聖女の伝説(37)
入門には時間がかかった。
二人が気絶していたことが門番も気になったらしい。いろいろと聞かれたけど、ツノうさにびっくりしてこうなった、と言い張るしかなかった。
それでもなんとか中に入って、すぐ孤児院を目指す。
なんといっても見た目が悪い。
少年が、二人の少年をそれぞれの肩に担いで歩いているんだからな。その少年って、おれなんだけどさ。
しかも一緒にいるのは、子どもばっかり。姉ちゃんはずいぶん大人びてきたけど、それでもやっぱりまだ子どもだ。成人とまではいかない。
目立ちたくないけど、これじゃあ目立ってしまうことを避けようがない。
やれやれ。
孤児院へ戻ると、シスターさんが目を見開いて迎えてくれた。
「ダラス! ジュダス! ああ、月の女神さま! どうか二人をお救いに……」
「あの、気を失っているだけですから。怪我もないはずです。落ち着いて下さい」
「お二人は、さっきの! でも、どうして……」
「お話を聞いて森へ行ってみたのです。そこで、いろいろありまして。私の護衛に、二人を運ばせましたの」
「シスターティレニ。とにかく、二人をねかせた方がいいと思うんです」
「リン!? 他の子たちは……」
「みんなぶじですから、シスターティレニ。とりあえず中に」
「ええ、ええ、そうしましょう」
おれは荷物運び……荷物じゃねぇけど……だから、会話には加わらず、シスターさんに案内されるまま、付いていく。二人が心配なのか、歩きながら度々シスターさんが振り返るもんだから、ナチュラルブレストノンプレートがたゆんたゆんと揺れて、そりゃもう、「ディー」にはこの上なく貴重な眼福で……。
シスターティレニに従って、男の子の部屋のベッドに肩から降ろして、気絶している少年を寝かせる。とりあえず、3段ベッドの一番下に寝かせておく。どこがこの子たちのベッドとか、わかんねぇし。
体術系スキル保有者の手加減攻撃でのHP0でのHP1残しは、強制スタンと同じ扱いだから、首トンした時間から12時間は目覚めない。
今からだったら夜中の2時か3時くらいに目が覚めるだろうし、なんか、夢だったとか、思ってしまいそうなタイミングになるな。それ、ちょっと面白そうだけど……。
礼拝室兼食堂へと戻ると、なんか、姉ちゃんと金髪美少女99.99パー間違いなくリンネがすでに話を進めていたらしくて、孤児院ではなく外でくわしく話すことになっていた。
「ここじゃ、ゆっくり話せそうにないわ。いつものところに行くわ、アイン」
……いつものところって、まさか? あの、いつものところか?
「あ、あの、わたし、おかね、もってません!」
「そんなこと気にしないでいいわ」
……姉ちゃんのケーニヒストルータのいつものとこ。そりゃ、ここしかねぇよな。
いつものパンケーキ屋だ。うん。間違いない。パンケーキ屋。
「でもでも、こじいんの子たちは、パンもろくにたべられないですし、わたしだけ、そんな……」
「パンが食べられないならパンケーキを食べればいいわ。全員で何人かしら? いいわ。とりあえずアイン、30枚ほど、持ち帰り用を焼いてもらえるように頼んでおいて」
「30まい? え、あの、こじいんの子どもは12人です!」
「じゃあ、シスターの分も合わせて15枚くらいにしておくわ。アイン、お願いするわ」
やれやれ。
これも姉ちゃんの思いやりなのかもしれないんだけどな。パンがないならパンケーキを食べろだなんてどこかの処刑された王妃じゃねぇんだからさ、何言ってんの、もう……。
おれは個室付きの店員に、姉ちゃんと金髪美少女の分と、持ち帰り用のパンケーキを注文する。残念ながら今のおれは護衛役風味な感じの立場なので一緒に座って食べるつもりはない。
「……それじゃ、話をしましょう。私も聞きたいことはあるのだけれど、あなたも私たちに聞きたいことがありそうだわ。どちらから、始めましょうか?」
「あ、あの……」
「では、あなたが聞きたいことに先に答えることにするわ。何が聞きたいのかしら?」
姉ちゃんは穏やかで上品な口調で話している。セラフィナ先生の教育の賜物だ。こうしてるとまるで貴族令嬢っぽい。おれもそうだけど、姉ちゃんもあくまでも、ぽい、止まりだけどな。ヴィクトリアさんのような、本当に落ち着いた感じはやっぱ足りねぇんだよな。本物とはちょっと違う。なんか足りない感じ。
金髪美少女99%の確率でリンネは、こくり、と小さくうなずいて、姉ちゃんを見つめ、ちっちゃくてかわいい口を開いた。
「あの、まず、わたしのこと、だれにも言わないでほしいんです。しられると、いろいろとたいへんになると言われているので。こじいんの子たちも、ひみつにしてくれていて……」
「いいわ。でも、誰に知られたくないのかしら?」
「たとえば、きぞくの人とかは、しられちゃいけないって、言われました」
「……それは、難しいわね」
「どうしてですか? そんな……」
「勘違いなさらないでね? 誰かに言う訳ではないわ。私が、その貴族なの。もう知ってしまったわ」
「き、きき、きぞくの人だったんですか!」
「一応、そうなるわ」
……一応どころか、この町の支配者の養女だ。どちらかと言えばある意味ではかなりの大物の部類に入るのではないだろうか、という感じ。
「でも、他の貴族には絶対に言わないわ。これでいいかしら? ああ、貴族ではなくとも、誰にも言うつもりはないわ」
「あ、ありがとうございます」
「それで、そういうことは誰から教わったのかしら?」
「あ、はい。それは、わたしにみわざをおしえてくださった先生が気をつけろと……」
「その方のお名前をうかがってもよろしくて?」
「はい。バルサ先生といいます」
……あいつじゃん! 火の魔導師、バルサ。通称『火傷地雷』。なんでだ? いったいどうして……って、そりゃ、おれが『はじまりの村』からバルサを追放したからってことか!?
