光魔法の伝説(20)



 おじいちゃん執事さんの謝罪を受け入れて、おじいちゃん執事からの依頼でおれと姉ちゃんは再び馬車に乗った。


 そんで、一度屋敷の門を出て、ぐる~っとメフィスタルニアの町を回って、再び屋敷の門を抜け、でっかい玄関前へ。


 玄関には、おじいちゃん執事やメイドさん、護衛の女騎士を従えて、銀髪の美少女、ヴィクトリア・ド・フォルノーラル子爵令嬢が待っていた。あ、いや、ホントはまだ名前をそこまでは知らないんだけどな。知らないんだけども。


 この子、めちゃめちゃ守られてるんだよな。周囲の人たちに。おれと姉ちゃんがここにやってくるの、本日2回目だなんて、知りもせずに。


 それでも、ここで命を落とし、ゴーストとなってこの屋敷の庭をさまよったワケだ。世の中、何がどうなるか、わかんねぇもんだよな。






 ヴィクトリアさんの転落人生は、メフィスタルニアの地下にある遺跡『聖者が護るカタコンベ』の入口を発見してしまったところから始まる。

 いや、メフィスタルニア伯爵家との政略婚から始まるという言い方もできるけどさ。ま、直接は、地下遺跡の入口発見なワケだ。


 地下遺跡では、魔族と手を結んだヤルツハイムル子爵がいろいろと危ないことをしてたんだけど、地下への入口を発見したヴィクトリアさんは、それを婚約者のエイフォン・ド・メフィスタルニア伯爵令息に相談する。してしまう。教えてしまう。

 さらに、その伯爵令息エイフォンくんは、父である伯爵が不在だったために、一番相談してはならない男、ヤルツハイムル子爵にそのことを相談してしまう、やっちゃうんだよ。そういうことなんだよ。


 地下遺跡の秘密を知られてしまう前に、と行動を始めるヤルツハイムル子爵。要するに、メフィスタルニアの乗っ取りだよな。

 アンデッドモンスターを町にあふれさせて、領主の不在、跡継ぎの無能と、メフィスタルニアの課題を浮き彫りにして、で、モンスターを自分で駆逐して、乗っ取ろうというマッチポンプ。経済支配で我慢しとけばよかったのにな。


 それで、ヤルツハイムル子爵は、地下への入口の秘密を知ったヴィクトリアさんを始末して、痴情のもつれみたいな感じで伯爵令息エイフォンくんに罪を着せようとするんだけど、エイフォンくんによって返り討ちに遭う。

 エイフォンくんは、婚約者のヴィクトリアさんを目の前で殺されたことに心を壊されて、ヤルツハイムル子爵が持っていた『不死のオーブ』という特殊なアイテムを飲み込んで、アンデッドモンスターの大物リッチーとなり、死霊ばかりが徘徊する死霊都市となったメフィスタルニアに君臨することになる……というのが、なんだかおおざっぱな『死霊都市の解放』で語られるメフィスタルニアの歴史だ。






 どうやったらそれをなんとか阻止できるのか、正直なところ、よくわかんねぇけど。


 少なくとも、ヤルツハイムル子爵から命を狙われたヴィクトリアさんを守り通せばいいんだろ?


 それで助けられるなら、そうするまで。


「ようこそおいでくださいました。イエナさま、アインさま。どうぞ、こちらへ」


 そうおれたちに声をかけたヴィクトリアさんは、先に歩き始める。護衛が斜め前と斜め後ろをカバーしてるけどな。


 おれと姉ちゃんはその後ろについていく。


 一度屋敷に入って、廊下を進んで、なんか宿のガイウスさんの部屋みたいなでっけー部屋に一度入って、そこの大きな両開きの窓から、庭へと出る。


 テーブルとイスと、日傘が用意されていて、メイドさんたちがお茶の準備を済ませて待ってる。


「ここは、メフィスタルニア伯爵家の別邸なのですが、庭もとても立派で……ご覧になってください。赤、白、黄と、あちらに三色のバラが咲いているの。きれいでしょう?」


 まだ席にはつかず、ご自慢の庭を紹介していただく。ま、ヴィクトリアさんのおうちではないんだけどな。ないんだけども。


 おれと姉ちゃんと、その他もろもろを引き連れて、ヴィクトリアさんがいろいろな花を紹介してくれる。難しそうな話は、園丁のおじさんにふって、説明を代わってもらっているけどな。


