聖女の伝説(59)


「お手柄、と言いたいが、まあ、どうだろうね」


 シルバーダンディが姉ちゃんを前ににこりともせずに言う。「教皇の引きずり下ろしは本当に必要なのかい?」


「お手柄と言いたいのでしたら、そうおっしゃってほしいですわ、お義父さま」


 別に感情を波立たせることもなく、姉ちゃんがシルバーダンディに答える。


 この部屋には、おれと姉ちゃん、シルバーダンディ、リアパパの4人しかいない。


 教皇との面会を終えたシルバーダンディがすぐに話したいといってこうなった。


「まあ、ユーグリークがやってきたおかげで、10分の1税は20分の1税にできたようなものだから、その点に関してはお手柄だとは思うね」


 ソルレラ神聖国の大神殿は、神殿がある都市の歳入から10分の1を受け取る代わりに、信仰の拠点としてその都市に神殿を設置し、司祭や神官を配置する。これを10分の1税と呼んでいる。


 シルバーダンディは、去年のスラーとオルドガへの過度の引き抜き行為に関するクレームと、今回の姉ちゃんに対する第二騎士団長のふるまいを合わせて、教皇に対して強く抗議した上で、ケーニヒストルータの神殿への10分の1税をさらに半額にしてしまったらしい。


 それが、姉ちゃんが動いた結果として、ユーグリーク枢機卿がシルバーダンディと話し合っている教皇のところにやってきたことで実現できたのなら、お手柄だと思うけどな。


「だからといって、キールレイスⅣ世を教皇から引きずり下ろすというほどでもないし、ユーグリークにも枢機卿としての実績がまだ足りないだろう?」

「ユーグリークさまの実績、ですか」


「そうだ。他の二人の枢機卿の方が在任期間も長い。ユーグリークが教皇になる道筋はなかなか厳しいだろう」

「実績……」


 姉ちゃんはうーんと考え込む。


「ケーニヒストル侯爵家としては、別にキールレイスⅣ世だろうが、ユーグリークだろうが、どちらが教皇でも関係ないが、だからこそ、教皇の交代まで画策する労力は惜しみたいね」


