木の枝の伝説(21)
ひめさまーっ、と呼ぶ声の方をおれも美幼少女も見つめる。
その声は少しずつ、こっちへと近づいていた。
「……ノイエルフランのこえか」と美幼少女。
「ノイエルフラン?」
「わらわのごえいのひとりで……もっともわかいものだ。ひとつきまえにわらわのごえいぶたいにはいぞくされた」
「ひと月前、か……」
この子、横顔もかわいい。これはなかなかイイ……。
現状と関係あるようでない、そんなことを考えながら、おれは美幼少女をちら見していた。
はっきりいって、現実逃避だ。わかってる。わかってるけどしょうがねぇよな?
今から起こりそうなことを予想すればするほど、マジで逃避したくなる。
魔族の姫、と、その護衛の魔族。
イエモンに襲われ、護衛とはぐれた姫。
間違いなく、姫の危機で、そして護衛の失態。
しかも、はぐれた先でまたイエモンに襲われた。
……そんで、護衛が姫を見つけたら、そこにおれという人間がいる、と。
護衛に姫さま渡してご褒美をもらうなんてご都合主義的な展開はあり得ねぇな。
それはないないない。それだけは絶対にない。
人間と魔族の敵対的な関係から、どう考えてもそんなことはあり得ねぇー。あったらびっくりだわ。
どっちかっつーと、逆。正反対の真逆。
姫さまの近くにいたってだけで、護衛の魔族にからまれるとか、切りかかられるとか、そういう荒事の気配がビンビンしてる。しまくってる。
……正直なとこ、今のMPとSPじゃ、魔族となんかまともに勝負にならねぇよな。イエモン狩りでレベルアップして瞬間回復でもしてればよかったんだけど。
このまま、この子をここに残して、とっとと逃げるのが正解かな? 正解だよな? 絶対にそれが正解だとは思うんだけども!
もうひとつの、嫌な感じが、どうしてもぬぐえない。
今、この子から離れるのは、おれの身を守るって意味では絶対に正しい。
だが……。
「姫さま! ご無、事……で……?」
おれがぐだぐだといろいろ考えている間に、護衛が美幼少女を……というか、おれたちを、見つけて足を止めた。
「ニンゲンが? なぜここにいる?」
……なぜ、ここにいる、か。
まるで、ここに人間はいないってことを、ここには人間がいるはずないってことを、こいつは知ってるみたいだよな。前もってここを確認したことがあるみたいに。
頭にぼんやりと浮かんでいた疑惑が、どんどん確信へと近づいていく。
美幼少女が一歩前へ出る。
「ノイエルフラン、みなはぶじか?」
「……はっ! 姫さまこそ、よくぞ、ご無事で」
「あちらのサルどもはどうか?」
「今は隊長たちが残りを始末しております。私だけが先に抜けて姫さまのもとへ……ところで、こちらにサルは、出ませんでしたか?」
「でたが、もうかたづけた」
「かたづけた、と……?」
ノイエルフランという名の護衛が、目を細めて首をかしげる。「……ところで、姫さま。そこの忌々しいニンゲンはいったい?」
「うむ、このものは、わらわをまもってくれておった。ニンゲンにしてはよきこころがけのものよ」
「ニンゲンが、姫さまを? しかし、それは……」
まあちょうどよいか、と口が動いたように、おれには見えた。おそらく、コレ、外してない。こいつにとって、ここに人間がいるってのは、都合がいいんだろう。
そして、ノイエルフランはさっとはがねのつるぎ、武器補正100、を、抜く。
別にうらやましくなんかねぇけどな! はがねのつるぎなんてうらやなしくなんかないぞ? 剣士とか騎士とかっぽくてかっこいいけど! 本当は負け惜しみだけどな! 負け惜しみだけども!
……それはともかく、この世界でははっきりと人間と魔族は敵対してると言える。
だから、こいつがおれにはがねのつるぎを向けるってのは、別に不思議なことじゃねぇけど。不思議じゃないんだけども!
ついさっき、そこの美幼少女は、わらわを守ってくれたとはっきり言ったからな! そのおれにはがねのつるぎを向ける意味って何かってことだろ?
