木の枝の伝説(23)



 小川からはい上がってきたズッカが、「何すんだアイン!」とうるさいので、おれは我に返った。


 とりあえずズッカの耳を掴んでひねって黙らせ、おれはズッカをレオンに謝らせようとした。


「はやくあやまりなよ」とティロに言われて、「おれはぜったいにあやまらねぇ!」とズッカがほざいたので、とりあえずズッカを仰向けに倒しておティムティムを踏み、目を細めてズッカを見つめた。


「あやまらねぇぞ!」とまだ言うので足をひねりながらふみこんでいくと「ぐぎゅ……」という声とともにズッカが白目をむいたので一度足の位置を戻した。


 ズッカが「あやまらねぇ……」とまだ言うので5、6回、少しずつ力を強めながらこれを繰り返して、最後はズッカが泣きながら「ごべんばばい、もうじまぜん」と言ったところで、足を引きずって小川のそばに運び、そこでぐるんぐるんぐるんと3回転させてから小川へ放り投げておいた。


 みんなが素直に税を納めるこの村にズッカのようなジャイアンは必要ないのだ!


 ズッカの馬鹿みたいな意地っ張りの様子に、名前も知らない女の子たちはドン引きだった。すごい顔してたから間違いないな。トンでもドン引き。


 ただ一人、銅のつるぎを抱きかかえて座る金髪の美少年、レオンだけは、ずっと死んだ魚のような目をしたまま静かにそこにいた。

 大人のおじさんが子どもたちを迎えにくるまで。死んだ魚のような目をしててもイケメンって何? 世の中って不公平で不平等で嫌だよな? な?


 未来の勇者がここまで病むなんてどんだけやられたんだと魔族の怖ろしさを感じながら、ここから反発して魔王を倒すのだとすればここでレオンが抱えている恨みの深さはどれほどだろうかと、おれはちょっとだけ銀髪ツノ付の超可愛い魔族美幼少女を思い浮かべて、ほんの少しだけ複雑な気持ちになった。






 村長さんたち、大人の話し合いにはさすがに参加できない。あくまでもおれは8歳の男の子。


 だけど、話し合いの結果はバルドさんや村長さんから教えてもらえる。


 村長さんは、遠慮はいらんから全員うちの村で暮らせばよい、と言ったらしい。


 うちの母ちゃんやシャーリーの母であるおねいさまも含めて村のおばちゃんたちが3人がかりでツノうさを狩れるようになり、もともと猟師のザックさんはもちろん、畑仕事がない時にはうちの父ちゃんも含めて、おじさんたち4、5人がかりでフォレボやバンビを狩れるようになったため、うちの村は以前と比べてとても豊かになっている。大人2人に子ども6人など、余裕で受け入れられるらしい。


 結局、うちの村には瞳に陰りのある金髪の美少年レオンと、女の子が3人、暮らすことになった。


 女の子3人は、うちの村におばさん、おじさんという親戚がいた。どっちも子どもがいなかったので喜んで迎えいれた、らしい。おばさんとこには姉妹で2人、おじさんとこには1人、預けられるという。


 後の勇者となるはずのイケメン金髪レオンくんは、父親が親友だったということで、村で預かることになった。うちの父ちゃんが。


 現実問題として、『麓の村』の大人2人が、まったくしゃべらなくなったレオンの扱いに困り果てていたってことがあるらしい。そこで男気見せたのは父ちゃんだけどな! さすが父ちゃんだな!


 ……って、えっ? ちょっと待って? えっ? 何コレ? いや、父ちゃんはすげぇけどな? 父ちゃんは立派だけども!


 つまりレオンってうちに来んの? なんで? 父ちゃんがレオンの父ちゃんと親友って何? 聞いてねぇんだけど? なんでそんなことになってんの?


 ええっと、確か、アニメだと、レオンは『はじまりの村』のおばさん、レオンの父の妹? いや姉だっけ? とにかくどっちかにあたる人が預かって育てるはずだよな? レオンのおばさんは太陽神系魔法スキルの使い手で、レオンに太陽神系魔法を教えるはずなんだけど?


