光魔法の伝説(21)
さて。
これまでにない低HPのボス。
どうする?
……そんなん決まってんだろ?
おれは全力で走って、中央のボス仮面の前へ飛び出す。
ボス仮面は剣を抜き、振り下ろそうとしてくる。
が、その剣が振り下ろされる前に、おれの拳がボス仮面の腹へと突っ込んだ。
1撃でHPバーが削れて、その場にボス仮面が崩れ落ちるように倒れる。ストーリー・クエスト・メイン・ボスは、倒されてもエフェクトとともに消えたりはしない。というか、まだ倒してないけどな。
通常攻撃の、武器装備、なし。ん? なんか引っ掛かる……ま、後で考えよう。
武器はない。ただし、おれは体術系スキル保持者なので、武器補正の代わりに筋力の3割増しが攻撃力となり、さらに、体術系スキル保持者の通常攻撃によってHP0まで削られた相手は、HP1となってスタンさせられる、というオマケ付き。これを活用すると……おっと!
「姉ちゃん! ライポ!」
叫んですぐ、ちらりと確認したら、姉ちゃんが服毒メイドさんにライポを飲ませようとしてるのが見えた。これでよし。
両脇の仮面さんたちも慌てて剣を抜く。
本来、暗殺対象へと動くはずなんだろうけど、おれの方を向いている。
……おれが暗殺対象? まさかな? いや、それもあるのか? どっちだ?
おれはあえて歩いて、左側のヴィクトリアさんから遠い方の仮面さんに近づく。
仮面さんが剣を振り下ろすが、それをかわす。なんだか、ズッカとティロを思い出す。ちょっとだけ胸が痛い。懐かしいけど、さみしい思い出だ。
さらに、かわして、かわして、かわす。
もう一人の仮面さんは、おれに一歩踏み出したところで止まり、向きを変えて、ヴィクトリアさんへと動いた。
……やっぱ、ヴィクトリアさんが対象か。でも変な動きだよな? 第1目標はおれなんじゃねぇのかな? ヴィクトリアさんが第2目標か?
おれは一瞬で目の前の仮面さんを殴り倒して、すぐに最後の仮面さんを追う。
ヴィクトリアさんの護衛騎士二人がすんごい顔して剣をかまえてる。まさか、この子たち、実戦経験足りてない? 確かに見た目はかなり若いんだけど?
剣を振り上げた最後の仮面さんに向けて、おれは後ろから思いっきり首を手刀でぶっ叩いた。
前進していた勢いのまま、最後の仮面さんが前のめりにたおれていく。
体術系スキルと、高い筋力があれば、なぜかできてしまう伝説の首トン。
ゲーム世界ならでは、リアルに発生するバーチャルな首トン。
リアル・バーチャル・首トン。
マジ笑える今回の首トンのリアル。
首トンで仮面さんが倒れて見えたものは、あまりの驚きに、まんまるに目を見開き、ぽかんと口も開いたヴィクトリアさんの護衛騎士二人。のどの奥までみえてますよ。
せっかくの美人が台無しですが、お二人とも、大丈夫ですかね?
正直なところ、人間の、というか、人族のというべきか、とにかく人族は弱い。今回のこの襲撃者のボスなのにHP100しかないよ問題も、そういうことだと思う。人間は弱い。ひたすら弱い。
なぜか?
