凍る。

 ひょっとしたら、これは、取り返しのつかないミスかもしれない。


 レオンの育った『麓の村』が魔物に襲われて滅んでから約2年。

 その間、何も起きなかったことに、自然と心に生まれた油断。


 レオンの村が襲われたって事実は、ウチの村が襲われてないからといって変わるワケがないのにっ!


 落ち着け、おれ。落ち着くんだ、おれ。

 クールだ、クールに行け。冷静と情熱の間が大事だ!


 そんなことを考えながら、あせる自分を抑え込もうとするけど……。


 村に近づくほどに、悲鳴や怒号、衝撃音がはっきりとおれの耳を打つ。

 村が襲撃を受けていることは間違いないらしい。


 あと少しっ! 間に合えっっ!!


 走る、走る、走る。

 いつもの西門へとおれは走る。


 そこに、西門から駆け出してくる子どもたちが見えた。


 姉ちゃんっっ! 無事だったかっっっ!!


 姉ちゃんが右腕にシャーリーを抱いて先頭を走り、左手でレオンの手を引いている。

 その後ろには移住ガールズが続く。


 おれは必死に走る。


 姉ちゃんたちが門から10mくらい離れたところで、姉ちゃんたちを追いかけるように1頭のイビルボアが飛び出してきた。


 まずいっっ!


「姉ちゃんっっ!」

「っ……アインっっ!」


 おれの叫びに気づいた姉ちゃんが振り返って応える。


 おれと姉ちゃんの距離は15mくらい、姉ちゃんたちとイビルボアの距離は10mくらい。


 一度止まったイビルボアが前足を動かし、突進の予備動作に入る。


 どうする? どうする? どうする? 間に合うか? 間に合うのか? いや、間に合わせる! 絶対に間に合わせるっ! おれの……おれの一番大事な! 大事な姉ちゃんだからなっっ!


 おれは全力で走りながら、イビルボアに向けて予備動作を開始する。


 タッパで木の枝トゥエンティワンオーシックスを装備して、肩を引いて剣を右肩の上、目の高さへ。そしてイビルボアに向けてまっすぐ構える。


 まだスキル発動の光は見えない。


 イビルボアがうなるような遠吠えを発して、突進を開始する。

 怯えた移住ガールズの足が、止まる。


 正直、おれの人間性は腐ってると思うけど、思うけども! それは否定しないけどもっ!


 止まるな! 姉ちゃん!

 頼むからっっ!! 止まらないでくれっっっ!


 足がすくんだ、そんな移住ガールズに気づいた姉ちゃんが……そこに戻っていく。


 わかってたけどな! わかってたけども! 姉ちゃんなら絶対そうするって、わかってたけどっっ!


 イビルボアが突進して狙ってくる移住ガールズの前に、姉ちゃんが立つ。

 シャーリーを抱く右腕に力を込めて。


 その、気高く、強い意思を感じさせる、美しい漆黒の瞳が、イビルボアをまっすぐに見据える。


 くそっっ! こんのぉクサレボアがあっっ! うちの姉ちゃん狙ってんじゃねぇっっ!


「姉ちゃんっっ! そこから、動くなっっ!」


 イビルボアに向けていた姉ちゃんの漆黒の瞳がおれの方を向き、肩に届くかどうかという長さの艶のある黒髪がふわっと揺れる。


「ぼくを!」


 間に合わせる! 必ず間に合わせるっ!


「信じてっ!!」


 姉ちゃんが。


 おれを見て。


 そのまま優しく微笑む。


 そして、静かに。


 目を閉じる。


 その姿におれは。


 姉ちゃんからの絶対の信頼を感じた。


 あれはあきらめなんかじゃない。


 ただ、不必要に怖れを抱かないように、不必要に動かないように、ピタリと閉じられた瞳。


 その絶対の信頼を感じて、奮い立たない者がいるだろうか、いや、ない。反語。うん、ねぇな! あり得ねぇ! ないないないない! 待ってろ! 姉ちゃんっ!