「なにをするっ? ノイエルフランっ!?」
叫んだ美幼少女がおれの前に立って、護衛のノイエルフランとやらを見る。
ノイエルフランはうっすらと笑い、そして、肩を引いてはがねのつるぎを右肩の上、目の高さでおれに向かってまっすぐ構えた。もちろん、ノイエルフランとおれの間には、美幼少女が立ったままだ。
目の高さにあるノイエルフランのはがねのつるぎが青白い光をうっすらとまとう。
剣術系上級スキル・ランツェ! 攻撃力2倍の貫通攻撃! 武器補正だけでも100あるってのに攻撃力2倍! おれにはまだ使えねぇ上級スキル!
貫通攻撃ってことは、明らかに、おれごと美幼少女を狙うつもり……いや、本命はおれじゃなくて美幼少女の方、か。ついでに殺すのはおれの方。
そんでもって、おれに美幼少女を殺した罪をかぶせるつもり。実に都合良く。敵対する人間という存在の中から犯人が出てくる、と。
イエモンの群れが出た時点でなんとなく予想はしてたけどさ。
こいつ、ノイエルフランっつったっけ?
自分がはがねのつるぎを抜いたらおれをかばうようにこの子は立ちふさがるだろうって、この子のそんな性格まで読み切ってやがるのか?
ホントろくでもねぇヤツだな?
イエモンの群れもこいつの仕込み? それとも、もっと裏の裏まであるかな?
あるよな。そりゃあるだろうけど。さすがに魔族のそんな深いトコまで首を突っ込めねぇし。
ただ、まあ、なんかこの子にはもうかかわっちまったしな? この子くらいは守ってやってもいいかな? いいよな? な? かぼパンも見ちまったし? 内緒だけどな! 内緒だけども!
それに、ここでなんかちょっとでも魔族の何かを邪魔すんのは、どっかで回り回って村を守ることにつながるかもしれねぇし?
……とにかく今はこいつの動きを、なんとか完璧に見極めねぇと!
予想はしてた。予想が当たるとまでは思ってなかったけど。
どれだけ探ってもモンスターがまったく姿を見せない不気味な狩場。
その近くに突然現れた白いドレスを着た身分の高そうな魔族の女の子。
1頭もいなかったはずの『イエモン』がいくつもの狩場の分も合わせたように、大量に、突然に、同時に現れるという異常事態の発生。
そして、そこでモンスターに狙われたのは魔族の姫さま、と、くればな。
どう考えても、これ、魔族の内輪もめだよな? しかもそれに人間ってのがひとくくりで巻き込まれる形で。いや、巻き込まれてんのはおれだけどな! おれだけども!
ノイエルフランの右足の動き出しに合わせて美幼少女を横へと突き飛ばし、おれ自身はその反対側の斜め前へ跳ぶ。一歩でもノイエルフランに近づくために。
ノイエルフランの突き出したはがねのつるぎがまっすぐに青白い光を放ち、おれと美幼少女の間を突きぬけていく。
……貫通型で複数攻撃が可能な上にノックバック(大)効果もあるのにクールタイムの技後硬直がたった2秒というランツェはとても使い勝手がいいスキルだ。
予備動作も簡単でわかりやすい。おれもプレーヤーとして多用してきた。ただし、きちんと相手に当てたら、だけどな!
ランツェをかわされたら、2秒間は隙だらけ! 隙だらけだよこの野郎! その隙にこれでも喰らえっっ! 喰らいやがれっっっ!!
右手をいつもの位置にかまえて、タッパのファンクションキーで新たな木の枝オーファイブエイティスリーを装備し、右、左、半円と予備動作をすばやく行いつつ、ノイエルフランにとの間を詰めて、技後硬直中の避けようもないところへ剣術系中級スキル・スラッシュをぶち込み、そのまま連続技として初級スキル・カッターを発動させつつ、左拳を腰だめにかまえて体術系中級スキル・タイケンを同時発動させておく。
そこからカッターを振り下ろした時点で、ノイエルフランの胸から赤い光がまるでガラスが割れ飛ぶようなエフェクトとともに散る。
……ちっ、『身代わりルビィ』かよ! 魔族の護衛ってのは、んなモン持ってんのな!
