聖女の伝説(57)



 姉ちゃんが槍の範囲に近づいても、聖騎士たちは呆然としたままで……。


「さっきの団長の姿をご覧になっても、まだおわかりにならないようだわ」


 穏やかにそう言って微笑みながら槍を一振り。


 二人の聖騎士が吹っ飛ぶ。

 さすがは槍! 剣とは攻撃範囲が違う! って、そこじゃねぇーっっ! ちっがーうっ!


「護衛ならば不意打ちに対応できなくてどうするのです?」


 そう言ってる間に、さらに二人の聖騎士が吹っ飛ぶ。


 ……これ、なんか、デジャブ? どっかで見たことあるような? あれ? 気のせいかな?


「似た者姉弟だな、アインさま」

「は?」


 ユーレイナのささやきにおれは間抜けな反応を返す。


 似た者姉弟? なんで?

 いや、姉ちゃんと似てるって言われるのはうれしいけどさ、うれしいけども!


 この場面で似てるって言われるのは……。


「ケーニヒストル騎士団を相手にやっただろうに、アインさま」

「……あ」


 そういえば、そんなことも、あったような、なかったような、いや、あったかもしれないような、なかったかもしれないような……。


「三日連続で叩き潰して、メフィスタルニア行きをやめさせてくれたではないか」


 ……そうでした。やりました。記憶に残ってました。


 そんなやりとりをユーレイナとやっている間も、姉ちゃんはブッ飛ばし続けている。


 ようやく、何人かの騎士は剣を抜いたみたいだ。

 でも、間合いが違うので剣が届く前に槍をぶち込まれて倒れていく。


 そうか~、姉ちゃんと似てるんだな~、やっぱおれたち姉弟だよな~。


 ……とかなんとか思っているうちに周囲の聖騎士たちは倒れ伏し、残るは二人の女騎士だけとなっていた。


 姉ちゃんがぶるんっと槍を振るって立てて、ずんっと石突きを訓練場の土に打ち付ける。


 二人だけになった女聖騎士がぶるんと身を震わせる。ああ、もうメンタル破壊されてんじゃん。そりゃそーだよな、うん。


「あなたたちのお名前をうかがってもよろしいかしら?」


 にこりと笑うその笑顔が、打ち付けた石突きとのギャップでちょーかわいい!


「……あのイエナさまを見てにこにこと笑えるのはアインさまだけだぞ?」


 何言ってんだユーレイナ!? 姉ちゃんは史上最高に尊いんだからな!


 剣を握りながらも、どことなく腰が引けている二人の女聖騎士。

 まあ、さっきまでのアレを目にしたら、腰も引けるよな。メンタルも石突きの音でぐだぐだにされたし?


「マルベルと申します……」

「カミラです……」


 姉ちゃんが二人の名を聞いてうなずく。


「では、マルベルさま。こちらに、ケーニヒストルータの神殿から移られたユーグリーク枢機卿がいらっしゃいますわね? この後、すぐにでもお会いしたいのです。今すぐ先触れをお願いいたします」


「は……はい」


「カミラさまは、ユーグリーク枢機卿の執務室まで私たちを案内してくださいませんこと?」


「か、かしこまりました」


 マルベルって聖騎士がさっと走り出し、カミラって聖騎士は姿勢を正して姉ちゃんに一礼した。


 ……ええと、ユーグリークって、あん時の神殿の人だよな? リンネの? 枢機卿? 出世してこっちの大神殿に?

 おれが知らないことまで姉ちゃん把握してんの!? どんだけ? ハラグロ情報網? それとも何か別のルート? いや、気にしてなかったけど、あん時の神殿の人のことなんて!






 カミラって聖騎士の案内で姉ちゃん護送集団が枢機卿の執務室にたどり着くと、執務室の前に枢機卿本人が出て、姉ちゃんを待っていた。

 枢機卿の服って、紫衣なんだ。教皇は白に金糸の刺繍だったけどな。こっちのんが中二っぽくていいな。なんかいいな枢機卿、闇の司祭っぽくてすんげぇ力を爆発させそうな感じがする……。


 姉ちゃんはカーテシーで一礼する。


「お久しぶりでございます、ユーグリーク枢機卿猊下。神々のお導きにより、この聖都でもお会いできましたこと、大変嬉しく思いますわ。面会予約もなくお訪ねしましたこと、お詫び申し上げます」