生活範囲の周辺には弱いモンスターしかいねぇんだよな、これが。
辺境伯領を出てから、どこに行ってもツノうさレベルで、もうフォレボやバンビのクラスがいねぇの。
辺境伯領のおれと姉ちゃんが暮らしていた開拓村とは違って。ちなみに森で採れる薬草とかもほとんどない。だからリタウニングで古き神々の神殿へと行くんだけどな。
まあ、そういう弱いモンスターしかいないところで生活すると、どうなるか。森でフォレボを狩る前の小川の村と同じだ。そうすると、最大レベルが5ぐらいになる。14歳以上でHP、MP、SPが50というレベル。
騎士団の騎士とか、特殊な討伐に出向くような立場になったり、まあとにかく、一般的ではない経験を積んだ者でなければ、レベル5よりも上にはならない。
今回のボスである侵入者、仮面の刺客くんはHP100だから、レベル10に達していることになる。これは人族、すなわち人間の中ではとんでもない強者。まさにボス格にあるワケだ。どういう素性の人物なのかはさっぱりだけどな。たかがHP100のレベル10で強者となる世界。弱いよな。
そいつ、その弱ボス仮面をロープで拘束していると、でっぷり子爵が叫んでいた。
「なんだ? いったいなんなのだ、こいつは!」
「当家の客にございます。無礼なマネはお止め頂きたいものですな。それよりも、何度も申し上げておりますが、エイフォンさまともども、早急にお引き取りを」
ブレないおじいちゃん執事さん。いいぞ、もっと言ってやって。
おれは姉ちゃんに合図を送る。姉ちゃんはライポをメイドさんに突っ込む。口に、だな。
「いいか、これは未来の伯爵夫人への襲撃事件だ。襲撃者は捕えて尋問をせねばならん。すぐに衛兵を呼び、連れて行かせる!」
……あ、そういう感じ? タッパは……ああ、まだ『SQ』のままか。ボス戦は終了扱いね。でもまだクリアじゃないと。じゃ、こいつに対処しねぇと終わらないってことか?
「……都合のいいおっしゃりようですな? これは当家の、フォルノーラル子爵令嬢にしてケーニヒストル侯爵の孫娘である、ヴィクトリアさまに対する襲撃です。未来の伯爵令嬢などという言葉でごまかされたりはしません。取り調べは当家で行います」
「なんだと? メフィスタルニア伯爵家の言うことが……」
「そもそも、なぜ子爵さまがメフィスタルニア伯爵家の名代のような顔をしているので? そちらにエイフォンさまがなぜかいらっしゃいますな。エイフォンさま、お嬢さまが襲撃を受けましたので、当家にて捕えた者を尋問し、取り調べます。よろしいですな」
「エイフォンさま! 許してはなりません!」
二人にいろいろと言われたエイフォンくんは、一歩引いている。それでも、その表情は何かを考えようとしているようだ。
「……オブライエン殿。そちらで取り調べてからでかまわぬ。その後、これらの者たちの身柄をこちらに渡してもらいたい。それでどうだろうか?」
「エイフォンさま!」
「少し静かにしてくれ、ヤルツハイムル子爵。今日は、いろいろとよくわからぬことが多い。あなたも言うことがころころ変わるので、考えがまとまらぬ」
「ほう……? どのようなことをころころ言いかえておるのですかな?」
おじいちゃん執事の目がキランと光ったような気がした。「……その点を確認させて下されば、先程の提案にも応じましょうか」
「エイフォンさま! もう戻りましょう! 今回の件はお父上を通じて、正式に抗議なさるといい!」
「ええ、もちろんですな。今回の件は、メフィスタルニア伯爵へ、さらにはトリコロニアナ王家へも、正式に抗議させて頂くことでしょう。何の約束もなく、突然屋敷へやってきて、言いたい放題。無礼にもほどがある。エイフォンさまについても、同じでございます」
冷たいおじいちゃん執事からのマイナス100度くらいの視線がエイフォンくんに刺さる。「それで、エイフォンさま? 先程の件ですが、どうぞ、ご説明を」
「エイフォンさま!」
「子爵、そなたはもう出て行くがいい。騒ぐだけで何の解決にもならぬ上、問題ばかりを重ねておるようにしか見えん。オーパス。連れて出てくれ」
「はっ」
エイフォンの護衛であるオーパスと呼ばれた騎士が、でっぷり子爵に近づく。
でっぷり子爵は、ぷりぷりしながら、その護衛騎士の手をはねのけて、部屋を出て行く。
「……エイフォンさま。後悔なさいませんように」
捨て台詞だ。
おれは襲撃した仮面くんたちを拘束しつつ、姉ちゃんに投薬指示をだしながら、一部始終を見つめていた。
女騎士たちに守られたヴィクトリアさんは、動かない。いや、動けないのかな?