 ……うん。いい感じ。あと少し。もうちょっと。そこ、そのへんへ。


「あ……」


 姉ちゃんが気づいた。そして、その声にヴィクトリアさんも反応する。


「ああ、お気づきになりました? この町のいたるところにあるのですが、ここにもございますの。大昔にこの町を支え、守ったと言われる聖者イオスラムの像を安置したほこらなんですの。庭の隅にあるので小さいものですけれど」


 さて、『聖者の指輪』を手に入れた時にこれと同じ像を見た姉ちゃんがうかつなことを言う前に……。


「確かに、この町を歩くと、何度も見かけますね。それにしても、この像は小さいのに、とても精巧に造られていますね」


 おれは、聖者の像に近づいていく。姉ちゃんも続く。

 ヴィクトリアさんが遅れてついてくる。主をほったらかして突き進むのは無礼な振る舞いだろうけど、ここでは無視だ。


 この像が重要だからな。本日の最重要課題。

 これ、地下遺跡への入口のカギとなる像だから。


「おや、腕の部分に、少し亀裂が見えますね?」


 おれは像の腕に手を伸ばし、それを一度下げて、また上げる。

 これで、よし。


「ホントだ! 動いた!」


 ……姉ちゃん、余計なことを。


 しかも、おれがやったように触って動かしてる。

 それを見たヴィクトリアさんが手を伸ばしかけたのが見えた瞬間……。


「すいません! 聖者さまの像に触れるなんて、やってはいけないことでしたね!」


 おれはそう、今までよりも大きな声で言った。言い切った。はっきり言った。あせったように言った。まずいことをしたって感じで言った。姉ちゃんと、そしてヴィクトリアさんに聞かせるために。


 ぴくりと動いたヴィクトリアさんの手が元の位置に戻る。


 ……これをヴィクトリアさんに触らせてはならない。絶対に。絶対に、だ。


 おれは肘で姉ちゃんを軽くつつく。

 はっとした姉ちゃんが口を開く。


「ごめんなさい! ついさわっちゃったわ! もうさわらないから!」


 やってはいけないこと、というフレーズが姉ちゃんにちゃんと届いてる。姉ちゃんは素直に謝れる素敵な女の子なのだ。さすが姉ちゃん。


 一歩下がったヴィクトリアさんが、軽く首を左右に動かした。


「……気になさらないで。では、あちらでお茶を用意します。なかなか美味しい茶葉なの」


 そう言って、テーブルの方を指して、先に歩き出す。


 なんとか、触らせずに済んでよかった。






 ここの庭の聖者の像は、実は地下遺跡『聖者が護るカタコンベ』へと入るカギだ。この像の腕を動かすことで、動かした者がいるパーティーは『聖者が護るカタコンベ』ダンジョンへと入ることができるようになる。