「偉大なる太陽神と月の女神、そして4柱の自然神の、指し示したる道の上にて、人々を支える女神の寵愛を授けられましたケーニヒストル侯爵家ご令嬢、アラスイエナさまと再会できましたこと、すべての神々に感謝申し上げます。面会予約なくアラスイエナさまに接触した神殿の者がいたと聞いておりますれば、アラスイエナさまからのお詫びは必要はありませぬ。そして、この度の洗礼で聖女となられましたこと、心よりお祝い申し上げます」


「どうしてかわかりませんが、私、聖女となってしまいましたわ。猊下はもうご存知だったのですね」


「お気づきではなかったようですね。洗礼の時には枢機卿もその場に控えているのです。さすがに800年ぶりの聖女の誕生ですし、それがアラスイエナさまでしたのでとても驚きました。あの時の孤児たちは、元気にしておりますでしょうか?」


「ええ、もちろん。フェルエラ村はとてもよいところですもの」


 にっこりと微笑む姉ちゃん。社交用の笑顔だとはわかっちゃいるけど、そんな笑顔は身内にだけ向けていてほしいんだよな。


「……フェルエラ村は、昨年、そして今年と、ずいぶんいろいろな噂が流れております。そういう話もお聞きできると嬉しいです。ここでは何ですから、どうぞ、中へ。ああ、ご一緒される方は少し減らして頂いても?」


「……四人ほど、同行させてもよろしいかしら?」

「ええ、それならば」


「ありがとう存じます。アイン、ユーレイナ、それとイゼン。ガイウス殿も中へお願いしますわ。キハナ、外のみなの取りまとめを。オルドガが戻ったらすぐに知らせてね」

「了解です」


「……これは、天下のハラグロ商会の大番頭殿がご一緒とは気づきませんで申し訳ない。枢機卿のユーグリークと申します。どうか、よろしく」

「ハラグロ商会、ガイウスと申します。ケーニヒストル侯爵令嬢とは縁あってご一緒させて頂いております」


 ユーグリーク枢機卿がガイウスさんの存在に気付いてあいさつすると、ガイウスさんも言葉を返す。こういう場面を見ると、やっぱガイウスさんって超大物だよな。天下のハラグロ商会とか言われてるしな。いつの間にか。






「なるほど、そういうことでしたか。いえ、あらましは先触れの者から聞いてはおりましたが、アラスイエナさまからご説明頂き、よく理解できました」

「恐縮ですわ」


「……それで、今回は何をお望みで?」

「話が早くて助かりますわ、猊下」

「猊下などと……これまでのようにユーグリークとお呼びください」


 にっこり笑うユーグリーク枢機卿。これまた、腹黒そうな枢機卿だよな、相変わらず。まあ、腹黒さのない真摯でまっすぐな人の方が少ないんだろうけどさ。


「いいえ、猊下。猊下はいずれ、神々にもっとも近い至尊の位を得られるであろうお方です。そう気安くお呼びする訳にはいきませんわ」

「それは……」


「私の望みは、先程お話しした二人の見習いの身柄をこちらへ譲って頂くことですわ。今ならば第二騎士団は明日まで目覚めませんし、余計な手出しもされないでしょうから。退団したと言いながら、どこかに監禁でもされているのだろうと思いますの。こう申しては何ですが、もうあの子たちと神殿との関係は崩れているでしょう?」


「あのモールフィのことですから、さぞ強引なことをしたことでしょう。弱き者に優しき目を向けるアラスイエナさまのこと、その二人をお預けすることに問題は感じませんが……」


「猊下にはおひとつ、貸しがありましたわね?」

「ほほう……」


 ユーグリーク枢機卿が目を細める。


「あの時は、あの時とは思いますわ。ですが、あの時のことがあったからこそ、猊下はトリコロニアナの王都の大司祭よりもお先に聖都へ召還されましたでしょう? それを忘れておられるのでしたら……」


「いえ、忘れるはずがございませんとも」

「ならば、次は至尊の位を前になさった時に、あの時と同じような支えがきっと、猊下には訪れるとご理解頂けますかしら?」


 そう言った姉ちゃんは視線でユーグリークの視線をガイウスさんへと誘導する。

 ガイウスさんはユーグリークと目が合うと、黙ったまま目を閉じ、小さくうなずいた。


 あの時の貸しってのは……たぶん、人身売買神官の時の、あの神官が集めた裏取引のお金のことだよな?