うーん、どうだろ?
今ので、ひょっとして、メフィスタルニアの滅亡フラグが立ったのか?
おじいちゃん執事とエイフォンくんは、でっぷり子爵の背中を見送った後で、目を合わせた。
「この度は、申し訳ないことをした。突然やってきた非礼を詫びよう。ヤルツハイムル子爵より、危急の一件であり、他領の間者がヴィクトリア殿に近づこうとしているという情報があったので、父上が不在の今、私が動かねばならぬ、強い騎士を連れてすぐに、と言われてやってきたのだ」
「……なるほど」
おじいちゃん執事が小さくうなずく。
……それは、襲撃をまるで予測していたって、話だよな? まあ、襲撃情報を掴んでいたという風に考えることもできるけど、でっぷり子爵が襲撃を準備したとも考えられなくはない。
いや、正直なところ、メフィスタルニアを死霊都市にするのも、でっぷり子爵はマッチポンプ的な感じのヤツだからなぁ。そうするとこれもマッチポンプか? とすると、なすりつける先は、ハラグロ商会?
もしくはおれと姉ちゃん……姉ちゃんを狙ったのか?
もし姉ちゃんを狙ったというんであれば容赦はしない。地の果てまで追い詰めて、血反吐はかせて、生きていることすら後悔させてやるけどな?
しっかし、これでメフィスタルニアは死霊都市への道を一歩進んだのか? まだいろいろとやりたいことが残ってんだけどな?
おれは服毒メイドのところに移動して、姉ちゃんに投薬指示を出し続ける。
「他領の間者は、公都のハラグロ商会の関係者だと聞いたが……」
「間者ではございませぬ、エイフォンさま。お嬢さまが招待したお客さまでございます」
「そうか、それは失礼した。それにしても、一瞬で3人の刺客を倒すとは……」
エイフォンくんがちらり、とおれを見た。
おじいちゃん執事の視線も、おれの方を向いた。小さくうなずいている。あれは、どういう立場にいるのか説明した方がいいよ、というサインだろうな。
今なら、さっきの戦いの様子で、子どもだからと思われずに、護衛だと信じてもらえそうだし。というか、おじいちゃん執事がおれと姉ちゃんがハラグロ商会の護衛だってのは、たった今信用したんだろうけどな?
「……発言をお許しいただきたいのですが」
「許そう」
「ありがとうございます。私はアインと申します。ハラグロ商会の護衛を務め、商会の馬車とともにこのメフィスタルニアを訪れました。町で偶然こちらのヴィクトリアお嬢さまから声をかけて頂き、今日はこちらの屋敷へと招待されました。私どもはメフィスタルニア家に対して、まったく敵意はございません」
「そ、そうか。ハラグロ商会の馬車の護衛、か……」
エイフォンくんが、自分の右手で自分の左手をかばうように隠す、というおかしな動きをした。いや、隠してるのは両手の指か?