 それまで見えなかったダンジョン入口となる渦が見えるようになるからだ。

 渦は町の中にある聖者の像には全て付設されている。ここの像の腕の形をしたレバーを操作すれば、ダンジョンへはこの先、入り放題だ。


 MMOイベント『死霊都市の解放』では、偶然これに触れたヴィクトリアさんが、渦が見えるようになったことで不幸への階段を転がり落ちていく。

 ちなみに、MMOイベントでは、ゴーストになったヴィクトリアとの友好度が上がれば、ここの庭の聖者の像がカギだと教えてもらえるのだ。

 正確に言うと、ヴィクトリアさん自身が死ぬことになった経緯を教えてもらえるんだけどな。


 まあ、ヴィクトリアさん本人の責任というよりも、この町にとんでもないクズがいるからそうなるんだけどな。

 でも、自分自身の欲望を追求するという意味では、こいつに限らず誰もがクズとも言えるか。


 ヤルツ商会の商会主で、大金を積んで大貴族に取り入り、領地を持たない貴族として爵位を授けられ、さらにはこのメフィスタルニアの支配を企んだ男、いや、ひょっとすると、現在進行形でこの町の支配を企んでいる男、ヤルツハイムル子爵。


 こいつの野心や野望をなんとかしないと、ヴィクトリアさんを守ることはできない。






 そんなことを考えながら、テーブルの近くへとやってくる。


 メイドさんがイスを引いてくれて、そこに座る。


 たまたま、視界に入ったタッパから異変を感じて、思わずタッパの表示を確認した。『Around』は白表示だが、そのすぐ横に『SQ』の2文字が追加されていた。


 なんでっっ? お茶会がストーリー・クエスト? どういう判定だよっ? いつから出てた? 今か? それとも少し前からか? いや、聖者の像に触れたからか?


 ……待て待て。あせるな、おれ。落ち着け、おれ。


 ストーリー・クエストだってことは、今から乗り越えなきゃいけない『物語』が動くってことだろ。


 一瞬、動揺したので、少しだけヴィクトリアさんの話を聞き逃してしまう。


 だが、ヴィクトリアさんが出されたクレープを一口食べて、お茶も一口飲んだことで、おそらくクレープの話をしたんだろうとあたりをつけておく。


 何がくる?


 襲撃か? あり得るな。人間相手は、ちょっと苦手だけど、まあ襲撃なら問題なしのもーまんたいだ。武器なし対応になるけどな。

 お屋敷訪問で武器は持ってないというフリをしてるから、アイテムストレージは使えねぇし、ボックスミッツを見せるのもよくない。

 でも、襲撃なら、クエストクリアは問題ないな。姉ちゃんには動かずにいてもらえばいい。


 襲撃以外だと、何があるかな? 探し物? いや、なんで今? ないない。お遣いクエも考えにくいし、悩み相談か? お茶会だし、可能性は十分あるな? ヴィクトリアさんの設定的にはお友達がほしい悩みとか?


 メイドさんたちが新しい皿を並べる。


 ガイウスさんが用意してくれたカステラっぽいお菓子が、切り分けられている。見た感じ、砂糖が多いんだよな。


 これ、おれたちのお土産だってメイドさんが紹介してくれた。

 ヴィクトリアさんが食べたそうな感じの目で、カステラっぽいのを見つめてる。


 おれたちが先に一口、食べないとダメだ。

 毒はないですよ~、って証明をする。


 このあたり、ガイウスさんによって姉ちゃんも予習済み。お茶会なんて初めてなんだけど、って相談したらめちゃくちゃ驚かれて逆にびっくり。

 本気でおれと姉ちゃんのこと、貴族だと思ってたんかな? 平民丸出しだっつーのに。「まさか、妾の子? それでオーナーだけが本家に引き取られ、お嬢さんの方は妾の家に残された? そんな、不憫な……」とか、つぶやいてたけど、ガイウスさんはあんだけ有能なのにどうなってんだろーな?

 男の子を引き取るのに、政略婚に利用できる女の子をほっとくワケねぇだろ。どんなストーリーだよ?


 おれは手掴みでがぶりといきたい、たかがカステラっぽいお菓子を、フォークで軽く押さえて、ナイフで小さく切り取り、切り取った一部をフォークで刺して、口へ運ぶ。


 砂糖の甘みと、生地の適度な柔らかさが……って、何このエグみ? 食レポ途中で吐き出しそうなんですけど? カステラってこんな菓子だったっけ? いや、このエグみは、まさか……。


 タッパでステ値を確認。


 HPがきっちり、5、減っている。






 これっ、毒ーーーーーっっっ!