 イビルボアが姉ちゃんまであと1m。イビルボアとおれとの距離3m。間に合わない時間と間に合わない距離。それでも太陽神系貫通型なら間に合うかもしれないが、単体型と違って必中ではない。外せば、オワリ。だから、より確実な方法を選ぶ。


 そこで、右肩の上に構えた木の枝トゥエンティワンオーシックスが青白い光を帯びる。


 おれは木の枝トゥエンティワンオーシックスをイビルボアの大きな横っ腹に向けてまっすぐ突き出す!


 当然、木の枝トゥエンティワンオーシックスはイビルボアに届かない。


 だが、放たれたスキルの光の奔流がイビルボアの横っ腹を穿ち、イビルボアは横向きのまま姉ちゃんの前からドカっと弾き飛ばされていく!


 剣術系上級スキル・ランツェ! 攻撃力2倍、3m貫通攻撃で、ノックバック(大)効果付き!


 間に合った! 間に合わせたな! 間に合わせたからな!


 おれの技後硬直が解けるのと同時に、姉ちゃんの前から吹っ飛ばされたイビルボアが体勢を立て直し、ノックバック前の位置へと戻ろうと動く。

 ノックバックに対するモンスターの習性……という名のゲームプログラムによるこの動きを利用し、間を詰めつつカッターを発動させて木の枝トゥエンティワンオーシックスを振り下ろす。


 ぽん、とイビルボアが消えて毛皮が落ちる。いつも通りすぐに収納。


 その瞬間、おかわりのイビルボア2頭が村の西門から飛び出してきた。


「姉ちゃん、少しでもここから離れて」

「アイン、シャーリーが……」


 姉ちゃんに抱かれたシャーリーは意識がないように見えた。


「……すぐにあいつらぶっ倒すから、ちょっとだけ待ってて、姉ちゃん」


 おれは2頭のイビルボアとの距離を詰めながら、その動きを確認する。

 そのまま、後から予備動作を始めたイビルボアを見極めると、その4m手前で立ち止まる。


 1頭目が突進を開始したら、1歩下がって突進コースを空ける。

 そして、ちょうど目の前にイビルボアが飛び込んだ時に。


『ソルミ』


 太陽神系貫通型攻撃魔法中級スキル・ソルミによる2本のうねる光で、イビルボア2頭をまとめて貫き、消し去る。


 残った牙と毛皮はすぐに収納して、姉ちゃんのところに急いで戻る。


「アイン……」


 姉ちゃんが珍しく、疲れた声を出す。


「シャーリーが……シャーリーがあのばけものみたいなくろいいのししのとっしんにまきこまれたわ……」


 それは、相手がイビルボアで、9歳のHPしかないシャーリーが攻撃されたのなら、死んでいるのがフツーという状態だ。だが、シャーリーは生きてる。意識はないけど、今も生きてるからな。