「父上、ケーニヒストルータの神殿で大司祭を務めたユーグリークが教皇になるというのは、利点となりませんか?」


「ならない訳ではないが、言ってみればその程度のことでしかないだろう? それをここから何代かにわたって継続させることができたのなら、話は別なのだがね」

「確かに……」


 何代かにわたってケーニヒストルータの神殿で大司祭を務めた者が教皇となる、というのなら、ケーニヒストルータの神殿の大司祭になることがとても重要になるってことか。


 ま、姉ちゃんもそこまで先のことまでは考えてないだろうし。


「……とりあえず、慌てて教皇の引きずり下ろしまでは動かないように致しますわ」

「それ、いずれはやると言っているようなものだよ、イエナ」


 苦笑いでシルバーダンディが答える。

 リアパパとシルバーダンディは親子だな、と思った。苦笑いの顔がそっくりだもんな。


「私とカナルティランは明日、聖都を離れる。春から学園で学ぶとはいえ、まだずいぶんと先のことだ。二人ともフェルエラ村へ一度戻るのだろう?」

「ええ、そのつもりですわ」


「一緒に行くかい?」

「私も、アインも、もう少し聖都を楽しもうと考えておりますの」


「そうか。大丈夫だと思うが、他所の王家や貴族の動きには十分気を配っておくように。アインくん?」

「万全の態勢で臨みます」

「君がそう言うと怖いね……」


 本当は、シルバーダンディとリアパパが帰ってから、リタウニングフルメンで村まで飛ぶだけなんだけどな。それだけのことなんだけども。


 翌日、おれと姉ちゃんはヴィクトリアさんとともにシルバーダンディとリアパパを見送ったのだった。






「それで、アイン。聞きたいことがあるわ」


 姉ちゃんと部屋で二人きり。むふふ……。


「聞いてる? アイン?」

「……あ、うん。聞いてる、聞いてる、姉ちゃん。聞いてるよ?」

「もう、アインってば、本当にバカよね。聞いてなかったわ?」

「ごめんごめん」


「むぅ……じゃ、まずはカリンとエバのことから」

「ああ、あの子たちね。スラーとオルドガに惚れてんのかな? あいつらいいよな……」


「それはどうでもいいわ。なんで気づかないのよ? あの二人よりもよっぽど……まあ、それよりも、あの子たち、鍛えてくれるわよね?」

「それは……別にいいけど……」


「そうね。『聖騎士』なんて、いいと思わない?」

「へっ?」

「できるんでしょ?」


 ……できなくは、ない。


「だって、あたしのこと、本当に『聖女』にしちゃったんだもの」

「いや、それは、その、ねえ……」


「できるの、できないの?」

「できなくはないけど、『聖騎士』になれるとは限らない、かな?」


「そう? なら、できるだけ、教皇やモールフィが悔しがるような天職でお願いね」

「え、そこなの?」


「……もう、アインってば本当にバカなんだから。せっかくだもん、徹底的に悔しがらせてやるわよ」

「モールフィは、なんとなく姉ちゃんの気持ちもわかるんだけど、教皇は別に、何もないよな?」


「あるわ!」

「あるんだ!?」


「あいつ、洗礼の時、ずっとあたしの手を触ってて、もう気持ち悪いったら……『大神殿には聖女さまのお部屋を用意してありますので、すぐにでも御入殿願いたい』とか、あたしを大神殿に連れ込んで何するつもりなの? もう、絶対許さないわ! あの変態!」


 ……セクハラの恨みだったよ!? 教皇交代までたぶんこれ本気だ! 姉ちゃん本気で教皇引きずり下ろそうとしてるよ、これ!?

 いや、おれも姉ちゃんに対するセクハラなんて絶対に許せないし許さないけどな? 許さないけども!


「……手放した子たちが本物の『聖騎士』として大神殿で洗礼を受けたら、最高じゃない? ね、アイン? よろしくね?」


 にっこり笑う姉ちゃん怖い……。


 不肖な弟ではありますが、このアイン。姉ちゃんのためならえーんやこーら。

 元聖騎士見習いマジ『聖騎士』化補完計画、ここに発動せりっっ!!


「それと……」

「ん?」

「どうして、アインだけ、あたしにはその強さがわからないの?」

「ああ……」


 やっぱり、姉ちゃん、『鑑定』が使えるようになったのか……。


「それ、『鑑定能力』のことだろ? 『創造の女神アトレーの加護』の?」

「よくわからないんだけど、大神殿で洗礼を受けた後から、注意深く相手を見ると、その強さがだいたいの数字でわかるようになったわ」


「うん、それ、『鑑定』で間違いないから」

「相変わらず、色々知ってるわね」


「ま、それは……」

「本を読んだから、なんて、もう信じてないわよ? でも、まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど」

「姉ちゃん……」


 バレてる? あれ? なんで?


「……小川の村の村長さんのところより、リアのところの方が本もたくさんあるでしょ? どれだけ読んでもアインが教えてくれたようなことはどこにも見当たらなかったわ。いくらなんでも、村長さんのところにそんな貴重な本があるはず、ないもの」


 ……なるほど。納得。姉ちゃん、勉強頑張ってたもんな。そりゃ、バレるか。


 だからといって、おれが転生してここがゲームの世界だなんて言えねぇしな?


 うーん……。


「アインってば本当に馬鹿ね。言いたくないなら無理には聞かないって言ってるじゃない、もう」


「うん……小川の村の村長さんは、このことを『神々の啓示』って言ってたけどね。おれにも本当のところはよくわかんないんだよ。でも、確かにいろんなことは知ってる。それは間違いないよ、姉ちゃん」


