聖女の伝説(55)


 姉ちゃんは頭を下げたモールフィをしばらく静かに見つめたまま黙っていた。

 黙れば黙ったで、この場に緊張感が生まれる。


 こういう空気って感じの何かを姉ちゃんは本当にうまく使うようになったと思う。


 場に広がった沈黙に耐えられなかったのか、後ろの聖騎士の誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


 それを待っていたかのように、姉ちゃんが口を開いた。


「……それは、私の護衛が、聖騎士の皆様よりも弱い、と言いたいのかしら?」


 その言葉に弾かれたようにモールフィが顔を上げて、その視線が一度さまよってから、姉ちゃんの機嫌を伺うように姉ちゃんを見つめた。


 ……ああ、本当に情報がないんだな。まあ、こっちも可能な限り情報統制には力を入れてきたし、それもそうか。


 モールフィのさまよった視線はスラーとオルドガの姿を確認していた。

 この二人は学園でいろいろとやらかしているので、ある程度その強さが神殿関係者の間でも知られているのだろう。


 ただし、この二人はこの場にいる戦闘系のウチの村の関係者の中なら、ユーレイナと並んで弱い側になる。キハナやダフネなど戦闘メイド部隊と手合わせすれば完敗だからな。

 今はたぶん、ピンガラ隊でもひとつ年下のナルハの方がちょっと強いのではないかと思う。学園にいる間に、ナルハはフェルエラ村で鍛えられてたからな……。


 でも、まあ、スラーやオルドガを警戒する程度の力しか、聖騎士団にはないってことなんだろうなと。


「そ、そのようなことは思っておりません。ただ、我ら聖騎士団も日々の訓練によって鍛え抜いているという自信は持っておりますが……」


 自分たちを卑下することなく、でも姉ちゃんの言葉はうまく否定したい。そんな感じか。


「聖女さまの護衛の皆様を聖騎士と交代させてほしいのではなく、聖女さまの護衛に聖騎士も加えて頂きたい、そういう願いなのです。どうか、聖女さま。この部屋にいる者から、護衛を選んでは頂けないでしょうか?」


 さて。

 姉ちゃん、どうするんだろ?


 別に選ばなくても問題ないっちゃ、ないんだけどさ。ないんだけどな。


 選ばない、という選択肢だったら、たぶん、ならば護衛としての実力を確かめさせてほしいとか言い出して、訓練場に行くパターンかなぁ……。


 別に負ける要素はどこにもないんだけど、面倒臭いし、こっちの力量がはっきりと伝わるんだよな。もうそろそろ隠すのも厳しくなってくるけど。

 今年は姉ちゃんたち4人が学園に入るんだからな、もうさすがに隠せないだろ、これ。


 選んだら選んだで、こっちの情報をスパイとして持っていかれちゃうしなぁ。


 姉ちゃんはじっとモールフィを見つめた後で、今度はその後ろの聖騎士たちを一人ずつ、じっと見つめて、確認していく。


 ……ん?


 時間をかけて、ゆっくりと。

 姉ちゃんは聖騎士を一人ずつ、見つめて……。


 ……まさか姉ちゃん? 『鑑定』使ってんのか?


 そういや聞いたことないジョブだったけど『創造の女神アトレーの聖女』っつーんだから、創造の女神アトレーの加護が入っててもおかしくねぇな? そうすると『鑑定能力』が手に入ったってことか?


 いや、鑑定で確認してるとしたら、姉ちゃん、こいつらん中から護衛を選ぶ気? え? 選んじゃうのか? 聖騎士の中から? いや別に選んでもいいんだけどさ?


 鑑定使ってるとしたら、レベル的に姉ちゃんに『見えない』奴は聖騎士にはいないだろうし……あ、姉ちゃんに見えない『人間』はたぶんおれぐらいか……。


 すっ、と。

 ほとんど音も立てずに姉ちゃんはイスから立ち上がると、テーブルをぐるっと回って、聖騎士たちの方へと歩き出した。


 そして、その姉ちゃんの歩みを邪魔しないように、聖騎士たちが避けて道を開いていく。


 この部屋にいる者の視線は姉ちゃんに集まっているけど、姉ちゃんの視線は……。


「あなたと、それから、あなた。名前を教えて頂けるかしら?」


 そう姉ちゃんが声をかけたのは、聖騎士たちの中でも一番後ろの方にいた、女の子、二人。

 女性、ではない。いや、女性なんだけど、なんていうか……。

 まだ、大人じゃないっつーか……。


「か、カリンです」

「……エバ、です」


「そう。カリンとエバね。覚えたわ。あなたたちが一番才能がありそうだわ。カリンとエバには私の護衛になってもらいましょう」


 ざわっと聖騎士たちが一気に雰囲気を変える。


「聖女さま、それは!」


 モールフィも慌てている。


「あら、モールフィさま。あなたがそう願ったのでしょう? 私にこの中から護衛を選べ、と? 何かご不満でもございますか?」

「その二人はまだ見習いになったばかりの者でございます! どうか他の者をお選びください!」


 あ、やっぱり? そうだろうと思った。しかもたぶん、まだ洗礼前だろ? 体格もちっちぇもんな、この子たち。女の子って感じがする。


「この中からとおっしゃって、この中から選べば選び直せ、と? モールフィさま? あなたは先程から聖女は我らが主などと言う割に、私の為すことはことごとく気に喰わないようですわね?」

「い、いえ、そのようなことは……」


 ……あ、なるほど。こうして見習いを選ぶことで、結局ケチを付けて護衛を選ばないって作戦なのか? 姉ちゃんすげぇな。考えてんな。


 姉ちゃんはすたすたと席に戻って静かに座る。


「私はカリンとエバの二人をこの中から選びました。この才能ある二人を聖騎士団からの私の護衛としますわ。よろしくて?」


 そう言って、にっこり笑って姉ちゃんはモールフィを見た。


 モールフィは苦虫を噛み潰したような顔、という感じだ。本当にそんな顔がどんな顔かはわかんねぇけど、たぶんこの顔のことだろうな、うん。


「……わかりました。では、この二人には支度をさせますので、もうしばらく、この場にてお待ち頂けますでしょうか」

「ええ、よろしくてよ」


 姉ちゃんが二人の準備を待つことを了承すると、モールフィは部下に何かを耳打ちして、その部下が女の子の聖騎士見習い二人を連れて部屋から出て行く。


 ……ありゃ? このままじゃ、あの見習いセント・ナイト・ガールズがスパイとして送り込まれてしまうのでは?


 待っている間に、姉ちゃんはイゼンさんとガイウスさんとこそこそ小さな声で話し合っている。そこにタッカルさんも加わり、さらにはオルドガも呼ばれた。


 なんか、姉ちゃん、最近、弟離れが始まったのかな? え、マジか? 弟離れなのか、これ? ちょっとそれ、めっちゃ泣きそうなんですけど……。


 そんな感じでおれが泣きたい気持ちになっている間に時間は過ぎ、見習いセント・ナイト・ガールズを連れて出て行った部下聖騎士くんが戻ってきて、モールフィに何かを耳打ちした。


 それを聞いたモールフィは満足そうに笑ったのだった。





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