 おそらく、巻き込まれた時に、シャーリーとイビルボアとの間に誰かがいて、『かばう』状態になったんだろうと思う。

 突進のような複数対象の物理攻撃や範囲物理攻撃は、『かばう』状態が成立した上でかばわれるとHP0に届くダメージを受けても、HP1だけ残してスタンする。


 それ以外は説明がつかない。


「シャーリーは大丈夫だよ、姉ちゃん。今すぐに治療するから」


 おれは姉ちゃんにそう答えるとすぐに詠唱を開始する。


『われ月の女神に乞い願う、友を癒す優しき月の光を、レラシ』


 月の女神の癒しの光が、姉ちゃんに抱かれたシャーリーを包む。


「す、ご……い、わ……」


 途切れ途切れの言葉とともに姉ちゃんが目を見開く。おれが姉ちゃんをびっくりさせられるとは珍しいこともあるな。


 月の女神系単体型回復魔法中級スキル・レラシは消費MP4でクールタイム10秒、対象の最大HPの2割回復だ。


 さらにおれはアイテムストレージから特上ライポを取り出し、金のふたをそのままへし折る。


「あとは、この薬をシャーリーに飲ませて」

「わかったわ」


 姉ちゃんはレオンとつないでいた手を放す。ここでちょっとだけ嬉しく思ったのは秘密だけどな。


 それから姉ちゃんはシャーリーを地面にそっと寝かせて、おれから特上ライポのビンを受け取り、シャーリーの口に含ませる。

 これで、とりあえずシャーリーは大丈夫だと思う。


「どういう状況なの?」


 もう、村の中から、大きな音は聞こえてこなくなった。

 嫌な予感しかしないが、そのことは考えないようにする。


 シャーリーにゆっくりとライポを飲ませながら、姉ちゃんが説明してくれる。


「……バルドさんが子どもたちは森ににげろ、森でアインをさがせ、アインを見つけたらアインの言うとおりにして森にかくれろって」

「バルドさんが……」

「西門へ走っていくと中でまたあのいのししが出て、それでズッカとティロが止まって、あたしたちにそのままにげろって……」


 ……ズッカ! ティロ! おまえら……おまえらってヤツは……弱いクセに……弱いのに……くそっ、おれは! おれはなんでっ!


「それなら、今から森に……」


 隠れよう、と言いかけて、止まる。


 タッパの表示が、赤く点滅していた。


 いつもの『Around』の横に『SQMB』の4文字が表示され、赤く点滅している。


 ……最悪、だ。


 SQMB……ストーリー・クエスト・メイン・ボス。クエストを終えるためには倒すべき相手。それが半径20m以内に、いる。


 ちらりと森を見るが、このまま見つからずに森までたどり着けるかというと、それは考えにくい。

 ボスクラスのステ値だと、ここにいる子どもたちのすばやさでは、森にたどり着く前に追いつかれるだろう。

 もう森まで逃げることはできない。手遅れ、だな。


 ……どのみち、村を守るために戦おうと決めていたはずだろ、おれ! ビビんな、おれ! レベルも上がったしな! たまたま今日一気に19までレベルも上がったしな! 覚悟を決めろや!


「アイン……?」

「……姉ちゃん。もう少しここから離れて、移動したらそこから動いちゃダメだ。たぶん、次の相手は姉ちゃんたちを気遣う余裕はないと思う」


 おれは、一歩、村の西門へと踏み出す。


「アイン!」

「……行って」


 姉ちゃんの心配する声に足が止まりそうになるけど、なんとか思いとどまって足は二歩目を踏み出す。


 その後すぐに三歩目で立ち止まったのは、門から3頭のイビルボアを従えた若い魔族が姿を見せたからだった。まあ、若いといっても、おれよりは明らかに上だけどな! 上だけども! なんだよ、こいつはっっ!


 そして、そいつを見た瞬間、おれはすぐに後悔した。


 その若い魔族の周りには無数のHPバーが浮かんでいるのが見えたのだ。


 ……浮かんでいたというか、もはやHPバーで視界が悪くなるレベルだな。見にくいな、なんなんだ、これは!

 20段が3、4……じゃなくて5列と、あと6列目は半分? これでHPバーがええっと、110本?

 初期モードはひとつでHP100だから……はあ? HP11000かよ!

 ビックリだな! 初期で相手にするボスじゃねぇよな! ねぇーだろっ! ないわー! こいつはないわーっ!


 そんだけHP多いなら、ひとつ100とかで対応すんなよ! せめて1000とかでまとめとけっ! 見えにくいわっっ!


 ……いや、そこじゃねぇって。


 なんでHP600のフィールドボス、フォルテベアスの次に戦うボス戦の相手のHPが10000超えてんのさ?

 あり得ねぇよな? あり得ねぇだろ? いろいろ間を飛ばし過ぎだっつーの! ゲームバランスおかしーだろ? おかしーよな? な?


 おれは、一歩、二歩と下がって、結局姉ちゃんたちの近くに戻ってしまった。姉ちゃんたちも逃げ出す暇はなかったようだ。


「あとは子どもだけか」


 ゆっくりと、ゆっくりと歩きながら、その若い魔族は独り言のように、おれたちに語りかけてくる。


 はっきり言って、ツノはあるけどイケメンだ。「ディー」の名を持つおれからすると、こいつは絶対に「ディー」の運命を背負うことなどなさそうな超イケメンだな。今すぐ殺したいくらいにな! イケメン氏ね!