……あ、あれか。ガイウスさんの拷問の話を知ってるのか。ヴィクトリアさんと違って、エイフォンくんはいろいろと聞かされてんだな、ちゃんと。
確か、ヴィクトリアさんのひとつ年上だから、姉ちゃんと同じだっけ? 大変だよな、大貴族の跡取り息子って。
「わ、私の婚約者であるヴィクトリア殿を守ってもらったのだ、礼を言わせてくれ」
「……当然のことをしたまででございます」
おれはエイフォンくんをできるだけ威圧しないように、小さく一礼した。
「それにしても、その大量の回復薬を見ると、ヤルツ商会の商会主でもあるヤルツハイムル子爵がハラグロ商会を警戒しているのもわかるな」
ヤルツ商会はライポの取引で国内の領地持ちの大貴族たちとつながってきた。メフィスタルニア伯爵はヤルツ商会のお膝元として、いろいろと利益を得ていたことだろう。
そこに現れたハラグロ商会が、やっぱりライポで国内の大貴族を切り崩してるワケだ。
ヤルツハイムル子爵もあせってるけど、メフィスタルニア伯爵家もこれまでの立場を脅かされてると言えるよな。
そんなら、やっぱりハラグロ商会に罪をなすりつけようとする線は可能性が高い。その関係者のおれが撃退したけど、自作自演だとか言われても否定する材料がないしな。証拠もないとは思うけど。
そんなら、はっきりさせとこうか。
「……では、ヤルツ商会には、警戒する必要はないとお伝えくださいませ」
おれがそう言うと、エイフォンくんはほんの少しだけ表情を歪めた。おじいちゃん執事は平然としているが、少しだけ左目が細くなってる。
「どういうことだろうか?」
「ハラグロ商会は、メフィスタルニアに支店を出さないと聞いております。ヤルツ商会のお膝元で敵対するつもりはないということだと思います。もちろん、メフィスタルニア伯爵に対しても、そのようなつもりはないでしょう。ああ、そういえば、番頭のガイウスさんは、ケーニヒストルータに出店するのは全ての商人の夢だから、いつかはケーニヒストルータに出店したいと言っておりました。オブライエン殿、その時には、一言、口添えをお願いします」
「ほほう? それは楽しみですな」
おじいちゃん執事は笑ってないけど笑顔を見せた。あれは笑ってないよな? 明かな作り笑いだ。
「ですので、オブライエン殿。尋問によってハラグロ商会の名が出たとしても……」
「みなまで申さずともわかりました。この者たちの背後関係まで可能な限り洗い直しますとも。ろくなつながりもないのに名前だけが出たからと、いらぬ疑いはかけたりしません。約束しましょう」
そこで、タッパの表示から『SQ』の2文字が消えた。
どうやら、おじいちゃん執事の信頼を得ることか、約束してもらえることがクリア条件のひとつだったらしい。
ただ、ここで得たつながりが、おれと姉ちゃんの未来にどこまで影響を与えるのかということについて、おれの認識は途方もなく甘かったんだけどな……。
エイフォンくんは帰ったけど、服毒メイドの投薬はまだ1時間近くはかかる。おれ自身もうっかりしていたが毒、しかも強毒状態だったので、並ライポを1本飲んでおく。これでおれはもう問題ないだろう。HPの数値が違うからな。
こんなことになったので、ヴィクトリアさんには休んでもらいたかったんだけど、おじいちゃん執事も、おれも、休むように言ったけど、最後まで見届けたいとヴィクトリアさんが譲らない。
「じい。わたくし、どうやら知らないことが多いようですの。ハラグロ商会というのも初めて聞きましたし、それがこのメフィスタルニアの商会と競っているというのも、存じませんの。もっと、いろいろ教えてくださいませ」
じい……おじいちゃん執事、ヴィクトリアさんからじいって呼ばれてんだな。
「こうして命を狙われることは初めてではありませんの。でも、それがどうしてなのか、いつも教えてはもらえませんの。本当に、それでこの先、やっていけるのでしょうか?」
……びっくりです。
命を狙われたのは初めてではない?
それにしては、警戒心が薄いような気もするんだけどな? 大丈夫か、この子?
まあ、このおじいちゃん執事がついてるし、護衛騎士も二人いるしなぁ。命を狙われるっていっても、毎日ではないよな? 警戒は毎日しなきゃならねぇんだろうけど?