 おれが食べたことで、ヴィクトリアさんが手を伸ばしている。

 おれはすぐに立ち上がった。


「待ってください! この菓子には毒が入ってますっ!」


 周囲が凍り付いたように動きを止める。


 ………………はて?

 …………待て待て。

 ……これ、持ってきたの、おれたちじゃん?


 ……やられた。探偵イベントか?


 いや、はっきりいって、すでに答え出てんだけど! イベント発生前に偶然答えもらってたけどな! しかも濡れ衣系イベント混ざってる?

 でも、不自然過ぎるよな? なんで自分のお土産に毒を自分で入れるんだよ? どんな濡れ衣? しかも毒見で自分が毒喰らってんじゃん! しかもダメージ5! 強毒だよ! ここから60分間、1分ごとに5!


「……ア、アインさま? こちらは、アインさまがご用意されたのではありませんの?」


 当然そうなるよな? そりゃそうだよな?

 これをゲームならイベント選択肢でクリアするんだろうけどさ!


 おれに今からまた身体は子ども中身は大人をやれと?


「これ、ガイウスさんが用意してくれたんだけど……」


 姉ちゃん!?

 いや、悪気はないってわかるんだけど!?

 その一言でガイウスさんに濡れ衣かけちゃったじゃん!


「ガイウス……ハラグロ商会のやり手番頭と聞いております。アインさま、間違いございませんでしょうか?」


 後ろの方で全体を見るように控えていたおじいちゃん執事が、テーブル付近へと進み出てくる。


 おれは目立たないようにタッパを操作し、確認する。


 ……よし。あの部屋と同じ状況だ。これなら、とりあえず濡れ衣は晴らせるけど。


 そこへメイドが一人、慌てたようすでやってくる。


「オブライエンさん!」

「……来客中ですよ? 落ち着きなさい。どうしましたか?」

「それが、突然、エイフォンさまが……」


 メイドが続きを言うよりも早く、向こうの方から、お待ちくださいっ、という他のメイドさんの声が聞こえてくる。


 おじいちゃん執事がふぅ、と息を吐いた。状況を理解したらしい。


 庭につながるドアを抜けて、少年が一人と、それを守る騎士と思われる男性が二人、そして、でっぷりと太ったおっさんが一人、入ってくる。


 その少年にははっきりと見覚えがある。ただし、その時はリッチーの姿に生きていた頃の顔が重なったものっていう、割と残念な状態だったけどな。


 エイフォン・ド・メフィスタルニア。ここメフィスタルニアを領都とするメフィスタルニア伯爵の嫡男である跡取り息子。ちなみにイケメン。ちくせう。


 そして、おそらく、その後ろにいるでっぷりと太ったおっさんは……。


「エイフォンさま、それにヤルツハイムル子爵さま。本日はお約束をしておりませんが?」


 おじいちゃん執事がきっぱりと冷たく言う。さすがだ。


 ……やっぱり、ヤルツ商会の商会主にして、貴族でもあるヤルツハイムル子爵、か。


 こんのくそややこしい状況の中で、なんで役者がそろっちまうんだろうかな?


「来客中です。どうぞ、お引き取りを」


 おじいちゃん執事が続けて冷たく言う。


 ……困るんだよな。おれのHP、1分に5ポイント減る状況なんだけど? いや、別にそれですぐに死ぬほどHPは低くはないんだけどさ?


 ……でもこれ、ヴィクトリアさんなら、2分で死んでたかもしれねぇな? レベルが1で、おれと変わらない年齢だったらHPは10に届かないんだから。


 この毒、誰を狙った?


 ……わかんねぇ? おれと、姉ちゃんと、ヴィクトリアさんだろ? この中なら貴族であるヴィクトリアさんが暗殺される可能性は一番高いとは思うけどな?