 その時、姉ちゃんのつぶやきが聞こえた。


「あいつが……父さんを……」


 え……?


「まさかこんな辺境の村に、イビルボアとまともに戦えるニンゲンがいたとは驚きだった。ククク、リーズリース卿はニンゲンを侮っていたと言えるな。中でもあの3人組はなかなかの手際だった。2頭、3頭と数が増えても見事な対処だった。ただ、5頭けしかけたらすぐに崩れたがな」


 バルドさん、ゼルハさん、キームさん……。


「斧使いの年寄りと、銅のつるぎの盾戦士も、まあ、少しは楽しめたが……」


 村長さん、父ちゃん……。


「しょせんはニンゲン。この身に手傷ひとつ負わせることもなく散った」


 どうしようもなく、目の奥から溢れてくる、熱い何かがおれの視界を遮る。


「しかし、森側からの援軍はまったく予定数に届かず、その上、7体用意したと聞いていたレッサーデーモンは1体たりとも姿を見せず、か」


 おれが……おれが、村に……おれが村に残ってたら……。


「この不手際、まさか私に罪をなすりつけるつもりか……?」


 ……ダメだ。ダメだダメだ。怒りや悲しみに囚われるな。我慢しろ。今は負の感情から目をそらせ。


 こいつを相手に、冷静さをなくして戦っても、どうにもならない。

 こいつにおれが負けたら、姉ちゃんが殺される。それを忘れるな。心に刻め。


 歯を、食いしばれ。

 考えろ。考えろ、考えろ。

 残ったMPとSPで、今のおれにできることを限界まで突き詰めろ。


 最善手。

 それだけを探せ。

 狂おしいほどに、求め続けろ。


 そして。

 覚悟を、決めろ。


 決断する勇気を持て。


「誰が裏にいる……? しかし、あのブラストレイト卿が私を陥れるためにリーズリース卿と足並みをそろえるとは思えん」


 おれは、改めて魔族へと一歩を踏み出す。前に出る。前へ、前へ、前へ!


「ということは、どこかに何者かの妨害が入ったと考える方が自然、か」


 わかってる。

 気持ちは灼熱の砂漠より熱く。

 頭は極圏の氷のように冷たく。


 今感じてる全ての怒りは、村を守れなかった自分自身の中へ、おれ自身を燃やす燃料として、使え。


 ここに。

 この戦いに。

 これまでのおれの全てをかけろ。


「この村にいたニンゲンたちなら、森の奥で妨害をした可能性も捨てきれない」


 ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』のボス戦では、会話から入るボスモンスターは実は会話を無視して不意打ちできる。しゃべってるところを狙えば、実に簡単に先制攻撃が可能だ。


 この戦法の発見者の名前は残ってない。


 ストーリーなどどうでもいいと思ってるプレーヤーや、二周目、三周目のプレーヤーでストーリーは理解できてるという場合に、当たり前のように使われていたこのボス戦での戦法は『ミツハシ』とだけ呼ばれていた。


「そこの少年よ、この近くの森のことで何か知っていることはないか?」


 おれは話しかけてくる魔族に無造作に近づく。

 いつもの位置に右手を出して、タッパ操作で木の枝トゥエンティワンオーセブンを装備すると、すぐに右、左、上へ半円を描き、青白いエフェクトをまとわせると、そのまま剣術系中級スキル・スラッシュの二連撃を左! 右! と喰らわせた。


「ぐはぁっ!」


 そのスラッシュの二連撃をそのまま予備動作の一部として、スラッシュを終えた体勢からすぐに左へと木の枝トゥエンティワンオーセブンを動かし、そのまま下へと円を描いて左肩の前まで戻した木の枝トゥエンティワンオーセブンが青白い光をまとうと、剣術系上級スキル・トライデルをすぐに発動させて右! 左! 右! と三連撃!


