木の枝の伝説(22)
あれから、2カ月。
あの後、翌日に村長さん家で、バルドさんたちには特に何もなかったと報告した。ただし、クソアスの狩場のさらに奥には何があるのかわかんねぇから近づかないようにするべきだろう、という意見も添えた。
おれが無事に戻ったんだから、報告を疑う必要はないワケで、危険を避けるのも当然のことだから、受け入れてくれた。
あんな話を報告できるワケがないし、報告して魔族の報復を受けるのはもっと嫌だ。
だから、これでいいのだ! てなもんだな。
今日は、バルドさんたちのクソアスリベンジにやってきた。
前回の反省から、バルドさんたちが練った作戦は以下の通り。
対策その一。クソアスの狩場までの道中は、おれに頼んで任せる。これ、かなり裏ワザ的だけど、クソアス集中という考えからすると納得の戦略だ。SPの消耗を防ぐってのはかなり重要。
対策その二。攻撃力アップのために、村長さんを同行させる。これも、おもしろい。村長さんは鉄の両手斧でクソアスをぶん殴るというスタイル。前回よりも確実にダメージを稼げることは間違いない。
対策その三。弓矢封印で大盾追加。これは、猟師としてのプライドをとても傷つけられるみたいなんだけど、とにかく弓矢の遠距離攻撃ではダメージをまったくといっていいほど稼げない。
それならSP消耗を防ぐためにも大盾を2枚にして、交代でタンクを務める方がいい。全体でも交代をはさんで、集中力を切らさないようにしようと考えているようだ。
対策その四。おおよそのSP値の把握。クソアスと戦う日までに、フォレボで何回矢を放てるかを実験しておく、というもの。
バルドさんたちは三人とも、70本以上、矢を射ることができたらしい。少なくともSPは70はある。
攻撃も防御も、70回を限度に数えながら行動して、そこまでは戦い、それでダメならクソアスのとどめはおれに頼む、ということにしたという。おれならクソアスは連続技の『サワタリ・ツイン』で一発だからな。
ツノうさばっかり狩ってた1年前とは本当に大きく変化したと思う。
で、今。
おれの目の前で、バルドさんたちはとても安定した戦いを続けている。
村長さんが両手斧、バルドさんが木の盾と銅のつるぎ、ゼルハさんとキームさんはそれぞれ大盾。
ゼルハさんとキームさんが交代でクソアスの攻撃を受け止め、村長さんとバルドさんはクソアスに攻撃を仕掛け、ときどきどちらかが休憩をとるがすぐに戻る。
誰かが少し崩れても、待機しているゼルハさんかキームさんのどっちかが、フォローに動いてクソアスを止める。
タンク2枚でバリ安定。
30分と少し、時間はかけたけど、見事にクソアスを倒した。
バルドさんたちはもちろん、村長さんも加わって、雄叫びをあげて大騒ぎ。
2か月前の魔族騒動があるから、おれは正直、静かにしてほしいとか思ってたけどな。思ってたけども! でも、喜びと感動と興奮の叫びなんて止めらんねぇしな?
残念ながら、特上肉のドロップはなし。その点に関しては、バルドさんたちもがっかりしていた。
次のリポップもおれたちにやらせてくれ、と頼まれた。もちろん、オーケーを出す。
その代わり、バルドさんたちには、次のステップに進んでもらうことに。
もちろん、進めていくのは村の防衛力強化計画。
猟師仲間のザックさんについては、すでにバルドさんたちが連れ出してフォレボ狩りでの訓練を始めているのでそれを継続。
そこにうちの父ちゃんを加えてもらうことや、ツノうさの狩場を解放してもらって、そこに他の村の大人たちを連れて行き、狩りをさせることをお願いした。
おじさんたちだけでなく、女性のおばさんたちについても、少しずつ、ツノうさからステップアップして、フォレボやバンビを3人から4人で1頭狩れるように、鍛えていってもらうのだ。
要するに村人みんなのレベルアップを図る。
ツノうさから始めて、フォレボやバンビを狩れるようになれば、いずれはレベル10まではたどり着く。時間はかかるとしてもな! 時間はかかるけれども!
