木の枝の伝説(20)



 ザザザ、という森の中を動く音の正体はすぐに見えてきた。


 体長50cm程度の灰色のサルの群れ。

 ファミリーモンキー……通称『イエモン』だ。ちっちぇーけどなんとHP100という驚きのモンスターである。

 リポップポイントで7頭~10頭、リポップする群れのモンスターだ。


 確かにこれも、イエモンの群れは群れなんだけど……なんか、イエモンめっちゃ多いんだけどな? 二十頭以上はいるよな?

 ぱっと見ただけじゃ、正確な数がわかんねぇくらい?

 まさか経験値ボーナスイベント? いやいや、それにしてはイエモンってのはないだろ? こいつ、レベル20までずっと1頭で経験値1なのに? ボーナスにならねぇよな?

 まあ数は狩れるから経験値を積み上げられなくはないけど、効率はどっちかっつーと悪ぃモンスターだけどな?


 そもそも、ここって、こないだ来た時はモンスターいなかったよな……?


「……またサルどもか……とく、にげよ。ニンゲン。ここにおるとそなたもしぬ」


 イエモンを見てたおれはびっくりして美幼少女を見て、そっからイエモンを見て、もいっかい美幼少女を二度見してしまった。


 ……え? なんでこの子、おれのことかばってんの?


 しかも、また? またって言ったか?

 また? ってことはこの子、すでに一度はイエモンに襲われてる?


 何コレ? どういう状況?


「なにをしておる、とく、にげよ」と、さっきとは違う弱々しい声の美幼少女。


 ……いやいやいやいや、逃げねぇよ? 逃げねぇよな、フツー?

 ここに女の子ひとり残して? この場面で?

 今みたいな弱々しい声聞いたのに?

 いやあ、ないわー! それはないわー!

 迫ってるんが極大危険デンガラデンゲラテラデンジャラスとかならともかく?

 たかがイエモンの群れくらいで逃げる? そりゃないわーっ!


 それに、そもそもイエモンだろ?

 経験値1とはいえ、この数なら久々に経験値は稼げんだろ。チリも積もれば山だしな。

 そのついでにこの子も守ればいいだけだよな、うん。


 おれは女の子の向こうへ歩み出す。


「なにをしておる? そなたのようなちいさきニンゲンでは……」


 美幼少女がおれへと手を伸ばすのが見えた。でも、空ぶり。この子、腰抜かしてるからその手はおれには届かない。


 イエモンの群れとの距離、およそ15m。


 おれは迷わず、ゆっくりと詠唱を開始する。


『われ太陽神に乞い願う……』


「じゅ、じゅもんの……えいしょう……か……?」と驚きの声をもらす美幼少女。


『……敵軍を打ち破る……』


 イエモンとの距離10m。


『……まばゆき光をこの手に……』


 まっすぐ正面に、左手を開いて伸ばし、一歩、二歩と前に出る。


 イエモンとの距離3m。


『ソルハン』


 起句とともに、おれの左手から光があふれだす。

 おれの正面前方、中心角45度、半径5mの扇形状に光の輝きが広がり、イエモンの群れの中心部を包み込む。


 太陽神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ソルハン。消費MP8、クールタイム10秒。命中率低下小デバフ付き。


「ひ、ひかり……まほ、う……」


 光魔法じゃなくて正確には太陽神系魔法だけどな!


 それにしても……両サイドは、範囲を外れたな、しょーがねぇーけど。


 んで、そいつらはこっちを見てねぇし。


 ……狙いはあの子か? ソルハンが当たった連中はタゲ取りできたみてぇだけどな?


