木の枝の伝説(24)



 おっす。おれ、アイン。10歳。


 あれから、2年……より正しくは1年と数カ月……。






 姉ちゃんがいろいろと世話を焼いて、おれがそれにヤキモチを焼いて、そんな中で、レオンは少しずつ笑顔を取り戻していった。


 相変わらずしゃべんないけどな。


 おれも、レオンも、出会った頃よりは背も伸びた。レオンの腰の銅のつるぎも、今では地面にぎりぎりだなんてこともない。


 村は、領主である辺境伯からのお褒めの言葉を毎年もらうくらい、豊かさが増した。それにともない、村長さんと徴税官さんの企みで、辺境の神童アインの名前も、辺境伯の覚えがめでたいらしい。


 徴税官さんから直々に、領都での洗礼を楽しみにしている、なんて言われたしな。


 雪解けで春を迎えて、村の祭りん時には、村長さんがおれの洗礼について村のみんなに説明した。


 辺境伯から領都へ呼ばれて洗礼を受けること。


 おれが14歳になったら領都へ家族で移動して、辺境伯に命じられた人たちからいろいろな修行を受けること。


 辺境の村々でここまで期待された人材はいないこと、などなど。


 祭りでは、いろんな人が話しかけてくるんだけど、後ろにシャーリーがちんまりと控えてて、おれの袖をきゅっと握ってた。


 大人たちは、この村はこの先も安泰だ、とか、次期村長は決まった、とか、いろいろ言う。それはシャーリーもニコニコとして聞く。


 ところが、移住ガールズたちが話しかけてくると、袖を握るシャーリーの力がギュっと強くなって、おれとの距離を一歩近づけてくる。


「アイン、本当に、シャーリーとこんやくしてるの?」

「アインはシャーリーとこんやくしてるから、こうやっていっしょにいるのよ。見てたらわかるんだから、かくにんしなくてもいいよね?」

「シャーリーには聞いてない。アインに聞いてるの」


 ……女ってのは、実は面倒臭いんだな、などと、「ディー」の名を持つおれはこういうことになるまでイマイチよくわかってなかったな。マジ、面倒だ。


「アイン……」とシャーリー。その目は、はっきり言ってやって、と物語っている。

「アイン?」と移住ガールズ。その目はそんなチビよりあたしの方がかわいいのよ、とでも言っているかのようだ。


「2年前に、村長さんが発表したけど、ぼくとシャーリーは婚約してるよ」


 ……ちょっと棒読み気味ではあるが、これがおれの公式回答だな。


 これ以外の回答をすると、シャーリーではなく、姉ちゃんにゲンコツを喰らう。それだけは! それだけは絶対に避けなければならない!


 笑顔のシャーリーがさらにおれとの距離を近づける。


 ふくれっ面の移住ガールズがおれではなく、シャーリーをにらむ。


「それ、アインの本当の気持ちなの? 村長さんにめいれいされたんじゃない?」


 ……どちらかと言えば、ウチの村では、村長さんはおれの言いなりに近いというのが隠されている真実だ。バルドさんあたりがよく知ってるけどな。おれが村長さんに命令されるなんてことは、まあ、あり得ねぇことだ。


 少なからず、シャーリーとの婚約について、村長さんによってハメられた部分はあるけど、おおねむ、おれはシャーリーとの婚約には納得してるし、シャーリーはとってもかわいい。料理も上手。

 ちなみにシャーリーの恋の後押しをしたのはウチの姉ちゃんなので、おれの現実的な事情からすると、おれにはシャーリー以外の選択肢はない。はっきりいってシャーリー以外はないのである。


 ……というよりも、この移住ガールズのガツガツくる感じ、ちょっと怖いんだけどな? なんでこいつらこんなにたくましいかな?


「村長さんに命令なんてされてないよ? そもそもぼくとシャーリーは、ぼくが3歳、シャーリーが2歳の頃から、ずっと仲良くしてきたからね。それに、命令されても気にならないしね」


 おれの言葉でシャーリーがさらにおれとの距離を詰め、ほとんど腕に抱き着くような感じになっとる! ほうっ! シャーリー積極的っ!


