会頭の役目(後)

※残虐な描写がございます。苦手な方はとばしてください。

――――――――――――――――――――――――――――



 タッカルたち4人の奴隷職員が公都にそろい、わしは妻とともに、オーナーから頼まれた母子を連れて出発する。


 箱馬車を用意したのだが、母であるアンネ殿が畏れ多いと言うので、幌馬車に変えた。そのこともアンネ殿は負担に感じているようだが、これ以上は気にしてはいられない。


 王弟殿下は、公爵領の先にある他領の町の入口まで、護衛の騎士をつけてくださった。


 ハラグロ商会と争うつもりはないというのは本気なのだろう。


 タッカルなどは護衛がいつ豹変するか分かりませんなどと警戒していたが……。






 そこから先は、3度、襲撃を受けた。


 盗賊が十数名など、タッカルたちの敵ではなかったので問題はない。


 だが。


「3度目の襲撃では、ずいぶんと手練れが増えております」

「本当か?」


「盗賊に偽装した兵士、あるいは騎士の可能性もございますが……」


「次に襲撃を受けた時、生け捕ることは可能か、タッカル?」

「不可能ではないかと思いますが、かなり難しいかと」


「できれば生け捕るようにせい。尋問が必要となろうからな」

「はっ」


「それと、死体はできるだけ潰せ。死体に騎士鎧など着せられて、騎士殺しの濡れ衣を着せられてはたまったものではないからな」


「わかりました」


 タッカルたちが指示通りに死体を切り分け、顔面を潰し、元々それが誰だったのかも、そもそも人間だったのかも、わからないようにしていく。


「王都の騎士団を相手に勝つ自信はあるか、タッカル」

「どこの騎士団が相手でも…………ああ、いえ、国境なき騎士団以外であれば」


 国境なき騎士団とは、オーナーが結成したフェルエラ村の騎士団だ。世界にその存在を知られてはおらんからな。知られたら一瞬で世界最強の座を奪うであろうよ。


 いや、オーナーとわしらが敵対するようなことはない。負ける心配どころか、戦う心配すら不要。


「ファーノース騎士団が相手でもか?」


 現状、知られている中で世界最強の騎士たちは辺境伯領のファーノース騎士団だと考えられる。

 神聖国の聖騎士団も強いが、それは数の強さだろう。まあこの二つが戦えば、最終的には騎士の数で聖騎士団が勝つのだろうが。


「…………実は、大盾と槍の販売でポゥラリースを訪れた時に、その効果を辺境伯さまに実感して頂こうと、手合わせをしたことがございます」


「報告を受けておらんぞ!? オーナーが書かれたアレが効いたとしか?」

「商いの上での駆け引きにおける些事かと……」


「いや、だが…………まあ、よい。それで?」

「我らが大盾と槍を使えば、同数のファーノース騎士が相手でも余裕がございました」


「なんと」

「倍数では敵いませんでしたが」


 それは、そうだろう。

 相手は戦の女神に連なる御業をもつ者たちなのだ。


 そもそも倍数のファーノース騎士を相手に商人がなぜ手合わせをするのだ?