「いや、それが、その……」


 なんだか自信なさげな発言は、エイフォンくん。うん。イケメンだね。貴族っぽいけど、なんでそんな自信なさげ?


「エイフォンさまが、ずいぶんと心配なさっておいでだったのですよ。婚約者であるヴィクトリアさまがお屋敷に男の子を招待したというので」


 そう言ったのはでっぷり子爵。


「えっ……?」


 きょとんとした顔になるエイフォンくん。


「オブライエン殿、エイフォンさまの子どもらしいヤキモチです。笑って許してあげるものでしょう?」


 でっぷり子爵がそう言って押しきる。


「ヤルツハイムル子爵……?」


 戸惑っているエイフォンくん。たぶん、べつの理由でヤルツハイムル子爵に引っ張り出されたのに、この場では全然違うことを言われた上に、その内容が自分の責任にされてるから、ってとこか?


 そんな合間に、おれのHP、また5減ったし。


「ですので、お茶会の席をふたつ、追加してもらいましょうか。さあ、誰か」


 ヤルツハイムル子爵がそう言うと、一人のメイドがすぐに足をすっと動かした。


「動くなっっ!」


 とりあえずおれは大きな声で叫んだ。

 ヴィクトリアさんがビクってなるくらいの大声で。


 また、全体が一度凍り付いたように止まった。


「なんだね、キミ? ずいぶんと……」

「ちょっと黙っててください。邪魔ですから」


 おれはヤルツハイムル子爵にそう言い捨てた。身分の問題はあるけど、今はそれどころではない。


「オブライエン殿、そこの、今、一番に動こうとしたメイドです。すぐに捕えてください。そのメイドが犯人です」

「……どういうことでしょうか?」


 おじいちゃん執事から疑問が投げられる。


 ……理由、理由、理由っ! ひねり出せひねり出せ! とにかく、なんでもいいからそれっぽいことを! あのメイドが逃げる前に!


「何を訳のわからないことを言ってるんだ、キミは……」

「だから、そこでちょっと黙ってて!」


 今、必死で考えてんだよ!


 立ち上がったままだったおれは、そのまま、できるだけゆっくりと、ゆっくりと、一歩ずつ、一歩ずつ、歩いて行く。


 左腕を肘から曲げて右手の方へ。

 その左腕の上に右腕の肘を乗せて、右手で口元を覆い隠すように。


 なんとなく、名探偵っぽいポーズ完成!


「いいですか、オブライエン殿……」


 できるだけ、もったいぶって、時間を少しでも稼ぐ。


「今の状況は、偶然かもしれない。でも、必然かもしれない……」


 なんとなくそれっぽいことを言って、時間を稼ぐ。


「だが、きわめて、重要で、そして、危険な状況です……」


 意味はあるようで全く意味のないことを……あ!


 ひらめき、キターーーーーーーっっ!


 おれは、ぴたり、と足を止める。


 落ち着け、おれ。大丈夫、答え合わせだけは、最初っから、終わってんだからな。正解は間違いない。証拠もそのままここにある。だから、それっぽい理由だけが、あればいい。


「……そんな状況で。そんな状況で、です。このお屋敷の主であるヴィクトリアさまや、ここの使用人の頂点であるオブライエン殿ではなく……」


 おれは、おじいちゃん執事に対してはっきりと視線を合わせてから、そこからでっぷり子爵へと視線を動かす。


「……突然やってきた方の一言で、一番にイスを用意しようと動き出すというのは、いかがなものでしょうか?」


 ピクリ、とほんのわずかだったけど、おじいちゃん執事の眉が動いたのが見えた。


「……というと?」


 おじいちゃん執事がおれに先を言うようにうながす。


「……つまり、その人には今、この場から、すぐに離れたい理由があるのではないか、ということですよ、オブライエン殿。この場から誰も動くべきではない、そういう状況なのに、です」

