聖女の伝説(58)



 大神殿を出る少し前に、オルドガが現れ、姉ちゃんに報告した。

 二人の聖騎士見習いは聖都の東門の衛士詰所に監禁されているらしい。

 どうやら、別の町か、ひどい場合には別の国の神殿へと移送されてしまうところだったらしい。

 そこまでして姉ちゃんの護衛に加わりたいと考えるモールフィの思考がちょっと怖い。

 聖騎士団の総長の座を争っていたと聞いたけど……今回の失態で……姉ちゃんにブッ飛ばされたからな……もう目はなくなるかな? 降格は間違いないだろうし?


 姉ちゃんの指示でガイウスさんがオルドガと一緒にユーグリーク枢機卿のところへ戻って対処することになった。枢機卿から使える神官を付けてもらって、東門の二人の聖騎士見習いを救出し、屋敷へと連れ帰ってもらう。


 姉ちゃんは神殿の外のリアパパ……フォルノーラル子爵と合流し、おれたちは4輌の馬車を連ねて聖都の屋敷へと戻る。まだシルバーダンディ……ケーニヒストル侯爵は教皇との話が続いているらしい。


 リアパパによると虎視眈々と姉ちゃんとの接触を狙っていた貴族たちは、簡単な交渉でケーニヒストルータとの取引が失われることと天秤にかけて、姉ちゃんとの接触をあきらめたらしい。

 まあ、あきらめたとは言っても、ケーニヒストルータとの取引が続く限り、ケーニヒストル侯爵家との接触は可能なのでそこで婚約の申し込みをすればいいだけだから、この大神殿の前で強引に接触してケーニヒストル侯爵家を敵に回す必要はない、という判断だろうということだった。


「お父さまはずいぶんと簡単な役割をお義父さまから割り振られたんですのね」


 ヴィクトリアさんがちょっと残念そうにそう言った。「私、侍女としてイエナ義姉さまに付き従いましたの。訓練場で次から次へと聖騎士たちを打ち倒していかれたあのお姿を間近に見られて本当に満足致しましたわ。前にイエナ義姉さまがケーニヒストル騎士団を壊滅させた時と同じで、その強さに心から尊敬の念を抱きましたの」


「……何があったらそんなことになるんだ、アラスイエナ?」

「別に、狙ってそうなった訳ではございませんわ、ティランお義父さま。もちろん、私たちには一切責任はございませんので心配はいりませんわ」

「説明になってないよ……」


 苦笑いのリアパパ。この人も苦労するよな。


「……聖騎士団の第二騎士団長モールフィが私に第二騎士団から護衛を付けようと企んだようですわ。面会予約もなく呼び止められ、護衛のみなさまと私を引き離そうとして、さらにはまだ成人前の聖騎士見習いの娘を捨て駒にして……それで、つい、苛立ちを我慢できずに叩きのめしました」


「説明されたら説明されたで、内容がとてもじゃないが消化し切れないんだけどね? そのことのどこに心配がいらなくなるんだ?」


「以前、ケーニヒストルータの神殿で大司祭を務めておられたユーグリーク枢機卿のところに事後処理を頼みましたわ。聖都の大神殿の中も、色々と派閥がありますもの、きっと大丈夫ですわ」

「枢機卿、か……」


 うーん、とリアパパが考え込んでから、ちらりと姉ちゃんを見つめる。


「だとすると、それだけなのかい?」

「……ユーグリーク枢機卿を教皇に押し上げようかと」

「これはまた、何とも言えない内容が出てきたね。そこまでやろうと考えた理由を教えてもらってもいいかな、アラスイエナ?」


「春から、こちらで学園生活を送ることになるでしょう? よく知らない方が教皇でいろいろと手出し、口出しされるより、ある程度存じ上げている方が教皇の方がいろいろと聖都でも過ごしやすいかと思っただけですわ」


「……たった一年の学園生活のために至尊の位から引きずり降ろされそうになっている教皇聖下に同情しそうになったよ」

「一年ではございません、二年ですわ、ティランお義父さま」


「ええ?」

「私のあとは、アイン、リア、リンネが入りますもの」


「君は、リアたちの時にもここにいるつもりなのかい、アラスイエナ?」

「ええ、もちろんですわ。私だけ、一年先に入学するなんて、本当に残念ですもの」

「嬉しいですの、イエナ義姉さま」

「うん~、嬉しいね~」


 姉ちゃんの両サイドにいる義妹連合が喜びを伝える。

 ヴィクトリアさんとリンネ。


 この二人がいることでおれは姉ちゃんの隣を確保できていない。ちくせう。でもまあ姉ちゃん両手に花で……正面に座るおれとリアパパからしたら目の前に花園だよ、これは。眼福ではありますな、はい。黒髪、銀髪、金髪と、色とりどりの美少女3つぞろえですからな、うん。


