村の青年のはるかなる夢(後)



 平和な日々が過ぎ、穏やかな聖都に慣れた頃、オレとオルドガが学園に通う日がやってきた。


 白の半月の1日。

 入学式だ。


 今年の入学生は28人。そのうち12人は聖騎士見習いだ。神殿勢力がそもそも一番多いのは、聖都に学園があることからも、当然だと言える。


 教皇さまからのお話を学園の大講堂で聞いて、教室へと移動する。


 それから、受ける講義の選択をする。


 講義は武闘学、生物学、歴史学、計算学、修辞学の5つ。毎月、このうち2つを選択して、1か月間、受講する。講義はひとつ1時間程度で、時間いっぱい行うようなことはないとのこと。


 毎月1日は講義の選択日。2日と3日に講義で、4日と5日が休日。6日~8日が講義で9日、10日が休日。11日と12日が講義で、13日~18日が休日。19日~21日が講義で、22日と23日が休み。24日~26日が講義で、27日と28日が休み。そして、29日が試験日で、30日は休み。


 説明を聞くと、休みばかりなのが気になった。


「休みは、集中してダンジョンに挑む日として利用されている」


 説明をしている教師は神官服を着ているので、神官なのだと思う。


 講義のある日も、ふたつの講義を受けたあとは、ダンジョンに行ったり、外の森へ狩りに出たりするという。ただ、その短い時間ではどうしても中途半端になるので、じっくりとダンジョンに挑める休日が必要らしい。


 休日とはいっても、学園内のダンジョンに挑むのには申請が必要で、申請すれば教師が同行してくれる。

 癒しの御業を使える神官なので、ダンジョンでも危険は少ないという。

 ただし、同行した神官でもある教師が撤退を指示したら従わなければならない。これも当然といえば当然のことだろう。


 オレたちだって、里山のダンジョンでアインさまの指示に逆らって奥へと進むことはない。


 身分の高い貴族さまなんかは、護衛の同行も認められている。今年は、王族はいないのだが、どこかの伯爵家の二男とかいうのが『剣士』の天職を受けて入学していて、そいつには護衛が一人、ついている。


 その伯爵の二男ってのが、どうもオレたちの方を見ているような気がするが、気のせいだろうか?