そのまま技後硬直とノックバック効果の相殺が起こり、はがねのつるぎを振ろうとしたノイエルフランよりも速く腰のひねりとともに青白く光る左拳を脇腹にぶち込んだ。
二度目の技後硬直とノックバック効果の相殺後、すぐにバックステップを踏んで振り下ろされたノイエルフランのはがねのつるぎを避け、まだ倒れたままの美幼少女の前に立って木の枝オーファイブエイティスリーをかまえ直す。
いつでもカッターやスラッシュの予備動作ができる位置に。
そのまま木の枝オーファイブエイティスリーをかまえたおれとはがねのつるぎをかまえたノイエルフランのにらみ合いとなる。
……なんでこう、ややこしい状況になってんだ!
魔族の姫さまの護衛から魔族の姫さまを護衛するのが魔族に憎まれてる人間のおれとかワケわかんねぇっ!
いや、そんなことになりそうだとは思ってたけどな! 思ってたけども! ある意味では予想通りだよ、ちくせうっ!
「の、ノイエルフラン、そなたは……」
「とりあえず、そういうのはいいから! 早く立つ! そのまんまじゃ守りにくいんだって!」
おそらく動揺しているのだと思われる美幼少女の震える声をさえぎり、振り返りもせずにおれは叫ぶ。
護衛の裏切りをはっきりと感じ取ったんだから、そりゃ動揺もするだろ。でも、今はそんな場合じゃねぇからな!
少しずつ立ち位置を変えようとするノイエルフランに合わせて、必ず美幼少女とノイエルフランの間に立つようにおれも動く。美幼少女が動揺しながらも立ちあがろうとする音が聞こえる。
ノイエルフランの表情は、一言でいうなら、驚愕ってとこか?
さっきみたいにいきなりランツェをかましてくるような力押しなマネはしてこねぇ。やってくれればそこのクールタイムにつけ込めるんだけどな。
まあ、そりゃそうだ。
死亡回避アイテム『身代わりルビィ』が弾け飛んだってことは、ノイエルフランは一度HP0までおれの技が届いてるってことだからな。
つまりさっきのランツェの技後硬直みたいに『サワタリ・ツイン』を決める隙さえあれば、こいつ、ノイエルフランの相手はなんとかなるってのはもうわかった。
レベルが上がらねぇ分、熟練度上げに集中してきた成果のプラダメがちゃんと出てる。やってきたことは間違ってない。おれの力は魔族にも通用してる。
こいつは今、『身代わりルビィ』の効果でHPが半分まで回復したはずで、そこに続けてタイケンをぶちこんだから、ひょっとするとあとカッター一発でもケリはつくかもしれねぇけどな。
「……ニンゲン、おまえは何者だ?」
ん? 舌戦希望?
……乗らないよ? そんな無駄には乗らないけどな?
だってこいつ、口は動かしても目が動いてねぇもん。
おれに対する警戒はちっとも解けてない。
「これほどの剣技……まさか、勇者の血に連なる者か?」
勇者の血に連なる者?
何ソレ?
そういう設定の人間がいるっての? 勇者レオンみたいな?
「………………何も答えぬということは、正解、か」
え? 勝手に決めないでほしいんだけどな?
もっと情報プリーズ!
「先代の勇者に敗れて千年……われらは力を蓄え、人間どもを滅ぼす準備は整えた」
……貴重な情報、ありがとうございます。
…………って、やっぱ魔族は人間滅ぼすつもりなんかいっ!
あと、勇者は千年前? どういうこと? ここはレオンの時代から千年後の世界ってことか?
「ニンゲン、おまえが新たな勇者になる者だというなら、ここで確実にしとめなければならぬ」
おれが?
新たな勇者になる?
……いやいやいやいや、ないないないない、あり得ねぇ。
それ、主人公の役割だから。
おれ、脇役かもしくはそれ以下のエキストラなんで。
勇者とか、ないわー。ないですわー。
「こやつはゆうしゃなどではない、ノイエルフラン」
おれの心の声を代弁してくれたのは、おれの後ろの美幼少女だった。
「勇者の血に連なる者に守られたとあっては、もはや戻るのも難しい。姫さまが否定したい気持ちはわかりますが、このニンゲンの力は尋常なものではない。勇者の血に連なる者であることは間違いないでしょう。それは同時に姫さまの立場を失う、ということでもありますがね。勇者の血に連なる者とつながりをもった姫など、誰一人として支持しないでしょうから」
「ちがうのだ、ノイエルフラン。わらわはみた。こやつがゆうしゃとなることはありえぬ」
「無駄なあがきは見苦しいと存じますが……」
「ノイエルフラン、そなたもしっておることよ。ひまほうのつかいてはゆうしゃとはならぬ」
「なっ……」
「わらわはこのめでみた。こやつはひまほうをつかい、わらわをサルどもからまもったのだからの」
……魔族は、火の神系魔法スキルと勇者の関係を知ってる?