 いや、今はそのおかげで助かっておるな…………。


「となると、襲撃してくる騎士どもの数次第、か」

「盗賊ども、です。会頭」

「ああ、そうだな。盗賊だ。だからどのような目に遭わせてもこちらに罪はない」


 そう。

 騎士を盗賊に偽装するのなら、こちらは何の遠慮もいらん。


 叩き潰してやろう。






 4度目の襲撃で3人の盗賊を捕らえて、尋問を行った。


 尋問している者が問いに答えなかったら、別の者を傷つける、というハラグロ商会では共通理解となっている尋問方法だ。


 今回は手足の指を、関節ごとに切り落としていく。

 指ごとだと一人あたり20本しかないが、関節ごとだとその倍以上、尋問が可能になる。


「もうやめろぅっ! わだじば騎士だぁっ! ごんなごどをじでぇ、許ざれるとおぼっでいるのがぁ!」


 盗賊の一人が尋問を逃れるために騎士だと名乗った。どうやらタッカルの予想通り、本当に騎士が送り込まれているらしい。


「尋問を逃れようとして騎士を名乗るとは不届きな盗賊め。おい、こいつは盗賊だな? 騎士などではないな?」

「し、知らねぇっ! 知らねぇよっ!」

「ぐああああっっっっっ!」


 知らないと答えた者の隣にいた男の右手中指の第二関節が切り落とされる。


「次はおまえに聞いてみようか? こいつは盗賊か、それとも騎士か、どっちだ?」


 そうやって尋問を続けていく。


 最終的には、騎士だと名乗った者も、自分が盗賊であることを認めた。盗賊ならば、尋問でどのような目に遭わせても問題がない。これでよい。


 三人とも、足の指を2本残したところだった。第一関節から先は失われているがな。


 次に入った町の政庁へ、3人の盗賊を突き出した。その場で盗賊であることを確認し、この件に問題がないことを念押しした上で次の町へと向かった。


 あれは本当に騎士だったのだろう。だが、政庁において公式に盗賊と認定された。これで二度と騎士には戻れまい。まあ、戻れたとしても、そもそも手の指もなく騎士として剣を握ることはできないだろうがな。


 あの騎士はわしらを恨むか? どうせ恨むならくだらぬ命を下した己の主を恨んでもらいたいがな。


 そして、その町以降、わしらの馬車が襲撃を受けることはなかった。






 トリコロニアナ王国を出て、ラーレラ国へ入る。ラーレラ国とハラグロ商会の関係はガイウスが進めた薬草取引によってきわめて良好な状態だ。


 『勇者』を狙って動くどころか、進んで騎士団をハラグロ商会の馬車の護衛につけてくれるという厚遇。


 これも、ハラグロ商会ならば、ラーレラ国に変事があった時、つながりのある『勇者』を紹介してくれるはずだという、口には出さない期待があるからだろう。

 ひょっとすると、トリコロニアナ王国内での盗賊たちの扱いがすでに耳に入っているだけなのかもしれないがな。


 ラーレラ国はトリコロニアナとは比べようもない小国だが、大河に面する王都ラーレラの港はそれなりの大きさがある。

 この港にはハラグロ商会の商船が並んでいる。


 オーナーがどこからかいくつも竜骨を手に入れ、商会へと提供してくれたので、それを元に大船を4隻ほど新しく造ったのだ。


 ケーニヒストル侯爵と番頭のガイウスが対立してケーニヒストルータの港が使えないことがやや不便ではあったものの、ケーニヒストルータに寄港せず、大河を上り下りすることで港のある国や領地と取引をしている。


 ケーニヒストルータでもなかなか珍しい大きさの大船が、ケーニヒストルータを一顧だにせず通り過ぎていくのはなかなか快感ですとガイウスからの報告にあった。


 あやつはいったいどこを目指しているのやら……。


 幌馬車ごと船内へと乗り込む。それができる大船だ。

 御者が不安そうな馬たちに声をかけながらなでているのを横目に、馬車から降りたわしらは船室へと移動する。

 船内の階段がかなり急で、少し困っていた妻をレオン少年が優しく支えてくれていた。強さを求める訓練好きだが、こういう優しい姿を見せてくれると、強さとやさしさが彼を『勇者』としたのではないかと感じる。


 ラーレラを出港すれば、ケーニヒストルータやトリコロニアナのサンドレイを過ぎたさらに西の、スグワイア国のバーデンローゼ伯爵領にある領都バーデンの港がオーナーの領地であるフェルエラ村にもっとも近い港だ。

 もっとも近いとはいっても、バーデンからフェルエラ村までは馬車で10日ぐらいはかかるらしいが。


 スグワイア国でも、特に問題はない。スグワイアの国王はケーニヒストル侯爵に頭が上がらないからな。

 侯爵の第二子であるフロイレーヌさまが王妃なのだ。舅が国内も国外も目を光らせているからスグワイア国が安定している。


 問題は、そのケーニヒストル侯爵ご本人が何かとハラグロ商会を疎んじていることだろうか。


 最近は、なんとか関係を改善しようとしているらしいが、ガイウスがそれに応じないと。


 本当にあやつはどこを目指しとるんだ?






