聖女の伝説(54)



 待ち伏せされているとわかっていて、姉ちゃんは東門への通路を選択した。


 その結果として、待ち伏せしていた聖騎士たちが現れた。といっても、襲いかかってくるワケじゃねぇけどさ。


「何用か、無礼な」


 一歩前に出て二人の聖騎士に制止の声をかけたのは護衛騎士のユーレイナだ。

 もちろん、それに合わせて全体も止まる。


 おれはもちろん、スラーやオルドガ、洗礼を受けたばかりのダフネも姉ちゃんを守るように動く。こういう時、キハナは冷静に後方にも気を配ってくれている。頼りになる戦闘メイド部隊の副隊長だ。


「ソルレラ神聖国聖騎士団、第二騎士団長モールフィと申します。聖女さまに、ぜひともごあいさつを申し上げたく、こちらでお待ちしておりました」

「そのような面会予約は把握しておらぬ」


「ええ、そうでしょうとも。急なお願いであることは申し訳なく思っております。ですが、聖騎士団は聖女のための騎士団でございます。我らが主となられた方にごあいさつ申し上げるのは当然のことでもありましょう」


「我が主は洗礼により『聖女』となられたことは事実だが、その方ら主となった訳ではない。我が主は他国の侯爵令嬢である。道をあけるがいい」


「護衛騎士殿。そなたも騎士ならば我らの思いも理解できましょう。我ら聖騎士団は800年という長い間、ずっと主たる聖女さまの誕生を待ち続けていたのです。主を得てこその騎士! そして我らは今日、待ち続けていた主たる聖女さまを得たのです。どうか、あいさつだけでも!」


 丁寧な言葉ではあるが、かなりの熱量をもって語るモールフィという第二騎士団長に、ユーレイナはちょっとだけ同情するような目をした。


 ……おいこらユーレイナ。アンタは主よりも己の強さを求めるようなヤツだろ? そんな騎士チックな言葉に共感したフリしてんじゃねぇよ。


 ちらり、とユーレイナが姉ちゃんを振り返る。

 姉ちゃんがほんの少しだけ首をかしげたが、それも一瞬のことだった。


 ……絶対、何か、企んでる。


「……ユーレイナ。お通しして。少し、お話をうかがってみましょう」


 優しく、小さな声で。

 囁くように。


 姉ちゃんはユーレイナにそう告げた。


 ぞくり、と。

 おれの背中には怖気が走る。


 ……これ、言葉と心が乖離してるヤツですからっ!?


「……無礼があれば即座に斬る」


 ユーレイナは聖騎士モールフィにそう脅しをかけると、半歩身を引いた。


 モールフィはその脅しに対してにこりと笑って返し、姉ちゃんの前に進み出て、もう一人の聖騎士とともにひざまずく。


「ソルレラ神聖国聖騎士団、第二騎士団長モールフィと申します。我らが主、アラスイエナ・ド・ケーニヒストル侯爵令嬢にごあいさつ申し上げます。この度は800年ぶりの聖女となられましたこと、お喜び申し上げます」


「……はじめまして、モールフィさま。アラスイエナ・ド・ケーニヒストルです。まず最初にお伝えしておきますが、私はあなたの主にも、あなたがたの主にもなった覚えはございませんわ。ですので、そのような呼ばれ方を望みません。よろしいですか」


 姉ちゃんからいきなりの先制パーンチ!


「……これは失礼を。しかし、我らは聖女に仕える者として組織された騎士団でありますれば、我らの主は今、あなたさまを除いて存在しません。どうか、主たる聖女を得られなかった長き聖騎士団の苦悩、ご理解頂きたく存じます」


「モールフィさまに申し上げてもご理解頂けないようですわ。この件につきましては、昨年の勧誘の一件と同様、義父を通して教皇聖下に抗議させて頂きましょう」


「これは、手厳しい……」


 モールフィが残念そうな顔をして姉ちゃんを見上げる。


「お話はこれだけかしら?」

「いえ、別室にて聖騎士たちが待機しておりますれば、どうか一目、聖女さまとのお目通りを願えたら」


 ……主という呼び方から聖女さまへと切り替える早さはなかなか、侮れないのかも? まあ、たぶん姉ちゃんの敵だけど敵ではないか。今んとこ間違いなく敵だけどな。敵だけども。


「聖騎士のみなさまと一目、お会いすればよろしいのかしら?」

「ぜひに」


 そう言って別室へと引き込んで、圧迫面接よろしく神殿勢力へと取り込もうとするワケですな、はい。もちろん、姉ちゃんもそれはわかってんだけどな。わかってんだけどもね。でも、さっきの様子じゃ姉ちゃんはこれに乗って……。


「では、短い時間だけではございますが、お会いしましょう」

「ありがたき幸せに存じます。では、護衛騎士の方とお二人でこちらに」


「……どうして私の同行者をモールフィさまに決められなければならないのかしら?」

「いや、ですが、聖騎士が待っている部屋はそれほどの広さもなく……」


「私を主と呼ぶ割に、私の意向など考えることもなく、勝手にことを進めますわね。さきほどの聖騎士の苦悩とやらは口先だけのことなのでしょうか?」


 姉ちゃんのボディブロー炸裂! しかも主ではないと言った舌も乾かないうちに、主と呼ぶ割にはなんて都合よく「主」って言葉を利用しまくり!


 いや、もう、モールフィって第二騎士団長さんも、そろそろ姉ちゃんがただの15歳の女の子ではないとわかっただろうけどな。


「いえ、そのようなことは……」

「ならば、ここにいる者、全て、同行した上で聖騎士のみなさまとお会いします。よろしいかしら?」

「は……」

「では、案内をお願いしますわ」


 にっこりと笑う姉ちゃん。その表情だけは超かわいい! かわいいんだけども!


