聖女の伝説(33)



 ソルレラ神聖国の聖都ソルレラは、巨大な正方形の城塞都市である。


 そして都市を4分割するように大きな十字路があり、南北の門と東西の門をつないでいる。


 南東の区画は神殿区。

 世界最大の神殿である大神殿があり、併設されている教皇庁が政庁となっている。

 この国のトップは教皇だ。

 洗礼でのジョブではないので、別に何かの補正とか加護とかがもらえるワケじゃねぇけどな。

 ちなみに『教皇』というジョブはたぶんない。少なくとも、聞いたことはない。


 北西の区画は学園区。

 ここに、洗礼でジョブを得た者が集まる学園がある。とはいっても、この世界ではジョブを得た全ての人間がやってくるというワケではないようで、イゼンさんとか、ユーレイナとかはジョブ持ちだけど学園には通っていない。

 セラフィナ先生の話だと、とんでもない金額の寄付を求められることが原因のようだけど……。


 ちなみに、学園にはダンジョンがある。

 ダンジョンについてのチュートリアル的なダンジョンで、プレーヤーからは『学ダン』とよばれていたけどな。

 2層構造で、ボスがHP600ぐらいだったと思う。

 言ってみれば、『はじまりの村』でクソアスを倒せてないプレーヤー用のダンジョンかな。

 出てくるモンスターは弱いけど多彩で、基礎的な下級素材の狩場としてはある意味では最高かもしれない。ドロップ率は低めだけどな。


 学園は白の半月の1日から始まるはずなので、今は始まって一か月になりかけているところぐらいかな。

 いや、もう一回目の休暇ぐらいかな。

 休暇中はダンジョンに潜ったり、周辺の森に狩りに出たりというのが一般的だ。ゲームでは。しつこいけど、ゲームではな。


 南西と北東の区画は特にこれ、というものではないが、どちらかといえば南西の区画に商工業関係が多めで、北東の区画に住宅街が多め、という感じ。


 そんな住宅街が多めの北東の区画にある、ゲームでは有名なピザ屋に、おれと姉ちゃんは来ていた。


 なんで中世ヨーロッパを模した世界観でピザ屋?

 あ、いや、ピザはあったのかもしれねぇな。フツーに食い物だし?

 中世の本当の食事って、どんなもんなんだろ?

 寿命とか考えたら現代とは本当はかけはなれてんだろーな。でも、ゲームの世界でそこまでのリアリティはいらねぇっちゃ、いらねぇよな、確かに。


「……うん。甘くはないけど、これはこれで、なかなか」


 姉ちゃんがチーズピザに舌鼓を打ってる。ちっちゃくかじって、あつっ、とかさっき言ってたのはめっちゃかわいかったな。さすが姉ちゃん。


「フフフ……甘いな、姉ちゃん。甘くないピザを甘くはないけどなかなかだと?」

「……何? こんなお店で変な笑い方して? アインってば本当にバカよね」

「おれが馬鹿なのかどうかは、これを試してから言うんだな!」


 そう言っておれは、地の神の古代神殿に行く途中、砂漠で倒した『砂あり』からドロップしたハチミツの小瓶を取り出した。

 不思議だけどもう突っ込まねぇ。なんでか小瓶ごとドロップするんだよ、アリから! ハチ、ミツ、なのに! 小瓶ごとっ! アリだけどな!


「それ、何?」

「まあ、見てて、姉ちゃん」


 おれは小瓶のふたを外して、ハチミツをチーズピザにたら~り、たら~りと細い線にしてかけていく。

 おれに一切れと、姉ちゃん一切れ、チーズピザのハチミツがけが出来上がる。


「んじゃ、食べてみて、姉ちゃん」

「……変なものじゃないわよね?」

「姉ちゃんが嫌がるようなことはしないよ、当たり前だろ」


 そう言ったのに、ちょっと恐る恐るという感じで、ハチミツをかけたピザを持ち上げる姉ちゃん。

 そして、ハチミツが垂れてこぼれそうにになり、慌ててパクって食べました。んー、姉ちゃん、そういうのグーっ! 超かわいいです。


「……っ! もぐ、むぐ……」


 顔に出てる、顔に出てるよ! 姉ちゃん!

