聖女の伝説(53)
「そ……『創造の女神アトレーの聖女』! およそ800年ぶりの『聖女』の誕生である! しかも、これまで伝わってきた伝承の中にはない、『創造の女神アトレーの聖女』という新たな天職である! みなの者! 神々を称えよ! 祈りを捧げよ! 新たな『聖女』が! それも特別な『聖女』が誕生したのだ! 今日は奇跡の日だ!」
叫ぶ係の神官さんをほったらかして、教皇サマが自分で大きく叫んでいた。
……『創造の女神アトレーの聖女』? 何、それ? 聞いたこと、ないんですけど?
あ、いや。
とりあえず『聖女』で、『僧侶』じゃなくて『聖女』だってことで、それはいいんだけどさ?
でも、そのジョブ、初耳なんだよな……。
聖堂内はまるで爆破テロが起きたかのように一気に騒がしくなっていた。
ここにいる人たちが口々に何かを言い、目を見かわして興奮を隠さずにしゃべり続けている。
「ア、アインくん、これは、いったい……」
「神々のなさることですので……」
「君はそれしかないのかね!?」
壇上の教皇サマが、姉ちゃんの手を取って、高く掲げている。
……チャンピオンか何かか、ウチの姉ちゃんは? いや、つーか、何姉ちゃんの手に触ってんのこのオヤジ?
「何百年ぶりかの『聖女』で、しかもかつてない天職としての『創造の女神アトレーの聖女』だと宣言されたのだよ?」
シルバーダンディ……侯爵閣下が興奮している。珍しいような、そうでもないような……どっちだろ? この人、時々貴族らしくねぇもんな、そういや。
それにしても、『創造の女神アトレーの聖女』?
違和感が、ある気が、する。
……うん、そうだな。
姉ちゃん、生産系スキルは、農業神のスキルがなかったはずだ。農業神系魔法スキルは最後まで教えなかったからな。アトレーの加護は生産系の4系統、全てのスキルを身に付けてないともらえない。
それなのに『創造の女神アトレー』の名がついたジョブ? そんなことがあるんだろうか?
そもそも、ゲームでも、アニメでも、『創造の女神アトレーの聖女』なんてジョブは聞いたこともない。リンネの『光の聖女』なら知ってるけどな?
そのジョブ名から考えると、生産系の4つのジョブスキル系統と、『聖女』としてのジョブスキルの複合なのかな? だとすると、『創造の女神アトレーの加護』が加わって、鑑定能力もゲットしたのか? 姉ちゃんが?
いや『聖女』なんだから嬉しいよ? 嬉しいんだけどな? 嬉しいんだけども!
でも。
これって……ゲームよりも長い育成期間があるから起きた状況ってんじゃねぇだろーな?
「……とにかく、神殿は私が抑えるとしよう。
カール、貴族たちは任せた。アラスイエナはもちろん、他の3人も決して手放すつもりはないぞ。
アインくん、アラスイエナをよろしく頼む。この騒ぎだ。誰がどこでどう動くか、予想がつかないだろう。神殿は去年の、君のところの二人に対する失態を突くことで黙らせるし、必要なら十分の一税の廃止を宣言してもいい。
カール、他家は貴族家も王家も、ケーニヒストル侯爵家の意向を前面に出して全て跳ね除けるんだ、いいね?」
「わかりました、父上。お任せを」
「さて、ここからが本番かもしれないね、アインくん。ここに来て良かったよ、本当に。今月と来月のケーニヒストルータでの洗礼も、その結果も見てから色々と考え直さないといけないだろうし、やれやれ、これは忙しくなるね。
教皇との面会予約を前もって済ませておいて良かった。それにしても、まだアラスイエナの手を離す気がないのか? それともあれは我が侯爵家から聖女を奪い取ろうという宣戦布告かな?」
にやりと笑ったシルバーダンディには、初めて目にする迫力があった。
この人からこんなに迫力を感じたのは、本当に初めてかもしれない。いつもどこか飄々としている感じなんだけどな。
壇上から戻った姉ちゃんに祝いの言葉をかけると、シルバーダンディ侯爵さまとリアパパ子爵さまはそれぞれ取り巻きの使用人とか護衛とかを連れて、聖堂から出て行った。
おれたちは姉ちゃんを中心として、おれと義妹のリンネ、護衛のユーレイナ、去年の洗礼を受けて学園に通学中のピンガラ隊のスラーとオルドガも護衛枠、それから姉ちゃんと同じ15歳でさっき洗礼を受けたキハナ、ダフネ、ナルハの三人に加え、イシュタル隊のウィル、エイカ、シトレがメイド服でここにいる。
あとは筆頭執事のイゼンさんと、ハラグロ商会のガイウスさんとタッカルさんとその他数名もここにいる。そして、安定の侯爵令嬢ヴィクトリアさまとその護衛にメイドもここにいます、はい。めっちゃ多いよな。
「アラスイエナさま」
「どうかしたかしら、イゼン?」
「遠回りになりますが、西門から出て屋敷へ戻りましょう」
そう言ったイゼンさんの視線の先を確認すると、どうやら、東門への通路では神殿内での待ち伏せがあるらしい。
「……あれは、去年、スラーたちがしつこく勧誘を受けた聖騎士団の者なのです」
今、この聖堂内でおれたちに近づこうとしている様子の者もいるけど、姉ちゃんの周りをおれたちがガチガチに固めているので、初対面の者には近づきたくても口実がない。
イゼンさんが言うように、帰り道は遠回りすれば神殿内での勧誘を避けられるんだろう。
「……確か、聖騎士団の、第二騎士団だったわね。第一騎士団と不仲で、それぞれの団長が次期総団長を争っているはずだわ」
姉ちゃんはぽそりとつぶやいた。
ぞわっと背中に怖気が……。
姉ちゃん!? 何か企んでる!?
「いいわ、イゼン。そのまま東門を目指します。去年の勧誘で、お義父さまが強く抗議をしたのです。それでも勧誘をしてくるのなら、そこから神殿内を切り崩しましょう」
ふふん、と笑った姉ちゃんが東門の方向へと進み出す。もちろん、おれたちは全員、姉ちゃんを取り囲むようにして集団で動いていく。
「洗礼によって聖女となられました今、神殿はアラスイエナさまを何としても取り込みたいと考えていることでしょう。どうか、ご注意を……」
イゼンさんも最後にそう言ってからは、もう何も言わない。姉ちゃんに従って歩く。
おれたちフェルエラ村の者からすると、姉ちゃんが聖女になるのは既定路線だ。
そもそもフェルエラ村ではごく自然に聖女として囁かれている。圧倒的な癒しの御業の力を持つんだから、そりゃ、自然とそういうことにもなる。
まあ、それでも姉ちゃんに面と向かって言う人はほとんどいないけど。さすがにそれはほとんどいないけどな。
特にヴィクトリアさんね。
この子は、もう、なんていうか、ほらやっぱりこうなると思っていたんですの、って顔でにんまり笑って歩いてる。今、現在、この場で、だ。
神殿内、しかも聖堂なのでなおさら、無駄口を叩いて騒ぐワケにはいかないもんだから、そんな顔するだけで済んでるけどさ。これ、屋敷に戻ったらマシンガントーク間違いなしだろ?
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