「ぐぉっ!」


 最後の一撃を次の予備動作の一部として、振り切ってすぐに頭上へと木の枝トゥエンティワンオーセブンと振りかぶり、剣術系初級スキル・カッターを発動させると、半歩下がりながら木の枝トゥエンティワンオーセブンを振り下ろし、木の枝トゥエンティワンオーセブンの先っぽで魔族を打つ。スキル攻撃はわずかでも当たれば効果は同じだ。


「ぐあぁぁぁっっ」


 スラッシュの時よりも、トライデルの時よりも大きな声を初級スキルのカッターをかすめた時に魔族が上げた。さすが熟練度9のカッター! ある意味最強!


 この連続技で一番端の列のHPバーを残り4本……つまり一気に16本、削った。


 二連撃のスラッシュ、三連撃のトライデルから、ノックバック効果もあるカッターを組み合わせた連続技『サワタリ・トロア』だ。さすがにサワタリ氏の技はすげぇな。そして、この『トロア』にもう一手、加えて挑む。


 カッターによるノックバック(中)効果で一歩下がった魔族の動きと、おれが受けたカッターによる技後硬直が相殺される。


 技後硬直が解けた瞬間、左手でタッパのファンクションキーに触れて武器を木の枝トゥエンティワンゼロハチに持ち替えつつ、右肩の上に木の枝トゥエンティワンゼロハチを構えて魔族に狙いを定め、スキル発動エフェクトをまとう。


 おれの技後硬直が解けると同時に魔族も動き出すが、さっきのイビルボアでもあったけど、ノックバックしたモンスターはノックバック前の位置に戻るという動きに限定されていることを利用し、その位置をはっきりと意識して、一歩、跳び下がりながら、剣術系上級スキル・ランツェを浴びせる。


「くっ」


 ランツェを喰らわせてもHPバーは動いたように見えない。たぶん1ダメだけど、それはいい。


 ランツェの狙いはダメージもあるけど、熟練度が低いうちはどうにもならない。それ以上にここではランツェのノックバック(大)効果で魔族が大きく後退したことの方が重要だ。


 おれのランツェによる技後硬直と魔族が喰らったノックバックで次の攻撃時間は相殺されるが、そこで一歩下がりながらランツェを放って魔族から少し離れたことが活きる。


 ゲーム的な習性でノックバック時の元の位置に戻ろうとする魔族が無駄な1秒を使ってる間に、おれは木の枝トゥエンティワンゼロハチをすぐに右、左、上への半円と動かし、半歩前に出てスラッシュを発動させる。


「ぐおぁっ!」


 そのまま続けてトライデル。


「ぐむっ!」


 そのままさらに下がりつつのカッターをかすらせる。


「ぐばあぁぁっっ」


 タッパ操作で次の木の枝トゥエンティワンオーナインを装備しつつ、再度ランツェを準備する。


 スラッシュ、トライデル、カッターの『サワタリ・トロア』にランツェを加えて予備動作の隙を稼ぐことで、SPが尽きるまで連続技を繰り返すことができる。1回の消費SPはスラッシュ4+トライデル8+カッター2+ランツェ8で合計22である。

 物理系上級スキルが使えるようになるレベル15から可能な低レベル帯でのある意味最強技。


 これが、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』において最速クリアを果たしたサワタリ氏がラスボスの魔王を倒すのに使った連続技の極み、スラッシュ・トライデル・カッター・ランツェの敵単体無限攻撃『サワタリ・クワドラプル』または『クワドラプル』である。

 サワタリ氏は熟練度をガンガン上げることで追加ダメージ量を増やし、この技によって魔王を討伐したという。

 サワタリ氏がプレーヤーたちの間で『剣聖』と呼ばれたのも納得のスゴ技だ。ジョブの『剣聖』よりもはるかに価値があるな! だよな! そうだよな!


