アインの伝説
アインの伝説(1)
『光の聖女』の誕生に異様な雰囲気となった聖堂の中、壇上から戻ったリンネがそっとおれの肩に触れた。
「アイン義兄さん~? 呼ばれてるよ~?」
のんびりとしたその声かけに、おれは我に返る。
「ん、ああ、そだな」
「どしたの~? あ、まさか~、リンネの洗礼の時に寝てたとか~?」
……こいつは。『光の聖女』だなんてとんでもないジョブを授かったのに、とんでもなくいつも通りって感じだ。いや、大物? そもそも主人公クラスだっけ? そっか大物だった。うん。
「寝てねぇ」
「ホントかな~?」
「二人とも、もうやめなさい。ちょっと恥ずかしいわ。アイン、早く壇上へ」
そして姉ちゃんに二人して叱られる、と。
さっきまで感じていた漠然とした不安はどっかにいって、緊張もほどよくほぐれている。
やはり姉は至高、そして妹は究極。
この二人にはこれからもずっと助けられていくんだろうな。そのためにも、二人を守れるおれでありたい。
席を立って、壇上へと一歩、踏み出していく。
「リンネさんとはあんなに仲良くなさるんですの。どうして私とは……」
どこからかヴィクトリアさんのつぶやきが聞こえてくるけどスルーだ、スルー。気にしちゃダメだ。これは気にしちゃダメなやつだからな。
さて。
ようやくおれも洗礼か。
小川の村でフォレボを倒してからもう8年、だったか?
今のおれのレベルは61だ。『レオン・ド・バラッドの伝説』だとレベル45以上でゲームクリアは可能だったから十分な安全マージンはとれてると思う。サワタリ氏はレベル45で最短クリアだったっけ、確か?
おれのスキル構成は……自分でもやり過ぎだとは思うけど……物理攻撃系の剣術、弓術、体術は三つとも神級スキル持ちで、神級スキルの熟練度は剣術の神級スキル、ラ・ピレルが一番高い。
ラ・ピレルは攻撃力×4で正面150度半径8mの範囲三連撃だ。クールタイムという名の技後硬直が60秒なので戦闘ではほとんど使わない。熟練度上げは剣神の神殿と、この一撃で殲滅可能な魔物の群れに対して、だけ。
殺しきれずに60秒殴られるとかないだろ? ないよな? 使った後にきっちり守ってくれるタンクでもいりゃ使うけどさ。
魔法系は……いやもうなんていうか、しょうがねぇだろ? 洗礼後はジョブスキルしか高めらんねぇんだし? だよな? そうだろ? そりゃやっちゃうでしょ……太陽神、月の女神、地の神、水の女神、風の神、火の神の大神関係が全部神級スキル持ちで、神級スキルの熟練度は太陽神系貫通型のソルモが一番高い。
指1本で細い線のソルマとは比べもんになんねぇぶっとい光の貫通攻撃だ。呪文の中に『千年の古き大木の太さをもつ光を』ってあるからな。縄文杉とまでは言わねぇけど、かなりの大木の太さだと思う。
ソルメがなんていうか電柱? くらいの太さだけどあの5~6倍は太いと思う。
生産系の創造の女神アトレーの眷属である商業神、医薬神、鍛冶神、農業神の魔法スキルは全て王級スキル持ち。
確定でアトレーさまん加護もらえっから、洗礼後は鑑定もアリだ。そもそも生産系は王級スキルまでしかないからこっちもパーフェクト。
鑑定はタッパ……タッチパネルとの合わせ技でヘルプ機能みたいな辞書にもなるから超便利。
ま、つまり、その、ゲーム内の魔法はほぼ全部使える状態というか、何というか。はい、ごめんなさい。わかってます。チートです、チート。やっちゃいました。
いや、その、何ていうかさ。
おれってば、RPGは急いでクリアするってより、できるだけレベ上げして余裕をもってラスボス倒したいっつーか、なんつーか。負けて最終セーブポイントに死に戻りとか嫌なタイプっつーか。わかるかな? わかるよな? いるでしょ、そういう人?
そんなタイプのおれが8年も準備期間があったらそうなっちゃうって!
正直、使えないスキルの方が少ないくらいだ。
槍術、盾術、以上、おしまい。あと、賢者じゃねぇから複合魔法が使えねぇとか、その程度?
……やっちまってるよな? これ、絶対やっちまってるよな? これで洗礼受けて『農家』とかになってもすでに最強? 『農家』が魔王軍を一人で殲滅しちゃう感じの? 果てしないやっちまった感があるよな? な?
いや、これフラグか? いやいやフラグじゃねぇし? 押すなって言われて押すのは芸人だけだからな? 間違うなよ? 『農家』はやめて!? お願いだから『農家』はやめて!? ああ、全国の農業を営むみなさまごめんなさい!?
壇上まであと一段というところで、「あれがケーニヒストルの『竜殺し』か……」とか言ってる人たちの声が耳に届く。
マーズを木の枝で殴り倒してから、色々と大変だったよ、もう。
こんなに有名になるつもりはなかったんだけどなぁ? アンネさんのアドバイスに従ってうまくやってたつもりなんだけどなぁ?
壇上にのぼると教皇がにこやかに笑いかけてくる。作り笑いだろ? ちょっと嫌な感じだ。
「こちらに手を」
そう言って宝珠を指し示す教皇。
言われるままにおれは宝珠へと手をかざす。
宝珠から光がほとばしり、聖堂へと次々と漏れ出ていき、聖堂全体をまばゆい光が満たしていく。
……リンネの時よりも、いや、去年の姉ちゃんの時よりも、なんかやたらとまぶしいような気が?
あれ? 嫌な予感が? いや、ていうか、嫌な予感しかしねぇんですけど? ひょっとして、おれ、洗礼は受けない方がよかった的な感じ!?
聖堂を満たした光は、その場にいた人々の視界を一時的に奪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます