アインの伝説(22)



「とりあえず、リンネはヒーラー、姉ちゃんは弓から槍、おれは臨機応変に動くけど、回復は3人とも必要に応じて使う、いい?」

「わかったわ」

「うんうん」


「今のがAプランな。そんで、リンネが魔法攻撃、姉ちゃんがヒーラー、おれが臨機応変に動く、これがBプラン」

「どうしてBプランなの?」

「どっちにしてもアイン義兄さんは変わらないんだね~」


「Aプランで勝負になるならそれでいいけど、そうじゃない可能性だってあるからな。あと、おれが臨機応変に動くのはおれならだいたいの役割をそれなりにできるからだよ、リンネ」

「そうね。それならいいわ」

「ふむふむなるほど~」


「それじゃあ、可能なら情報を取りたいから相手がしゃべってる間は……」


 作戦の確認をしていると、ドンドンドンと慌てたノックが響く。普通なら、そのままこっちの返事を待つはずなのに、そのまま扉が開いて、部屋付きのメイドさんが入ってきた。


「お客様! お逃げ下さい! 魔物が、きゃぁっ!」


 おれたちに避難を呼び掛けにきたけど、それにもう魔物が追い付いてきたらしい。


 おれはとっさに駆け出し、右手でメイドさんの手を強引に引っ張って背中へ隠しながら、左の拳を上向きにひねって腰だめにかまえる。


 おれの左腕にスキル発動の青白い光が満ちていく。


 メイドさんの後ろから飛び込んできたのはコボルト……犬の頭の亜人タイプモンスターだ。


「ウォーンっ」


 扉を抜けて室内へ踊りこんできたコボルトが剣を振り上げる。


 その瞬間に空いた腹へとおれは体術系中級スキル・タイケンをぶち込んだ。


「キャンっ!」


 その一撃で、コボルトは飛び散るようにエフェクトを残して消え、錆びた剣が残る。


 物理攻撃スキルでは技後硬直となるクールタイムは1秒。中級スキルなのに短い。体術系は技後硬直が短めなのが優れてるところだ。ガンバとか技後硬直なしだからな。


「大丈夫ですか?」


 おれは、強く引っ張ったためにおれの背後に倒れこんでしまったメイドさんをそっと助け起こした。


「は、はい……」


 メイドさんがほんのりと頬を赤く染めていた。


 あ、だめだめ、助け起こしとはいえ触れてちゃセクハラだった。


 ちょっと残念だけど、おれはメイドさんから手を離した。


「……ああやって自覚なしに次々と女の子を陥落させていくんだよね~」

「あんな風にアインに一番最初に守ってもらった女の子はあたしだわ、きっと。ふふん」

「リンネもダンジョンとかでよく守ってもらってるもん」


 とっさには動けなかった姉ちゃんとリンネが何か囁き合いながら近づいてきたけど、よく聞こえないな? 何言ってんだ? 無駄話してるヒマはたぶんねぇからな?


「ひょっとして、下にはもう魔物が?」

「はい、宿の者が戦っていますがとても……」

「君はこの部屋に隠れてて。姉ちゃん、リンネ、行くよ!」


 メイドさんを残して部屋を飛び出す。姉ちゃんとリンネがついてくる。


 階段を昇り終えかけているコボルトがこっちを向こうとしている。


「リンネ、火の2!」

「ヒエンギ」

「ギャウっ」


 火の神系単体型攻撃魔法中級スキル・ヒエンギに焼かれて、コボルトがまた錆びた剣を落とす。ストレージに錆びた剣を回収しつつ、手すりを乗り越えつつ身体を反転させ、一気に階段を駆け下りる。


 今度は階段を昇りかけているコボルトが3体。


「リンネ、ピカ、2!」

「ソルミ」


 おれはリンネに声かけすると同時に壁際に背中を押し付けるようにして射線をつくり、そこにリンネが二本の指からねじれ合うように回転しつつ直進する二本の光を放つ。


 階段の角度と同じように斜め下へと放たれた光は、コボルト3体を一気に貫き、消し去った。


 さすが太陽神系魔法! ドロップがいい!


