アインの伝説(23)
王都の中は、魔物であふれていた。身寄りのない子どもたちで王都があふれるだろうと言った孤児院のシスターも、まさかその二日後に王都が魔物であふれるとは思ってなかっただろう。
それでも、王城へと向かう大通りは広く、しかも現状は敵しかいない。
範囲魔法をバンバン使える状況は整っていた。
魔物はイビルボアやイビルウルフなど赤黒い動物タイプモンスターと、コボルト、コボルトリーダー、オーク、オークリーダー、オークウォリアーなど犬頭や豚頭の亜人タイプモンスターがいた。
一番HPが高いオークウォリアーでHP600クラスだ。姉ちゃんの風の神系やリンネの火の神系、風の神系、地の神系の範囲攻撃魔法なら上級スキルか王級スキルでほぼ一撃殲滅だし、攻撃効果範囲に外れた撃ちもらしも、おれがミスリルハルバードを振えば一撃確殺だったので、ザコモブくんには苦労してない。
魔物の軍勢を魔法で殲滅しつつ、王城へと進む。
王城の門は、ぐにゃりと歪んで曲がった形になって、人間なら二人ぐらいは同時に通れるくらいの空間が開いていた。
おれが先に入り、リンネ、姉ちゃんと続く。
王城の中では、衛兵や騎士が倒れていた。
ほとんど抵抗できずにやられたとわかる、武器を抜きかけた状態や、武器を抜く前の状態で倒れている騎士や衛兵が多い。それでも、背中からやられたような人はいないというのが、王城を守る者としてのプライドだろうか。
逃げるようなことはなかったのか、逃げるような相手をビエンナーレが追わなかったのかは追及しない方がいいのかもしれない。
とにかく、そうやって、きれいに倒された騎士や衛兵の死体を見つけて進む。間違いなく、それがビエンナーレの進んだ道だろうと考えられるからだ。
正直なところ、ヤツと戦うのは避けたい。避けねば、避けよう、避ける時、避けるなら、避けろ? 何活用!?
でも、ここまで来てしまってはそれももはや言い出せないし、姉ちゃんも、リンネも引く気がない。全然ない。これっぽっちもない。
なんでそんな勇気があるのか理解できねぇ。知らないってのは強さだよな? な? マジで!
秘策は、あるような、ないような……試してみたことはないからぶっつけだろうけど、まぁ、ゲームと同じように負けイベントとして流れれば命は奪われないと期待しよう。
そもそも負けイベに持ち込むまでアイツを削らないと話にならねぇんだけどな。ならねぇんだけども。
ビエンナーレがいない、または既に王城を制覇して脱出している、そういうすれ違いは大歓迎。大歓迎なんだけどな。アイツの方からいなくなってくれたのなら、姉ちゃんもリンネも、そこまでこだわることもねぇだろ、たぶん。
でも、ダメだ。ダメなんだよ。わかってんだよ。おれだってわかってんだよ。しかも、はっきりと示されちゃってんだよ!?
タッパに!
もうひとつのSQ! 『全ての神殿を制覇せよ』ってワールドクエストとは別の、名もなきストーリークエストが点滅してんだよ! 王城に侵入した時から!
ビエンナーレがもういない? そんなワケないじゃん!?
そんで王城の大きな通路を抜けて、たぶんそこは、大広間で、こういう防衛戦だと作戦本部みたいになるところだよなってところの前で!
表示がSQMBに変わったよ! 変わっちゃったよ! はっはーーーん! ストーリークエストメインボスだよ! ボス戦だよ! 相手はビエンナーレで確定だよ! ちくせうっ!
もうやるしかねぇじゃんっっ!!
「……準備を。この中だ、たぶん」
「すぐに飛び込むの~?」
「待って、何か、聞こえるわ?」
おれたちは一度立ち止まって、耳を澄ませる。姉ちゃんは弓を、リンネは弓と矢を準備しながら。
「……宣…………てわれわ……なたたちは戦…………で降伏をす……都の被害もそれ……くなるだろうに、無駄に…………するとは、そ……国王か……」
「何とで…………族が宣…………い、堂々と戦…………てきたなど……信じる……ん。われわ…………ぬ魔族と……争いになって最後まで戦……るがいい……」
おれは姉ちゃんと視線を交わす。
「……ちょっと遠いかな?」
「ところどころは聞こえるけど、わからないわね」
「愚かな…………まで死に…………ば、ここで死ぬがいい」
まずいっ!
「飛び込むっ!」
「ええ!」
そこは予想通り大広間で、ビエンナーレと対峙して、おそらく国王だと思われる服装の人物と、宰相やその他の大臣が立っていた。
入口には4人ほど騎士がきれいに倒されている。
ビエンナーレは国王を殴ろうと腕を振り上げていて、国王も大臣たちもその威圧感に抵抗できないのか、まともに動けない感じで怯えている。
姉ちゃんが口元まで弓を引くと、光る魔法の矢が勝手につがえられる。弓術系神級スキル『女神ポルテの矢』だ。SPがある限り、矢は必要ないという矢の節約スキル。ちなみに連射性能もアップするのでかなり使えるスキルだ。
リンネはダンツの予備動作に入り、姉ちゃんが不意打ち同然で矢を放つ。
明らかに不意打ちだったにもかかわらず、ビエンナーレはさっと振り返って左腕で姉ちゃんの放った魔法の矢をはじき飛ばす。
……魔法の矢って、ああやってはじけるのかよっ!?