いろいろ知ってるようで、ほとんど何も知らない村長さんたちみたいに、人間側よりも、魔族側の方がいろいろと情報を握ってんのかな?
「ざ、戯言を言うものではありませんよ、姫さま。このような子どもが火魔法などと……」
「このようなこどもにたったいまころされかけたのはそなたであろう? ノイエルフラン? ざれごとなどではないと、そなたじしんがみをもってしっておるわ」
美幼少女の言葉に、ノイエルフランの動きが止まる。
……お見事。完全に言い負かしたな。
とても辱しめるを連呼していた痛い子と同一人物とは思えん。
姫様っ、という新たな叫びとともに、さらに二人の魔族が抜身の剣を握ったままこちらに駆け寄ってくる。こいつらもこの美幼少女の護衛なのだろう。
「オルトバーンズ! クライスフェイト! すぐにノイエルフランをとらえよ! こやつはうらぎりものだ!」
目を細め、歯を食いしばるように口元を歪めたノイエルフランがはがねのつるぎを振り上げて、スキルの予備動作をしながら美幼少女との間を詰めて特攻してくる。
もちろん、おれが妨害するけどな!
『ヒエンガ』
美幼少女のご希望通りに、火の神系魔法スキルを一発、ノイエルフランにぶつける。
「ぐっ……本当に火魔法を……」
魔法防御の高い魔族にとっては大したダメージにはならないのは知ってる。
ヒエンガの魔法の火にひるまず、ノイエルフランは右、左とはがねのつるぎを動かして、半円を描きはじめる。スラッシュの予備動作だ。
おれは半円を描いてる途中のノイエルフランに、すばやく体術系初級スキル・セイケンの予備動作を済ませて、左拳を叩き込んだ。
セイケンのノックバック効果によって、ノイエルフランの予備動作がキャンセルされる。
セイケンは一瞬で予備動作ができる便利なスキル。至近距離で使うから、かわされるようなこともほぼないしな!
「どこまで、邪魔をする……」
「姫様っ!」
おれの妨害で稼いだ時間で、新たにたどり着いた護衛が間に合う。
ノイエルフランのあせりと最後の動きから考えて、新しく来た護衛は美幼少女の味方だと考えていいはず。
後ろから殴り倒されたノイエルフランが、オルトバーンズとクライスフェイトと呼ばれた美幼少女の護衛に取り押さえられた。
「姫様、ご無事でなによりです。しかし、これはいったい何が? なぜノイエルフランが姫様に剣を向けるなど?」
「ノイエルフランはおそらくリーズリースきょうのてのものであろう。サルどものむれをわらわにけしかけたものもどこかにおるやもしれん。あまりにもてぎわがよすぎる。だいじなおやくめとはいえ、ここまでごえいがへってはここではもううごけぬ。いちどりょうちへもどり、たいせいをたてなおす」
「リーズリース卿の……」
「ノイエルフランからどこまでたどれるかはわからんが、いけるところまではついきゅうせよ! ぜんかいのレッサーデーモンのいっけんもふくめ、もはやリーズリースきょうをみすごすことはできぬ!」
「はっ! 了解しました。ところで、そちらの、その、ニンゲンは……?」
「……このものは、サルどもにおそわれたわらわをたすけ、まもってくれた。そこの、ノイエルフランからも、の。まこと、わらわのおんじんである。ひかえよ、オルトバーンズ」
「しかし、姫様、ニンゲンに我々がここにいたことを知られては……」
「わらわはブラストレイトのちをつぐもの。いのちのおんじんにあだなすことなどできぬ。たとえそれがニンゲンであろうとも」
美幼少女がまっすぐにオルトバーンズという護衛を見すえて、そう言い切る。
たぶん、このオルトバーンズっていうのが隊長格だろうな。もう一人の護衛、クライスフェイトはノイエルフランを取り押さえたままでじっと美幼少女を見つめている。
折れたのはオルトバーンズの方だった。
「……わかりました、姫様。ここの処理は、今、ここで、我々の見ている前でお願いします」
「よかろう」
美幼少女はオルトバーンズに背を向けて、おれを振り返る。
「ニンゲンであるそなたがここにいるわらわたちのことをしったとなると、ほんらいならばこのばでそなたをしまつするよりほかはない。だが、そなたはみずからのみをなげだし、わらわのみをまもった、わらわのいのちのおんじんである」
オルトバーンズたちには背を向けているため、美幼少女の顔はおれにしか見えていない。言葉には強い意志が込められているように聞こえる口調だけど、表情はどこか、悲しそうな感じがする。
「そなたのりきりょうであれば、ここからじりきでにげることもかのうかもしれぬ。だが、わらわはおんじんたるそなたとあらそうことはのぞまぬ」
……いやいや。さすがに今の残りMPと残りSPで、ノイエルフランよりも強そうな二人の魔族を相手にするなんて無理っス! 絶対に無理! もう限界っス!