おじいちゃん執事がヴィクトリアさんの前でひざまずく。
「……お嬢さま。その決意に応えるため、お嬢さまのこれからの成長のため、今から苦言を申し上げてもよろしいでしょうか?」
ひざまずいてもちょっとだけ見上げる程度の目線でヴィクトリアさんをみつめるおじいちゃん執事と、それをほんの少しだけ下に見る感じで見つめ返すヴィクトリアさん。
なんか、いい感じの主従だな。
「許します。聞かせて、じい」
「ではまず、このようなお話はお客さまの前でなさるものではございません」
「まあ!」
……ですよねー。かなりの緊急事態ではあったけど、ひと段落ついたとこだし? まだ服毒メイドの治療は済んでないけどさ。
おれたち、クレープ屋で知り合って、お茶会に呼んだだけの、ただの知り合いでしかないしな。
ヴィクトリアさん自身は、名前しか名乗ってねぇもん。家名はまだ伏せてるし。まあ、ここまでの状況でおじいちゃん執事の口からも何度も聞かされているしな。
「……ただ、今、ここにいらっしゃるアインさま、イエナさまにつきましては、すでに調べは済んでおります。ここでの話を不必要にもらすような方ではありません。ですからこのじいも、少々のことであれば、目をつむりましょう」
「よかったですの。では、イエナさまやアインさまは、じいが信頼できると認めたんですのね?」
「……ですから、そのようなお言葉は、お客さまの前で出すものではございませんと、申し上げております」
「まあ! わたくし、また失敗してしまいましたの」
……ですよねー。
本当に大丈夫かな、ヴィクトリアさん?
おじいちゃん執事が立ち上がる。
「……ビュルテ殿、拘束した3名は地下へお願いします。セリア、メイドたちに指示を。この場に残る者は3名でよい」
「使用人を借りますよ」
そう言って、護衛騎士がさっと動く。男性の使用人を呼びに行ったのだろう。
クレープ屋で会ったメイドさんもテキパキと指示を出して、お茶会セットが片付けられていく。セリアさんだっけ? この人がメイドのリーダー格なのかな?
「さて、お嬢さま。先ほどから申し上げております、お客さまの前ですることではない、という意味は、このようなことになったことをお詫びするとともに、刺客を倒してくださったことへのお礼、そして次回のお約束をした上で今はお帰り頂く、そういう意味でございます」
……さすがにそこまで察するなんてできねぇーだろっ?
「そうでしたの……。いたらない主人でごめんなさい、じい」
「いいえ。苦言を受け入れ、成長なされようとする姿。このじい、嬉しく思いますぞ。ですが、セーナの治療については私どもの手が及ばぬことゆえ、今しばらくはイエナさま、アインさまのお手をお借りするのがよろしいかと。また、セーナの治療に使われている回復薬につきましては……」
「我が家で買い取る形にするのでしょう?」
「まあ、そうでございます。使った分を、ですが、すでに何十本もお使いのようですので……」
「セリア、代金の準備を……」
「お嬢さま。回復薬の取引価格をご存知ですか?」
「知りません……」
「ケーニヒストルータならば3000マッセ以上、メフィスタルニアでは4000マッセから5000マッセ以上で取引されている物でございます」
……ぶはあっ! ライポの取引価格が高騰してる! なんだその価格は?
あれ? そういやおれはハラグロ商会には1000マッセで取引するようにって伝えたよな?
ガイウスさんがその価格でやってたら、これ、完全にライポの価格破壊じゃん? そりゃ、ライポ独占でのしあがったヤルツ商会を脅かすのも当然だよな! 3分の1とか4分の1とかの価格で売られたら、やってらんねぇよな?
「……そんな物をこれほどの数、お使いになって、セーナを?」
「証人は生かしてこそ、証人でございます。イエナさま、アインさまがいなければ、今回の1件は全て闇の中。襲撃者を生かして捕えたアインさまの強さも合わせ、この御二方とつながりをもち、招待なさったお嬢さまのご慧眼、じいは感服いたしております」
おじいちゃん執事がヴィクトリアさんをじっと見つめて、小さくうなずく。ヴィクトリアさんがはっとしたように動き出した。
「イエナさま、アインさまには、最大の感謝を……」
ヴィクトリアさんが姉ちゃんに近づいて、その手を取る。
姉ちゃんがどうしたらいいか戸惑って、おれを見るんだけど、おれは姉ちゃんと交代して服毒メイドの投薬にあたっているので動けませんよ? 頑張れ、姉ちゃん!
