聖女の伝説(32)



 白の半月も半ばになると、ピンガラ隊もレベルが上がって、相手がビグボやアオヤギなら、安心して見ていられるようになっていた。


 これなら、かなり狩場の有効活用も進む。早く特殊攻撃があるフォルテスパイダーやフォルテクロウラーにもきちんと対応できるようになってもらいたい。


 事故が一番怖いからな。安全マージンが確保できるまでは、ピンガラ隊単独での里山、林、ダンジョンはまだ少し早いだろう。

 じわじわレベル25に近づいていけば、里山も林も、狩場として使えるようになるだろうし。


 里山探索でそういや山頂行ってねぇなと思って、登ってみたら、ボス戦スペースだった。いたのはジャイアントモス。

 姉ちゃんが「対空戦闘よおーい!」って嬉しそうに、おれより先に叫んで、レーナたちが順番にダンツを放っていく。

 HPは6000程度で、ワイバーンを経験済みの戦闘メイド部隊にはちょっと物足りない相手だ。

 堅さもワイバーンから考えると全然ダメだしな。確定で金銀黄紫の4色の染料がたくさんドロップする。

 蛾の翅の模様の色か、鱗粉の色かはわかんねぇけど、かなり貴重な色のような気はする。ハラグロに要確認。リポップがどれくらいか、確かめるようにレーナには指示しておく。


 レーナたち戦闘メイド部隊(メイドは見習い)は、ダンジョン1層までは隊での行動を許可している。

 たぶんレベルは25どころじゃねぇし。アオヤギなら軽く500頭はイケる。ちょっとワイバーンでやり過ぎたかもな。

 ああ、鑑定ほしーっっ! 鑑定あったらレベルやステ値がわかるから、安全マージンを取りやすいのに! 洗礼さえ受ければ『創造の女神アトレーの加護』はもらえるはずだからな。15歳までの我慢だな。


 今月は、トータルで先月よりも村と男爵家の収入は増える見込み。ただし、大規模工事の出費を考えたら莫大な赤字だけどな。


 外壁工事は、570万マッセで契約したから。

 もちろん、即金で支払ったけどな! とっくに支払ったけども!

 工期に遅れたり、追加で費用が発生したとしても、そこはハラグロ商会の負担となるという契約だ。

 本当に適正価格なのかどうかは、イゼンさんがまあ、格安ではありますが……と言葉を濁していたので、ちょっと心配してる。


 ピンガラ隊の3人の少女は、生産系魔法でちょくちょく領主館へやってきてたんだけど、通いでメイド見習いの修行を開始。

 レーナたちと仲良くなった、というのも大きい。

 隊長のスラーだけが領主館の出入りをしてないのかと思ったら、ユーレイナに師事して剣の修行を積んでいるらしい。

 ユーレイナ、役に立つとは珍しい。使えない子かと思ってた。


 そのユーレイナだけど、裏の契約が済んだら、イゼンさんとぶつかりあうこともなく、どっちかっつーと、めっちゃ素直にイゼンさんからいろいろと学んでいるように見える。

 イゼンさん曰く、「腹芸を身につけたいようですな」とのこと。

 おれが、まっすぐすぎ、と言ったのが堪えたらしい。ガンバ、ユーレイナ! でも、セラフィナ先生にはめっちゃ愚痴ってるみたいだけどな。


 あ、ユーレイナのお母さんは無事、イシュタル隊が護衛してケーニヒストルータから移住してきた。夫? にあたるはずの男爵さまが何か言うかと思ったけど、妾が出ていくことで正妻の機嫌がめっちゃいいから問題ない、というハラグロ情報。

 ちなみに、ハラグロが同行させた使用人は、あの時の年齢詐称メイド本当は12歳のヨナさん。「……あの時は嘘をついてしまい、本当に申し訳ありませんでした」と、村に着いた時に謝罪された。

 別に怒ってないけど、素直に謝られると、かわいく感じるのはなんでだろう? こういう女耐性のなさが「ディー」なのか? ……痛いっ、て、姉ちゃん? なんで?