「講義は2つ選択できるということですが、3つ以上、講義を受けてはいけないのでしょうか?」


 オルドガが神官服の教師に質問している。

 この質問は必ずするようにとアインさまから指示があったものだ。そして、オレとオルドガはこの質問の結果次第で……。


「……2つまでで充分だが、別に3つ以上、講義を受講するのは問題ない。ただ、そうするとダンジョンで訓練を積む時間が減るぞ?」


 ……こうして、オレとオルドガは、5つの講義全てを受講することが決まった。


 一度屋敷に戻り、夕刻、再び学園へと向かう。


 入学記念の舞踏会だ。


 伯爵家の二男がダンスがどうとか、オレたちのことを馬鹿にしてきたが、聖騎士見習いの女性から誘われてダンスを一曲踊った後は静かになった。


 レーゲンファイファー子爵家の教育をなめてもらっては困る。


 ただ、オルドガは踊らなかったし、踊ったオレを見てため息をついていた。


「……とても、リードがお上手ですのね」

「そうでしょうか? こういう場で踊るのは初めてですが」


「初めて? 驚きました。とてもそうは思えません……スラーさまは、『重装騎士』の天職を得られたと聞いております」

「……ええ、そうです」


「その天職は、わたくしたちと同じ、聖騎士となることで活かせるのではないでしょうか?」

「あなたの天職は?」


「わたくしは『戦士』でございました」

「それなら、別に『重装騎士』でなくとも、聖騎士として活躍できるのではございませんか?」


「『重装騎士』ならば、よりご活躍いただけると」

「私は子爵家の家臣として、この学園にきました。聖騎士となるつもりはありません」


「そうですか……聖騎士団は、いつでもスラーさまをお待ちしております」


 ダンスの間にそんな感じで耳元で囁かれた聖騎士団への勧誘。


 オレも伯爵家の二男とかの挑発にのらずに、オルドガみたいにダンスを断ればよかった。

 いや、こうなることがわかっていて、オルドガはダンスを断っていたのだろう。それなら、前もってそう言っておいてくれればいいのに。






 学園の講義は8時から始まる。2つ目の講義は9時半、3つ目の講義は11時、4つ目の講義は12時半、5つ目の講義は14時に始まり、全ての講義が終わるのは15時だ。


 行われる講義は日によって順番が変化している。


 初日は歴史学、武闘学、計算学、生物学、修辞学の順だったが、2日目は、武闘学、計算学、生物学、修辞学、歴史学というように、順番を入れ替えている。


 まあ、全ての講義を受けているオレとオルドガには関係ないことなのだが、これは実質的には講義がある日の学園ダンジョンへの入場を制限するしくみだろうとオルドガは言っていた。


 講義の時間が固定されていると、朝から行われる2つの講義を選択して、そのまま残り時間を学園ダンジョンに行くことができる。しかし、こうやって講義の時間を日によって変化させれば、学園ダンジョンへと入る時間が削られる日が出てくるので、自然と休養日が決まるというのだ。


 言われてなるほどと思ったが、言われるまでは気づけなかった。アインさまへの報告書はオルドガに任せるべきだろう、うむ。


 オレとオルドガは講義のある日は、学園ダンジョンへと入る時間があまりないので、そのまままっすぐ屋敷へと戻るのが日常だった。


 ダンスを踊った聖騎士見習いの女性から、パーティーを組んでの学園ダンジョン攻略をお願いされたが、オルドガが黙って首を振ったので断った。


 一度だけ、休日に学園ダンジョンへと潜ったが、あまりにも魔物が弱く、その数も少なくて、その日のうちに最下層の大熊を討伐してしまった。

 敵が1体なら、オレが剣を抜く前にオルドガの弓で消えていくのだ。まともな訓練にはならない。弱すぎる。


 そう思っていたら、安全のために同行してくれた教師があんぐりと口を開けて、呆然としていた。


「……こんなに早く、学園ダンジョンを踏破したという記録はないでしょう」


 は?

 オレとオルドガは顔を見合わせて、それ以降、学園ダンジョンには入らなかった。


 伯爵の二男が迷宮をおそれる臆病者がいるなどと遠くで何かほざいていたが、あの程度のダンジョンをまだ攻略できない弱い者の相手はする必要もない。


 そういうことだ。






 講義は、講堂で座って聞くものばかりではなく、例えば武闘学などでは、講義だけでなく訓練場で剣を振るうこともあった。


 伯爵の二男は『剣士』として洗礼を受けていたので、武闘学の内容が剣技だった白の半月の間は、ずいぶんと偉そうにしていたし、オレたちへの嫌味も山盛りだった。


 ただし、伯爵の二男を見ていると『与えられし御業』……アインさまの言う初級スキルのカッターのことだが……でさえ、7~8回に1回ぐらいしか、発動させることができていない。フェルエラ村の基準でいえば、低レベル過ぎて話にならない。


 あの簡単な学園ダンジョンを攻略できないのも当然だと理解できた。


 しかし、自分の実力を勘違いしている伯爵の二男は、鼻高々にオレたちを馬鹿にしている。


 貴族というのは、アインさまのような方ばかりではないのだということがよくわかった。


 そして、白の半月の24日。

 武闘学の講義は訓練場での模擬戦を行うことになった。


「さて、迷宮をおそれる臆病者は、模擬戦もおそれて、まともに戦えないのだろう?」


 珍しく、伯爵の二男がその取り巻きたちとともにオレたちの前まできて、はっきりと挑発してきた。いつもは遠くで嫌味を言うだけなので無視していればよかったのだが、これは面倒だ。