「え、ええと……」
「わたくし、ヴィクトリア・ド・フォルノーラルは、イエナさま、アインさまのこのたびのご活躍に心から感謝を申し上げますとともに、今後、いかなる場においても、お二人の味方となることをここに誓いましょう」
ええ? そこまで言っちゃっていいの? ていうか、おじいちゃん執事が止めてない? なんで?
「……本当は家名など名乗らず、イエナさまやアインさまとはお友達になれたら嬉しかったんですの。わたくし、あまりお友達がおりませんの」
「ヴィクトリア、さま……?」
「イエナさま、リア、とお呼びくださいませ。そして、どうか、わたくしとお友達になってくださいませ。アインさまも……」
ここでその本音がきたか。まあ、友達になりたいってのと、商業神の御業を洗礼前から使える剛腕の少年とのつながりを確保しときたいっていうのが、合わさって、おじいちゃん執事が止めようとしないのは気になるんだけどな。
いや、おじいちゃん執事の意思でヴィクトリアさんがこういう動きになったと考える方が自然か?
「ええと、その……」
この手のお偉い方々とのやりとりは姉ちゃんの苦手なパターンだ。
まあ、勢いがついたら、相手のことなんか関係なしに動いちゃうんだけどな、姉ちゃんは。たとえ王さまでも怒鳴りつけそうだから心配だけど。
姉ちゃんから救いを求める目がおれに向けられてるので、ちょっとだけ口をはさんで、うまくいくように頑張って煽ろうか……。
「ヴィクトリアさま。それはなりません。私どもと、ヴィクトリアさまの間には、大きな身分の違いがございます」
ここまででちらりとおじいちゃん執事を確認。特に無反応を装っている、と。やっぱ手強いな、このおじいちゃんは。ヴィクトリアさんはちょっと悲しそうな表情に変化している。顔に出てますよ~。
「貴族の令嬢であるヴィクトリアさまと、冒険者で護衛などという私どもが親しくしているとなれば、周囲の者はよく思いません。ヴィクトリアさまのためにも、そのようなことはできません。私どもでは、ヴィクトリアさまのお友達になることなど、できぬのです。どうか、お許しを……」
ちらり。おじいちゃん執事はまだ無反応っと。
「やっぱり、お友達には、なれませんの……」
ぽろり、とヴィクトリアさんが涙を流す。
ちらり、と見て、まだおじいちゃん執事は無反応。これで正解なのか?
だが、反応したのは別のところの別の逆鱗だった。まあ、それは予想通りではあるし、それを狙ってはいたんだけどな……。
ごっつん!
「いでっ!」
ぐにっ! ぐいっ!
「いだいっ、ぐびぇっ、でぇじゃん、いだいっ!」
ゲンコツを強めに1発、さらに頬をぐにっと強くつねり、そのまま引っ張るという荒業。
加害者、わが姉、イエナ。
被害者、おれ、アイン。
……ああ、母ちゃん国際司法裁判所の復活を切実に望みたい!
「リアにあやまりなさい! アイン! 女の子を泣かせるような子に育てたおぼえはないわっ!」
……姉ちゃんに育てられた覚えはないけどな! ないんだけども! こうやって勢いでやっちゃうんだろうとは思ってたけども! すでに『リア』って呼び捨てなんだけども!
びっくりしたヴィクトリアさんが泣き止んで目を見開き……。
……無表情だったおじいちゃん執事が、ほんの少しだけ優しそうに微笑んだ。
……たぶん、これが今回の正解ルートだ。
おれが痛い思いをしたことを除けばなっ!
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