 左手を伸ばしたまま身体の向きを少しだけ右斜め前に向けて、次の手を打つ。


『ソルハ』


 太陽神系範囲型攻撃魔法初級スキル・ソルハ。消費MP4だけど詠唱省略なので今は8。クールタイム5秒、ソルハンと同じく命中率低下小デバフ付き。眩しさ全開って感じで。

 中心角30度、半径4mの扇形状に、光の輝きが広がり、右側のイエモンたちをすべて飲み込んでいく。


 おれがさらに一歩前に出ると、美幼少女向かっていた右側のイエモンたちはおれへと向きを変える。


 これで右のタゲ取り完了っと。


 前に出ながら、左手を左側のイエモンたちに向ける。


 何頭か、ソルハンもソルハも受けてないイエモンが残ってる。


 美幼少女のとこには行かせない。


『ヒエンガ』


 火の神系単体型攻撃魔法初級スキル・ヒエンガ。

 ヒエンガ一発で、左側の一番前にいたイエモンが1頭消えて、ホネに変わる。


「ひまほう……」という美幼少女のつぶやきが聞こえてきたがおれはもう振り返らない。ちなみに正しくは火の神系魔法だ。


 ……よし、一発だな。


 イエモンの弱点属性はゲームと同じ、火だ。

 これで、問題ない。


 ゲームの時の、そのまんま。必勝戦法で、ただ、イエモンを焼き尽せばいい。


 前に出て、タゲ取りしたイエモンに囲まれながら、左側のイエモンの残りも魔法でどんどんタゲ取りしていく。


『ドウマラ』

『ザルツラ』

『リソトラ』

『ヒエンギ』

『ザルツリ』


「つちに、かぜに、みずまで……?」と動揺したような美幼少女の声はとりあえず無視。


 ヒエンギでイエモンが1頭、ホネになったが、あとはタゲ取りのみ。

 左側の最後尾の1頭だけ、まだタゲ取りはできてないが、問題ない。


 美幼少女とおれとの距離はおよそ6m。


 おれの周りはもはやタゲ取りしたイエモンだらけで、さっきからイエモン軍団のひっかきで1ダメを繰り返し何度か喰らわされてる。


 まあ、おれを囲んでるイエモンの数からいえば、ソルハンとソルハの目くらましのおかげで、実際に受けてる1ダメは少な目だと思うけどな。


 さて、ここからは仕上げだ。


『ヒエンアイラセ』


 火の神系範囲型攻撃魔法中級スキル・ヒエンアイラセ。消費MP8だけど詠唱省略なので今は16。クールタイム10秒。


 立ち位置から10mまでの指定地点から半径5m円状を炎で焼き尽くす。焼き尽すとはいうものの、実は同等級の単体型攻撃魔法によるダメージの3分の1となる。

 熟練度2だからな。熟練度3になったら2分の1まで増える。ちなみに熟練度1だと4分の1だけどな。


 今回の中心となる指定地点は、おれの立ち位置そのまま。


 範囲型攻撃魔法はフレンドリーファイアに注意しなきゃいけないんだけど、魔法を発動させた本人はその範囲内にいてもノーダメージ。


 だから、イエモンみたいな数が多いモンスターを相手にする時は、相手の中に突っ込んでいって、そこで弱点属性の範囲型攻撃魔法をぶっ放して始末するという戦法がゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』では編み出された。

 その名も『必殺自爆テロ』だ。なんというわかりやすくてひねりもないネーミング……。


「な……なんという、ことを……」という悲鳴のような美幼少女の声が聞こえたけど、引き続き無視しておく。なんということもなく、ノーダメージだからな!


 タゲ取りするためにドウマラなどの単体型攻撃魔法で多めのダメージを与えていたイエモンが何頭か、ホネに変わって消える。


 まだタゲ取りができてなかった最後の1頭も、このヒエンアイラセのダメージによって、美幼少女からおれへと方向転換して向かってくる。これにてタゲ取り完成。


 炎が消えておれが見えるようになると、「ぶ、ぶじだったか!」という、ちょっと嬉しそうな美幼少女の叫びが聞こえてきて、おれは思わずちらりと美幼少女に顔を向けてしまった。

 いかんいかん。まだ戦闘中だからな。油断は禁物っと。


 タッパ操作で木の枝オーファイブエイティトゥを装備し、通常攻撃でイエモンをぶちのめしていく。通常攻撃の一撃でホネへと変わるので、ここまでの範囲型攻撃魔法によるダメージの積み重ねがばっちり効いてる。


 同時に、移動しつつ角度を調整して、左手の指先から太陽神系貫通型攻撃魔法を使う。


 『ソルマ』と一本指でレーザーのような魔法攻撃。光に貫かれたイエモン2、3頭が一度に消えてホネになる。


 『ソルミ』は二本指で、二本の光の線がDNAのように絡みつつ直進し、ソルマと同じく2、3頭のイエモンをホネへと変える。


 太陽神系貫通型は角度が大事。これ忘れないこと。めっちゃ重要。テスト出るかもな!