 それが、レオンが勇者になる道を開くんだけどな? 『はじまりの村』が魔族によって魔物に襲われる中、太陽神系魔法で勇敢に戦ったレオンのおばさんが傷つき、月の女神に癒しを求めて狂おしく祈るレオンが月の女神系回復魔法も身につけてさ? 別格の大神である太陽神と月の女神のスキルをどっちも身につけてることが洗礼で勇者になるための基本中の基本だしな?


 結局、レオンのおばさんも含めて『はじまりの村』の人たちは命がけでなんとかレオンを逃がすんだけど……よくよく考えてみると、生まれ育った村と『はじまりの村』と、暮らした村を2回も魔族に滅ぼされんのか、レオンのヤツ。トラウマばねぇ……。


 いや、それはともかく。レオンをウチで預かるなんてストーリーあったっけ? アニメでは絶対になかったって断言できるな。間違いない。


 でも、おれ、小説版『レオン・ド・バラッドの伝説』はあんま詳しくねぇんだけどな? 情景描写とかはざっと流し読みして、「」の会話文に集中する読み方で読んでたし? 友達から借りてたから早く返さないといけなかったしな?

 なんでちゃんと買わねぇんだって? 中学生にそこまでの金はねぇっっ!

 小説版よりもむにゃむにゃ同人誌の方が高ぇんだ!

 まともに買えねぇ分、知人大学生からのこっそり転売だからより高ぇんだよ! 中学生男子にどっちがより必要で重要かなんて決まってんだろうがっっ!


 4日間、集会所で寝泊まりして休息をとった『麓の村』の一行は、『小川の村』に残る4人の子どもを残して、次の村へと出発した。あと2人の子どもは、この先にある『滝の村』や『井戸の村』に親戚がいるらしい。


 残された子どもたちは、それぞれ、引き取られる家へと連れていかれた。


 そして、レオンはおれん家に来た。


「『麓の村』のジオンの子、レオンだ。ジオンは昔、一緒に戦ったことのある親友だったんだよ。レオンのことを頼むな、イエナ、アイン。歳はアインと同じだが、弟だと思ってくれればいい。レオン、おまえは今日からウチの子だ」


 父ちゃんがそう言って、母ちゃんもうなずいている。


 おれは個人的に……というか、ストーリー的になんか不安は感じてるんだけど、それは誰にも言えないので、どうしようもない。


 姉ちゃんはさっそく、レオンのさらさらの金髪をなでてる。こりゃ、可愛がる気満々だな。


 そのレオン本人はどうかっつーと、なんというか、まったくしゃべんねぇな。よく知らねぇけどこれが失語症ってヤツだろうか? 父ちゃんも母ちゃんも、そのことには特に触れない。


 うなずいたり、首をふったりするから意思の確認はできるんだけど、とにかく言葉を発しない。


 銅のつるぎを抱きしめたまんまってのも、心配なところだ。


 姉ちゃんが優しく頭をなでながら、食事中はイスの横に立て掛けさせてるけど、それ以上は離さないし、食べ終わったらすぐに抱きしめる。

 もっと柔らけぇ何かを抱きしめたくなるのがフツーだと思うけど、きっといろいろ、なにかあるんだろうし?


 昨日のうちに倉庫にしてた部屋を片付けて、そこにベッドを置いて、姉ちゃんが入った。


 おれは姉ちゃんが使ってた2段ベッドの2階を自分の寝床にして、おれが使ってた下のベッドをレオンが使うことになった。


 おれとしては、これからこんな状態のレオンが立ち直って勇者になるのかどうかも心配だったけど、そんな世界の命運を賭けた重要な問題よりもはるかに、はるかにだ!

 姉ちゃんと別の部屋になったこととか、姉ちゃんがおれよりもレオンを可愛がりそうだってこととか、おれがレオンに何かしたら姉ちゃんにゲンコツ喰らうだろうってこととかの方が気になった。


 おれだけのねえちゃーんっ! かむばぁぁーっっくっ!