 順調な船旅に異変が起きたのはケーニヒストルータ沖を航行中のことだった。


 これまでにない大きな揺れがあり、立っていたわしは思わず膝をついた。


「あなた! 大丈夫ですか?」


 妻が慌てて駆け寄ってくるが、もう一度船は揺れて、膝をついたわしのところへ妻が倒れこんでくる。とっさに支えて、受け止める。


 船室の床で膝をついて抱き合い、顔を見合わせる。


 夜にベッドは共にしてもとうに房事をなすこともない二人だ。


 不思議と頬が熱くなる。


「……なんだか恥ずかしいですわね」

「そうだな」

「会頭! 今……っと、し、失礼いたしました!」


 船室に飛び込んできたタッカルが、何か言おうとしてわしと妻が抱き合っている姿を確認し、回れ右して船室を出ていこうとした。


「ああ、タッカル、よい。気にするでない。船が大きく揺れたので互いに支え合っておっただけだ。それで、何があった?」


 久しぶりに抱き寄せた妻を離すことなく、そのままタッカルに問う。

 なんとなく離したくない気分だったのだ。


「ケーニヒストルータの軍船からの停船命令があり、船長が急に舵を切りました。このまま無視して通り過ぎることも不可能ではありませんが、いかがいたしましょうか?」


「ケーニヒストルータ? 軍船だと?」

「旗は会談を求む、です」


「……ならば停船命令に応じるべきだろうな」

「わかりました」

「ああ、わしも行く」


 そう言って立ち上がりながら、妻も助け起こし、さりげなく妻の額にそっと口づけた。


 あ、という小さな妻の声にどきりとしながら、タッカルに続いて船室を出る。


 そういう気分だったのだ。そういうことにしておこう。

 だが、その気分を邪魔したケーニヒストルータの軍船とはな。さて、どうしてやろう?


 ……そういえば今、タッカルのやつ、軍船を無視してもいいと言っていた気がするが、気のせいだろうか?


 ひょっとするとハラグロ商会の職員で何を目指しているのかわからぬ者はガイウスだけではないのでは……?






 ケーニヒストルータの軍船は、わしらにケーニヒストルータへの入港を望んだ。


 これは、ハラグロ商会に対してケーニヒストルータの商船の利用禁止を侯爵閣下自らが命じていることを理由に拒絶した。


 何度かやりとりをした結果、船上での会談となったが、わしらの船で話すか、軍船で話すかでまたもめたので、船長に無視して船を進めるように命じた。


 錨を上げはじめると、軍船の方が折れて、わしらの船での会談と決まった。


 タッカルはケーニヒストルータに対して強気の対応でかまわないと進言してくる。オーナーは侯爵に対して抗命権を得ているので、ハラグロ商会はケーニヒストルータの軍船に従う必要などない、という考え方だ。


