聖女の伝説(51)
「ケーニヒストル侯爵領、フェルエラ村! レーゲンファイファー子爵家、家臣、ナルハ!」
ソルレラ神聖国の聖都にある大神殿の聖堂に、呼び出し係の神官の声が響く。
呼ばれたナルハが壇上へと進み出た。
ナルハはフェルエラ村出身の女の子で、ピンガラ隊に所属する、メイド見習いの一人だ。
レーゲンファイファー子爵家、という呼び出しの言葉で、聖堂の中は少しどよめいた。イゼンさんからそうなるだろうと聞いていたけど、まさか、こんな感じとは思ってなかったな。
……本番はもう少し後の、姉ちゃんの洗礼なんだけどな。なんだけども。
この聖堂には、姉ちゃんの義父にあたるシルバーダンディ……ケーニヒストル侯爵閣下ご本人と、さらには前の義父にあたるリアパパ……フォルノーラル子爵、姉ちゃんの義妹のヴィクトリアさんと、侯爵家や子爵家の使用人も何人かいる。
もちろん、ウチからもたくさんいるのでかなりの人数だ。
今は学園で学んでる最中の、ピンガラ隊のスラーとオルドガもここにいるし、筆頭執事としてイゼンさんもいるし、戦闘メイド部隊はイシュタル隊が全員ここにいる。さらにはハラグロ商会のガイウスさんと、奴隷職員のタッカルさんもいる。
レーゲンファイファー子爵家の呼び出しでどよめくのは、去年の洗礼でスラーが『重装騎士』、オルドガが『冒険者』のジョブを授かったからだ。
おれの感覚ではそれほど貴重なものとも思わないんだけど、この世界では100年ぶりとか、そういうレベルの珍しいジョブだったらしい。不思議なもんだ。
ゲーム的な感覚とのズレが激しいんだよな。
さて、ナルハだ。
ナルハは、ウチのポーション係の一人。レベルは一応25超えで、槍術系と弓術系、そして医薬神系のスキルがそれぞれ上級スキルまで使える。
この洗礼で、『弓兵』とか『衛兵』とかのジョブがもらえたら、まあ、当たり。『薬師』なら大当たり。それ以外なら『騎士』とかも大当たりだろうか。まさかの『兵士』とかならちょっとはずれな感じはあるけどな……。
ゲームじゃ、最大でもレベル20まででの洗礼だったから、なんとも言えないところはあるけど。
「ぐ……『軍医』……」
絞り出すように、壇上の教皇から、ナルハのジョブがこぼれ出た。
「ナルハ! 天職は『軍医』! 天職は……『軍医』ですと? 本当ですか?」
呼び出し係の神官が、洗礼の結果を叫ぶと同時に、教皇に聞き返した。
「……間違いない、『軍医』である」
「ぐ、『軍医』! 天職は『軍医』!」
ざわ、ざわ、と聖堂の中が少しうるさくなっていく。
……ナルハが『軍医』ってのは、予想外のジョブだけど、まあ上級職なら感謝だ。ただ、引き抜きの勧誘がこれまた面倒になるんだろうな。
「……アインくん。これは、いったいどういうことだろうね?」
「閣下?」
「私が知る限りでは、『軍医』は300年以上はなかった天職だろう? あの子も、強いのかい?」
「強いか弱いかで言えば、どうでしょう? うちの村ではそれほどでもないとも言えますが……」
「アインくんの村は異常だからね……」
「アラスイエナのためにここまで来ましたが、結果として来ておいてよかったですね、父上」
侯爵閣下の嫡男で、ヴィクトリアさんの実父でもあるリアパパ……フォルノーラル子爵が話に加わる。
「まあ、そうだね。私が教皇を押さえるが、貴族たちは任せるよ」
「ええ、心得ております」
この二人は、去年、スラーとオルドガの引き抜きが度を越していたため、今年はここまで足を運んでもらったのだ。
引き抜きのための強引な勧誘の対策として。
「……まさか、他の子たちも、こういう感じになるんじゃないだろうね?」
「洗礼は神々がなされること。そのように言われても……」
「まあ、そうではあるのだけれど……」
ナルハが胸を張って戻ってきて、元の席に座った。
イゼンさんが次のダフネを促している。
「ケーニヒストル侯爵領、フェルエラ村! レーゲンファイファー子爵家、家臣、ダフネ!」
ダフネは戦闘メイド部隊のティアマト隊のアタッカー。メイド隊で槍の扱いが一番上手な子だ。魔法は一番覚えが悪かったので、最終的に一文字リピートアフターミーで、火の神系魔法を習得させた。
槍術は王級スキルまで、弓術と火の神系は上級スキルまで使える。剣術も使えるみたいだけど、これはメイド見習いたちが自分たちで訓練して習得していたので、どこまでスキルが使えるのかはおれも把握できてない。
そのダフネが壇上へと進む。
ダフネのレベルは30を超えていると思う。
槍術の神級スキルを発動させることはできてないんだけど、それがレベルが足りないのか、熟練度が足りないのかは判断が難しいところだ。
『騎士』はまあ手堅いと思うし、まさかの『槍聖』とかならさすがにビックリだよな。魔法も使えるから『魔法騎士』あたりの可能性もあるかも……。
「この子も、強いのかい?」
「ええと……」
「聞き方を変えようか。さっきの子と比べて、どうかね?」
「ああ、ダフネはナルハよりも強いですね」
「そうか……」
なんでシルバーダンディ……侯爵閣下、ため息ついてんのさ?
「ま……『魔導騎士』とは……」
またしても絞り出すように、壇上の教皇から、ダフネのジョブがこぼれ出た。
「ダフネ! 天職は……『魔導騎士』ですか? 教皇さま? それは……」
「……聞き返さずとも、間違いではない、『魔導騎士』である」
「ま、『魔導騎士』! 天職は『魔導騎士』!」
「属性は火、だ」
「『火の魔導騎士』です!」
ざわめきはもう、ざわめきと呼ぶには大きくなり過ぎていた。ざわざわめきめきだろう。
……ダフネが、『魔導騎士』? これはまたレアジョブじゃん! ある意味ラッキー! でも、火の神系魔法だからな。気をつけないと、勝手に指導させたら、いろいろと弊害もあるし。
でも、『火の魔導騎士』か。まさか、バルサが死んで、代わりの『火の魔導師』がこの世界に必要になったから、とかじゃねぇよな? いや、そんなら弟子のリンネがそうなる可能性の方が高いか?
ありがたいと言えば、ありがたいけどな。『火の魔法使い』の大量生産ができるし……。
「これも数百年では済まないくらい貴重な天職なのだがね……」
「神々のなさることで私に言われましてもですね」
「言いたくもなるだろう……」
「はあ」
「それで、この子たちをケーニヒストル騎士団に所属させるつもりはあるのかい?」
「ああ、それですか。いえ、そのつもりはありません」
「……アインくんには命令しないって約束だけれど、その約束を今ほど後悔したことはないね」
「そういう約束ですので、あきらめてください」
「次の子も、まさか、ね。三人も続けて、そんなことはないだろうね……」
そのシルバーダンディのつぶやきはどこかの誰かに向けてこぼれ出たものではなかったのだろうと思う。
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