いつか、来るだろう、その時のために。
きっと来る。
あいつらは必ず来る。
森の奥ですでに接触したおれだからわかる。
魔族はいつか、必ずうちの村へとやってくるはずだ。
そうでないなら、この森の奥でちょろちょろしねぇよな?
表向き、村長さんやバルドさんには、狩りで村の収入全体を底上げするため、という目的を説明してある。
村が豊かになるなら、と賛成してくれている。
あと、おれの狩場と決められていた、フォレボやバンビが1頭でリポップする17か所については、村の大人たちの訓練場所として譲ることになった。
その代わり、バルドさんたちとおれで、フォレボやバンビが2頭以上リポップする狩場を分け合っていくことになっている。
小川の村は、大きな変革の時を迎えていた。
そんで、クソアスを狩った後の、おれの動きは、バルドさんたちとは別行動だ。
ここまで2か月間、一切近づかなかった森の奥。
今日は、調査する。
危険だから、という理由で、おれだけで踏み入る。大人のバルドさんたちじゃなくて、8歳のおれだけが行くというのは本当はおかしなことなんだけどな。おかしいけれども!
正直なところ、怖い。ビビってる。もちろんビビってる。
だけど、確認しておかないと、何が起こるのかもわかんねぇしな。
バルドさんたちには村に帰ってもらって、おれは奥地へ踏み込む。
ただし、一歩進めばタッパを確認。一歩進めばタッパを確認、という精密調査だ。
……ビビり過ぎだって? いや、しょうがねぇじゃん。怖いんだもの、人間だもの。
それでも、200歩、300歩と進んでいくと慣れてくる。
なぜなら、ずっとアラホワだから。タッパの表示色は白。モンスターの気配なし。もちろん、魔族の姿もない。
森の一番奥の、登ることなどできそうもない断崖絶壁までたどり着いて、1頭もモンスターと出会わなかった不自然さに、おれは心の中で警戒を強める。
一人ローラー作戦で、しらみつぶしに調べていきたいところだが、そんな時間はない。
それでも、結局は3日かけて調査して、異変は見つけた。
森の一部に、不気味な黒モヤが見えるところがあった。デバフによく似た黒モヤだ。
見つけたのは7か所。
たぶん、本来ならモンスターがリポップする狩場となるはずの7か所だと、おれは考えている。
そして、本来起こるはずのリポップが発生せず、そんな黒モヤが存在するというのは、このへんでうろうろしてたあの魔族たちが何かを仕掛けたんだろうというのも、簡単に予想できる。
謎の黒モヤ対策となりそうな、水の女神系支援魔法上級スキル・リソトギガンサクルテラクリンネスは少なくともレベル20にならないと覚えられない。
だから、何か他に方法はないかと真剣に考える。
黒モヤは魔族がやったことに間違いなさそうなんだから、すぐにでも妨害しといた方がいいに決まってる。
そうして考え抜いた結果。
思いついたのは、おれの勇気が試される方法だったのが少し残念だった。
その方法とは。
森の大地にかけられているデバフみたいな黒モヤを、人間であるおれに移す、というもの。もし、おれにデバフを移せるのなら、水の女神系支援魔法中級スキル・リソトサクルクリンネスで自分自身を浄化してしまえばいいのではないか、と。
見た感じ、この黒モヤは今のところ、うっすらぼんやりした黒モヤで、なんかそこまでの禍々しさみたいなモンは感じない。
ただ、このままほっといたら、どんどん禍々しさは増していくだろうという予測は成り立っている。一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、ほんの少しだけど濃さが増してる気がするからだ。
自分自身が実験台になるのは正直怖いし、嫌だとは思うけどな。思うけども!
