聖女の伝説(52)
「ケーニヒストル侯爵領、フェルエラ村! レーゲンファイファー子爵家、家臣、キハナ!」
ウチからの今年の洗礼、3人目となるキハナが呼び出された。といっても、もちろん順番通りだ。
聖都の大神殿での青の新月の30日の洗礼では、キハナが最後から2番目となる。
「それで、アインくん」
「はい」
「アラスイエナは、『聖女』になれるのかね?」
「は?」
……何言ってんだ、この人は?
「神々のなさることを私に言われましても……」
「リアによると、アラスイエナは『聖女』で、アインくん、君は『勇者』だそうだよ?」
「はい?」
「君たちに命を救われたあの子には、そう見えたのだろうけれど」
「はあ」
……まあ。確かに、姉ちゃんは『聖女』になれるように、色々と考えながら鍛えてきたのは本当だ。
ゲーム通りなら、まず間違いなく洗礼で『聖女』になるまでセーブアンドロードを繰り返すだろうとは思うけどな。思うけども。
この世界にはセーブもロードもねぇし?
洗礼なんて、一発勝負のギャンブルだろ?
まあ、どんなジョブになっても、洗礼前に使えるようになったスキルは残るけどさ。
洗礼で授かったジョブの補正しか入らないし、ジョブスキル以外は上位のスキルが身に付かなくなって、今までに身に付けたスキルも熟練度は上がらなくなるけどな。
キハナが壇上へと上がった。
戦闘メイド部隊、副隊長のしっかり者、キハナ。イシュタル隊の隊長でもある。槍術と弓術が上級スキルまでと、風の神系魔法が王級スキルまで使える。
剣術については、おれは把握してないけど、おそらくある程度は使える。この子たち、そろって剣術も訓練してたからな……。
基本的にはダフネと同じようなジョブが予想できるけど、ダフネは予想外の結果だったしな。キハナも何になるのか、もう何とも言えねぇ。
「ま……『魔法騎士』だ。属性は、風……」
「キハナ! 天職は『魔法騎士』! 『風の魔法騎士』です! それにしてもなぜ……」
「奇跡のようだな……」
おれたちの席は壇上から近いせいか、つぶやいたところまで聞こえてくる。
教皇と神官たちが、洗礼の結果に本気で驚いているのが伝わってくる。
もちろん、周囲にいる者たちのざわめきはもはや隠しようもない。
「ほら、また、珍しい天職が授けられた。アインくん、君はいったい、何をしたんだい?」
「ですから閣下、神々のなさいますことを問われましても答えようがありません」
「それにしては、レーゲンファイファー子爵家の家臣に、珍しい天職が集中しているように感じる。いや、はっきり、そうなっているだろう?」
「そうおっしゃられましても……」
「最後はアラスイエナだ。ここまで3人、これまでの洗礼では考えられないほど、珍しい天職を授かってきた。期待も高まる、というものだろう?」
……いや、そんな、ハードルめっちゃ上げられても困るんですけど?
「清く、正しく、そして美しい、癒しの御業の使い手。まさに『聖女』だね」
「はあ」
「それでいて、槍を握れば、我が騎士団を一人で殲滅することも可能という強者でもある」
「まあ、そうですね」
「そうなると『聖騎士』ということも考えられるか」
「はあ」
「……アインくん? 君は気にならないのかい? 実の姉のことだろう?」
「いえ、もちろん、気になりますが……」
ま、『聖騎士』はないかな。盾術は徹底して外してきたし。
……いや、でも、ダフネもキハナも、盾術は取らせてないのに、どっちも『騎士』系のジョブになったよな?
まさか、『国境なき騎士団』の結成宣言の影響か?
あんな演説ぶちかましたもんだから、その演説で影響を受けたダフネとキハナが『騎士』系に? いやいや、それならナルハの『軍医』はどう説明できる? ん? 騎士団に『軍医』がいるのは好都合といえば好都合のような気が……。
待て待て。慌てるな、おれ。
姉ちゃんについては、ずっと『聖女』狙いでやってきた。
それは間違いない。
そうなるように努力してきたつもりだ。
月の女神系回復魔法を使って、おれを助けたいって、姉ちゃんが言い出して、それなら回復効果が一番高い聖女が理想だからって姉ちゃん聖女化補完計画を立てて……。
……大丈夫、だよな? な?
物理は、弓術が神級スキルまで、槍術は王級スキルで……剣術が上級スキルのはず? あれ? 剣術は、どうだろ?
基本的に槍術と同じだからあやふやになってる気がする? でも、『はじまりの村』で槍を買ってからはずっと基本は槍だったよな?
魔法は……月の女神が神級スキルだ。水の女神は王級スキルで、生産系の商業神と医薬神が王級スキルで鍛冶神は初級スキル止まり。
地の神は中級スキルのはずだし、風の神は上級スキルだよな? 魔法はおれが呪文を教えないと無理だから間違いない。
……こうして考えてみると、すんげぇスキル構成だよな。万能型だ。
最弱ジョブの『農家』になっても、最強かも?
……いやいやいや、それフラグ! フラグだめだって! 今のなし! 今のなし!
