アインの伝説(2)
『世界を救え』
光に包まれた聖堂の中に、ゆったりとした女性の声が響いた。
おれはぞくりと身を震わせる。
『世界を救え』というキーワード。
それはアニメ『レオン・ド・バラッドの伝説』のオープニングテーマの中のワンフレーズであり。
ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』において勇者レオンが洗礼を受けた時や、他にも重要な場面で使われる……。
……神託の始まりの言葉。
そして、その『世界を救え』から始まる特別な神託によるSQ、ストーリークエストのことをプレーヤーたちはこう呼んだ。
『ワールドクエスト』、と。
……そういや、レオンの洗礼んとき、ハラグロ商会から特にそういう報告はなかったよな。神託があったとかなかったとかさ。なんでおかしいと思わなかった、おれ? どうした、おれ? しっかりしろ、おれ!? そのせいで今やべぇんじゃん!?
このままじゃ、おれに神託が下ったとか言われちゃうじゃねーかっっ!
『全ての神殿を制覇せよ。繰り返す、全ての神殿を制覇せよ』
聞こえてるよ! 繰り返さなくても聞こえてるから!
そんなおれの心の声が聞こえたのか、聖堂を包んでいた光が徐々にその輝きを失っていく。
『世界を救え』
ダメ押しですか!? それってダメ押しの一言ですか!? いるの? それいるの?
え、神様しつこくね? なんでそんなにダメ押しすんだよ、もう。
おれがゲークリ狙ってないの気づいてんのかな? 姉ちゃんを守れたらそれでいいし、魔王を倒してゲークリすんのは勇者のレオンでいいし。
……レオンの洗礼んときじゃなくて、今、神託が出たってことは、つまり、おれにクリアさせたいってことか? このゲーム……いや、この世界を? ていうか、マジで世界を救えってこと? それ無理ゲーだよな?
いや、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』なら確かにクリア可能なレベルには達してるとは思うけどさ。
しかも魔王を倒せとかじゃなくて『全ての神殿を制覇せよ』って、どういうこと? いや、想像はつくけどな? つくけども!
周囲を見渡すと、みんな、ドーム型の天井の、太陽神と月の女神が描かれた天井画を見上げている。
これは、おれだけじゃなくて、神託がこの場にいた全員に聞こえたって理解で大丈夫だろうか?
手をかざしていた宝珠は、すっかり光を失い、黒に近い緑のような色になっている。
そういや、洗礼の結果を聞いてない。というか、教皇のやつ、まだ上を見上げてぼーっとしてやがる。あれ?
宝珠の光が消えたってことは、おれの洗礼の結果って、読み取れなくなったんじゃね?
あ、いや。
おれの個人的な結果なら別に、タッチパネル操作でわかるから別にいいんだけどな……。
はっとした教皇が上を見ていた目線を下げて聖堂にいる人たちを見回す。
「し、神託である! 神託が下された! みなの者! 神託が下されたのだ!」
その叫びに、一気に聖堂内が騒がしくなる。
とりあえず、おれはその騒がしさをスルーしてタッパを操作して……。
……マジですか。
タッパに表示された、これまで『(無職)』だったところに書かれている文字を確認したおれは、動揺していたが何も言えず、何もできず。
頭ん中だけがぐるぐるとひたすら動く感じで。
いや、去年の姉ちゃんの洗礼でちらっとそうなるかもとは思ってた。思ってたよ? 思ってたけどな? 可能性はあると思ってたけども?
なんでまた聞いたこともないジョブになってんだよーーーーーっっっ!!!
「それで! レーゲンファイファー子爵の天職は? 洗礼の結果はどうなったのだ?」
そう、大きな声を出したのはシルバーダンディ……ケーニヒストル侯爵閣下、その人だ。
一瞬で聖堂内の喧騒がかき消されていく。
視線が壇上へと集まってくる。
いや、視線、というか、どっちかっつーと、期待というか、そういう何か、か?
神託が下された場面で洗礼を受けていた男の天職。うん。そりゃ期待するよねぇー。しちゃうよねー。
でも無理だ。
もう宝珠は光を失って、何もうつしてはいない。
シルバーダンディの声にはっとなった教皇が宝珠を見つめ、そのまま、しまった、という顔をした。
ほら、やっぱり。
そんな教皇とおれは目が合った。
ここはやっぱりジト目でしょう?
教皇は、うっと言葉に詰まるような表情をした。
でもこれ、おれにとっては都合がいいよな? 考え方によっては、だけどさ?
おれの天職が誰にもバレてないってことだろ?
「レーゲンファイファー子爵の天職は何なのだ!」
うるせぇーっ、黙ってろシルバーダンディ!
「て、て、天職は、そ、その、あれだ、そう、そうだ、『勇者』である! 神託を授かった『勇者』である!」
何大ウソついてんだこのボケじじいは!?
「何言ってんだこのボケジジイ! 宝珠の光はもう消えてて、天職は見えなくなってただろーが! 勝手に『勇者』捏造すんじゃねぇよっっ! ふっざけんなジジイっっ! 上向いたまんまぼーっとして宝珠に出てた天職見逃したクセに余計なことすんじゃねーよっっっ!!!」
おれはどよめきかけた聖堂を制するように全力で叫ぶのだった。
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