浄化できそうな水の女神系支援魔法を使えるのもどのみちおれしかいない。おれにしか、試してみることはできない。
村を守ると誓ったのなら、魔族の企みっぽいものは潰す方が絶対にいい。そう誓ったおれがするべきことだとも思う。
心ん中でめちゃめちゃビビりながら、おれは黒モヤの中に、ひょいっと飛び込んでみた。
おれはそこで一度、黒モヤに全身を包まれて。それから黒モヤはおれの上半身へ、さらには頭部へと動き、最終的に、頭の右横あたりに黒モヤが憑いた感じになった。
森の大地にあった黒モヤは、なくなっている。
「……マジで人間に移せんのか」
おれは歩いて移動してみる。
黒モヤもおれと一緒に移動している。
毎日ずっと同じ場所にあったはずの黒モヤが、今はおれと一緒に移動している。
そのまま、タッパでステ値を確認すると、HPが1だけ減っていた。
「HPダメージデバフ? しかも1ポイントの? ずいぶん少ねぇよな?」
そして、30分後。
レベル10になったおれは30分で1ポイントの自動回復がある。
減ったHP1ポイントは、フツーに回復した。
さらに30分経つと、再びHPが1だけ減少した。
「時間経過で継続ダメージ? 1ポイントの? いや、約1%ってことも考えられるかな?」
考え事をまとめようとすると、独り言が口からもれてしまう。
そのまま実験として、デバフを喰らったままでいると、また30分で回復し、さらに30分でまた1ポイント減少する。
2時間分の薬草はたっぷりと回収できたけどな。
……まあいいや。浄化すれば。
『われ水の女神に乞い願う、美しき女神の御姿にならいて、汚濁を除かん、リソトサクルクリンネス』
おれの身体を包むように水が現れ、その水が回転して、やがて、消えてなくなっていく。
水の女神系支援魔法中級スキル・リソトサクルクリンネス。消費MP4、クールタイム10秒。自分の身体の大きさくらいまでの、身体、服、食器や野菜などを洗い、浄化する。
おれを包んでいた魔法の水が消えた後には、デバフの黒モヤも消えてなくなっていた。
……たぶん、まだ黒モヤがうっすらとしてるうちに他のところの分もなんとかしといた方が、いいよな?
この日。
おれは森の奥地を回って、7か所の黒モヤを全て一度おれ自身に移し、それから水の女神系支援魔法中級スキル・リソトサクルクリンネスで自分自身を洗浄、浄化するという荒業を使い、魔族が仕掛けたと考えられる森の大地の黒モヤを全て消し去った。
魔族に出会ったらどうしようかとビクビクしていたが、結局、魔族に会うことはなかったのが救いだった。
おれと……いや、おれたちと魔族との戦いは、こうして、静かに、少しずつ、進んでいったのだった。
衝撃の知らせが村長さん家に届いたのは、白の満月の30日。前世でいえば6月30日。もうすぐ夏だという頃で、この日はたまたま真夏のように暑い日だった。
「集会所を開放してくれ」とバルドさんが村長さんのところまで言いにきた。
「どうしたのじゃ、バルド?」
「避難民が来た。村長、落ち着いて聞いてくれ。『麓の村』が魔物に襲われたらしい。大人が2人と、子どもが6人くらい、もう、すぐそこまで来てる。うちの村の者の親戚だという者もいるらしい。どこまで受け入れるかはこれから話し合う必要があるだろうけど、とりあえず、長旅の疲れを癒すためにも、休ませてやるべきだと思う」
「……『麓の村』じゃと? 子どもの足ならうちの村まで3カ月くらいはかかるのう? 村はどうなったと言っておった?」
「どうやら壊滅したらしい」
「なんじゃと?」
「くわしい聞き取りは村長が自分でしてくれ。親戚や知り合いを頼りに移動し続けてるそうだ。ここで引き取られなかった子どもがいたら、その子たちを連れて、もっと向こうの村にも行くつもりらしい」
「『麓の村』はうちの村よりも人の数は多かったはずじゃ。それで、大人が2人とな? いったいどんな魔物が……」
税の計算を確認しながら聞いていたおれは、知らず知らずのうちに、奥歯をぐっと噛み合わせるように力を入れていた。
……ついに始まったのか。
おれ自身と、村の人たちを鍛えるための時間は、もうあまり残されていないのかもしれないな。
忙しくなるから、と村長さん家を追い出されたおれは、小川に向かう。
村長さんの手伝いをする日……つまり、村長さんの計算ミスをチェックする日だが……は、いつもズッカとティロの修行という名の遊びに少しだけ付き合っている。
2対1で、木の枝を振り回してくるかっこわるい姿のズッカとティロを相手に、デコピンしたり、耳を引っ張ったり、小川に蹴り落としたりする、という修行という名の遊びだ。
正確には、ズッカはこれを勝負だといい、ティロはこれを修業だという。ズッカの意見を聞き入れるつもりはないので、あくまでも遊びだな。
そう思って小川に行くと、いつもと違う光景が広がっていた。
座り込んでいる金髪の男の子と、その周りに何人かの女の子がいて、ズッカが金髪の男の子にからんでいるようで、ティロがそれを止めている。
金髪の男の子はどうだかわかんねぇけど、女の子たちはすっかりおびえているように見える。
……さっき話に出てた、避難してきた子どもたちかな?