 そう考えていたら……。


「では、私が模擬戦の相手を務めましょうか?」


 これまた珍しく、オルドガがその挑発に応じたのだった。


 結果は言うまでもない。

 一撃でオルドガが勝負を決めた。


 戦う直前まで馬鹿にしていた連中が、夜の森の奥のような静けさだ。


「では次はあなたが」


 そう言って、オルドガは次々と伯爵の二男の取り巻きたちを一撃で沈めていく。


 断ろうとする者もいたが、有無を言わせず模擬戦へと連れ出し、叩きのめす。


 どうやらオルドガも色々と溜め込んでいたらしい。取り巻きを全員叩きのめし終わった後はずいぶんとすっきりとした顔をしていた。


 この日以降、伯爵の二男とその取り巻きはオレたちには二度とからんでくることはなかった。


 ただし、聖騎士見習いたちから、武闘学の講義で訓練場へ出る場合には模擬戦を申し込まれるようになったが……。






 真夏。

 黄の半月の12日。


 講義を終えて屋敷へ戻ると、そこにはイゼンさまが待っていた。


 オレたちを迎えにきたという。


 そして、オレとオルドガはイゼンさまの魔法でフェルエラ村へと戻った。


 どうやら、イゼンさまはアインさまと同じ魔法を使えるようになったらしい。いったい、どれだけ魔物を倒したのだろうか……。


「祭りで大切な話がある」


 イゼンさまはそう言うと、衝撃の真実をオレたちに告げたのだった。






 村の夏祭りはアインさまが行うように指示したものらしい。


 本来、お貴族さまたちは、この時期は領都に集まるものだという。しかし、アインさまは領地であるこのフェルエラ村に残り、領都ケーニヒストルータには行かなかった。実の姉で、ケーニヒストル侯爵家の令嬢でもあるイエナさまも、村に残っている。義妹のヴィクトリアさまは領都へ一時帰宅したらしい。


 村をにぎわせていた各地の商人たちも、この時期はそれぞれの領都へと戻っていく。それだけ領都に人が集まり、そこでの商売が重要になるのだ。


 ハラグロ商会はそんなことを気にした様子もなく、フェルエラ村に居座っている。そもそもこの村に本店があるらしい。


 つまりこの村には今、村人とハラグロ商会しかいない状態だった。


 夏祭りの会場は領主館の庭だった。


 いつもなら剣や槍の訓練で使う場所だが、祭りとなると、いくつものテーブルの上に、たくさんの食べ物や飲み物が用意されて……本当にこの村は豊かに生まれ変わったのだと実感する。


 食べて、飲んで、そして、笑って。

 こんな幸せそうな瞬間がこの村に生まれるなんて。


 おれたちは本当に、領主に恵まれたのだ。


 その領主であるアインさまが、壇上に立った。


「今年の夏も、魔物の襲撃はありませんでした……」


 そう語り始めたアインさまに、村人たちが注目する。


「……この村から魔物の襲撃はなくなりました。ですが、これは本当に勝利を意味するのでしょうか? いいえ、そうではありません。これは始まりなのです」


 いつもと違うアインさまのご様子に、どうやら長い話になるようだと、村人たちも理解したらしい。


「ここフェルエラ村はケーニヒストル侯爵領の一部です。侯爵領と比べ、その広さは30分の1……いえ、100分の1以下でしょう。にもかかわらず、これまで魔物の襲撃を耐え抜くことができたのはなぜでしょう?

 みなさん!

 私たちフェルエラ村に生きる者は、生き抜くことを目的としてきました!

 それはみなさんが一番知っているはずです。これまで何度、魔物の襲撃によってこの村は踏みにじられてきたか。

 それでもみなさんはこの村を守ろうと! 守ろうと努力してきた! そして、守り抜いた! 魔物と戦い、守り抜く力を手に入れました!」


 そうだ。そうなのだ。


 守る力をつけたから、この村は今がある。


「ですが……力とは、何でしょうか?