 ……ま、それはともかく。どちらかと言えば、おれに命令するのは姉ちゃんだ。村長さんじゃねぇしな。


 移住ガールズは、2年もウチの村で暮らして、まだおれたちの構図が掴めていない。ウチの村の子どもたちの食物連鎖の頂点は姉ちゃんだ。

 ズッカやティロも、絶対に姉ちゃんには逆らわねぇ。ズッカは強がることもあるけどな。

 そんな姉ちゃんに取り入って、そこからおれを狙うという作戦は、すでにシャーリーによって押さえられているので使えない。


 ただし、移住ガールズは、村の子どもの中で最高の優良物件としておれの存在価値だけは把握している。

 移住ガールズの養父母の後押しもあるらしく、養父母と村長さんが何やら険悪なやりとりをしたという噂も姉ちゃんルートで聞こえてきた。


 この世界の子ども、特に女の子って、なんか怖ぇよな。


 いや、この辺境伯領のさらに辺境地帯で、結婚相手が限られるからという事情が、おれみたいな神童と呼ばれる男の子の競争率を高めてしまうのかもしれない。


 それを10歳前後ぐらいで、本気で男を獲りにくるあたり、本当になんか怖ぇし。

 結婚相手にそれだけ大きく人生が左右されるからだろう。

 おれが女の子だったら、ズッカみたいな乱暴者と結婚とか、絶対に嫌だしな。


 当たり前のように義務教育があって、さらには当たり前のように高校や大学で学ぶ前世の考え方とはそういう部分は根本的に異なるのかもしれない。


 まあ、移住ガールズとシャーリーとの関係以外は、ウチの村はおおむね平和だ。めっちゃ平和! 超平和バスターズだ!


 本当に魔族が攻めてくんのかな? とか思うくらい。2年前に森の奥で魔族に出会ったことが、本当に幻だったんじゃねぇかと思ってしまうような。






 そんな感じで、おれは、少しだけ、気が抜けていたのかもしれない。






 10歳になっても、8歳の頃とやってることに違いはない。


 村長さんの検算も、バルドさんたちとの狩りも続けている。

 村長さんの計算力はともかく、バルドさんたちの狩りはめちゃくちゃ安定してきた。

 バルドさんたちが鍛えてる他の村人たちも順調で、豪快なおばさんの中には、ツノうさどころか、フォレボを倒せる人もちらほら現れた。


 肉をはじめとする森からの産物に満たされて、ウチの村は本当に豊かだ。モノが足りてるから、きっと心も満たされる。そういうもんなんだな、と思う。


 おれ個人のことを言えば、相変わらずレベルは10のまま。ただ、ひたすらにスキルの熟練度は高めているし、アイテムはがっつり確保できている。


 今日は祭りの後片付けで、森には大人たちが来ていない。


 おれは、少し奥にある、3頭以上のモンスターがリポップする狩場へ進む。


 バンビを3頭、フォレボを3頭、木の枝トゥエンティゼロスリーでのスキルを使って狩る。

 スキルによっては技後硬直で少しダメージを受けることもあるけどな。肉と毛皮はアイテムストレージの中へ収納する。


 バンビやフォレボは通常攻撃でも楽勝だが、そこは熟練度上げのため、スキルで戦う。

 ダメージを受けるのも、次のレベルアップで耐力を高めるためだ。ノーダメージで戦い続けると耐力の伸びがイマイチになるかもしれないからな。


 ただ、以前からの予想通りとはいえ、この辺のモンスターの種類とそのリポップクールタイムでは、レベルアップが難しい。本来なら、次のステージで戦う段階をすでに通り過ぎているくらいだ。


 準備をしなければとあせって、やりすぎたのかもしれなかった。






 あれ? と思ったのは、タッパの『Around』の表示色が赤くなった瞬間だった。


 この狩場はフォレボで、ノンアクティブモンスターだから表示色は黄色。しかも、さっき倒したので白のアラホワになるはず。


 それが、突然の赤。


 ……なんだ?


 首を動かし、周囲を確認する。


 この森では赤になるアクティブモンスターは、フォルテウルフか、フォルテベアスだ。どっちも今はリポップ待ちのはず?


 あと、ファミリーモンキーもいたけど、あの日一日のことで、それ以降はリポップしたことがない。


 残りは全てノンアクティブモンスターばかり。


 タッパの表示が赤になるというのは、これまでにはない異常事態だった。


 がさり、という音とともに姿を見せたのは、赤黒い猪。


 体高3m、体長6mという、フォルテボアよりもはるかに大きい、猪。


 その赤く光る眼は、まっすぐにおれを捉えている。


 これで真っ白だったら、森のヌシだといってみたい。


 一度、二度、前足を動かして、突進を開始。


 行動パターンは、ほぼフォレボと同じだ。


 突進コースから外れるように立ち、急ブレーキをかけるポイントを狙う。


 突然のアクティブモンスターに、おれは動揺したのではなく、はっきり言って狂喜乱舞していた。


 ……イビルボア、来たぁぁぁぁーっっ!!


