光魔法の伝説(19)
さて、今日は約束していたお茶会。
ヴィクトリアさんのとこから迎えの馬車が宿まで来た。
あれだ、この町まで乗ってきた幌馬車タイプじゃない、箱馬車の、紋章があるヤツだ。
まあ、そういうもんなんだろうな、
姉ちゃんが緊張してきたみたい。かわいいな、姉ちゃんは。
そう思ってたらゲンコツ喰らった。なんで?
ガイウスさんが用意してくれたカステラみたいな焼き菓子を持って、馬車に乗る。
こんな貴族ちっくなことをする日がくるとは、小川の村で頑張ってた頃には予想もしてなかったんだけどな。
馬車が動き出す。
おれと姉ちゃんを乗せて。
お屋敷ついたら、馬車ごと門の中に入って、玄関の石段の前で馬車が止まる。
屋敷はぐるっと石組の塀が囲んでる。お屋敷もたいそう立派な石造りの建物で、4階建てかな? 商業神のダンジョンで、ボスクモがいた建物に似てる気がする。やっぱりダンスホールとか、あるんだろうか? パーティー会場とかになるんだろうな。
今日のお茶会は庭でするって聞いたから、こっちとしては予定通りでありがたい。
両開きの大きな扉が開かれ、中へと招かれる。
……庭だと聞いたのに中へ? 中から庭に行くんかな?
どでかい入口は2階分の吹き抜けで、2階への階段が左右にそれぞれ、なんかちょっとカーブしたアレだよ、わかるかな? 階段なんてひとつで足りるだろうに、なんでふたつ?
そんなところに執事っぽいおじいちゃんと、前にクレープ屋で会ったメイドさんが迎えてくれた。名前、確かセルラ? セイラ? それともセリア、だったっけ? あれ? ヴィクトリアさんいねぇんだな?
そのセリアと思われるメイドさんがおれと姉ちゃんを見て、執事さんに小さくうなずく。ああ、本人確認か。自分とこの馬車で案内しといて、念入りだな。
執事さんが、こちらへどうぞ、と部屋を指し示し、別のメイドが先導してくれる。おれと姉ちゃんはついていく。
部屋に入ると、メイドさんがおかけください、とソファをすすめる。でも、お礼だけ言って、立って待つ。座らずに部屋の中の調度品をいろいろと見て回る。
こっそりタッパ操作でアイテムストレージに入れられるか試したけど、物品名だけずらーっと出て文字はグレーアウトしてた。収納できない。所有権がないんだな。当たり前だけど。
ひとつとんでもない物があったので、どこにあるか詳細に確認したら、そこの案内してくれたメイドさんが持ってた。びっくりした。メイドって、そんなもの、持ち歩いてんのか?
しばらくして、おじいちゃん執事が入ってきた、そこで改めて、どうぞ座ってくださいと言われて、ソファに座る。姉ちゃんがおれの隣に並んで座った。
おじいちゃん執事も座った。そういうもんなのかな? 執事さんとかって、ずっと立ってるイメージがあるけど?
「この家の執事を務めております、オブライエンと申します。お嬢さまに会っていただく前に、確認しておきたいことがございまして、このような席を用意しました。突然のご無礼、どうかお許し願いたい」
軽く頭を下げるおじいちゃん執事。実に威厳がある。これがここの主だって言われても、信じてしまいそうな気がする。まさか、本当に主じゃねぇよな?