 法律や命令などの権力、お金などの財力、そして戦う力である武力。これらはみな、力です。

 そういった力が、どのように使われているか。美しくない使い方を目にしたことはないでしょうか?」


 学園で出会った伯爵の二男の顔が思い浮かぶ。


 あいつがオレやオルドガに嫌味を言う時の顔は……それはもう、醜く歪んでいた。

 あれが、力を美しくない使い方をした姿だろうか。


「貴族や聖職者、大商人など、人の上に立つ者がもつ力を本当に正しく使っているのでしょうか?

 力の使い方を知らぬ者とはいったい何でしょうか?」


 アインさまがぐるりと村人たちを見回す。


「あえて言います。奴らはこの世の「害毒」であると」


 ご自身が貴族であるにもかかわらず。

 アインさまははっきりとそう言った。

 そう言ってくださった。


「力というものは、正しく使われてこそ美しいもの。正しく使われない力は、「害毒」なのです。

 この村のみなさんは今、力を手にしました。

 みなさんはその力をどう使いますか?

 今、私たちは襟を正し、力を使う意味を考えなければなりません。私たちはこの過酷なフェルエラ村を生活の場としながら共に苦悩し、錬磨して今日の力を築き上げてきました。

 全ては守るために。

 この村を魔物の襲撃から守るために」


 本当にそうだと思う。


 守る。

 この一言に尽きる。

 オレたちの力は、守る力なのだ。


「そしてこの村を守れるようになった今、私たちのこの力は、どう使うべきなのでしょうか?

 今、北方では魔物の動きが活発になっています。私と姉が生まれた村も、魔物によってほろぼされました……」


 この話は里山ダンジョンでの特訓の時に、アインさまやイエナさまから、また、リンネさまからも聞かされたことがある。


 魔物の活発化が起きているというのだ。


「いずれ、このフェルエラ村のように、強い魔物に多くの村々が襲われる日がやってくるでしょう。

 その時。

 その時こそ。

 私たちの力が世界を救うのです!

 私はここに!

『国境なき騎士団』の設立を宣言します!」


 村人たちがざわめいた。


 オレとオルドガはこのことは昼間のうちに聞かされていたので知っていた。もちろん、それ以上のことも……。


「フェルエラ村のみなさん! 立ち上がりましょう!

 私たちフェルエラ村の民こそ、選ばれた者であるということを忘れないでください!

 あなたも! あなたも! そして、あなたも!」


 アインさまが村人一人ひとりに、視線を合わせていく。


 もちろん、オレにも。

 その視線を受けた瞬間、心が熱くなるのを感じた。


 きっと、他の村人たちも同じだと思う。


 祭りの会場全体がアインさまの言葉で熱気を帯びていく。


「このフェルエラ村に生きるみなさんは!

 一人ひとりが、今日から騎士なのです!

 みなさんは騎士です!

 誇り高く! 魔物に虐げられた人々を守るために! 守るために戦う騎士となるのです! 私欲ではなく! 人々を守るために戦うのです!

 みなさんは『国境なき騎士団』の一員なのです!」


 腕を高らかに上げたアインさまに応じて、村人たちも腕を上げた。

 祭りの会場には一体感が満ちていた。


「私たち『国境なき騎士団』の団長はスラー! 彼は神殿での洗礼によって『重装騎士』という天職を授かりました! 守るという言葉にふさわしい男です!

 そして、副団長はオルドガ! 彼は『冒険者』という天職を得ました。私たち、フェルエラ村のこの先の挑戦はまさに冒険! それを支えるのにふさわしい男です!」


 イゼンさまから指示されていた通り、オレとオルドガが壇上に上がり、アインさまの横に並ぶ。


 アインさまに向けられていた熱い視線がオレとオルドガにも向けられる。


「フェルエラ村の騎士たちよ! われわれは決して! 決して「害毒」などにはならない!」


 アインさまが叫ぶ。


 村人たちがそれに応じる。


 振り上げられた腕が高々と突き上げられる。


「われわれが世界を守るのだ!」


 そう言われた瞬間。


 オレの夢は決まった。


 オレは一人の騎士として、この世界を守る男になる。


 こうして、フェルエラ村に『国境なき騎士団』は誕生した。





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