 もちろん、すばやく正確な予備動作で、モンスターより先に次のスキルを発動させなければならないため、高度なプレーヤースキルが必要になるが、おれにはそれだけのプレイ経験があった。


 ただし、『ミツハシ』による完全な不意打ちでもなければ、どこかで相手の技後硬直に合わせなければ使えるものではない。

 それに、この技に相手をハメたからといって、それでこの勝負が決まったワケでもない。


 おれは3度目のカッターを決めて、新たな木の枝トゥエンティワンテンを装備して3度目のランツェに入る。ランツェの後は4度目のスラッシュから順に、ガンガン魔族のHPを削っていく。


 1度の『クワドラプル』で約1600くらいは魔族のHPを削っている。4度目のカッターが終われば、6400くらいは削れる計算だ。


 でも、それでも届かない。


 そして、それ以上は。

 今のおれのSPが全然足りてない。


 もしもSPがレベル19での全快値だったら、HP0に届いたと思う。でも今は、4度目の『クワドラプル』でSPはほとんど残らない。SPが足りなければ魔法スキルも使えないし、魔法スキルが使えたとしても、魔法防御が基本的に高い魔族には意味がない。


 だから、次の一手を打つ。

 計算上は、イケる……はず。


 4度目のカッターを半歩下がりながら振り下ろしてかすらせて、魔族のうめきを聞く。


 技後硬直とノックバックの相殺後、右肩の上ではなく左肩の前に右手をもってくるいつもの位置へ。

 次を信じて、タッパ操作で新しい木の枝トゥエンティワンイレブンを装備して。


 おれは叫んだ。


「ワイドカッターっっっ!」


 木の枝トゥエンティワンイレブンが青白いエフェクトを帯びて輝く。

 剣術系中級スキル・ワイドカッター。消費SP4、クールタイムという技後硬直2秒、正面90度半径6mの範囲攻撃だ。


 ……いや、だってさ。プレーヤーマニュアルの中にワイドカッターの予備動作としてはっきり書かれてんだよ、これがさ。『肩の高さで腕と剣を左へまっすぐに伸ばし、技の名前を恥ずかしがらずに叫ぶ』って。


 ちなみに、技の名前を叫ぶスキルはけっこう存在してるという事実もここで一応報告しておく。


 二歩下がって、木の枝トゥエンティワンイレブンを大きく横へ振るう。


 おれの正面の扇形の範囲に、青白い斬撃が広がりながら飛んでいき、魔族とその取り巻きのイビルボアを全て巻き込んでいく。


 狙いは、取り巻きのイビルボア、3頭。ついでに少しは魔族も削れるはず。

 この3頭を倒せば、計算上ではレベル20だ。


 レベルアップすれば瞬間回復でステ値はアップして全快。

 SPさえ戻れば、そこからなら、魔族の隙を一度見つければイケる! イケるな! イケるって!


 隙を見つけ次第、『クワドラプル』に入れるように。


 ワイドカッターで右腕を伸ばしきった位置にある木の枝トゥエンティワンイレブンを左肩の前へ……。






 ……持っていこうとした腕が。


 ゆっくりと。

 ただひたすらにゆっくりと。


 少しずつ、動く。


 いや、少しずつしか、動かない。


 動かせない。


 なんだ? 何があった? なんでだ?

 なんだコレ? どういうこと? どうなってんの?

 動かない? 動かないな? 動かないけど? おい、おいおい、動け! 動けって!


 呪いか? 木の枝トゥエンティワンイレブン? イレブン? これか? イレブンか? サッカーか? サッカーだな? DFのせいなのか?


 タッパの表示を変更する左手もゆっくりとしか動かない。

 全ての動きが遅い。


 遅い?

 まさか……。


 なんとか開いたステ画面に表示されていたのは、SP3/186。レベルは19のままだった。


 なんでレベルアップできてない?


 計算間違いか? いや、そんな馬鹿な? そこでミスするようなプレはしてねぇ!


 いや、それだけじゃねぇ!

 これ、ディレイか? なんでだ? SPはちゃんと3は残して……って、あああああっっ!


 いつの間にか、魔族がおれの目の前に立っていた。


 そして、そのまま、拳を振るう。

 スキルエフェクトも、何もない。武器も持たない。ただ殴るだけの一撃。

 まさに、ただのパンチだった。


「ぅ……」


 声すら、出ねぇ……。


 しかも、バランスを崩して、うまく動けず、そのままおれはすとんとしりもちをつく。


 ただのパンチで! パンチ1発でHP21/186だと!? いや、これまでにイビルボアから受けた分のダメージも少しはあるけどな! あるけれども! それでも軽く今ので100ダメ超えはあったぞ! 3ケタってなんだ! ふざっけんなっ!