 まあ、ユーレイナのお母さんは実質、人質なんだけどな。表向きは病気療養のため。というか、エクスポがめっちゃ効いて、なんかフツーに元気に暮らしてるらしい。ケーニヒストルータにいた頃とは別人のようだと実の娘が驚いてたから、よく効いたんだろ。よかったよかった。






 村の西門からまっすぐ領主館への道が大通り……ということにしておく。実際はスカスカ過ぎて全てが道みたいなモンだからな。


 その大通りの、西門近く、北側にでっかい集合住宅を、南側にでっかい宿屋を、ハラグロが建設開始。

 ケーニヒストルータにあるような4階建ての集合住宅を建てるつもりらしい。

 宿屋も、なんでか高級な感じの宿屋をイメージしている。

 そういうスペースを借地契約したからな。まさか、ガイウスさんが来た時にスイートルームに泊まらせるためじゃねぇよな……。


 集合住宅は独身者用の部屋から、家族住まいの部屋まである、マンションみたいな感じの、石造りの建物を予定しているらしい。1階は店舗スペースでここは貸し出す予定という。何の店?


 そもそもうちの村の人口に、こんなの必要ねぇだろ、と思ったんだけど……ハラグロの連中が言うには、外壁工事の働き手はケーニヒストルータの周辺の町や村で、跡を継げない次男や三男を中心にピックアップしたらしい。

 そんで、可能ならばフェルエラ村にそのまま移住させるため、外壁工事に引き続き、住宅建設でも働かせて、この村に長期滞在させ、やがては定住させる計画なんだとか。

 まあ、今は村の外でテント生活だしな。ちゃんとした住宅ができて、そこで生活したら、そのまま定住する可能性もあるのか?


 でも、それ、領主のおれに了解とってなくない? と思ったら、計画段階から筆頭執事のイゼンさんがかかわってるという。びっくり。ていうか、イゼンさんとハラグロの職員、実は飲み友達になってたみたいで、飲んだ勢いでこうなったとか。


 酔っぱらいのアルコールの入った頭で、なんてでっけぇモン建ててんだ、こいつらは?


 そもそも本当に移住してくんのかな? いや、ハラグロならやりかねないけどさ。






 白の半月の15日、おれと姉ちゃんは箱馬車に乗って村の外でテント生活をしている外壁工事の人たちを見ながらケーニヒストルータへと出発……したフリをして、途中でリタウニングを使い、ソルレラ神聖国へ。

 侯爵の呼び出しに応じるんだけど、ついでにソルレラ神聖国の聖都まで行ってからケーニヒストルータへ転移しようと思って。


 馬車にはユーレイナが乗って行く。ハラグロ商会の職員と、商業関係で出入りするので、こっそり入れるらしい。職員を装って。メイドはシトレとウィルが同行してる。あ、見習いだけどな。


 ちなみに黒に近い濃紫のワンピースに白いエプロンというメイド服を着用。

 かわいいぞ、キミたち! ぐへへへへ……いっ、痛いっ! 姉ちゃん、今のはマジ痛いんだけど?


 もちろん戦闘メイド部隊のバディなので、メイド服なのに腰帯には銅の剣が吊るされています。この子たち剣は使えないから本当にリアルな飾りだけどな……。


「使えますよ、ちょっとなら……」


 ウィルが口を尖らせてそう言うと、無口なシトレがうんうんうんと三回うなずく。ウィルが続けて、「ユーレイナさまに教わってますもん」とかわいく言った。


 ユーレイナが役に立ってる?


 おれが驚いて視線を向けるけど、今は御者席の隣にいるユーレイナには気づいてもらえなかった。


 いやでも、この子たち魔法タイプだから。

 シトレは弓が得意な子で、返事が小さくてよくキハナに叱られてるけど、地の神系と水の女神系のふたつの魔法スキル持ち。

 ウィルはヒーラーで、月の女神系回復魔法スキルと、水の女神系魔法スキルが使える。どっちもダブルだ。


 ちなみに槍は馬車の外側に何本か立てて乗せてある。というか、そういう槍を立てて運ぶためだけのスペースがあるというので驚きだった。馬車すげぇな。


 途中まで姉ちゃんとメイド見習いたちとおしゃべりしながら進み、一度馬車を停めてもらって、おれと姉ちゃんはリタウニングでソルレラ神聖国へと転移する。


 もちろん、シトレとウィルは丁寧なお辞儀とともに、いってらしゃいませ、と見送ってくれましたが何か問題でも?


 え? ご主人さま、の一言が抜けてるのは大問題だろって?


 ……はっ! 確かにっ!?





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