「……推測ばかりで、証拠は、ございませんが?」


 ……そうくるかぁ。そりゃそうだよな。使用人の問題だもんなぁ。おじいちゃん執事にとっても、苦しいところだよなぁ。


 でもまあ、証拠はそこにある。


「……証拠はすぐに出てきますよ。ここからすぐに出ていきたいということは、その証拠を今、その身に携えている、ということですから」


 おじいちゃん執事がちらりと、そのメイドを見る。


 その視線をヴィクトリアさんが追った。


「……セーナ? あなた、なの?」


 セーナっていうのか、あのメイドさん。


 最初におれと姉ちゃんがこの屋敷にやってきて、通された部屋に控えてたメイドさん。おれがおじいちゃん執事に預けたお土産を持っていって他のメイドさんと交代した人だ。


 実はあの部屋で、タッパを操作してアイテムストレージの機能を使った時から、このメイド、セーナさんが『毒の入った小さなビン』というアイテムを持っていたことは気づいてたんだけどな。

 本当にたまたま、偶然だけど。あの部屋にある物、ストレージに入れられるかなぁって思って試した結果の、まったくの偶然だけどな!


 まさか、おれたちにその毒を使うとは思ってなかった。

 さっきチェックしたけど、やっぱりまだ持ってるしな、『毒の入った小さなビン』を。


 おじいちゃん執事が一歩、そのセーナというメイドに向かって踏み出した、その瞬間。

 セーナはエプロンのポケットから小さなビンを取り出し、ふたを外して、一気に飲み込んだ。


 うわあああっ、おいおいおいおいおい! 何やってんの何やってんの何してくれてんのこのメイド!


「セーナ!?」


 ヴィクトリアさんのかわいい声で悲鳴が聞こえる。


 毒をあおったメイドは、そのままその場に膝をついた。別に死んだワケじゃねぇはずだけど、毒を飲んだこと自体がショックで、気を失ったんだろう。


 おれは旅人の服のポケットから取り出したように見えるような感じで、タッパを操作して、並ライポを取り出す。いや、本気で助けるなら、これ、偽装する意味ねぇ気がするけどな。無理だろ?


 ダッシュでセーナってメイドのとこへと走り、おじいちゃん執事を追い抜いて、そのメイドの背中を支える。


 そして、その口に、ふたを折った並ライポの先を突っ込んで強引に飲ませた。


「回復薬……」


 近づいてきたおじいちゃん執事のつぶやきがはっきりと耳に届く。


 おじいちゃん執事は、メイドの手から毒が入っていた小さなビンを回収した。ライポのビンは飲むと消えてなくなる不思議にビンだけど、このビンは違うらしい。


「……アインさま、この娘は、それで助かるんでしょうか?」

「時間はかかるけど、おそらくは……」


 時間だけじゃねぇけどな! ライポもかなりいっぱい必要になるけどな! なるけども!

 とりあえず、このまったくワケわかんねぇ状況で、証人にもなれる犯人を死なせてバイバイにはできねぇだろ!


 タッパで時間を確認する。タッパには時計機能がある。


 1分で5ダメ。60分間継続だ。HP10だと仮定すると1分5本の並みライポがいる。合計300本いるじゃん! そんなん旅人の服のポッケから出てくる数じゃねぇし!


 ああ! もう!

 アンネさんの危険回避のご指導が全部無駄になりそうだよっっ!


『ボックスミッツ』


 おれはやけくそで商業神系魔法を発動し、3段ボックスを出した。ボックスマックスも使えるけど、ここはあえてボックスミッツの方で。


「……しょ、商業神の御業、だと?」


 でっぷり子爵のつぶやきも聞こえる。


 いろいろと騒然としててもおかしくないこの状況で、やたらとシーンと静かになってんのはなんでだろうな?