 こんなん、スキル攻撃とか、武器での攻撃とか喰らったら即死じゃねぇか!


 どうやったら技ぁ叩き込む隙を見つけられんだっ! 無理ゲーじゃねぇーかっっ!


 しりもちの結果として、腰を下ろした低い姿勢になったので、魔族の後ろに、横倒しになったまま、消えてないイビルボアが見えた。


 ……レベルアップしてねぇのはあれが原因か!


 つまり、おれのワイドカッターの時に『かばう』状態が発生したのか! 他の2頭は消えてるな?


 あと、ディレイ……。


 こっちはおれのミスだ……今日1日でガンガンレベルアップしたのに、レベル10の時の感覚のまんま、残りSPを3で大丈夫って思ってた……最大SPが186なら、その2%は3.72だから、4残さなきゃダメだった……。


 何年もずっとレベル10だった弊害だな。

 でも、言い訳できねぇ。

 この、こんなにも重要な勝負の瞬間に、やってはならない重大なミスを……。


「クク、ククククク、ここでスタミナ切れとは運がないな。だがしかし、この私にここまで傷を負わせるとは……おまえか……おまえだろう? こんな辺境の村に、イビルボアと戦えるニンゲンを増やし、森側のイビルボアの群れを何十頭、何百頭と倒し、さらにはレッサーデーモンさえ……いや、私にこれだけのことができる腕があるのなら、レッサーデーモンごとき、軽く倒せるのも当然か」


 この状況で、まだしゃべりやがるか……。


「子どもの姿に惑わされていたが、もう間違えようがない。おまえがこの村の中心だろう? その木の枝も、まさか世界樹の枝ということはあるまいが、かといって人食い魔木の枝では弱すぎる。神聖果樹の枝ぐらいか?」


 うっせー。ただの木の枝だっつーの。


「それに怖ろしいほどの技のキレと重み……いったいその歳で、どれだけの修行を積んだ?」


 ……脱線するな、おれ。こいつはまだ、油断してやがる。


 しゃべってくれてんのはチャンスだ。チャンスだと思え。


 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ! あきらめんな!

 生き抜く知恵を絞り出せっ!

 計算しろ、工夫しろ、おれはまだっ、やりつくしてねえっっ!!


 まだ姉ちゃんがいる! 姉ちゃんが生きてる! 姉ちゃんだけはやらせねぇっ!


「勇者の血に連なる者か・・・? しかし、それはこの村ではないはずだ……」


 おれは今、レベル19だ。

 今までレベルアップしなくて苦しかったけど、今日でレベル19だ。


 まだやってない、まだ使ってない何かがあるはず!


「いや、嫁入りや婿入りがあれ……む?」


 おれは左手の、タッパを操作した指を、魔族に向けた。


『ソルマ』


 指から1本の光がまっすぐ魔族へ進む。

 魔族は斜め後ろへ跳びながら、身体をひねってソルマをかわした。


「なんと太陽神系貫通型魔法で急所狙いか、最後のあがきとしては悪くないが、まともに動けぬ今のおまえで……なにっ!」


 おれはしりもちをついた状態から後転をしてそのまま立ち上がり、2歩下がって魔族と距離を取る。


「そんな馬鹿な? 立てるはずが……」とつぶやきつつ、魔族が身構え、口を閉じる。もう『ミツハシ』は使えそうにない。


 ソルマはかわされようが、かわされまいがどっちでもよかった。あたって即死ならラッキーだけどな! ラッキーだけども! それが本命じゃねぇんだからな!


 おれの狙いは、魔族の後ろのスタンしてるイビルボアだ!

 HP1でなくても、もうソルマ1発で狩れる相手だ。HP1なら当てれば100%倒せる!


 立てるはずがない?

 バーカ!


 レベルアップで瞬間回復だっつーの! いやぁー、計算あっててマジよかったーっ!