 おれは錆びた剣を一本と銀の延べ板を二つ、ストレージに収納しながら、3階へと一気に駆け下りた。


「……レーナはお兄ちゃんがこれをちゃんとできてないって言うんだよ~」

「アインの戦闘指示はちょっと特別だと思うわ」


 戦闘中にのんびりしゃべってる義姉妹をちらりと見ながらも、おれは先へと進んだ。






 6体のコボルトと1体のコボルトリーダーを始末して、とりあえず正面入り口を大きなテーブルで封鎖し、姉ちゃんとリンネに生き残った人たちへ回復魔法をかけてもらった。


 死者も出ていたけど、とどめを刺さずに上の階を目指したコボルトが半数以上だったため、被害は少ないと言えた。


「他に出入り口はありますか?」

「あ、厨房と、あと、倉庫になっている地下室につながる裏口が……」

「地下室は……あの大きなテーブルをふたつ使って、階段にフタをしましょう。厨房は厨房の何か大きなものをつかって封鎖するのがいいでしょう」

「おい、誰か、今言われたことを急げ!」

「表通りに面する窓は、そのへんの何かを壊してでも打ち付けて完全にふさいだ方がいい。あと、これを使ってください」


 おれはそう言って、はがねの大盾を4つとはがねの槍を2つ、ストレージから取り出して床に置いた。


「これは……」

「ハラグロ商会自慢の武器防具セットです。代金は、そうですね、次に泊まる時にサービスしてもらうってことで」

「……それは……あ、ありがとうございます」


 宿に侵入してきたコボルトをあっさり撃退したせいか、めっちゃ素直に助言を受け入れてくれている。これなら、粘り続ければ生き延びられる可能性はゼロじゃねぇはず。かなりゼロには近いとは思うけどな。思うけども。


「とにかく、全身を使って、大盾で敵を受け止めて、その間に後ろから槍で突く。大盾二人に槍一人です。粘って粘って、あきらめないこと」

「はい!」


「回復薬も何本か置いておきます。必要だと思ったらすぐに使う! 絶対ですよ! いいですね?」

「そ、そんな貴重なものまで……本当に、ハラグロ商会は……」


「おれたちはこの後、王城を目指します。宿の前の魔物は、できるだけ倒しておきますから、最後まであきらめないで、耐え抜いてください」

「お、王城へ? わ、わかりました。本当は戦える方がここに残って下さると嬉しいのですが、王城で王家のために戦われるというのであれば……」


 別にトリコロニアナ王家のために戦うワケじゃねぇし。なんなら今すぐ転移して逃げたいぐらいなんだけどな。


「おれたちが出ていった後は、わざと入口を開けたままにした方がいいでしょう。入口を強引にふさいでいると、他のところの窓などを壊そうとしてくる可能性があります。怖いとは思いますが、入口をふさぐ代わりに大盾を使うんです。そういうつもりで」


「わかりました。どうか、お客様もご無事で……」


「ありがとう。姉ちゃん、リンネ、飛び出して、リンネは右方向に火炎4、姉ちゃんは左方向に大風4。出るぞ!」


 おれはバリケード代わりのテーブルを横へ倒して、宿の外へと飛び出す。階段が少しあるけど、ジャンプして通りへと着地。


「ザルツガンダルフラーレ」

「ヒエンアイラセターレボルクス」


 姉ちゃんとリンネは入り口を出てすぐに、それぞれ、風の神系範囲型攻撃魔法王級スキルと火の神系範囲型攻撃魔法王級スキルを放つ。


 両サイドのモンスターが強力な風と火の範囲攻撃魔法で消し去られていく中、中間地点で巻き込まれなかった撃ちもらしのモンスターをおれはタッパ操作でミスリルハルバードを装備すると、通常攻撃で次々に撃滅していく。敵の数が多い時は複数同時攻撃が可能な槍がやっぱり便利だ。


 入口前の階段を下りながら、姉ちゃんとリンネが単体型攻撃魔法でおれを援護してくれる。


 10秒もかからずに宿の前の通りは左右だいたい10mずつ、モンスターがいない空白地帯となった。


 宿の入口から顔をのぞかせた支配人がぺこりと頭を下げる。

 おれはそれに軽く手を上げて、王城へと顔を向けた。


「行……」

「行くわよ、アイン、リンネ!」

「うん! 行こう~!」


 おれは言おうとした瞬間に姉ちゃんにセリフをがっつりと奪われた。


 そこは! おれに言わせて!? 姉ちゃん!?


 あと、リンネ! ピクニックじゃねぇからな!?






「お客様、本当に、本当にありがとうございます。この御恩はいつか、必ず……それにしても、あれだけあふれていた魔物が一瞬で消えてしまった。あんなに強いとは、さすがは騎士よりも強いという噂のハラグロ商会だ……」


 その、宿の支配人の小さなつぶやきが、おれたちの耳にまで届くことはなかった。





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