 おれは3段ボックスから並ライポを取り出す。とにかく取り出す。どんどん取り出す。


 姉ちゃんが駆け寄ってくる。


「ア、アイン、それは……」


 とがめるような口調。姉ちゃんの気持ちはわかる。誰かが見てるところでは御業は使わないという方針をアンネさんと話し合って決めているのに、おれがボックスミッツを使ったのだ。


「姉ちゃん、今、非常事態だから。でも、姉ちゃんはいっさい、余計なことはしない? いい?」


 おれはできるだけ小さな声で言った。聞こえないようにってのが難しい静けさだけどな。それでも一応はな。


「わ、わかったわ」


 姉ちゃんがうなずく。頼むよ、姉ちゃん。


 1分が経ち、2本目、3本目、4本目、5本目、6本目、7本目、8本目と、どんどん並ライポを飲ませていく。

 このメイドさんのレベルが1でHP10だったとしたら、特上ライポの方がいいけど、特上ライポはどこにもないというくらい希少なもので、そのひとつ下の上ライポでさえ、奇跡の一品と言われてる。並ライポ以外はここでは出せない。

 薬草だと固定値回復だけど、自分で『使う』必要がある。

 気絶してるし、気絶してなかったとしても、このメイドさんが自分で薬草を使うはずがない。服毒自殺を図ったのに薬草使う理由ねぇもんな。

 しっかし、ライポは割合回復、しかも並ライポは1割回復だ。

 HPが少ない場合、面倒なことこの上ない。

 こんなんだったらとっとと鑑定能力がほしい! ああ創造の女神アトレーさまっっ! 鑑定能力プリーズっっ!


「……なんだ、あの数の回復薬は?」


 でっぷり子爵がこっちへ近づく。


 うっとうしいな、このおっさん。邪魔してくんなよな。


 そこにおじいちゃん執事が割り込む。


 ナイス、おじいちゃん執事!


「……子爵さま。それに、エイフォンさま。当家は今、大変、危急の事態になっております。お約束があったとしても、お帰り願うような状況です。突然やってこられたおふた方のお相手など、どうにもなりませぬ。どうぞ、今すぐ、お引き取りを」

「だが、こやつは、あれほどの回復薬を……」

「どうぞ、お引き取りを」


 完全なる塩対応で、まともに返答する気がないおじいちゃん執事。


「ここはメフィスタルニア伯爵家の別邸ではないか!」

「借り受けている限り、ここは今、フォルノーラル子爵家……いえ、私が筆頭執事として管理しているので、ここはケーニヒストル侯爵家でもありますな。繰り返します、どうか今すぐお引き取りを」

「執事ごときが……」

「貴族家の家政を預かる執事をずいぶんと軽く見ておられるようですな?」

「く……」


 にらみ合う二人。


 おれはタッパで時間を確認しながら、追加のライポを飲ませていく。


 ……まだ『SQ』が消えてない? このメイドさんを助けるまでなのか?


 そんなことを考えた瞬間、『SQ』の文字が変化して、『SQMB』となった。


 ……おいおい。もう勘弁してくれ。推理クエストじゃなかったのか? てんこ盛りだよこのクエスト? どんだけ続くの? 襲撃あるんじゃん!


「姉ちゃん。おれが合図したら、この人に5本のライポを飲ませて。いい?」

「いいわ。でも、どうしたの?」

「説明してる時間がなさそう。頼んだからな」


 おれは姉ちゃんと投薬係を交代して、立ち上がる。


 その瞬間。

 庭の塀の上に、仮面をつけた人が現れた。


 ……魔族? いや、これは、人間だろうな。


「……っ、曲者!」


 ヴィクトリアさんの護衛の……なんとかさんが叫んで、ヴィクトリアさんの前に立って剣を抜き放つ。

 もう一人の護衛の……なんとかさんも、その横に並ぶ。


 三人の仮面は、塀から飛び降りて、庭に着地した。


 ボスは、中央の仮面さん。


 そのHPバーは、1本だけ。

 これまでのボス戦とは違う、HP100の、激弱ボスの登場だった。





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