 だけど、ここから先はもう、『クワドラプル』狙いは賭けだ。それも、クモの糸で綱渡りするような可能性の低いギャンブルだな。


 ハマれば勝てる。ハマらなきゃ死ぬ。

 ギリギリ過ぎるし、こいつの隙をつくのは厳しい。


 どのみち届くかどうかはわかんねぇしな。


 それに、おれが負けたら、どうせみんな死ぬ。

 おれが勝てなきゃ、みんな死ぬんだ。


 ギャンブルかますなら、一発逆転大勝負。

 一撃必殺。大技でいく。

 負けたら負け。勝ったら勝ち。


 そんだけのことと開き直れ!


 おれは左手の指を2本伸ばし、天を指すように腕を伸ばした。


『われ力溢れる鍛冶神に乞い願う、我らの武具を作り上げるたくましき力を、バイアト』


「呪文の詠唱だと……」と、驚愕の声が魔族からもれるが今は無視だ。無視。


 大地からおれの頭上へと、まるでCTスキャンのように魔方陣がせり上がっていく。


 鍛冶神系支援魔法中級スキル・バイアト。消費MP15。クールタイム10日。60分間、自身の筋力×2で、鍛冶による武器・防具作成の成功率を1段階上げる。ものづくりの魔法のようで、実はボス戦必須の自己強化魔法。レベル15から呪文があればスキルリストに生えてくる。


 筋力は攻撃力の根源だ。それが2倍だからな!


 そこからすぐにタッパ操作で、体術系スキルのオート発動を選択。オートでなくともできるくらいになってるけど、今回はオートの方が確実だ。


 選んだのは体術系中級スキル・ガンバ。消費SPは特殊で、自分で設定する。攻撃力×3に、さらに+消費SPを上乗せして攻撃できる。それに追加消費SPの分は物理防御無視で相手を削る。さらには通常攻撃だけでなく一部攻撃スキルを加えることが可能。スキル使用のために今回は残りSP2になるように設定する。


 Lv20になって筋力154からバイアトの×2で308となる。


 残りSP2はカッターを使うから筋力308+木の枝の武器補正(2)に×2で620と、そこに熟練度9の追加ダメージ+600を加えて1220で、そこからガンバによる×3で攻撃力は3660まで跳ね上がる。


 たしか『クワドラプル』で使うひとつひとつのスキルでだいたい500オーバーのダメージを与えてたんだからこの魔族の物理防御は300ちょいぐらいとして、それを引いたとしてもだいたい3300ダメージ。しかも乗っける追加SP192は物理防御無視ダメージだから合わせて3492ぐらいまでは届く。


 これを実行したらSP0で強制スタンだな。でも、これで勝てなきゃどうせ勝てねぇ!


 おれは木の枝トゥエンティワンイレブンをさっと投げ捨てて、小さくつぶやく。


「ガンバ」


 技の名前をつぶやくと、オートモードでおれの全身が青白く輝き、身体が動き始める。


 オートモードのおれは魔族に向かってタタタンっとステップを踏むと、身体を前に投げ出し、大地に手をつきロンダート、バク転からの後方宙返り1/2ひねりを披露する。


 後方宙返りに跳んだ時点で、右手を左肩の位置にして、タッパ操作のファンクションキーで木の枝トゥエンティトゥエルブを装備する。


 身体をひねる動きに合わせて、木の枝トゥエンティトゥエルブを右へ振り切り、そこから頭上へもってくる。


 木の枝トゥエンティトゥエルブがいつもの青白いスキル発動エフェクトをまとう。


 おれの目の前には、目を見開き、口を半開きにした魔族がいて、そいつが左腕を動かして木の枝トゥエンティトゥエルブを受け止めようとするのが見えた。


 ……この野郎っ! ここで防御かよっ!


 木の枝トゥエンティトゥエルブから全身まで光に包まれたおれが魔族へと落ちていきつつ、木の枝トゥエンティトゥエルブを振り下ろす。


 おれが振り下ろした木の枝トゥエンティトゥエルブが魔族の左腕に受け止められつつ、その先端で魔族の左目をえぐる。


 そうやって衝突したおれと魔族は、互いにそれぞれの後方へと吹っ飛び……。






 そして、おれは意識を手放した。





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