「『神々の啓示』? 神殿関係の書物に何かあるかもしれないわね……」


 ちょっと考え込む姉ちゃんの真剣な表情もかわいい。ナイス。いい表情頂きました。ごちそうさまです。


「……まあいいわ。それで、どうしてアインだけ、あたしには強さが見えないワケ?」

「ああ、それは、おれの方が姉ちゃんよりも強いから、かな?」

「え?」


「自分よりも強い相手とか、同格ぐらいだと、『鑑定』は見えないんだよ」

「……つまり、アインの方がまだあたしより強いってこと?」


「そこ? こだわるのはそこなの、姉ちゃん?」

「それは……もちろん、そうでしょ。あたしが強くなりたいのはアインを守るためだもの。それなのにまだアインよりも弱いなんて……」


 ……この世界のほぼ全ての人間よりも強いとは思うけどな。思うけども。


 まあ、姉ちゃんより先にスタートしたおれはその時点でレベル差があったし、そこからはおれが経験値を獲得できない相手を除けば、ほぼ二人で一緒に行動してる。

 だからスタートダッシュのレベル20差は簡単には埋まらないし、あと、メフィスタルニアのあのバケモノの分の経験値差もたぶんでかいよな、うん。あれ、単独討伐扱いだったし。レイドボスなのに……。


「それで、だいたいの強さがわかるって、どんな風に?」


「ん? そうね。聖騎士たちはだいたい8から10ぐらいの強さだったわ。ピンガラ隊の子たちは28とかそれぐらいで、イシュタルの子たちは35前後ね。タッカルさんがイシュタルの子たちと同じくらいだったから驚いたわ。お義父さまは5よ。たったの5。これもびっくりしたわ」


 ……それはまさか、戦闘力5か、ゴミめ、ごっこか?


 あ、いや、つまり今の姉ちゃんはとりあえずレベルが鑑定できるってことか? 熟練度が上がればステ値も見えるようになるだろうし、今後に期待、かな?


「あとは、天職と名前と年齢が判別できたわ」

「それって……ひょっとしてカリンとエバが才能があるって言ってたのは……」


「あの子たち、14歳で洗礼前だったから。あとの聖騎士たちはみな天職があったわ。だって、洗礼前ならアインが鍛えてくれるでしょ?」


 ……姉ちゃんの言ってた才能って若さかよっ!? いや、そりゃその通りなんだけど! そうなんだけども!


「本当はアインのことが一番知りたかったのに……」


 ……その執着に喜びを感じてしまうおれってやっぱ姉スキーなんだよなあ。


「それにしても……姉ちゃんには農業神さまのスキルは教えてないよな? なんで『創造の女神アトレーの加護』が獲得できたんだろ?」


「……アトレーさまって、あの綺麗な女神さまよね? 鍛冶神さま、医薬神さま、商業神さま、農業神さまの神殿のところの中央にある?」

「そうだね」


「あの女神さまの加護をもらうには農業神さまのスキルも必要なの? あたしが調べた範囲だと、アインが言うスキル……神々の御業は、洗礼を受ける者と関係が深いものが与えられるって、たいていの書物には書いてあったわよ?」


「いや、それは、そうなんだけどさ」

「……アイン?」

「何、姉ちゃん?」

「わからない?」

「は?」


 ごつん!


「いてっ!」


 久しぶりのゲンコツっ! なんでだっ!?


「農業神さまの御業……スキルをあたしが洗礼でもらうのは当然だわ?」

「え、なんで?」

「……誰がアインの代わりにずっと畑仕事をやってきたのか、覚えてないの? 神童とか呼ばれてたくせにアインってば本当に馬鹿よね!」

「あっ!」


 そういえばそうだった!?

 小川の村じゃ、姉ちゃん毎日ずっと畑仕事メインだったよな? 子どもん頃から何年も?

 そりゃ、農業神さまから洗礼でスキルもらえんのも当然じゃん!


 しかも料理上手! ずっと母ちゃんの手伝いで料理してたし、今でもフェルエラ村だと姉ちゃんがごはん作ってくれてるし? 料理も農業神との関係がめっちゃ深いよな!


 そんじゃあ、『創造の女神アトレーの聖女』って、まさに姉ちゃんの天職なんじゃ……。


 やべぇー! 姉ちゃんやばいよ!? もはや伝説の聖女じゃん! リンネの『光の聖女』の斜め上をいっちゃってるし!?


 マジかーーーーっっっっ!!! いや、回復魔法だけじゃなく、ポーションも使える、作れる、万能型のヒーラーを狙ってはいたよ? 狙ってたけども! それでも、これ、マジかーーーっっっ!





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