 朝、起きて、ふと気づく。


 天窓が少し明るい。

 いつもとベッドが違うからだ。


 ……そういや、レオンがウチに来て、姉ちゃんのベッドで寝るようになったんだったな。


 ちょっと面倒だと思いながら、はしごを下りて床という名の地面に立つ。


 そして、そのまま部屋を出ようとして、レオンが身体を起こすのが見えた。

 レオンはこっちを、おれの方を見て、少し首をかしげた。


「おはよう、レオン。ぼくはりょうしさんたちにしゅぎょうさせてもらってるから、あさははやいんだよ。レオンはまだゆっくりやすんで、ねえちゃんがおこしにきたらおきるといいよ」


 正確には、バルドさんたちに修行させてもらっているということにしておいて、一人でせっせと森の中へ入って狩りをしている方が多い。でも、ま、レオンにそんな真実を知らせる必要はないし、知らせる気もないけどな。


 レオンはゆっくりうなずいて、それから銅のつるぎを抱きしめると、ベッドに横になった。

 あの、銅のつるぎが手放せない感じ、マジで病んでると思う。


 おれも、ウチの村が滅ぼされたら、あんな感じになるんだろうか?


 ……そもそも脇役のおれだと生き残れねぇ可能性の方が高い、か。


 そんなことを考えながら、部屋を出て行く。

 母ちゃんから弁当を受け取り、外へ出る。


 修行を始めたということになってから、朝食は家族と食べない日の方が多い。村長さん家に行く日だけは、朝食も一緒だ。


 西門で、笑顔で手をあげてくれるバルドさんたちに、手をあげて答える。

 朝早くてできるだけ大きな声を出さないようにするため、猟師さんたちはこうやってあいさつをかわすらしい。


 そのまま一緒に森へと歩くが、森の中では別行動。

 おれはどんどん奥へと進む。


 クソアスの狩場の奥も確認する。


 黒モヤは復活してないし、モンスターのリポップもない。


 あの美幼少女との出会いは、本当に幻だったのかもしれない、と思いそうになる。あの時、誰にも伝えないと誓ったので、出会った相手がどこにもいないと、本当におれ自身の中だけで全て完結してる。


 それでも薬草は採れるだけ採ってしまう自分をどうしても嫌いになれないけどな!






 狩りを終えて村に戻る。


 門をくぐって家まで行く途中で、移住した女の子の姉妹に声をかけられた。「このまえはズッカをとっちめてくれてありがと」とか、「アインくんってすごいっておばさんがいってた」とか、「すごいだけじゃなくてつよいんだね」とか、いろいろ言われて、てきとーにうなずいといた。


 ウチのレオンとは大違い。なんか、明るさがある。引き取られたってことは家族を失ったはずだと思うんだけどな。


 この子たちがたくましいのか、レオンが弱々しいのか。それとも、この子たちが目にしなかった何かとんでもないものやろくでもないものをレオンだけは見てしまったのか。


 言葉を発しないレオンが受け止めた何かを思うと、おれは自分が立てた決意を激しく揺さぶられそうな気がした。


 レベルがちっとも上がらないという不安に押しつぶされそうになっていたというのもあったのかもしれない。






 レオンはしゃべらない。


 レオンの世話は姉ちゃんがせっせと焼く。おれはそれにやきもちを焼くが、それは内緒だな。


 姉ちゃんはレオンの手を引いて畑仕事に行き、レオンに抱きしめている銅のつるぎを置かせると野菜の収穫を手伝わせる。

 収穫した野菜を入れた箱は姉ちゃんが持って、レオンは置いていた銅のつるぎを抱きしめて姉ちゃんについて行く。父ちゃんはそんな二人を温かく見守る。


 母ちゃんは特になんにも言わない。時々、レオンをそっと抱きしめてる。レオンには眠れない夜があるみたいで、そんな時は母ちゃんの出番だ。


 レオンが何も言わなくても、言葉がかえってこなくても、姉ちゃんは話しかける。おれも、姉ちゃんに話しかけるように命じられているのでとりあえずいろいろ話しかける。


 レオンの反応は基本的にうなずくか、首を振るか。次に多いのは首をかしげる。そんで、たまに目を見開く。ただしおれが話しかけた時限定。なんでだ?