いや、それと姉ちゃん!? リンネも? 外したらなんか偉そうな連中にあたるかもだからな!? あたるかもだから! 狙いは正確にして!?
大広間に突入したことで、ビエンナーレとの距離が詰まって、いつものボス戦のように、視界の端にHPバーが見えるようになる。
学園編に入った今は、HPバー1本で1000、ビエンナーレのHPバーは上から下までちょうど20本。つまりHP20000だ。小川の村でやりあった時より、増えてる。ていうか無傷か? あんだけ倒して進んできて無傷? マジか……。
鑑定で確認。
レベル45の、『拳聖』ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート男爵、19歳……四武聖ジョブのひとつ、『拳聖』だ。一応、腰に剣は吊るしてるけど、メインウェポンじゃねぇってことだ。でも男爵? また男爵か? ゲームだと魔侯爵なんだけどな? って19歳? え、こいつ19なの? マジで?
「もう全て片付けたと思っていたが、いったい何者だ?」
そう言いながらこちらを振り返り、今度はリンネが放った弓術系初級スキル・ダンツの矢も左腕ではじき飛ばす。
姉ちゃんが弓を足元に置いて、おれがストレージから取り出してぽいっと投げた女神の槍を受け取ってかまえる。
おれは姉ちゃんの足元の弓、女神の弓をストレージに回収する。
弓と槍の女神シリーズは姉ちゃんが戦の女神イシュターの古代神殿で、それぞれの眷属神のダンジョンという名の闘技場をクリアした時に獲得したクリアボーナスだ。
ちなみに姉ちゃんは14歳の洗礼前におれに内緒で槍と剣の熟練度上げをやってて、おれは上級とか王級とかまでしか使えないと思っていた槍術も剣術も密かに神級まで上げていたという。
姉ちゃんが女神の槍と剣神のつるぎを持っているのを見た時の衝撃といったら……。
『創造の女神アトレーの聖女』になったのは、そんなところも関係していたのかもしれない。
あ、リンネの弓はレインボウなので女神シリーズではない。あ、話がそれたな。ちょっと現実逃避したいってのもあるかもな。あるかも。
「覚えとくって言ったくせに、覚えてないのね? 腹の立つ男だわ」
「ほう……?」
「強くなれって言われたから強くなってここまできたわ? 忘れられてるとは思ってもみなかったけど、もう何年か経ったもの、そういうこともあるわよね」
「ふむ……その黒髪に、黒の瞳……面立ちの似た、弟、か……そうか。あの時の……小川の村の、イエナと…………アイン、だったか? それとそちらの娘は、麓の村の……」
「小川の村の、アイン、となっ!?」
反応したのは、意外なことに国王っぽい服装のおじさんだった。いや、そこはおれたちとビエンナーレの会話じゃん? 何やってんのオジサン? 割り込み禁止だよ?
「この私の復帰戦に、おまえたちが姿を見せるか……これが因縁というものか……」
「ふうん、本当に覚えてたのね。感謝するわ」
そう言って姉ちゃんはビエンナーレへと駆け出した。近づきながら、中級スキル・スラッシュの予備動作を行う。連続技『サワタリ・トロア』を喰らわせるつもりだろう。
……復帰戦? 因縁? あれ? なんか、あれ?
疑問を感じたおれは姉ちゃんからほんの少し遅れて、タッパでバッケングラーディアスの剣を装備しながら接近していく。
目線だけでおれと姉ちゃんの位置を確認すると、ビエンナーレはあり得ないくらいの速さで姉ちゃんへと接近した。
速過ぎっっ! 頼むから誰か逮捕しやがれっ! おまわりさーん! リアルにこいつですっ!
「くっ……」
姉ちゃんは一瞬で間を詰めたビエンナーレの動きに対応するため、スラッシュの予備動作を中断して通常攻撃で女神の槍を一閃。
ビエンナーレはそれを左腕で受け止めてはじくと、姉ちゃんへと右拳を振りかぶる。あの左腕の義手、かってぇな?
でも、姉ちゃんはやらせねぇっ!
おれはもっとも予備動作が短い初級スキル・カッターを選択し、ビエンナーレへと踏み込む。
一瞬の判断でビエンナーレはターゲットを姉ちゃんからおれに変更、姉ちゃんの視界から消えておれの前へ現れる。だから速過ぎっだーつーの!