 うまいんだろ? うまかったんだろ? チーズの塩気にハチミツが意外と合うんだよな?


 最後まで咀嚼して飲み込んだ姉ちゃんが、んんんーっっ、て感じで目が潰れそうなくらい目を閉じて、口の中から味がなくなっていくのを惜しんでます、はい。


 もちろん超かわいいっす。

 そして、ぱあああって花が咲いたように笑って目を見開く姉ちゃん!


「これ美味しいわ! おかわり!」

「あっ……」


 そう言った瞬間、おれの分の一切れを姉ちゃんが奪っていった。


 まさか! そこでおれのを奪うのか!? 姉ちゃんジャイ入ってんじゃん! 姉ジャイアンじゃん! スイーツ的なモンが好き過ぎだろ!?


 ……まあ、姉ちゃんが満足そうだからいいんだけどな。


 こんな感じで、ソルレラで姉ちゃんとデートしてるのは、リタウニングの範囲拡大の一環だけど。

 そこには別の事情もあるんだよな。


「……では、お嬢さま。こちらの店も?」

「……そうですね、できればお願いします。そうなると嬉しいです」

「わかりました」


 姉ちゃんをちょいと見下ろしながら隣に立って、話しかけているのはガイウスさん。まさにお邪魔虫。できれば無視したいくらいのお邪魔虫。なんでデートにアンタがいるんだ……とは言わないけどな。言わないけども。思うのはいいだろ?


 ガイウスさんはハラグロ商会の番頭さんだ。


「アイン、さっきのとろっとした、甘いたれは何?」

「ああ、あれ? 地の神の古代神殿に行く途中に狩った『砂あり』からドロップしたハチミツだよ、姉ちゃん。小川の村でもあったよな?」


「え? ハチミツ? ハチミツって、あんな水っぽいものじゃないわ? もっとなんていうか、ねばっこいものだったと思うわ?」

「ああ、たぶん、『砂あり』のドロップは特上だったからかな」


「特上ハチミツ!? アイン、地の神の古代神殿に行くわ!」

「いやいやいや、そりゃ無理だから!」


「どうして?」

「侯爵閣下との面会の約束の日がもう近いんだから無理だって」


「……あたしのフルメンで地の神の古代神殿に飛んでから、砂漠で『砂あり』狩り尽して、アインのフルメンでケーニヒストルータに飛べばいいわ」


 ……その考え方、まるでゲームのプレーヤー的な思考になってんだけど。これって、おれのせいだよなあ。


「ケーニヒストルータでパンケーキ、食べに行くんでしょ?」

「……うー、ん。悩むとこだわ。どうしてまだパンケーキ屋はソルレラに出店してないの?」


「申し訳ございません、お嬢さま。まだ商会の方でも、ソルレラにはようやく店の場所を確保できただけなので。急ぎでクレープ屋とパンケーキ屋を開店させる方針にしますのでどうかお許しを」


 ガイウスさんが謝る必要はないです、はい。


「フルメンは古き神々の古代神殿に行くのに使う予定だったろ? 『砂あり』のハチミツならまだ残ってるから、あきらめて、姉ちゃん」

「……わかってるわ。言ってみただけ。ガイウスさんも、無理はしないでください」

「いえ。お嬢さまが気に入った店は、客が集まりますので」


 そう。

 ガイウスさんは、姉ちゃんが気に入った店から料理人を引き抜いたり、そこに職員を送り込んで学ばせたりして、新たな町で出店して利益を上げているという。まるでフランチャイズ!


 姉ちゃんのカン? みたいなものはガイウスさんにとって、信じられる材料なんだとか。

 トリコロニアナ王国の王都では、王家から回復薬の安売りを強要されて、いろいろと取引がぽしゃったらしいんだけど、王都に出店したクレープ屋だけは絶好調らしい。

 ちなみにハラグロとトリコロニアナの王家の関係は冷戦状態とのこと。


 もめてんの、ケーニヒストル侯爵だけじゃねぇんだよ、びっくりだよ!