そもそも農業神系は身に付けさせてねぇし?
生産系の2つが王級と高いから心配だけど、農業神の魔法スキルはないから『ギルドマスター』はまずないだろうし?
でも、『商人賢者』はあるのか? 確か商業神と月の女神が確定で、土、風、水から2つだっけ? そんでどれかの複合魔法?
いや『商人賢者』はなったとしても、それなりに機能するのか? ネタ職だけど? アトレーさまの加護と鑑定が手に入らないのはちょっともったいないけど、『聖女』を目指すんだから、そこはあきらめて正解だよな?
農業神をハブいたのはそのためだったしさ?
でも保持してる神級スキルは月の女神と弓術だからな。『聖女』に合わせて、最高の状態に仕上げといた。
ゲームだったら絶対にたどり着かない領域だしな。14歳でスタートしたら、そこまでには絶対ねらねぇだろ?
……そういや、姉ちゃんが洗礼ってことはもうゲームスタートのタイミングか。レオンの奴、元気にしてんのかな? いつかリンネに会わせてやって……って、現実逃避すんな、おれ!
姉ちゃんは『聖女』の条件をとことん突き詰めたはず。
おれのゲーム知識で、それを超える状態に持ち込んだからな。ゲームよりも長い期間、育成に時間が使えたから、ちょっとあり得ない状態ではあるんだけどな。あるんだけども。
「ケーニヒストル侯爵領、領都ケーニヒストルータ! ケーニヒストル侯爵家、侯爵令嬢アラスイエナ・ド・ケーニヒストル!」
ついに姉ちゃんが呼ばれてしまった。洗礼の呼び出しがちょっと大相撲の呼び出しみたいだと思ったけどそれは内緒だ。
立ち上がった姉ちゃんはちらりと後ろを振り返り、おれを見てふふんと微笑んだ。何それ、永久保存版のスチルですか? くぅ~、相変わらず姉ちゃんかわいい……。
さっきまでざわめいていた聖堂内が、いきなり静かになっていった。
知らない者などいないという、かのケーニヒストル侯爵家の、その令嬢の登場だ。
ケーニヒストルータの神殿ではなく、ソルレラ神聖国の聖都の大神殿での洗礼を受けているという驚きもあるのかもしれない。
まあ、これについては、どうせ洗礼を受けるのなら、本家本元、大神殿でと思っただけなんだけどな。だけなんだけども。どうせ聖都の学園に通うしさ。
姉ちゃんが壇上へと続く階段を1段、1段、登っていく。
本当に小さな、ほとんど聞こえないはずの足音がはっきりと聞こえてくるぐらい、聖堂内が静まり返っている。
さっきまでの3人の洗礼でのざわめきはいったい何だったのか。
それとも、ケーニヒストル侯爵家には睨まれたくないとか、そんな感じのことなのだろうか。十分考えられる。あり得るよな。
結い上げた黒髪が光を受けて輝く。黒いのに輝くって不思議だ。
青のドレスがとてもよく似合う。姉ちゃんとヴィクトリアさんがお披露目のダンパで着てから、「ケーニヒスト・ブルー」とか呼ばれて……正確にはハラグロ商会がそう呼ばせて……大流行して、ずいぶんと稼いだと聞いたけど、その本家である姉ちゃんには本当によく似合う。
素材はウチの村から出てるんだけどな。出てるんだけども。とっても利益につながってるけども!
ほぅ、というため息がそこかしこからもれている。静かになったから小さなため息がよく聞こえる。
姉ちゃんに見惚れて、思わず、といったところか。美しさへのため息だよな。うんうん、わかるわかる。どうだ、ウチの姉ちゃん、すんごい綺麗だろ?
「宝珠に手を……」
あまり聞こえないはずの教皇からの指示が、聖堂内に響いた。
姉ちゃんが、ゆっくりと。ゆっくりと、洗礼のための宝珠に手をかざす。
宝珠の輝きとともに、姉ちゃんの黒髪がふわりと揺れたような気がした。
教皇の目が、大きく見開かれて……。
「そ……」
…………そ?
「そ……」
そ?
あれ?
せ、じゃなくて?
そ?
あれ? 『聖女』って、「そいじょ」って読むんだったっけ? なんか栄養補給のスティック菓子みたいな感じなんだけどな? 何ソレ?
教皇のヤツ、かんだのか? しかも、2回も?
「そ、そ……」
3回も、4回も? どんだけかむのさ?
……ていうか、そ?
マジで、そ?
そ、の付くジョブって……。
……まさか、『僧侶』?
え? 『僧侶』? ええと、どうだっけ?
……ないよな? そ? 他に? あれ? マジで『僧侶』か?
いや、もちろん『僧侶』も回復役、ヒーラーだけどさ? ヒーラーなんだけども? でも『僧侶』はヒーラーの最下級職だよな?
ジョブスキルは月の女神だけで、補正もMPと魔力に確か+50ぐらいだったっけ? 回復魔法も倍率なしだったような?
え?
嘘?
マジで?
ウチの姉ちゃん、『僧侶』なのか!?
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