おれも姉ちゃんと同じようにカッターの予備動作をあきらめて、通常攻撃へと切りかえて剣を斜めに振り下ろす。カッターの予備動作でさえ許してもらえねぇとか、あり得ねぇ……。
ビエンナーレはこれも左腕で受けて、右拳を振りかぶる。
おれはタッパ操作ではがねの大盾を左手に装備。ガツンとくるビエンナーレの拳を大盾で受け止める。
「何だと!?」
突然現れた大盾に驚くビエンナーレ。
だが、そのはがねの大盾にまるで蜘蛛の巣のような光の線が走り、そのまま光ってばらばらになって消えていった。
「一発で破壊しやがって……」
「…………見慣れぬ技を使う」
通常攻撃でなんつー破壊力! 無手最強ジョブ『拳聖』の圧倒的で強大な力! 小川の村でやった時より確実に強ぇっ! だからこいつとはやりたくなかったんだよっ!?
そこにリンネから二回目のダンツの矢。
ビエンナーレはその矢を蹴り上げると足を振り上げてそのままバク転で離れていく。てめぇは某事務所のアイドルかっつーのっ! くそうっ、イケメン氏ねぃ!
さっきまでビエンナーレがいたところへ、姉ちゃんの女神の槍が鋭く風を切る。
おれはタッパ操作で新しいはがねの大盾をファンクション登録しつつ、HPバーを確認する。
なんだろう、小指の爪の先っちょくらい、ビエンナーレのHPバーの1本目が削れていた。
つまり、ほとんどダメージを与えられてない。ちなみにおれのHPは大盾ごとそこそこ削られてる。
「リンネ! おれに月1!」
「レラサ!」
リンネが発した月の女神の優しい光がおれを包み込む間に、ビエンナーレとの距離を詰める。
おれより先に距離を詰めた姉ちゃんが女神の槍を突き入れる。姉ちゃんも、スキル攻撃が難しいという判断だ。
「逃げて!」
姉ちゃんは女神の槍を突きながら、国王っぽい人や大臣っぽい人に向けて叫んだ。
そこではっとしたおっさんたちが、ぞろぞろと大広間の奥の方へと逃げていく。
「ちっ……」
ビエンナーレは舌打ちしつつ、半身になって姉ちゃんの突きを避ける。
「リンネ、姉ちゃんにトラギ。姉ちゃん、スイッチしておれにトラギ、頼む」
「トライアーギ!」
風の神系支援魔法上級スキル・トライアーギ。風の魔力の色である緑っぽい光がリンネから姉ちゃんへと届く。トライアーギは赤い彗星! 光は緑だけどな! 緑だけども! すばやさ3倍60秒、リンネのだと熟練度2で120秒だからな!
今まで以上のスピードで姉ちゃんは一度突きを放つが、それもビエンナーレはかわす。
おれがそこへ飛び込んでバッケングラーディアスの剣を振るうと、スイッチして姉ちゃんは後退。
「トライアーギ!」
今度は姉ちゃんからおれへと緑の光が送られる。
「やっかいだな……」
ビエンナーレはおれのバッケングラーディアスの剣を後退しつつ避ける。
そこにおれは追いすがって距離を詰める。追いつける!
「っ……支援魔法を受けたとはいえ、この私より速いとは!」
ビエンナーレはおれが振り回すバッケングラーディアスの剣の連撃を左腕で受け続ける。義手が盾がわりという戦法なのだろう。おかげで手強くてめちゃめちゃ困る。
誰だビエンナーレの左腕を斬り落としたヤツは。いい迷惑だろ、もう。勘弁してくれぃ。
HPバーが小指の爪の先ぐらいしか削れねぇ。トライアトで筋力3倍いくか? でも爪の先が3倍になってもな……。
おれとビエンナーレがやり合ってる間に、姉ちゃんがスラッシュの予備動作を行う。
「アイン!」
「っ……スイッチ!」
おれが飛び下がって、姉ちゃんが飛び込み、スラッシュの2連撃を発動させる。
『サワタリ・トロア』が決まる! ここからクールタイムスイッチでハメてやる! 喰らえこんのクサレイケメンがぁっ!
そう思った瞬間。
ビエンナーレは右手で腰の剣を抜き、姉ちゃんから距離を取りつつ、スラッシュの2連撃を剣で受け流した。
金属がぶつかる甲高い音が、ギィンっ、キィンっと、大広間に響く。
ちょっ、あれは、剣受けっ!
おれがレーナたちとの訓練で連続技を受け流す時にいつも使ってる技でもある。
「私も、あの時のままではないのだよ」
そのセリフ、おれも言ってみてぇよ! こんちくせうっ!
そのまま、ビエンナーレは姉ちゃんのトライデル、カッターと、スキル攻撃を剣受けでしのいだ。HPバーは小指の先っちょよりは削れているかもしれないけど、大差はない。
カッターの技後硬直で姉ちゃんがやられないように、おれがバッケングラーディアスの剣を振り回して割り込む。
冷静に通常攻撃を左腕で受けて剣を鞘に納めるビエンナーレがかっこよすぎて憎い。
くっそ、マジでこのイケメン氏ねぃっっ!
負けイベの前にこいついっこも削れねぇーんですけどーーーーーっっっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます