聖女の伝説(56)



「聖女さま、大変申し訳ありません」


 一瞬だけ見せた笑いを消したモールフィが口を開いた。「先程、取り立てて頂いた二人の見習いのことなのですが……」


「何か、ございまして?」


「実は、二人とも聖女さまにお選び頂いたことに恐縮して、見習いの自分たちなど、聖女さまの護衛にふさわしいはずがなく、かといって、聖女さまのお声掛かりに否を唱えることもできない、と。かくなる上は聖騎士団を退団し、聖騎士見習いではなくなり、神殿とは無関係の者となることでしか、聖女さまをお守りすることはできない、そう言って、退団したのでございます」


「まあ! なんということを! 私の責任ですわ!」


「いいえ、聖女さま。退団したとはいえ、あの二人の心はまさに聖女さまに仕える聖騎士として恥じないものでした。そのような二人の心根を引き出したのはまさに聖女さまのお力にございます」


「あれほどの才能を持つ者が聖騎士団をお辞めになるなんて、私は自分を許せません。タッカル殿、すぐに二人を……」


 姉ちゃんがハラグロ商会の奴隷職員タッカルさんを振り返って、目で合図を出す。


「はい。お気持ちのままに」

「スラー、オルドガ、タッカル殿の案内をお願いします。あなたたち二人が一番聖都に詳しいでしょう?」

「お任せを」


 さっと三人が動き出す。


 ……これ、さっき何か話してた打ち合わせの通りなんだろうな? ってことはあの二人のセント・ナイト・ガールズが退団するところまで姉ちゃんの読み通りってことか?

 つまり、モールフィが裏から手を回してあの二人を退団させたか、もしくは退団したことにしたか、どっちかだな?


「聖女さま? いったい何を……」


「才能ある二人の聖騎士が失われるのは困ります。ですから、あの二人は私が責任をもってケーニヒストル侯爵家で引き取り、お預かり致します」

「は……?」


「聖騎士団を退団したのでしょう?」

「え、ええ、そうです」

「退団は間違いなく、事実でございますわね?」

「え、ええ」


「ですから、私があの二人を侯爵家で引き取ります。きっと、あの二人も聖騎士を夢見ていたはずですわ。その大切な夢を見習いのまま奪ってしまったのですもの。せめて、侯爵家の騎士として活躍させて差し上げなければ、私、自分を許せませんわ」


「……せ、聖女さまは本当に、お優しいので」


 モールフィは動揺を隠せない。


「し、しかし、これで聖騎士からの聖女さまの護衛がいなくなりました。もう一度、この中から誰かを護衛に選んで……」


「あの二人が侯爵家の騎士となって私の護衛を務めることになるでしょう? もう十分なのでは? 彼女たちの心根はまさに聖騎士の鑑なのでしょう? モールフィさま?」


「こ、心は聖騎士でも、見習いは見習いでございます。実力が足りません」

「実力が足りない? この中では誰よりもあの二人に才能を感じましたわ?」


「そんな馬鹿なことが……」

「モールフィさまは結局、私の言葉を何も信じないのですわね」


「そのようなことはございません、しかし……」

「ならば、護衛にふさわしい才能や実力があるか、確かめさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 姉ちゃん、煽るな~、めっちゃ煽るな~、これ、なんか聖騎士団に怒ってる? それとも神殿に怒ってるのかな?

 見習いの女の子をあっさり切り捨ててしまうとことか、予想通りだったとしても姉ちゃんは嫌いだろうしな……まあ、聖騎士団でも神殿でも、どっちでもいいけど、これ、おれとかユーレイナとかが相手すんのかな?


「聖都の大神殿ですもの、訓練場がございますわね? 命の危険はないのでしょう?」

「それは、聖女さまの護衛と手合わせをする、と?」


 モールフィの視線が泳ぐが、すぐにはっとしたように姉ちゃんを見た。「……わかりました。訓練場に移動して、我ら聖騎士の力量をご確認頂きましょう」


 ……あ、こいつ、スラーとオルドガがいないから勝てるって思ったな? ああー、スラーとオルドガをタッカルさんに付いて行かせるところまで姉ちゃんの狙い通りかっ!?






 ずらずらと聖騎士たちが20人くらい先導して、それを追うようにおれたちも歩く。


 大神殿の中なんて、ゲームでも入れなかったから、なかなか興味深い。しかも、ちゃんと訓練場まであるんだな。


 まあ、聖騎士団は最大の騎士団でもあるし、それくらいは当たり前なのかもしれない。


 神殿は自分たちで洗礼ができるからな。


 才能がありそうな人はどんどん洗礼を受けさせて、他の国とか領地なら学園に行かせないぐらいのジョブでも学園に入学させるし、当然、戦闘職の関係者も多くなる。神官よりも聖騎士の方が多い。月の女神系魔法スキルよりも、物理攻撃スキルの方が出やすいんだろうな。


 聖騎士団は第一騎士団から第六騎士団まであるらしい。


 今、おれたちの前にいるのは第二騎士団だけどな。


 ずらずらと訓練場へと入っていき、姉ちゃんが周囲を確認する。


「モールフィさま、訓練用の武器はどちらにございますの?」

「ああ、それならこちらに」


 モールフィが姉ちゃんを訓練用の武器を置いてあるところに案内する。


「剣でも、槍でも、訓練用の物はご自由にお使いください」

「ありがとうございます」


 そうお礼を言った姉ちゃんは、護衛のおれたちに指示を出すこともなく、自分で訓練用の槍を一本、そこから引き抜いた。


「聖女さま?」


 いぶかしげに声をかけたモールフィが……。


 ズガンっっ!


 姉ちゃんが振るった訓練用の槍の一撃で、意識を失って倒れた。顔面から鼻血だと思うけど、赤い液体をだらだらと流している。


 ……姉ちゃん、それは、あまりにもヒドい!!


「あら? 不意打ちで一撃ですわね? 不意打ちに対応できない護衛では何の役にも立ちませんこと。私をどうやって守るつもりなのかしら? これで団長なのですね、聖騎士団は。他の皆様は、どうなのでしょう?」


 そう言って、姉ちゃんは目を見開いて呆然としている聖騎士たちへと歩いて近づいていくのだった。


 いや、ウチの姉ちゃん! そりゃ護衛のいらない人だけどさ! 姉ちゃんに護衛いらないんだけど、いらないんだけども!


 いくら何でもそりゃ、ケンカ売り過ぎってモンでしょう!!





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