 イビルボアはフォルテボアの上位種で、HP300クラスのモンスターだ。

 モブになったフォルテベアスはHP100クラスなので、格はこの辺のフィールドボスであるフォルテベアスよりも上。

 それなのに行動パターンはフォレボとほぼ同じで、突進のあとに停止する瞬間があり、とても倒しやすいモンスターなのだ。

 経験値効率もよくて、レベル20までガンガン上げられる。しかも、弱点属性が太陽神系……つまり光!


 おれは停止したイビルボアを太陽神系貫通型攻撃魔法初級スキル・ソルマの光で貫き、そこに木の枝トゥエンティゼロスリーを振るって、剣術系初級スキル・カッターをぶちかます。

 木の枝トゥエンティゼロスリーが折れたけど、それはいつものことだし、気にしない。


 一瞬でイビルボアが毛皮と牙へと変わった。


 技後硬直の終了と同時に、タッパ操作でステ値を確認。


「うわ~っ、おいしぃわぁ~」


 2年以上もの間、お預けを喰らっていたレベルアップを一気に2つ、上げていた。これでレベル12だ!


 表示をステ値から切り替えてすぐに気づいたのは、『Around』の表示色が赤のままだということだった。


 顔を上げると、まるで超能力でテレポート、瞬間移動でもしてきたかのように、2頭のイビルボアが姿をあらわす。


「おおっ!」


 思わず声が出る。


 これは……ひょっとして……。


 イビルボアが1頭、突進を開始。


 おれはいつもよりも少しだけ大きく立ち位置を変える。


 2頭目のイビルボアが少し遅れて、突進を開始。


 おれは少し戻って、1頭目と2頭目の突進コースの間に立つ。これで、突進への対処は完了。


 1頭目が通過すると、その停止位置の向こう側へ回り込む。


 2頭目が突進を終えて停止した瞬間、角度を合わせた太陽神系貫通型攻撃魔法中級スキル・ソルミでイビルボアを2頭まとめて貫く。


 そのまま目の前の1頭目に、新たに装備した木の枝トゥエンティゼロフォウを振るい、剣術系中級スキル・スラッシュで二連撃を加えて毛皮に変える。


 スラッシュの技後硬直が解けた瞬間、突進で目の前にまで迫っていた2頭目のイビルボアに、同時発動で準備しておいた体術系中級スキル・タイケンを左拳で放ち、これも一瞬で毛皮と牙に変える。


 ……弱点の太陽神系攻撃魔法で大きくHPを削れるからやっぱヨユーあるな! でかいだけで行動は単純! まさに都合のいい獲物の代表格!


 タッパ操作でドロップアイテムをストレージに収納して、まだ表示色が赤いこともチェック。


「こりゃ、やっぱ……」


 再び、イビルボアが瞬間移動してきたかのように、今度は3頭、姿を現す。


 リポップとほぼ同時に火の神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ヒエンアイラセでイビルボア3頭まとめて炎で焼きつつ、おれは1頭目に狙わせる立ち位置を調整する。


 そして1頭目の突進コースから身体を動かし、突進中の1頭目と残りの2頭をまとめて扇形状の範囲におさめるように、太陽神系範囲型攻撃魔法初級スキル・ソルハを放つ。


 2頭目の突進コースを避けながら火の神系単体型攻撃魔法中級スキル・ヒエンギを放つ。威力のある火の神系だからこれで倒せると思ってたけど、倒せなかった。ちょっと足りないのかもしれない。


 3頭目の突進を待ち構えながら、停止した2頭目に風の神系単体型攻撃魔法中級スキル・ザルツリを放つ。2頭目が牙に変わる。この時点でレベルアップ。レベル13になる。やっぱイビルボアは経験値が美味しい。


 突進してきた3頭目のイビルボアを剣術系中級スキル・スラッシュでしとめて毛皮に変え、技後硬直が解けた瞬間、迫ってきていた1頭目に剣術系初級スキル・カッターをぶちかます。1頭目は毛皮に変わる。


 タッパの表示色はまだ赤のまま。

 今度はおかわりで4頭、湧き出てくる。


 ……こりゃ、もう、確定だろ。


 リポップと同時に風の神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ザルツガンで4頭まとめて切り刻み、さらに1頭目には地の神系単体型攻撃魔法初級スキル・ドウマラ、2頭目には火の神系単体型攻撃魔法初級スキル・ヒエンガ、3頭目には風の神系単体型攻撃魔法初級スキル・ザルツラ、4頭目には風の神系単体型攻撃魔法中級スキル・ザルツリをそれぞれ放つ。