「あなたがたお二人のことについては、大変申し訳ないのですが、こちらでいろいろと調べさせていただきました」
……まあ、そういうことは必要だよな。
「私どもがお仕えするお嬢さまは、なんとしても守り抜かねばならないお方なのです。ご不快な思いはあろうかと存じますが、どうか、お許しを」
「いえ、問題ありません。当然のことだと思います」
「そうおっしゃってくださると助かります。現在、メフィスタルニアはいろいろと騒がしいものでしてな……。では、まず、あなたがたは、トリコロニアナ王国に王弟殿下にあらせられるルイポスト・ド・セルトレイリアヌ公爵さまのご領地、セルトレイリアヌ公爵領の領都、セルトレインに拠点をもつ、ハラグロ商会の見習い奉公人、で、間違いございませんか?」
……ずいぶんとしっかり調べているらしい。
さすがは大侯爵の孫娘に仕えるおじいちゃん執事さんだ。
さて、では、いきますか。
「少し間違いがあるようです」
「ほう? どこが?」
「私たちは見習い奉公人ではありません」
「……見習いではなく、契約を終えた奉公人である、と?」
「いいえ。奉公人ではないのです」
「……では、どのようなお立場か、お聞きしても?」
表情からは何も読み取れない。さすがはおじいちゃん執事。年齢を重ねた熟練の味だ。でも、たぶん、驚いたんだろうな。調べた情報が間違っていたのかもしれないんだから。
ま、もっと驚いてもらうけど。それでも顔には出ないんだろうな、この人は。
「……私たちは、こちらのお嬢さま、ヴィクトリアさまに招待して頂いて、ここに参りました。私たちがどのような立場か、どうしても知りたいというのであれば、なぜそれが必要なのか、もう少しくわしく、ご説明頂きたい」
「……このままお帰りいただくことも、可能でございますから」
「なるほど。私たちが今日になって突然誘いを断るような、無礼者になる、ということですか?」
「……よくおわかりのようで」
「ヴィクトリアさまには違う時間でお伝えしている、と。そこまでやりますか。さすがに驚きました」
「……」
おじいちゃん執事は、苛立ちも、あせりも、何も見せない。ただ、穏やかに沈黙している。
沈黙しているってことは、肯定でもあるよな? つまりヴィクトリアさんには違う時間で予定を伝えてるのか、やっぱり。えげつねぇことするなぁ。
「そこまで私たちを警戒している理由は、教えられない、ということですね?」
こくり、と小さくおじいちゃん執事がうなずいた。
「では、帰らせて頂いて、ヴィクトリアさまには執事のオブライエン殿に追い返されましたと伝えるようにしましょうか」
「そのようなことは不可能でございます」
「この屋敷への言伝や手紙は全て、オブライエン殿の目と耳を通るから、でしょう?」
「……おっしゃる通りでございます」
ほほう。さすが、おじいちゃん執事さん。筆頭家令なんだろうな。侯爵家なのか、子爵家なのか、お嬢さま専属なのか、それともメフィスタルニア伯爵家なのかはわかんねぇけど。
それにしても過保護だよな。守り過ぎじゃね?
まあ、伝える手段は言伝や手紙だけじゃねぇけどな?
「ま、例えば、今回のお誘いにつながったクレープ屋をはじめとして、西通りの宝石店とか、東門近くの髪飾りがたくさんある小物屋とか、中央広場にほど近いレストランとか、そういうところで偶然ヴィクトリアさまとお会いしたら、ヴィクトリアさまの方から話しかけてくださるような気はしますけどね。そういうお方だと思っておりますが?」
おお? おじいちゃん執事の目がちょっとだけ細くなったな? 1本取れたか?
さすがにお守りするお嬢さまの行動範囲をばんばん挙げられたら、危険を感じるよな? こっちだって情報くらい仕入れてんだけど? いや、仕入れなくても知ってる分もあるけどさ、いろいろ。
「たかが見習い奉公人ごときが、どうしてそんなことを知っていると、オブライエン殿はお考えでしょうかね? ……まあ、見習い奉公人ではないんですけど」
「……」
「理由をいろいろと予想することはできるんですよ。
例えば、ハラグロ商会とヤルツ商会のセルトレインにおける対立とその確執。ヤルツ商会とメフィスタルニア伯爵家はしっかりと手を携えていらっしゃる。オブライエン殿としては、ハラグロ商会の人間を大切なお嬢さまに近づけるワケにはいかない、とか。
または、ハラグロ商会がお嬢さまとのつながりを持つことで、次代のメフィスタルニア伯爵家に取り入って、ヤルツ商会を蹴落とそうとしているのではないか、お嬢様がそのような政略に巻き込まれるのは好ましくないだろう、とか。
そもそも、現在かなり危険な噂のあるハラグロ商会そのものをお嬢さまに近づけたくない、とか。ありますよね、ハラグロ商会の危険なお話?」
おれは外人のように軽く肩をすくめてみせた。
おじいちゃん執事は表情をほとんど変えない。でも、ま、嫌そうな感じ? それはビンビンと伝わるんだよな。孫娘みたいに思ってんだろ? ヴィクトリアさんのことを? だったら耳の穴ぁかっぽじってよぉ~く聞けよ、こんの野郎が!
「そんな大人の世界のどす黒くて薄汚い何かで、あの可愛らしいヴィクトリアさまが、何度も何度もおれたちの宿に人を行かせて言伝させたり、確認させたりして……そうやってまで同じ年頃の話相手がほしいって、純粋に、さみしい気持ちを我慢しながらも、それでも心の底から望んだ、そんなほんの小さな願いを邪魔するなんて、あり得ないと思うんですよね、それに……」
「あのっ!」
おれの言葉を遮って、そう叫んで立ち上がったのは、姉ちゃんだった。
おれは思わず姉ちゃんを振り返り、おじいちゃん執事も立ち上がった姉ちゃんを見上げた。
「むずかしいことはよくわかんないけど、あたしたちみたいな子どもがあの子と会わないようにするんじゃなくて、あの子があたしたちと会ったことで何かあぶないことがあるとしても、それでもあの子を守るのがおじさんたちの仕事だと思うわ」
姉ちゃん、それ……。
おれが言いたかったヤツだよ……。
おれがこのおじいちゃん執事にぶつけたかったヤツなんだよ! なんでとっちゃうの?