「15歳になったら、このソルレラに住むんでしょう? その時には、この甘いチーズピザも、パンケーキも、クレープも、みんなで食べられるといいわね」


 それ、暗に、ガイウスさんに出店しろって、言ってるワケじゃねぇよな? 姉ちゃん?


「……そういえば、学園に通うことになるでしょうから、こちらに屋敷が必要になるのでは?」

「あれ? 学園には尞があって、そこで暮らすんじゃないんですか?」


「一部の有力な貴族は、屋敷を借り上げて一族から学園に通う者をそこで預かるようです。ケーニヒストル侯爵は、寮を使わせているようですが」

「じゃあ、やっぱり寮ですね」


「いえ、レーゲンファイファー男爵家として屋敷をひとつ用意してはどうですか? 商会の方で屋敷と信頼できる使用人を準備しておきます。タッカルからの報告で、オーナーは、男爵家から洗礼を受けさせて、学園に通わせようとしている者が数名いると聞いております。寮を利用するのに納める寄付金の額を考えれば、入学時の寄付金だけで屋敷を用意した方が、結局は安くおさまるはずです。まあ、オーナーには金銭的な負担は関係ないのでしょうが……」


「いや、安く抑えられるのなら、その方がいいですけど。寮に入らなくても入学できるんだ。そういうのよく知らなくて」


 ていうか、タッカルからの報告って! なんでおれがうちの村の子たちを学園に通わせようとしてるって知ってんのさ? タッカルってあれだよな? イゼンさんの飲み友達のハラグロの奴隷職員の人!


「いずれ、お嬢さまも御入学の予定です。早目に準備はした方がよろしいかと」

「……一人通わせるのに金貨300枚とかって聞いてますけど?」


「入学するのに金貨20枚です。金貨300枚の寮は、あの、私が利用している宿の部屋のような、使用人付きの、部屋がいくつかあるようなところですかね。王族などが学園に通う時にはその部屋だそうです。いくつか部屋はあるみたいですが。

 屋敷を維持するのに、使用人を雇ったとしても金貨300枚も1年では必要ありません。使用人を男爵家から連れてくるのなら、なおさらです。そうですね、年に金貨70枚で、屋敷と使用人と馬車をご用意できますが?」


「安っっ! ガイウスさん、それ、無理してませんか?」

「無理など、どこにも。なんなら、商会の方で全て整えましょうか? オーナーには1マッセたりとも頂かずに? それくらいでこれまでに受けた恩を返せるものではありませんし」


「いえ、金貨70枚、ちゃんと支払いますから、それでお願いします。使用人は、厨房関係と、男性使用人2人、女性使用人2人で、必要なら金額は増えても問題ないです」

「いや、70枚で大丈夫でしょう。いつからお使いに?」


「……来年には使いたいですね。二人、洗礼を受けさせる予定です。今、14歳の子たちがいますから」

「洗礼の結果によっては、学園に行かせない場合もございますが?」


「いえ、どんな結果でも学園に行かせる方針です」


「ですがオーナー、洗礼でもっとも多いとされるふたつ、『農家』と『商人』は、学園に通わせないのが一般的で、『兵士』で通う者はごくわずか、『戦士』でも半分ぐらいと聞きます。また、『薬師』などは引き抜きを避けるために通わせない場合もあるそうですよ?」


「引き抜かせたりはしませんけど、引き抜かれたら引き抜かれた時ですし、学園に通わせることだけでなく、この町で生活すること自体が、うちの村にとって必要なんだと考えています」

「そうでしたか……」


 ガイウスさんが目を閉じてうなずいている。


 何に納得したんだかよくわかんねぇけどな。


「では、屋敷の用意はお任せください。ケーニヒストル侯爵の度肝を抜いてやりますので」


 なんでそこで侯爵!?

 どんだけケーニヒストル侯爵嫌いなの、ガイウスさん!?

 いや、いろいろと聞いたよ? 直接説明してもらったけどさ!


 侯爵にハラグロとの仲介を頼まれそうだってイゼンさんが言ってたから、ここまでガイウスさんに会いに来たんだからな!


 もちろん、ガイウスさんに関係なくてもソルレラには行くつもりだったけども!





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