 4頭目の突進を受けてしまったが、ダメージはそれほど問題なし。

 1頭目をカッターで倒した瞬間に木の枝トゥエンティゼロフォウが折れたので、2頭目には体術系中級スキル・タイケンをぶち込んで倒し、改めて装備した木の枝トゥエンティゼロファイブで、3頭目をスラッシュ、4頭目をカッターでしとめる。


 するとまた、今度は新たに5頭のイビルボアが瞬間移動するかのように湧き出てくる。


「よおおおおっっし! 経験値ボーナスイベント、きったぁぁぁぁっっっっ!!」


 おれは、雄叫びをあげて、5頭のイビルボアと向き合った。


 やることは変わらない。

 魔法スキルで削って、剣術か体術でとどめを刺す。


 1頭目を倒した時点でまたレベルアップ! ステ値は瞬間回復する上に上昇するので、継戦能力にまったく問題がない。もーまんたいだ。


 残りの4頭もそつなく倒す。


 タッパの表示が白。アラホワに……。


「うぇぇ? もう終わりかよ?」


 まさかまさか、こんなちょっとか? と、全力で走って隣の狩場へ移動。


 すぐに表示は赤に変わる。


「おおっっ! おかわり発見っっ!」


 また、1頭から始まり、2頭、3頭と1頭ずつ増えてリポップし、5頭の群れを狩ったら、その狩場がアラホワになる。


 さらに隣に走ると、また表示は赤へ。


「きたきたきたきたきたぁぁぁーっっっ!! 苦節数年! レベルアップを我慢してきたのはこの日のためだったぁぁぁぁっっ!! 祭りの次の日にイビルボア祭り! もう最高っっ!」


 テンションが異常なくらい上がっていく。


 とにかく、イビルボアは美味しい。肉は落とさないけど、とにかく美味しい。経験値が!


 狩場をひとつ狩り尽してはその隣へ、と繰り返していく。

 おれは森の中を走り回った。そして、イビルボアを狩りまくった。


 11頭目でレベル14、24頭目でレベル15、46頭目でレベル16、84頭目でレベル17というように、今までの熟練度上げ生活の鬱憤を晴らすかのようなレベルアップが続く。

 そして、レベルアップすればHPもMPもSPも瞬間回復し、筋力や魔力などのステ値も上昇する。次の戦いはどんどん楽になっていく。ただし、手に入る経験値は減るけどな。


 レベル15を超えてからは、剣術系上級スキルである三連撃のトライデルや範囲攻撃のワイドスラッシュ、以前魔族の裏切り護衛が使っていた貫通攻撃のランツェなども予備動作を確実に行って発動させて、スキルリストに載せるスキルをどんどん生やしていく。覚えたての熟練度は1なので、まだまだ鍛錬は必要だ。


 カッターやスラッシュなら一撃で倒せることと、イビルボアからダメージを受けても一撃死はないことが判断できてからは、熟練度がまだ2止まりの魔法スキルを中心に使って熟練度を稼ぎつつ、上級スキルのトライデルやランツェを練習する場としてもイビルボアを利用した。

 ある程度ダメージを受けることはレベルアップでの耐力アップにもつながるしな。


 ある意味で舐めプなんだけど、おれなりに細心の注意は払ってるつもりだった。






 倒したイビルボアが150頭を超えた頃、狩場によってはいきなり3頭だったり、4頭だったり、最初から5頭だったりするところが出始めた。思えば、この時にその異常さに気づくべきだったのかもしれない。


 それでもおれはチマチマ1頭から倒すよりはいいと思って気にしなかった。


 レベルが18になってもタッパはすぐに赤で、倒した数が200頭を超えた時。

 さすがに、この経験値ボーナスイベントはなんか長いよな、とちらりと思った。それでも、今まで我慢してきた分のレベルアップの喜びに酔っていたのは間違いない。


 レベル19になった時は、こんなにレベルアップできる経験値ボーナスイベントって、ゲームん時はなかったよな、と。ほんの少しだけ冷静になり、移動する狩場を森の浅いところへと意識して変更していった。


 倒したイビルボアの数が300頭を超えて、今度は森の中のイビルボアがかなり減った頃。


 これはさすがに何かがおかしい、と。

 そう思ったおれは、走りながら道中のイビルボアを狩りつつ、村へと戻ることに決めた。






 その決断は致命的に……まさに文字通り致命的に遅かった。


 なぜなら、この時。

 ウチの村、『小川の村』は、魔物の襲撃を受けていたのだった。


 ずっと、警戒していてたはずの、魔族の動き。


 もっとも重要なその瞬間に。

 調子に乗ったおれは、気づくことができなかった。


 気づけなかったのだから。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る