「……あたしたちみたいな、子ども、でございますか?」
「あ、ウチの弟、アインはちょっと、子どもらしくないわね……」
「ちょっと……?」
「う、ちょっとじゃなかったわ。だいぶ、変な子ども、かな? アインは……」
軽く首をかしげて、おれに対する失礼な言葉を続ける姉ちゃん。いや、姉ちゃんだって、もうすでにフツーの子どもとは言えねぇレベルだからな! 言っとくけど!
おじいちゃん執事は、そこで初めて、表情を和らげた。
「……大変失礼をいたしました。どうも歳を重ねると、いらぬ心配をしてしまうようにございます。お許しくださいませ。お嬢さまとのお茶会の時間には、いましばらく、この部屋でお待ちいただきたいと存じます。
ところで、私どもがお二人の立場をどうしても知りたい理由は、先程アインさまが述べられた3つ、全てにございます。理由がわかれば、お二人がどのようなお立場なのか、私どもに教えていただけるのでしょう?」
表情が和らいだと思ったら一瞬で情報収集に切り替えやがった! 変わり身早ぇなおじいちゃん執事!
「えっと……」
姉ちゃんが座ったままのおれを見下ろす。どうしたらいい? って目で言ってる。とりあえず、座り直してほしい。なんか中途半端だから。
おれは姉ちゃんの手を引っ張って、もう一度ソファに座らせる。
そして、おじいちゃん執事をまっすぐに見つめる。
さあ、売り込み開始だ。
「おれたちは、冒険者です。ハラグロ商会の馬車には、護衛として同行していました」
「冒険者で、護衛……失礼ですが、その年齢で護衛と言われても?」
「まあ、そうでしょうね。信じるも信じないも、そちら次第です」
「では……ハラグロ商会の馬車が襲撃を受けたというのは?」
「おれたちで撃退しましたよ。ほとんどは姉ちゃ……姉が倒しましたけどね」
「……襲撃は20人近い人数だったと聞いております」
「生かしたまま捕えた二人は、おれが捕まえました。あとは全部……」
おれはちらりと姉ちゃんを見て、視線をおじいちゃん執事に戻す。「あ、でも、生かして捕えた二人に対する拷問は、商会の人たちがやってます。おれたちは関わってませんから、これ、信じてもらわないと困ります」
「……そうでしょうな」
あ、やっぱり手足指なし事件、知ってますね、その反応は。
ま、今の段階でおれたちを信じてもらえなくても別にいい。
だからこそ、中途半端な嘘は混ぜない。大きな嘘はあるかもしんない。
「……この話は、このお屋敷の中で止めていただけると助かります」
「……ハラグロ商会は子どもが護衛であることを伏せているのでございますな」
「そうですね」
それはつまり。
あの襲撃はワザと受けた、ということでもある。子どもが護衛だなんて考えないもんな。護衛のいない商会の馬車なんて毛皮を脱いだ狼みたいなもんだ。狙い放題だろ。ま、たとえそうだとしても、襲撃する方が悪いんだけどな。
「あ、これ、おみやげです」
おれはガイウスさんが用意してくれたカステラっぽいお菓子の包みをテーブルの上に置いて差し出す。
おじいちゃん執事は、一言礼を言って受け取り、控えていたメイドに渡す。メイドがお土産をもって出て行くと、別のメイドが入れ替わるように入ってきて部屋の隅に控えた。
きっと、おじいちゃん執事の頭の中では、ヤルツ商会とハラグロ商会が天秤にかけられているのだろう。もちろん、大切なお嬢さまをどう守るかということだけを考えてるのかもしれないけどな。
その結果として、ヴィクトリアさんがこのメフィスタルニアでゴーストにならずに、無事に脱出できた時には、おれたちを護衛として雇ってもらえたら、いいんだけど……。
このメフィスタルニアがたどる死霊都市となる悲劇。その中で、ヴィクトリア・ド・フォルノーラル子爵令嬢を、死霊都市のゴーストとなる運命からどうにかして救う。
それが、おれが目標とする、この世界の歴史の大きな改変だ。
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