とりあえず、ズッカのせいでうちの村の評判を落とすワケにはいかない。
おれはさっさとその場に近づくと、ズッカの腕を取り、手首をひねりつつ身体を回転させて小川の方に向けると、そのままケツを蹴り飛ばして小川に落とした。
「みんなだいじょうぶ? らんぼうものはもういないから、あんしんして」
おれがそう言うと、女の子たちはぽかんと口を開いた。
あまりの早業に理解が追いついていないのかもしれない。
「……どっちがらんぼうなんだってはなしだけど、でも、たすかったよ、アイン」とティロが言った。ティロとの会話はだいたい、謝罪か感謝か、ズッカのフォローか、その三つくらいしかない。
おれはティロに一言、乱暴者は間違いなくズッカだ、と言おうとして。
そこで座り込んでいた金髪の男の子が視界に入って。
そのまま思考と行動を一時停止した。
フリーズ………………。
……………………うそだろ?
「アインも、ズッカみたいにどうのつるぎがきになるのかい? ズッカとちがってアインのばあいは、かしてくれ、とかはいわないとおもうけど?」
ティロが言うように、金髪の男の子は銅のつるぎを抱きかかえて座っていた。
ズッカはそれを使ってみたくなったのだろう。金髪の男の子に、かせ、と言って困らせ、ティロに止められていたのがさっきの騒動の中身らしい。
確かに銅のつるぎはうらやましいけど、うらやましいけどな、うらやましいけども。
そこじゃねぇー。
そういうことじゃねぇーんだよ、今は。
重要なのは別んとこなんだよ。
通常の3倍の速度をもつという伝説のキャスバル坊やもかくやという見事なサラサラの金髪。
子どもだけど、はっきりとわかる将来性のある、スーパー美形。チョーイケメン。
世の中の不公平と不平等と理不尽を感じさせる、最高の主人公フェイス。
ただし、本来なら意思の強さをその輝きで伝える碧い瞳が、今は暗い陰りを帯びているように思う。
……それはそれで、イケメンの別バージョン的な感じで人気が出そうなんだけどな。陰りある主人公もイイよね~、とか言われてな。
おれにとっては懐かしくもあり、馴染み深くもある、その姿。
ゲームでも、アニメでも、コミックスでも、もにょもにょな同人誌でも、何度も見てきた。
こいつが動かないと、物語は進まない。
なぜなら。
こいつが主人公だから。
今、おれの目の前に、『レオン・ド・バラッドの伝説』の主人公である勇者レオンが、いた。おれと変わらない年頃の、子どもの姿で。
おれだよ、おれ。アインだよ。覚えてない? 小川で一緒に遊んだだろ、石、投げてさ!
ズクン、と。こめかみに痛みを感じた。
今、何かを思い出しそうになって……。
なんだ?
なんの記憶だ?
橋と船……? いや、ゴンドラ? あと、釣竿? なんで釣竿? コレなんの光景?
覚えているけど、覚えていない。思い出せそうで思い出せない。
小さな、小さな、何かの記憶。
こんな風に、この世界で、おれとレオンは出会った。
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