 ただ、オーナーは自身がハラグロ商会のオーナーであることを公表していない。


 タッカルの考え方で押し切るということは、オーナーが伏せている事実を明らかにするということにつながる。


 オーナーの意思を確認できない今、勝手なことは避けるべきだろうと、会談自体は拒絶せずに、できるだけわしらに優位な状態で会談できるように駆け引きをする。


 どのみち、『勇者』を取り込もうとする動きでしかないのだろうからな。


 軍船から小舟で移乗してきた使者に、船腹の入口は使わせず、縄梯子で船上までのぼらせる。

 タッカルのちょっとした嫌がらせだが、まあ、ハラグロ商会とケーニヒストル侯爵家の関係を考えれば許されることだろう。


 やってきたのは老執事と文官、騎士が1名ずつ。

 これはひょっとするとあの有名な影の侯爵と呼ばれる筆頭執事かと、少し驚く。


 侯爵不在時の全権を握ると言われる者がわざわざここまで交渉に来たというのなら、ケーニヒストル侯爵家の本気を見せつけようとしているとも言える。


「神々のお導きにより、ハラグロ商会の会頭、デプレ殿とお会いすることができましたこと、嬉しく思います。ケーニヒストル侯爵家、筆頭執事のオブライエンと申します」


「神々のお導きにより、ケーニヒストル侯爵家、筆頭執事のオブライエンさまとお会いできましたこと、こちらも嬉しく思います。ハラグロ商会、会頭、デプレにございます」


 驚きを隠しながら、あいさつを返す。

 このように丁寧なあいさつをしてくるとは予想外だ。


 伯爵相手でも平然と威圧するという噂は、今の姿からは想像できない。


 まあ、ウチのガイウスも、侯爵相手に一歩も引かないようなところがあるのだ。想像できなくとも噂のようなことはあるのだろう。


「船上ですので、ろくな用意もございません。立ったままとなりますがどうかお許しを」


 タッカルが早目に話を切り上げてしまうために考案した立ち話だ。


 ……やはりガイウスだけでなく、タッカルも、完全にケーニヒストル侯爵家を敵だと考えているとしか思えん。


「急な話を持ち込んだのはこちらでございます。どうかお気になさらず」


 会談の場所として妥協せずにこの船を望んだにもかかわらず、椅子も机も用意しなかったというのに嫌味のひとつもない。


「では手短に。何の用でございますかな?」

「この船で『勇者』を移送していると聞きました」

「それにお答えする必要がございますか?」

「『勇者』さまがまだ相手が決まっておらぬのであれば婚約を願いたいと」

「ほう?」


 脅迫、謀略、暴力で迫ったトリコロニアナと比べると、政略とはケーニヒストル侯爵家はずいぶんと下手に出てくるものだ。


 ケーニヒストル侯爵家には婚約者が決まっていない侯爵令嬢が二人いる。まあ、そのうち一人はお嬢さまなのでオーナーが何も言ってこないのに婚約などということはないだろう。


 そうすると、メフィスタルニアの小僧と婚約を解消したという孫娘の方か? だが、そちらの孫娘もオーナーに惚れこんでいると聞いているが……。


「大切なご令嬢の相手として、『勇者』をお望みですか?」

「いえ、ちょうどよい年齢の子爵令嬢がおります。結婚後はそのまま爵位も継ぐことができるよう、動く予定にございます」

「侯爵令嬢ではなく、寄子の中のご令嬢ですか? はて? 『勇者』との婚約をお望みなのですな?」


 ……おもしろい。孫娘は『聖女』の天職を授かったと情報が入っているが、こちらは知らぬとでも思っているのだろうか?

 それとも、『勇者』よりもオーナーの方を、つまり『竜殺し』をケーニヒストル侯爵家は重視しておると? まあ、実績から言えばそうだがな。


「『勇者』の相手に『聖女』となった侯爵家の姫を薦めず、別の娘とは、侯爵閣下はずいぶんと『勇者』を安く考えておられるようですな」

「……デプレ殿は、『勇者』の相手に我が家のお嬢さまをお望みか?」


 動揺を隠しているが、『聖女』となったことを知られているとは思ってなかったらしいな。


「私どもは『勇者』となった方の婚約に口を出すつもりはござらんよ、オブライエン殿」


「ならば、なぜ『勇者』の庇護を?」

「さるお方に頼まれた、と申し上げておきましょう」


「……ならばせめて侯爵家にもデプレ殿に協力をさせて頂きたい。学園のある聖都を目指すならばこのままケーニヒストルータに入港し、陸路を進むが最短です。我々がガイウス殿と話し合う機会がなく、このまま入港される気はないようですが、侯爵家としてはあなた方との関係の改善を望んでおります。ケーニヒストル騎士団から陸路での護衛も用意いたします。どうか、ご一考を」


 番頭のガイウスが関係改善に応じないからその上の会頭であるわしに関係改善を求めるか? 『勇者』の婚約は口実ということか? 本音はこっちかもしれんな。


「ケーニヒストルータには入港いたしません」

「そこをまげてお願いしたい」


「いえ、その必要はございません」

「なぜですか? そこまでハラグロ商会はケーニヒストル侯爵家と……」


「そうではござらん、オブライエン殿」

「何が……」


「私どもは聖都を目指しておらんのです」

「は……?」


 影の侯爵が目を細める。他領、他国へと『勇者』を売り渡すのなら、この場で刺し違えてでも止めるという表情だな。


 だが、それはいらぬ心配というものだろう。


 『勇者』は、表向き、ケーニヒストル侯爵家のものとなるのだからな!