 銅のつるぎを抱きしめたままだといろいろ作業ができないので、バルドさんに頼んで銅のつるぎを腰に下げられるように革帯を用意してもらった。

 子ども用サイズで。レオンの分を頼んだのに、おれの分と合わせてふたつ、用意してくれるバルドさんカッケ―。やっぱバルドさんめっちゃいい人だよな。


 姉ちゃんがレオンに革帯の付け方を教えて、レオンが銅のつるぎを腰に下げる。

 まだ子どもだからしょうがねぇけど、剣先が地面スレスレだった。いつかは背が伸びて、足も長くなって、そんなスレスレじゃなくなるとは思うけどな。

まあ、そん時にはこの革帯はもう使えねぇとは思うけども。


 勇者レオンの最終装備は『勇者クオン・ド・バラッドの剣』という勇者限定装備可能な剣だ。しょせん銅のつるぎは初期装備でしかない。いつかは買い換えて、使わなくなる。






 狩りに出る日は、村に戻ると、移住姉妹に話しかけられる。時々、もう一人の女の子もそれに加わる。この子たちはなんか元気だ。いろいろと話しかけてくる。

 村で畑仕事を手伝ったこと、ぬいものがうまくできたこと、料理を習い始めたこと、などなど。おれはいつもあいまいにうなずく。よく知らない女の子と何を話せばいいのかまったくわかんねぇからな。


 村長さん家に行く日は、計算を終えてから、シャーリーが食べ物と飲み物を用意してくれて、シャーリーの料理の上達具合について説明を受ける。

 シャーリーとは好みの味についてとか、会話のキャッチボールがある程度成立する。

 そもそもシャーリーは、シャーリーが2歳くらいの頃からかまい倒していた相手だ。話すのもとっても気楽な相手。


 村長さん家を出て小川に行くと、ズッカとティロがいて、相変わらず見た目最悪な木の枝装備で殴りかかってくる。

 その場にも移住姉妹が姿を見せ、ズッカとティロが小川に蹴り落とされると拍手をしてくれる。

 そこから森に向かうおれについてこようとするので、けっこー困る。面倒な。


 夕食は本当にいろいろな話をするが、姉ちゃんとおれはできるだけレオンに話しかける。


 食後はレオンと部屋に戻るけど、母ちゃんの片づけを手伝う姉ちゃんの背中を思わず見てしまう自分がかなりのシスコンじゃねぇかと時々不安になる。


 夜中にレオンが泣いていると母ちゃんが部屋に入ってくる。


 そんな日々が続いた。






 赤の新月の5日。前世でいうところの10月5日くらい。


 季節は夏を過ぎて秋。


 いつものように村長さんの計算ミスをチェック。


 1枚あたり最大3か所のミスで村長さんはなかなか頑張っているようだ。


 おれが計算を終えると、シャーリーは難しいと言っていたいもとにんじんのシチューを小さな器に入れて、味見をして感想が聞きたいと持ってきた。


 村長さんの執務机の横にあるおれ用の小さ目の机で、シャーリーの作ったシチューを味見する。


 シャーリーが頑張って作ったってだけでもう美味しいけどな!


 いももにんじんもすっかり柔らかくなっているし、肉も柔らかい。

 野菜の甘みと肉のあぶらの旨みと、煮込まれたミルクとのハーモニーが、メイド・イン・シャーリーという最大のエッセンスとともにおれの舌を強襲上陸していく。


 これが美味しいというものでなく、なんだというのか!