「もちろん、この子たちのあとには、さらに年下の村の子たちも毎年のように聖都で過ごすでしょう? ですから教皇がどのような方なのかということは重要なことですわ、ティランお義父さま」

「そんな先まで考えていたのかい?」


 姉ちゃんはにっこり笑って答えない。


 ……あれはたぶん、口から出まかせだよな。






 屋敷に戻って、別動隊の帰りを待つ。


 ケーニヒストル侯爵家は聖都には屋敷を用意していないので、ウチの屋敷を利用している。シルバーダンディも、リアパパも、だ。

 ヴィクトリアさんは完全に別枠でウチの屋敷にいるのを当然のように行動してるけどな。

 侯爵領ではほぼずっとフェルエラ村で暮らしているし、おれよりも領主館で寝泊まりしてる日数はたぶん多いし、もはや家族枠だからな。

 ま、おれたちもケーニヒストルータでは姉ちゃんのために用意されている侯爵家の屋敷を自由に使わせてもらってんだからこういうところもおあいこかな。


 意外なことに、シルバーダンディよりも先にスラーとオルドガが元聖騎士見習いの女の子二人を確保して戻ってきた。教皇との話、長引いてる? それとも、ユーグリーク枢機卿絡みかな?


 なんか、元聖騎士見習いの二人がぽぅっとしてスラーとオルドガを見ている。


 まさか、これは、恋? 恋なのか?

 危機に駆け付け、助けられての恋なのか?


「あら、スラーとオルドガが気に入ったのかしら、二人とも」

「せ、聖女さま!」

「こ、この度は、いろいろとご迷惑を……」


「いいわ、気にしないで。私があなたたちを指名したことが発端ですもの。ごめんなさいね、カリン、エバ。間に合ってよかったわ」

「い、いいえ」

「ありがたきお言葉にございます」


「イエナと呼んでくださいね。聖女などと、もったいないことですわ。まだ洗礼を受けたばかりで、聖女として何かを成し遂げた訳ではないのです」

「そのようなことは……」

「あたしたちのような者には、その……」


「二人は聖都の貧民街の出身であってるかしら?」

「はい」


「そう? では、貧民街のあなたたちの身内も含めて、当家で身柄を引き受け、守ります。スラーとオルドガは、申し訳ないけれど、この二人の護衛として貧民街へ出向いてもらえるかしら?」

「もちろんです、イエナさま」


 膝をついて指令を受けるスラーとオルドガの近くで、きょどきょどとどうしたらいいのかがわからない感じの元聖騎士見習い。


 聖騎士や神官には、聖都の貧民街出身者が一定数いるらしい。


 大神殿の炊き出しなどで貧民街は救済されていて、その代わり、力が強い者や足が速い者、気働きができる者などを大神殿が聖騎士見習いや神官見習いとして受け入れ、洗礼を受けさせて大神殿の働き手として確保しているのだ。


 これが神殿勢力に馬鹿にならない力を与えているというのはおれたちの予想だ。


 神殿による炊き出しで救われ、生き抜いた貧民街の子どもたちは、他の地の子どもたちよりもずっと信仰心が強い。

 結果として洗礼でヒーラー関係職が出やすいんじゃねぇかな、と。


 だから、このカリンとエバという元聖騎士の二人の扱いは、貧民街にいる家族ごと引き受けて、そこでようやくスタート地点と言えるだろう。


 あんな目に遭っても、神殿への文句はひとつも言ってないらしいしな。

 ある意味で洗脳だろ、これ。


 こうして、元聖騎士の二人は貧民街の家族ごとフェルエラ村へと受け入れることが決定した。


 余談だけど、スラーとオルドガは聖騎士見習いたちの憧れの的らしい。

 カリンとエバは14歳だが、ふたつ年上の先輩方が、聖騎士見習いとして学園にいるらしくて、何度もスラーとオルドガに訓練で挑んでは叩きのめされているという。

 叩きのめされてるのに憧れるってMなの? とか思わなくはないけど、聖騎士見習いたちにとって強さとはひとつの絶対的な評価基準なんだろうなとも思う。

 先輩の女聖騎士見習いの中には本気で惚れている人もいるらしい。

 噂だけだが、カリンとエバにとっても、スラーとオルドガは憧れだそうだ。

 チャンスかもな、二人とも。ちくせう。ピンガラ隊の女の子たちに妬かれて氏ねばいいのに。

 とりあえず、憧れの人に訓練してもらえばいいよ、と中庭に四人を放り込んだ。ちょっと不機嫌になりながらな! イケメン氏ねぃ!





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