いやいやいやいや、偶然にもほどがあるだろ!? なんであいつリンネに火の神系魔法スキル伝授してんだよ!? もう火傷どころじゃすまねぇだろっ! 合言葉は『火魔法ダメ絶対!』なんだよっっ!!
まずいだろ、これ? レオンの勇者パーティーから『聖女』いなくなっちゃうだろっ!? どうすんだよっっ!!! 回復効果の高い回復役抜きで、どうやってレオンたち、魔王を倒すんだ?
いや『勇者』と『賢者』も回復できねぇってこたぁねぇんだけどさ? 『聖女』の高い回復力とは比べもんになんねぇし?
それに、比率としては『勇者』は前中衛アタッカー9割、『賢者』は後衛アタッカー7割5分ってとこだろ? 攻撃係が回復役を務めるってのはちょっとなぁ……。
そんなことを考えていたおれのことをちらりと振り返った姉ちゃんが一瞬だけすんげぇ真顔になって、すぐに微笑んで推定リンネと顔を合わせた。
……おれ、今、どんな顔してたんだろうか? 姉ちゃんの真顔がすごかったんだけど?
「……あなたの名前、リン、なのかしら?」
「……あの。それもひみつにしてほしいんですが、わたし、本当はリンネっていいます」
はい。推定リンネはただいま確定リンネに昇格しました。99.99パーではなく100パーリンネでございます。
「ほとんど隠せてないわ、それじゃ……」
「そ、そう言われてみると、そうですよね……」
リンネは可愛らしく頬を染めながら、ちょっと両手で顔を隠した。
「うっかりなまえをぜんぶ言いそうになってしまって、それで、とちゅうでなんとか止めて、リン、になりました……」
……そのエピソード、めっちゃリンネっぽいよな。リンネってそういうドジっ子的なところもあるヒロインだったし。まあ、そのドジなところも愛される部分なんだろーけどさ。
「……わたしの名前、しってましたよね?」
「私ではなくて、私の護衛の……護衛でもあるのだけれど、実の弟なの、本当は。そこにいる弟のフェルエアインが、あなたの名前を聞いてたみたいだわ」
「……森で、レオンって、おじょうさまの口から、きこえました。レオンという、しりあいがいるんでしょうか? その人は、今、どこに……?」
「お嬢さまなんて呼ばなくていいわ。私はアラスイエナ。イエナ、と呼んでほしいわ。それで、レオンのことね?」
「は、はい、イエナ……さま」
「……まあ、それでもいいわ。あなた、レオンにそっくりだわ。ひょっとして、レオンの妹なのかしら?」
「はい……お兄ちゃんは、ぶじ、ですか?」
「やっぱり妹なのね。レオンは、たぶん、無事だわ。といっても、もう最後に会ってから1年以上経ってるから……今、どうなのかはわからないけれど」
「どこに……」
「『はじまりの村』よ。辺境の開拓村の最初のひとつ。その村で伯母にあたるアンネさんと一緒に暮らしているわ」
「おば……そこにわたしたちのおばが?」
「それこそ、あなたにそっくりなとっても美しい方でしたわ。その髪も、その瞳も、ね」
「そ、そんな、こと……」
リンネがめっちゃ照れてんだけど? 姉ちゃんの年下少女を落とす能力がめっちゃ強力な気がする。
なんかヴィクトリアさんもそうだったし、戦闘メイド部隊の子たちもめちゃめちゃ慕ってるし。
ヅカ系男役騎士のユーレイナなんか、姉ちゃんの相手になってねぇもん、マジで。
「イエナさまのほうが、すっごく、きれいです……」
「ふふふ、ありがとう、リンネ」
にっこり笑う姉ちゃんに、なぜかさらに頬を染めるリンネ。
そこで個室の扉がノックされて、おれが扉を開くと、パンケーキの皿を手にした店員が登場する。
とりあえず続きは食べながら、と姉ちゃんが言って、先に一口、食べてみせる。本当は、おれが毒見をすべき場面なんだけどな。わざとか、うっかりかはわかんねぇけど……。
リンネはどぎまぎしながらも、ナイフとフォークを使って、パンケーキを口に運ぶ。
「……っっつ!」
声にならない味のハーモニーがリンネを襲っているらしい。ここのパンケーキ、かなり攻撃力が高いもんな。ケーニヒストル騎士団の序列1位と2位が全く太刀打ちできずにメロメロになってしまうくらいに。
「クリームをしっかりつけて食べると、もっと美味しいわ。試してみて」
言われるままに、今度はクリームをつけてパンケーキをひとかけら、リンネが口に運ぶ。
「……っっっっ!」
表情が豊かな子だよな、リンネって。こういう純朴なとこ、おれたちとおんなじド・イナカ出身って気がするよ、まったく。やっぱヒロイン要素、高ぇよな。
……とかなんとか思ってたら、そのリンネがぽろり、と涙をこぼし、そのまましくしくと泣き始めた。
「……おい、しいっ……おいしい、よぅ~……おにぃ、ちゃん~……」
それは……おれにとっても、姉ちゃんにとっても、なんとも言えない、頼りなさげな、小さな少女の姿だった。
そこには、森でツノうさと向き合い、魔法を放った勇ましい美少女の姿は、欠片も残っていなかったのだ。
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