「とってもおいしいよ、シャーリー。肉もおいももにんじんも、とってもやわらかくにこんであるし、しおあじすくなめで、あじつけもぼくのすきなあじだよ」

「ほんとう? ほんとうにおいしい? アイン?」

「もちろん。すっごくおいしいよ。よくがんばってるよね、シャーリーは」

「うん。うん! ありがとう、アイン!」


 シャーリー笑顔! とっても笑顔! シャーリーかわいい、超かわいい!


「シャーリーね、アインにずっと、シチューをつくってあげたいな」

「シャーリーのシチューはおいしいから、それはうれしいね」

「ほんとう? ほんとうにうれしい? アイン?」

「もちろん」

「じゃ、じゃあ、アイン……あの、あのね? シャーリーをアインの……アインのおよめさんに……して……ほしい……の……」


 シャーリーがちょっとうるっとなった目で、上目づかいにおれを見つめている。


 うんうん。

 わかるわかる。


 子どもはさ、とりあえず、身近な男の子と結婚したいって、言い出すよな! そういうもんだよな!

 さすがにこれは子どものたわごとだって、「ディー」の名持つおれにも理解できる。できるけれども!


 それでも、なんかほっこりとして嬉しいよな! 子どものたわごとなんだけどな! たわごとなんだけれども!


 べ、別に、「ディー」の名を大切にしすぎて、小さな子どもからのおままごと的なアプローチを本気で喜んでるワケじゃねぇーからな? そこまでじゃねぇし?

 子どもの結婚したいなんて気の迷いに決まってんだろ? っていうか、言ったことすらいつの間にか忘れてるようなもんだろ?


 こんな間近でシャーリーがうるってなってて、コレ、そのまま泣かすワケにはいかねぇし?


 答えはひとつ!

 もちろんひとつ!


「いいよ、もちろん」

「ほ、ほ……ほんとうに、シャーリーが、およめさんで、いいの、アイン?」

「うん」

「…………ありがとう、アイン」


 ……って、アレ?


 なんで? なんでシャーリー、泣いてんの?

 え? ここって、泣くとこ?

 泣くとこなの?


 どういうこと? ねぇどういうこと?


 シャーリーが涙をぬぐいながら、ほんのりと頬を赤くそめて、笑う。


「シャーリー、もっともっとがんばって、いいおよめさんなるね」


 泣き笑いのシャーリー、超かわいいけれども! 超かわいいんだけど!


 おれ、なんか間違ったのかな?

 あれ? なんか変なんだけどな? なんでだ?






 村長さん家を出て森に向かうおれと一緒にシャーリーは村長さん家を出た。


 こうやって一緒に村長さん家を出るのはなんだか久しぶり。

 以前は、毎日一緒に小川に行ってたからな。


 おれが森へと歩き出すと、シャーリーは小さく手を振って、畑の方へ向かう。


 行先は別。


 でも、ほんのちょっとしたことに懐かしさを感じた。

 村を守るってことは、こんなちょっとした思い出も守るってことかもしれない。






 森と草原の境目の狩場は、すでに村の共有財産として管理されているので、おれは2頭以上がリポップする奥の狩場へ行く。


 バルドさんたちが自分たちだけでは挑まない狩場は、バルドさんたちのお願いで残すことになっているので、フォルテウルフは狩らない。

 フォルテディアーはバルドさんたちが狩りたいというけれど、おれにとっては数少ない経験値なので、まだ譲ってない。月イチリポップだから本当に希少だしな。


 結局、2頭だてや3頭だてのバンビを中心に狩る。フォレボは、バルドさんたちにも狩りやすい動きだからな。できるだけ譲る。

 もう、風の神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ザルツガンも太陽神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ソルハンも、熟練度2で詠唱省略が可能になったので、『ネンブツ』も今んとこはやることがない。