「……ならば、どちらへ?」


 威圧を込めた影の侯爵に、わしは微笑みを返す。


「フェルエラ村、西レーゲンファイファー子爵家まで参ります。バーデンの港には子爵さまが護衛を派遣してくださる手筈が整っておりますので、ケーニヒストルータに入港する必要もありませんし、護衛の心配も必要ありませんな。ああ、『勇者』との婚約をお望みなら、私どもではなく、レーゲンファイファー子爵さまにお話くださいますように。もちろん、この場で『勇者』に手出しをするというのであれば侯爵家ご自慢のケーニヒストルの『竜殺し』が敵に回るとご理解頂きたい。では、これにて。どうぞお引き取りを」


 そう言われた影の侯爵の呆けた顔を見て、わしはにんまりと笑ったのだった。






 バーデンローゼ伯爵領にある領都バーデンの港には、オーナーからの護衛が派遣されていた。


「国境なき騎士団、副団長のオルドガと申します。この先の護衛はお任せください」


 少年から青年へと姿を変えようとしている、ちょうどその狭間にあるような、はち切れんばかりの若さが老いたわしには眩しい。


 国境なき騎士団、副団長オルドガ。確か、『冒険者』の天職を得た弓使いだったはずだ。剣もかなり使えるという話だったというが。


「ハラグロ商会にはフェルエラ村が本当にお世話になっております。会頭のデプレさまとお会いできたこと、とても嬉しく思います」

「オルドガ殿、こちらがレオン殿、そしてレオン殿の母、アンネ殿です」


 わしは二人をオルドガ殿に紹介する。


「レオン殿は訓練好きでしてな。フェルエラ村まで、機会があればぜひ手合わせをしてやってください」

「『勇者』さまとの手合わせとは光栄です。ぜひ、時間を取りましょう」


 手合わせができると知ったレオン少年が目を輝かせる。その横で母であるアンネ殿は小さくため息をついていた。この子はもうしょうがない子ね、という感じだろうかな。

 ファーノース騎士団にも負けないと豪語したタッカルが唯一無理だという国境なき騎士団だ。レオン少年のよい訓練となることだろうな。






 これまでの道中と比べて、最後の馬車旅は本当に平和なものだった。


 フェルエラ村に、その関係者に手出しする者など、この近くには存在していないのだろうな。


 どこかの町に宿をとったり、野営したりする時に、オルドガ殿をはじめとする国境なき騎士団の面々がレオン少年を相手に手合わせをしてくれる。


 中にはレオン少年よりも年下の少女もいるようだが、レオン少年は完全に打ち負かされ、国境なき騎士団の誰一人として、レオン少年が勝てる相手はいない。


 最近ではタッカルたちと互角に戦えていたというのに、国境なき騎士団が相手ではまるで子ども扱いだ。


 さすがはオーナーのところの騎士団だと思いながら、その強さに怖れも感じる。


 また、レオン少年が悔しがる姿も興味深い。

 悔しがっているが、それと同時に、喜んでもいるからな。


 自分よりも強い相手との戦い。それを喜ぶ姿。これが、いつかは全てを倒す力を得るという『勇者』の本質なのだろうか。


 そんな十日ほどの旅の終わりに、ついにフェルエラ村が見えてきた。

 あれがフェルエラ村ですと言われて、少し頭が混乱した。


 見たことがない。


 一度、ファーノース辺境伯領を回ったことがあるが、そこで見た北の砦などおもちゃのように思える巨大な城壁と尖塔。


 これが、村?


 ……完全に城塞都市ではないか?


 いや、ガイウスの指示でタッカルが動いてフェルエラ村の外壁を造ったと報告があったな?


 外壁? これは外壁などという規模ではないだろう?


 …………こやつら、オーナーを独立させて国王にでもする気じゃなかろうな?


 そんなことはあるまいと思いつつ、同時にそうかもしれないとも思ってしまう。


 商会の職員たちの狂気を見た気がしたのだった。


 これは、わしがこやつらを抑えねば、オーナーが反逆者にされかねんな!?


 この老いた身でまだまだ引退などできんのか。


 わしはそう考えて、ふと笑ったのだった。





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