 神官が処分されるのなら、そのお金の動きについては追及しないって……ああ、それか。

 ユーグリーク枢機卿は、枢機卿になるのにあの金を使ったのか。それで格上のトリコロニアナの王都の大司祭よりも先に枢機卿の地位を手にした、と。


 そうすると至尊の位って、教皇のことか? 姉ちゃん、このユーグリーク枢機卿が教皇になるのを後押しするってこと?


 ガイウスさんのうなずきは、影からの資金援助か?

 いやいやいや、それって、ハラグロの資金を動かすってことだよな? あれ、一応おれからの資金なんだけど?

 いや、まあ、おれの物は姉ちゃんの物、姉ちゃんの物は姉ちゃんの物ではあるんだけどな? あるんだけども!


「しかし、そう簡単には、何事も、うまく動くものではございません」


 何事も、というお茶を濁したような言い方がまた腹黒い感じだ。何事も、なんだからどんなことも含まれてるもんな。それでいて、教皇になるなんて一言も言ってねぇし?


「……私、どうやら800年ぶりの聖女のようなのですわ」

「ええ、そうです。神殿はその全てでアラスイエナさまを歓迎致します。ですが、ケーニヒストル侯爵令嬢のまま、神殿に入られるおつもりはないのでしょう?」


「私、洗礼で聖女となって、いきなり、聖騎士団の第二騎士団長から不躾な真似をされましたわ。このままでは、神殿と聖女との間には大きな溝が広がることでしょうね?」


「……枢機卿として、恥じ入るばかりにございます」


「至尊の位にある方は、軍部を抑えられていないのか、それとも軍部を利用なさったのかは、私では判断がつきかねます。ですが、教皇聖下には猊下からこのようにお伝えください。聖女は教皇聖下の騎士団に対する指導力に疑問を持っていた、と」


「ほほう……」


「今ならば、緊急のこととして、教皇聖下に枢機卿猊下から言上なさるのも難しくはございませんわ。だって、訓練場には第二騎士団のみなさまが意識のないまま、まとめて転がっているんですもの、ほほほ」


 ……姉ちゃん、その感情のない笑いは逆に怖いよ!


「それに今ならば、お義父さまが教皇聖下との面会しているはずですわ。きっと、猊下の望む流れがお義父さまを巻き込んで動き出すでしょうね」

「ケーニヒストル侯爵閣下との面会中とは……」


「それはたまたまのことですけれど。ですが、神々にもっとも近い方は、神々に選ばれた聖女からの信頼を得られず、ここには聖女をその名で呼ぶほど親しい方がいらっしゃるのです。第二騎士団長のモールフィさまがおっしゃるように神殿で聖女の存在が重視されているのならば、きっと、私、猊下のお役に立てますわ。神殿に入るつもりはございませんが、私、猊下がどのようなお立場となられても、これからも協力し合う関係ではいたいと願っておりますもの」


「ふむ……聖女となられたその日にお伺いする話としては、いささか驚きの内容ではございますが、そこもアラスイエナさまならば、ということでございましょうか」


 ユーグリーク枢機卿が笑顔を見せると、姉ちゃんもそれに笑顔で応じる。


「ああ、そうそう、忘れてましたわ」

「何か?」


「もうひとつ、お願いがございました」

「先程の二人の見習いのこと以外で、ですね?」


「ええ、学園のことです。春から、こちらの学園でお世話になりますが、規定通り、護衛の同伴は認めて頂けるでしょう?」

「それはもちろん。伯爵家以下には認めておりませんが、アラスイエナさまは侯爵令嬢ですから」


「その護衛の者にも、学園の講義を受けさせて頂きたいのです」

「は……?」


「ただ、護衛として後ろに控えているだけでは、せっかくの聖都での貴重な学問の機会ですもの、もったいないと思うのです」

「はあ。そのくらいのことであれば、すぐにでも学園の方へ話を通しておきましょう」

「ありがとう存じます、猊下」


 おおお! やった! これでおれも、1年前から学園の講義を受けられる!

 そんでステ値がアップしたら、来年と合わせて2年分のステ値アップも可能かもしれん!

 すでにスラーとオルドガが全講義の受講が可能だと証明してくれたし、姉ちゃんサンキュ! よく思い出してくれました! さすがは姉ちゃん! さす姉だな! いやマジで!


「大変実りのあるお話ができましたわ、猊下。あの第二騎士団長さまとは、まともなお話ができませんでしたもの。お会いできてよかったですわ」


 そう言って立ち上がると、姉ちゃんはにっこりとほほ笑んでユーグリーク枢機卿の執務室を後にしたのだった。





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