 洗礼までは、中級以上の魔法スキルを覚えるには呪文が必須。んで、おれがプレーヤースキルとして覚えてた中級までの呪文はもう全部使ってスキルを生やした。


 例えば、地の神系攻撃魔法ならレベル10で中級スキルまで覚えることは可能になる。呪文がわかればな。

 でも、今のおれが使えるのは単体型で初級のドウマラだけ。単体型中級のドウマリも、範囲型中級のドウマガンも呪文を覚えてないから使えない。


 そもそも洗礼で『賢者』になるためにも、『聖女』や『聖者』になるためにも地の神系魔法は身につけといた方がいいけど、『その使用によってすばやさ低下デバフ効果を得る』という条件を満たせばいいので、中級スキルを覚えるよりもひたすらドウマラを使いまくった方が条件を満たせてなりたいジョブになる確率を高められる。

 だから、中級スキルの呪文まで覚えておく必要がなかったのだ。


 どうせ洗礼を受ければ、初級スキルを生やした系統の中級スキル以降はレベルに応じて身に付くので、スキルリストに載った段階で『ネンブツ』もできるし、タッパ操作での直接使用も可能になる。

 そこまで呪文を覚えておく必要性を感じてなかった。


 ……今は、切実に呪文がほしーな。範囲型は全部使えた方が絶対にイイ。かといって、旅に出て遺跡で石版あさりをするってのも現実的ではないよな。


 ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』で、呪文は遺跡やダンジョンなどの石版とか碑文とかで見つけて書き写すことで手に入る。

 もっと正直なことを言えば、ネットの攻略サイトで調べれば手に入る。


 だから、自分がプレーヤーとして必要がない限り、呪文をはっきり覚えてるというのは、マニアックな部分でしかない。

 呪文はあくまでもやり込み要素であり、呪文スキーなプレーヤーは愉快なパーティープレーのこだわりがなければ、詠唱の分、はっきりいって邪魔になる。いたけどな! もちろんそういうプレーヤーは少なからず存在したけれども!


 今は切実に、呪文を探しに旅に出たい気分だった。レベルアップが望めないから、そういう自分の戦いの幅を広げたい、というのもあったのかもしれない。


 ……ま、旅には出られねぇけどさ。


 どのみち、14歳になったら領都へ向かい、15歳で洗礼を受ける予定だ。旅の間に石版を探すのなら14歳まで待たないと無理だろう。


 バンビを物理と魔法で交互に狩りながら、そんなことを考えていた。






 森から戻ると、いつものように移住ガールズから話しかけられて受け流し、まっすぐ家へ。


 家では、夕食の準備の間も、夕食の間も、ずっと姉ちゃんがなんかにやにやしてる。


 しかもおれの方を見て。

 ありありと、おれの方を見てにやにやしてる。


 レオンはどうだかわかんねぇけど、父ちゃんも、母ちゃんも、そんな姉ちゃんに完全に気づいてて、それでも今んとこスルーしてる。スルーしてくれてると言った方がいいかもな。


 おれとしては、さわらぬ神にたたりなし。目標は静かに完全スルー。

 もちろん、そのほのかな願いは叶わないとはわかってはいたけどな……。


 夕食もあと少し、というところで、姉ちゃんがはっきりとおれを見て微笑む。


「アイン。みんなにいわないといけないことがあるわよね?」


 その時おれが思ったのは、なんか夕食でレオンじゃなくておれに話しかけてくる姉ちゃんは久しぶりだよな、とか、そんなことだった。


 そんで、その事実を心の中で嬉しく思ってる自分に気づいて、自分のシスコン疑惑がより濃くなってしまってあせる。証拠は、物的証拠はないはず!


 いや、そりゃおれは姉スキーなとこはあるけどな! そういう自覚はあるけれども!


 そんなことを考えていて、何も言わずに黙ってたら……。


「ほんとうはアインがじぶんでいうべきことだとおもうわ。でも、しぶんからいえないんだったら、あたしがいうけど、それでいいの?」


 ……姉ちゃんの言ってるイミがわかんねぇ?


「なにかあったらちゃんというけど、なにもないよね?」

「……アインって、ほんとうにバカよね。あたしはほんにんからきいたんだから、いうべきことがあるにきまってるわよ」


 えええ? マジで?