 そして……。


『ソルハ』


 クールタイム5秒を過ぎた太陽神系範囲型攻撃魔法で左側のイエモンをまとめて光の輝きの中に沈めてホネに変えながら、右側の2頭のイエモンを木の枝オーファイブエイティトゥでしとめると、いつもの通り木の枝オーファイブエイティトゥは折れてしまう。


 もはや折れるのがいつも通り過ぎて、ため息もでねぇな。


「あっ……」という、折れた木の枝を見た美幼少女の短い心配の声。ま、心配はいらないけどな。まったく必要ないけども!


 あれだけいたイエモンも、もう残り1頭だからな! 正直なところ、イエモンの群れってのは火の神系の範囲型攻撃魔法があれば余裕だったな! ゲーム通り!


 折れた木の枝オーファイブエイティトゥを投げ捨てて、ヒエンアイラセでタゲ取りしてソルハを浴びせた最後のイエモンと向き合い、左の拳を腰だめにして、青白いスキル発動エフェクトを発生させる。


 そのまま待って、あえてイエモンからの一発をもらう。どのみちイエモンのひっかきなら1ダメしかない。イエモンなんて、取り囲まれてなければ、まったく問題ない。もーまんたいだ。


 ひっかきを喰らう超至近距離で、腰だめした青白い光をうっすらとまとう左拳を、腰のひねりとともに突き出す。この距離でイエモンにかわせるはずがない。


 体術系中級スキル・タイケン。攻撃力3倍、ノックバック(中)効果の一撃。


 おれにぶん殴られてノックバック効果で後ろにふっとんだ最後のイエモンがそのまま消えてホネへと変わった。


 正確な数はバンバン範囲型攻撃魔法を使ったからよくわかんねぇけど、たぶん、三十くらいはイエモンをしとめた。これで1頭の経験値が1じゃなきゃ最高だったけどな。まあ、現状なら1でも経験値が入るだけマシなんだけど。


 タッパ操作で周囲のホネを全てストレージに回収。同時に『Around』の表示色が赤から黄色に戻っていることも確認。そしてステ値を見ると残りMPが6/94となっていた。


 ……ふぅー、けっこーMPギリギリだったかな?

 今日はバルドさんたちにずっと任せてたから、かなりMPは残ってたんだけどな。バルドさんたちがクソアス倒したいって言ってなかったらもうちょっとイエモンに手こずったかも。

 けっこー偶然に助けられてるよな。いろいろと見直しが必要かも。


 おれはストレージからライポの上を2本取り出すと、美幼少女に歩み寄る。


「このようなみじかいあいだに、あのかずのサルどもをたおすなど……そなた、わらわのごえいたちよりつよいのではないか?」


 ……わらわの護衛、か。うーん。護衛ねぇ。はぁ、護衛かぁ。


 おれがこの子の護衛よりも強いってワケじゃねぇしな。

 たぶん、おれと会う前に、この子の護衛がイエモンの群れと戦ったんだろう。

 それを見てて、おれとイエモンの戦いを見たから、比べて考えるとおれの方が強いんじゃないかと思った、と。そんなとこかな。


 まあ、そりゃはっきりいって勘違いだな。

 イエモンとの戦い方は、どう考えても相性次第だろ。

 魔族っていってもいろいろだし、鬼系統ならどっちかっつーと物理が中心だろ?

 魔族は魔法防御が高いってのは共通してるけど、魔法で戦うとは限らねぇからな。しかも、要人の身辺の護衛なら、魔法よりも物理がフツーだろーし。


 ……それにしても、護衛、ねぇ。


 はっきりいって、嫌な予感しかしねぇよな。うん。ビンビンに嫌な予感がしてるな。


 間違いなく、この子は今、その護衛たちとはぐれてやがる。


「これ、飲んでおくといいよ」


 おれはそう言って、美幼少女にライポを差し出して、自分の分は銀のふたをへし折ってすぐに飲み込む。

 毒見のようなもんだ。この子、なんか身分高そうだし? 護衛もつくような?