名前もなんかかっこいいしな? オルトバーンズ? クライスフェイト?
おれなんて三文字でアインだけども! 三文字だけど!
かっこいい名前のヤツはたいていめっちゃ強ぇしな! いちいち言わないけどな! 言わないけども!
とにかくここは、逃げるが勝ち! だからな!
「こっちも、敵対するつもりはな……ありません。そんなつもりだったら、そもそも守ったりしないですし」
「わかっておる。じゃから、わらわも、そなたも、このもりで、このばしょではであわなかった。であっておらぬのなら、しまつするひつようなどない。わらわもそなたも、たがいにしらぬし、おぼえてもおらぬ。ここでのことはすべてわすれ、だれにもつたわることはない。よいか?」
……魔族たちが森の奥でなんかしてたってことは秘密で、誰にも言ってはならないってことですよね。わかります。わかってますとも。言いません。言えません。そもそもこんなこと、誰も信じてくれそうにないからな!
「ここでのことをすべて忘れるということ、了解します。人里に戻っても、誰にも伝わることはありません。誓います」
おれの言葉に美幼少女の顔が苦しそうに歪む。
ひょっとしたら、本当はずっと覚えておきたいと思っていてくれてるのかもしれない……なんて都合のいい勘違いはしてはならないからな! 調子に乗るなよ? いいか、それは勘違いだからな?
「おんじんたるそなたのいのちをうばうことなく、ここでのことをたがいにわすれる。いまのちかいをこころにきざみ、とく、さるがよい」
……そういえば、ノイエルフランと戦う前に、名前を聞かれてたっけな? たぶん、これでお別れだし、名前くらい、伝えといても……大丈夫、だよな? まさか、たかが人間をつけ狙うなんてこと、ないよな?
「……『小川の村』のアイン。必ず、先程の誓い、心に刻みましょう。では、これにて」
おれは、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩と、美幼少女を見つめながら後ろへ下がって距離をとり、我が身の安全の確保に努める。
「ぁ……」
ほとんど聞こえないくらいの小さな音が美幼少女の口からもれた瞬間、美幼少女の手が少し動いてすぐに止まる。そのタイミングで、おれはオルトバーンズの剣術からはおそらく大丈夫という安全距離を確保した。
そのままさっと背中を向けて、おれは走り出す。
たたたっ、たたたっ、と走って逃げる。
ひたすら逃げる。
とにかく逃げる。
逃げて、逃げて、逃げていく。
そして、森の中を逃げながら、思う。
……やばかった~。マジでやばかった~。たかがレベル10で魔族三人の相手なんてマジやばかった~。
いや~、ムリ~、もう無理~。
あそこまでプレーヤースキル厳密に使ってぎりぎり勝負ができるって相手を三人同時とか絶対に無理~。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ~。
村にたどり着いて、家に飛び込んで、姉ちゃん見つけて思わず抱き着いて、そこで一発殴られて。
その瞬間にふと思い出したのは。
そういやあの美幼少女の名前を聞いてなかったな、ということだった。
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