 ……また背筋が! ぞくっって! ぞくって! なんちゅーかわいい作り笑いをするんだ!


 聖騎士団をこれからいったいどう料理するつもりなの! 姉ちゃん!?






 案内された部屋は、確かにそれほど広い部屋ではなかった。テーブルとイスがこの状態だとかなり邪魔だ。


 モールフィが姉ちゃんを奥へと案内したので、おれたちはごっそりと部屋の奥に入る。部屋で待っていた聖騎士たちは20人ぐらいか。ちょっと幼い顔のちっちゃめの女の子もいるから、見習いも一緒にいるのかもしれない。


 姉ちゃんをこの部屋に迎えた聖騎士たちの表情は、ちょっと、恍惚とした感じで、確かに聖女を待ち望んでいたという話も納得できる。


 ま、モールフィの狙いはたぶん、そういう真摯さとは別のところからやってきてるとは思うけどな。思うけども。モールフィは違うんだろうけども。


 そのせいで、本気で姉ちゃんを崇拝しそうなこの人たちの中からもきっと被害者が出るんだろうなと思うと、ちょっと同情しちまいそうな感じ。


「アラスイエナ・ド・ケーニヒストルです」


 姉ちゃんが名乗ってカーテシーで一礼すると、ザっという音とともに聖騎士たちが一斉にひざまずいた。

 こういう集団行動に乱れがないのはさすがだと思う。


「どうぞ、そちらにおかけください、聖女さま」


 モールフィがそう言って、この室内で一番立派そうなイスを指し示す。


「モールフィさま、ありがとうございます」


 姉ちゃんは優雅にそのイスに座った。その右後ろにユーレイナが、左後ろにおれが立ち、あとのメンバーもわらわらと姉ちゃんの後方に控える。


 モールフィは姉ちゃんとテーブルをはさんで正面に座る。


「本来ならば、聖女さまの前に聖騎士全てを集めるべきところではございますが、洗礼後に大急ぎで集まるように指示したため、一部の者だけとなりましたこと、お詫び申し上げます」


「いいえ、お気になさらずに。面会予約もない突然のお話でしたもの。聖騎士を全て集めるなどそもそも無理な話ですわ」

「は、はは、ご理解頂き、ありがとう存じます」


 どうやら姉ちゃんの嫌味は通じたらしい。


 ここまでの流れでおれが感じたのは、このモールフィって人は、姉ちゃんを第二騎士団に取り込んで自分が総団長になろうとしている、といったところだろうか。


 まあ、その思惑はほぼ全滅なんだけどさ。


 少なくともこの部屋の中へ姉ちゃんを連れ込めたという点だけは満足してるみたいだけどな。


 イゼンさんがこっそり教えてくれたけど、この部屋、去年の洗礼でスラーとオルドガがしつこく勧誘を受けた部屋らしい。


 おれたちレーゲンファイファー子爵家の心証がよくないということはモールフィからするとどうでもいいのか、一年前のことなんか覚えていないのか、どっちだろうか。


 まあ、姉ちゃんが聖女になったのはついさっきのことで、おれたちと姉ちゃんとの関係とか、そういった情報が圧倒的に不足している中で、性急にことを進めようとしたんだろうなとは思うけど。

 それって悪手も悪手だよな? 相手はあの姉ちゃんだぞ? まあ知らないからどうすることもできないんだろうけどな。


 神殿内では情報が共有されてないってことか? 姉ちゃん、一回ケーニヒストルータの神殿をめっちゃヘコましてんだけどな?


「この者たちの表情を見て頂ければ、我らの思いも伝わったのではないかと思います。聖女さま。我々は、本当に長きにわたって、聖女さまをお待ちしていたのです」


 モールフィの言葉に聖騎士たちが静かにうなずく。

 確かに、後ろの人たちの表情は、間違いなくそんな感じではある。あるんだけどな。あるんだけども。


「大神殿には聖女さまのお部屋が常に用意されており、神官たちによって毎日大切に磨かれております。この800年の間、一人として聖女さまは現れなかったというのに、です。我らの聖女さまへの真摯な思いだけは、どうかお知り下さい」


 姉ちゃんは微笑みを浮かべたまま、肯定も、否定もしない。


「本来ならば聖女さまにはこの大神殿に御住まい頂き、我ら全員でお仕えして御身をお守りしたいところでございます。ですが、聖女さまはそれをどうやらお望みではないご様子」


「私はケーニヒストル侯爵家の者でございますわ。それだけのことです」

「はい。そのことについては我らも理解しております」


「では、昨年、義父が教皇聖下にご抗議申し上げたこともご存知ですわね?」

「ええ。私は聖下よりお叱りを受けましたので」


「ならば、このような勧誘は、モールフィさまのお立場をさらに危うくしますわよ?」

「これは、勧誘ではございません。ただ……」


 そこでモールフィはにっこりと笑った。「……我らの思いを知って頂いた上で、せめて、聖騎士の中から、聖女さまの護衛を取り立てて頂きたいと、そう考えたのです」


 ……聖騎士の中から護衛騎士という名のスパイを受け入れろ、という要求?


「どうか、聖女さま。この中の者たちから、聖女さまの護衛をお選び下さいますよう、お願い申し上げます。聖女さまを主と呼べぬのならば、せめて、御身を守る栄誉だけでも、どうか」


 そう言ってモールフィは深く頭を下げた。


 見えなくなったその表情がどんな顔をしているのかはわからないけどな。わかんないけども。





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