 美幼少女は、意外にも素直にライポを受け取り、ライポのふたを見てそのまま目を見開いた。


「ぎ、ぎんのかいふくやくではないか!」

「んん? 金の方がよかったか?」

「い、いや、ぎんでいい……と、な、なに? きんの、とな? そなた、まさかきんのかいふくやくも、もっておるのか?」


 あれ?


 そんなに特上ライポって珍しいんだっけ?

 ゲーム後半の町ならどこでも売ってたような記憶があるんだけどな?


 ま、いいや。とりあえず今はごまかそう。


「……いや、持ってないけど? 銀だとダメなのかと思ったから」


 ……嘘です。もうすでに50本以上の特上ライポが、ストレージにもボックスミッツにも入ってるしな。合計100本以上あるよな。


「ダ、ダメではない。じゅうぶんだ。ありがたい。それと、サルどもからまもってもらったことにもかんしゃしておる。れいをいう」

「いいって、別に。それ、早く飲みなよ」

「ああ、すまぬ」


 美幼少女が丁寧に銀のふたを外して、ライポを飲み込んでいく。

 こくり、こくり、と小さくのどが鳴る。


 ……なんか、スポドリのCMに出てるアイドルみてぇな? めっちゃ美味しそうに飲んでんな?


 ちっちぇーツノも含めて、この子、本当にかわいいよな。

 イエモン倒したらなんか急に素直になったしな? そこも含めて?


 飲み干したライポのびんが消えていくのを美幼少女は驚きもせず見ていた。


 うちの村の人たちとは違って、ポーション関係に慣れた感じがめっちゃでてる。ポーションの不思議ビンを見てもまったく戸惑ってない。


 ……そもそもポーションのこと、フツーに知ってたしな。金とか、銀とか。


「……ほんとうにたすかった。れいをいう」

「だから、別にいいって」


 おれはそう言って、美幼少女に手を差し出した。


 今度は、その手を美幼少女がとる。実にすんなりと手をつなぎ、握る。手をとり、とられることに慣れた感じがする。


 おれはそのまま美幼少女を引っ張って立たせた。


 イエモンと戦う前とは違って、美幼少女が目を細めながら優しく微笑んだ。


 ……ビビった。マジで。マジでビビったんですけど?

 なにコレ? なんなのコレ? この子めっちゃかわいい。かなりかわいい。なにこの子? マジかわいいんすけど?


 立たせるために握った美幼少女の手が離せない。

 こんなところが、おれが「ディー」の名をもつ証なのかもしれない。


 ……はっ! いかん! いかんぞ! この流れはまずい!


 このままではっ!

 このままではまたホレてまうやろっっ!


 まずいまずいまずい……。


「……ニンゲンにも……そなたのようなものが、おるのか」


 ささやくような、つぶやくような、おれに聞かせるつもりがあるのかないのかわからない、本当に小さな、美幼少女のかわいい声が耳に届く。


 やばいやばいやばい、とにかくやべぇーっっ!


 握った手を放したくない。

 ずっとこのまま握っていたい。

 なにこの温もり? どんだけほっこりさせてくれんの? なんでこんなにあったかいの?


 えっ? 小川に行く時、シャーリーと手をつないでたけど、こんな気持ちになったことねぇよな?


 ……いや待て、待て待て、落ち着け、おれ。落ち着くんだ、おれ。


 ひょっとしたらこれはつり橋効果ってヤツかもしれん。


 命の危険を共にすると恋に落ちるという……あれ? イエモン相手だったし、そんなに危険でもなかった気がするな? MPはかなり使ったけど? ん? なんでだ? そうするとつり橋効果じゃねぇのか?


 うぉおぉおぉおぉっっ!


 恋か? これは恋か? いやダメだ! おれのような「ディー」の名をもつ者には恋と変の違いがまったくわかんねぇからな! 勘違いするな! おれに恋などどれほど神に乞うても来ぬ!


 めがね退散! 三つ編み退散! 委員長退散!


 とぅぉーっっりゃああああぁっっ!


 心の中で気合いを入れて絶叫しながらも、おれの心も含めて何も傷つけないように、美幼少女の小さな手をできる限りそっと、優しく、離した。


 美幼少女が、まっすぐにおれを見つめてくる。


「そなたの、なを、わらわにおしえてくれぬ、か?」

「おれは……」


 ひめさまーっ、という声が聞こえてきたのは、その瞬間だった。





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