 なんだろ?

 マジでわかんねぇんだけど?


「……アインがじぶんでいわないのなら、もういいわ。あたしがいうから」


 そう言い捨てた姉ちゃんが父ちゃんと母ちゃんをまっすぐに見た。


 その真剣な表情に、おれはあせる。さっきまでのにやにやが姉ちゃんから消えている。


 ……あれ? あれあれ? あれあれあれ? なんかしたっけな?


 おれ、何かしでかしたっけ?

 まったく覚えがないんだけどさ?


「とうさん、かあさん、アインがシャーリーとのこんやくをうけたわ」


 はいいいぃっっっ? なんだそれっっ?


「あらあらあらあら、そうだったの。それにしてもずいぶん時間がかかったわねぇ。もっと早くに決まると思ってたのに」と母ちゃん。え、何? 母ちゃん、それどういう意味ですか?


「今までまったくそんな様子を見せなかったが、まあ、おさまるところにおさまったな」と父ちゃん。ええーっと、父ちゃん? おさまるところにおさまったって何? どういうこと?


「なにいってんだ、ねえちゃん!」

「なにいってんだじゃないわよ、アイン。シャーリーがはたけまできてほうこくしてくれたんだから」


 はっ!


 そういえば、シャーリーは今日、村長さん家を出て畑に行ったよな? あれ、姉ちゃんのとこに行ったんだ。


「およめさんにして、っていわれて、いいよ、ってこたえたわよね?」

「いや、いったけど、いったけどさ! こども! こどものいうことだよ? こどもがくちばしったことだよね? そのうちわすれちゃうような? なんでこんやくになるのさ? そんちょーさんだって、こどもはすなおにそういうことをいうもんだって、まえにいってたよ?」


「……何を言ってるんだ、アイン」と父ちゃん。

「……アイン。あなたって、こういうところは本当にダメね」と母ちゃん。

「……そんちょうさんにはだまされてるわね、アイン」と姉ちゃん。


 あれ?


 父ちゃんと母ちゃんの反応が、姉ちゃん寄りなんだけど? なんで?

 それと、村長さんがだましてるって何? 姉ちゃん?


 父ちゃんと母ちゃんが姉ちゃんを見て、びしっと言ってやりなさい、とでも言うように力強くうなずく。

 そして、姉ちゃんもそれに答えるように大きくうなずく。


「いい、アイン? やくそくはまもるものなの。やくそくにおとなもこどももないの。おとなでもこどもでもかならずまもるのがやくそくなの。わかるわよね?」


 ……真理だ。間違いない。正論過ぎて反論の余地なし。やっぱ姉ちゃんすげぇ。


「……まあ、むらにあたらしくおんなのこがふえて、シャーリーもなつばはかなりあせってたわ。だから、ちかいうちにあたしにはほうこくがあるとはおもってたわ」


 ふふん、どう、すごいでしょ、と笑う姉ちゃんの勝ち誇った顔が、いかにも姉ちゃんらしくてちょっと嬉しくなったのはおれだけの秘密にしておく。


 ……シャーリー、完全に姉ちゃんの下に置かれてんよ。そりゃしょーがねぇーけどな。相手が姉ちゃんじゃ、しょーがねぇーけども。


 それはともかく、またしても常識が違ぁーっうっ! 子どもに責任能力とか求めていいの? 求めていいのかよホントに! なんでこうなった? いや、シャーリーのことは好きだけどな? 好きなのは間違いないんだけども!






 こうして、8歳にしておれはシャーリーと婚約した。前世と今世を合わせて全ての期間が彼女いない歴なのに、彼女すっ飛ばして婚約者ができました。なにソレ?


 おれの洗礼については10歳まで公表を待ってくれた村長さんだったが、シャーリーとの婚約についてはすぐに公表して、大々的に村で吹聴した。


 そんなところが政治家っぽくなくてもいいとおれは本気でそう思ったのだった。そんなからめ手とかいらねぇから計算しろよ……。





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